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プロローグ
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「ここまで来たらもう大丈夫」
誰にも見つかることなく、城から抜け出せて、ほっとする。
もしもの時のために、宰相から抜け道を教えてもらっておいて良かった。
「なぜ、俺を助けた」
私が最初に助けてあげると言った時、彼は裏があるのではないかと疑って、なかなか檻から出てこなかった。城から出た今も、信じられないというようにこちらを見ている。
私は彼が城に来た時から知っていて、空いている時間を見つけてはこっそりと見に行っていたけど、彼の前に姿を露したのはこれが初めてだから、彼が私を信じられないのは仕方がない。
「このままだと死んでしまいそうだったから。あの人に歯向かうなんて、馬鹿なことをしたわね」
「ふんっ。俺は絶対にあいつの思い通りになるもんかっ!それぐらいなら死を選ぶ」
彼はお父様が隣国との戦争中にどこからか捕まえてきた少年だった。美しいものが大好きなお父様が彼を見初めて、城に連れて帰り、檻に閉じ込めた。
彼は決してお父様に恭順する事なく、名前を名乗ることもなかった。
最初は面白がっていたお父様もなかなか自分に懐くことのない相手に苛立ち、手をあげるようになった。
「お前のその顔の痣もあいつにやられたのか?」
私の顔の痣を見ようと彼は顎に手をかける。
「こんなの平気よ。もう慣れたわ」
「慣れたって。お前まだ十二歳くらいだろう?」
「もう、十四歳よ。自分で何でもできるんだから」
「俺と一歳しか変わらないのか」
まじまじと見られて、居心地が悪い。彼は傷だらけになってもなお美しいのに、自分の今の姿がひどくみずぼらしく感じた。
顎を引き、彼の手から逃れる。
顔への暴力は目立つので、滅多なことでは殴られない。
普段は服に隠れる場所に行われるのだけれど、今回はよほど気に入らない事があったようで、念入りに殴られてしまった。
すぐに侍女が氷で冷やしてくれて、腫れは引いたけれど、痣だけはどうすることもできなかった。
「ここをまっすぐ行けば、国境を抜けれることができるわ」
「そんな簡単に逃げれるのか」
森に続く道を指差すと、彼は驚いたように森を凝視する。
「この森は魔獣の住みかになっているの。好き好んでこの道を通る人はいないから、警備も手薄になっているのよ」
「そこを丸腰のまま通れと?」
彼はひきつった目でこちらを見る。もちろん、何の準備もなくここまで連れてきたわけではない。
「この匂玉を持っていれば、一週間は魔獣が寄ってこないわ。森を抜けるのには三日間もあれば十分だから、大丈夫よ。あと、これは一週間分の食料」
「何か武器は?」
「ごめんなさい。さすがに武器は持ち出せなかったの」
武器は全て武器庫に保管されているため、私には持ち出すことができなかった。
「役に立つかわからないけれど、これはどうかしら?」
亡くなったお母様から譲り受けた懐剣を渡す。
懐剣には宝石がちりばめられ、美麗ではあるが、実用的ではない。
「これは」
「一度も使ったことがないから、武器として使えるのかわからないのだけど、無いよりはましよね」
彼は鞘から剣を抜くと、色々な角度から剣の状態を見る。
「これなら十分戦える。でも、これは大事なものじゃないのか?」
高価な品なのが一目でわかるからだろう。受け取っても良いのか悩んでいるのがわかる。
「後から返しに来てなんて言わないから大丈夫よ。受け取って」
「…ありがとう」
彼からお礼の言葉を聞けて嬉しくなる。決して人に懐かない動物を手懐けた気分だ。
「さあ、もう行って。逃げるのが遅くなるほど、捕まる危険があるわ」
そろそろ、私がいないことに気づいた侍女が私を探しているかもしれない。
けれど、彼はすぐには逃げず、何か悩んでいるようだ。
「どうしたの?」
「…お前も一緒に逃げないか?」
「え?」
「俺を逃がしたのがばれたら、お前も無事にはすまないだろう。それならいっそのこと、俺と隣国へ逃げればいい」
まさかの提案に一瞬頭のなかが真っ白になる。
逃げる?私が?お父様の元から?
それはとても甘美な誘惑だった。
最近はお父様から暴力を受けない日が少ないほどで、宰相がいれば庇ってくれたけれど、いずれ私はお父様に殺されるのではないかと考えていた。
この手をとったら、私は自由になれるのかしら?
「俺は決してあの男を許さないっ!いつかこの俺にした報いを受けてもらうっ」
彼の言葉に正気に戻る。
私がお父様の娘であると知ったら、彼はどう思うだろうか?
可哀想だと思う?それとも憎む?
ここで彼と逃げたとして、私がお父様の娘であることは早々にばれるだろう。そうなったときの事を考えると、彼の手をとることはできなかった。
「私はこのままここに残るわ」
「なぜだっ⁉️」
「私が一緒に行っても足手まといになるだけよ」
「だが」
「すぐに城に戻れば、今なら私があなたを助けたなんて誰もわからないはず。さあ、行って!」
それでも私を見つめて動かない彼の背中を押して、森の方へ追いやると、私は城に戻るため走り出す。
「あ、おいっ!」
「ちゃんと無事に逃げるのよっ!」
彼から十数m離れた場所で再度振り向くと、彼は森に入っていくところだった。
「一緒に逃げようって言ってくれてありがとう。貴方だけでも自由になってね」
私は彼の背にそう呟くと、その場を離れた。
お父様は明日まで帰ってこない。その間に彼を逃がしたことで周りの者が処罰されないように何か考えなくては。
誰にも見つかることなく、城から抜け出せて、ほっとする。
もしもの時のために、宰相から抜け道を教えてもらっておいて良かった。
「なぜ、俺を助けた」
私が最初に助けてあげると言った時、彼は裏があるのではないかと疑って、なかなか檻から出てこなかった。城から出た今も、信じられないというようにこちらを見ている。
私は彼が城に来た時から知っていて、空いている時間を見つけてはこっそりと見に行っていたけど、彼の前に姿を露したのはこれが初めてだから、彼が私を信じられないのは仕方がない。
「このままだと死んでしまいそうだったから。あの人に歯向かうなんて、馬鹿なことをしたわね」
「ふんっ。俺は絶対にあいつの思い通りになるもんかっ!それぐらいなら死を選ぶ」
彼はお父様が隣国との戦争中にどこからか捕まえてきた少年だった。美しいものが大好きなお父様が彼を見初めて、城に連れて帰り、檻に閉じ込めた。
彼は決してお父様に恭順する事なく、名前を名乗ることもなかった。
最初は面白がっていたお父様もなかなか自分に懐くことのない相手に苛立ち、手をあげるようになった。
「お前のその顔の痣もあいつにやられたのか?」
私の顔の痣を見ようと彼は顎に手をかける。
「こんなの平気よ。もう慣れたわ」
「慣れたって。お前まだ十二歳くらいだろう?」
「もう、十四歳よ。自分で何でもできるんだから」
「俺と一歳しか変わらないのか」
まじまじと見られて、居心地が悪い。彼は傷だらけになってもなお美しいのに、自分の今の姿がひどくみずぼらしく感じた。
顎を引き、彼の手から逃れる。
顔への暴力は目立つので、滅多なことでは殴られない。
普段は服に隠れる場所に行われるのだけれど、今回はよほど気に入らない事があったようで、念入りに殴られてしまった。
すぐに侍女が氷で冷やしてくれて、腫れは引いたけれど、痣だけはどうすることもできなかった。
「ここをまっすぐ行けば、国境を抜けれることができるわ」
「そんな簡単に逃げれるのか」
森に続く道を指差すと、彼は驚いたように森を凝視する。
「この森は魔獣の住みかになっているの。好き好んでこの道を通る人はいないから、警備も手薄になっているのよ」
「そこを丸腰のまま通れと?」
彼はひきつった目でこちらを見る。もちろん、何の準備もなくここまで連れてきたわけではない。
「この匂玉を持っていれば、一週間は魔獣が寄ってこないわ。森を抜けるのには三日間もあれば十分だから、大丈夫よ。あと、これは一週間分の食料」
「何か武器は?」
「ごめんなさい。さすがに武器は持ち出せなかったの」
武器は全て武器庫に保管されているため、私には持ち出すことができなかった。
「役に立つかわからないけれど、これはどうかしら?」
亡くなったお母様から譲り受けた懐剣を渡す。
懐剣には宝石がちりばめられ、美麗ではあるが、実用的ではない。
「これは」
「一度も使ったことがないから、武器として使えるのかわからないのだけど、無いよりはましよね」
彼は鞘から剣を抜くと、色々な角度から剣の状態を見る。
「これなら十分戦える。でも、これは大事なものじゃないのか?」
高価な品なのが一目でわかるからだろう。受け取っても良いのか悩んでいるのがわかる。
「後から返しに来てなんて言わないから大丈夫よ。受け取って」
「…ありがとう」
彼からお礼の言葉を聞けて嬉しくなる。決して人に懐かない動物を手懐けた気分だ。
「さあ、もう行って。逃げるのが遅くなるほど、捕まる危険があるわ」
そろそろ、私がいないことに気づいた侍女が私を探しているかもしれない。
けれど、彼はすぐには逃げず、何か悩んでいるようだ。
「どうしたの?」
「…お前も一緒に逃げないか?」
「え?」
「俺を逃がしたのがばれたら、お前も無事にはすまないだろう。それならいっそのこと、俺と隣国へ逃げればいい」
まさかの提案に一瞬頭のなかが真っ白になる。
逃げる?私が?お父様の元から?
それはとても甘美な誘惑だった。
最近はお父様から暴力を受けない日が少ないほどで、宰相がいれば庇ってくれたけれど、いずれ私はお父様に殺されるのではないかと考えていた。
この手をとったら、私は自由になれるのかしら?
「俺は決してあの男を許さないっ!いつかこの俺にした報いを受けてもらうっ」
彼の言葉に正気に戻る。
私がお父様の娘であると知ったら、彼はどう思うだろうか?
可哀想だと思う?それとも憎む?
ここで彼と逃げたとして、私がお父様の娘であることは早々にばれるだろう。そうなったときの事を考えると、彼の手をとることはできなかった。
「私はこのままここに残るわ」
「なぜだっ⁉️」
「私が一緒に行っても足手まといになるだけよ」
「だが」
「すぐに城に戻れば、今なら私があなたを助けたなんて誰もわからないはず。さあ、行って!」
それでも私を見つめて動かない彼の背中を押して、森の方へ追いやると、私は城に戻るため走り出す。
「あ、おいっ!」
「ちゃんと無事に逃げるのよっ!」
彼から十数m離れた場所で再度振り向くと、彼は森に入っていくところだった。
「一緒に逃げようって言ってくれてありがとう。貴方だけでも自由になってね」
私は彼の背にそう呟くと、その場を離れた。
お父様は明日まで帰ってこない。その間に彼を逃がしたことで周りの者が処罰されないように何か考えなくては。
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