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自己紹介をするのですじゃ!

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「ここに来るまでに領主様には話を聞いておられるのではないですかの?」
「それは」
「領主様はなんとおっしゃってましたかな?」
「…兵士を救援に差し向けた時にはすでに壊滅状態だったと」
「この村に兵士様が来た事実はありませんがのう」
「では、領主が嘘をついたと」
「騎士様もそう思ったから、ここまで来たのではないのですかの?」
「…」

騎士は決して領主を疑っていたわけではなく、実は村には生き残りがいたのではないかと考えていたのだ。だが、事実はもっとひどいものであったらしい。

「まあ、仕方がないことだとわかっておりますのじゃ。この森にある村はここのみ、村ひとつのために危険をおかしてまで兵士を派遣しようとは思えなかったのでしょうなぁ」

大勢の命を救うために少数の命を犠牲にする、為政者にはその決断が求められることが多々ある。当時の領主は他の領民を守るためにファミル村を見捨てたのだろう。
騎士はなぜ兵士が派遣されなかったのかの理由がわかって、暗い表情になる。
しかし、それとは対照的に村長は特に遺恨は無いようでけろっとした表情のまま話を続ける。

「と言っても儂らは別に魔族の襲撃を受けたわけではないのですがのぉ。どうやらこの森を抜けて魔族の襲撃があったようで、この森の中に住んでいる我が村は無事ではないと思われていたようなのですじゃ。それを儂らが知ったのは年貢を納めようと領主様のおられる街に行ったときの事じゃった」
「その時に村は無事だったと言わなかったのですか?」

村の住人が年貢を納めに街に来たのに何故領主たちは壊滅したと思い込んでいるのか、騎士は不思議に思った。

「もちろん話しましたが、兵士様に嘘をつくなと門から叩き出されてしまいましてのう。きっと領主様の元まで報告がいかなかったのではないですかの?まあそれならそれで良いかと思いまして」
「は?」
「じゃって、儂らが生きておったら領主様も気まずいですじゃろ?ですから、それ以来三十年間領主様のおられる街には足を踏み入れておりませんのじゃ」
「何てことだ」

本来はまあ良いかですませられない問題なのだが、この場合、村長を責めるのは酷だろう。
それに、当時の領主が国に虚偽報告をしたことの方が問題になるが、当時の領主はすでに他界しており、どれだけの人間がこの事に関わっているのかわからない今、騎士にできるのはすべてを紙にしたためて国に報告することだけだ。
自分の報告書を読んだ後に、怒り狂うであろう親友の姿が容易く想像できて、ひたすら頭の中にいる親友に心の中で謝るのだった。

「で、ではこの村は一度も魔族の襲撃を受けてはいないと?」
「はい。生きるために魔物は狩っておりますが、魔族の姿は見たことはありませんのう」

魔族の支配領域で30年も魔族の襲撃がないなどという事が果たしてあり得るのだろうか?
この村には何か秘密がある。
王命は絶対だが、しばらくはこの村に留まった方が良いのではないか?
考え込む騎士に村長が「そうじゃっ!」と何かを思い出したように声を出す。

「最後に一番重要なことを忘れてましたのじゃ!」
「そ、それは一体!?」

村長が言う重要なこととは一体。
全員で固唾を飲んで村長の次の言葉を待つ。


「お互いの自己紹介をするのですじゃ!」


村長は鼻息も荒くそうのたまった。
予想外の言葉に村長以外の全員がずっこけ、騎士様に至っては、椅子を盛大に壊す大事故になってしまった。


――ー
おまけ

「私が主人公なのに影が薄くありませんか!?」
「ローラ、今は大切な話の最中だから、ほら、お母さんを見習って話に集中を…」
「もぐもぐ、むしゃむしゃ」 
「「…」」

マイクの指差す先には、とっくの昔に話に飽きて一人もくもくとお茶菓子を食べるノーラの姿が。

「わ、私のお菓子―っ!」

ノーラにお菓子を食いつくされる前に、ローラも慌ててお菓子に手を出す。

「やれやれ、これで少しは大人しくしてくれると良いんだが」

マイクはため息をつくと、妻と娘に後で教えてあげるため、再び村長の話に耳を傾けるのであった。
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