お母さん、私、恋したよ!

藤堂慎人

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治療開始 22

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 私はまた夢を見た。坂本と楽しい時間を過ごしている夢だ。せめて夢ぐらい、幸せな自分でいたいという思いがそうさせているのかもしれない。
 現実世界でも優しい坂本君は、夢ではもっと優しい。私が望むことを何でも叶えてくれる。だから夢の世界はおそらく生涯で一番幸せだ。
 だが、夢から覚めて現実に戻った時、病室の白い空間の中にいる無機質さが辛く感じることがある。特に主治医から私の現在の本当の病名を告げられてからそういう負の感覚が大きくなっている。
 でも、そういう中でも告知の時に坂本が言ってくれた言葉は私の心を支えている。やっぱりあの場に坂本がいてくれた意味は大きい。挫けそうになった時、坂本が後ろから支えてくれそう、そんなことを勝手に思っている。
 でも、現実の世界でそんなに甘えてもいいのか、ということも考えてしまう。坂本は健康な高校生で、受験という現実がある。たとえ1年生であっても、医学部志望であればそれなりの勉強が必要だ。私に構っていたらその時間が無くなる。坂本にはしっかり勉強して医者になってほしいと思う。優しいからきっといい医者になると信じている。
 だけど今、坂本と疎遠になったら、と思うと寂しい。わがままなことだけどできるなら自分のそばに少しでもいいからいてくれることを望んでいる。
 ただ、夢の中で過ごした時間や経験は誰にも邪魔されることはない。昨日の夢のおかげで、今朝は少し心が軽い。
 そしてまたいつもの繰り返しが始まるのだが、午前中に検温のためにやってきた看護師さんから、今朝の表情が少し明るい、と言われた。
 それは点滴のためにやってきた看護師さんも同様だった。
「さくらちゃん、黙っていてごめんね。私たちから病名のことなどは言えないの。私も心苦しかったわ。もし何かあったら、遠慮なく言ってね。先生にすぐお話しして対応していただく。でも、今朝のさくらちゃん、思ったよりも明るい。何か良いことでもあったの?」
「ううん。いつもと同じ。でも、嬉しい夢を見たの。それが良かったのかな?」
「そう、それは良かった。私が知っているさくらちゃんは、思いやりがあって明るい娘だもの。病気と闘っているなんて見えない時がある。私もこれまで何人も患者さんを見てきたけど、さくらちゃんは違う。私、さくらちゃんよりはお姉さんになるけど、こんな妹、欲しかったなって思うことがある。先生も私たちもさくらちゃんが治ることだけを願っているから、何でも言ってね」
 看護師さんはとても優しい表情と声で言った。こういうことも私が落ち込んだ状態であれば違って受け止めていたかもしれない。でも、今朝は夢のおかげで心境が違っていたということを改めて実感した。
 看護師さんが退室した後、同室の工藤が話しかけてきた。
「さくらちゃん、昨日、病室に戻ってきた時は本当に暗い顔をしていて、何があったのかをとても心配したよ。いつものさくらちゃんじゃなかった。でも、今の会話から分かった。辛かったね。私たちもいろいろ病気を抱えているから、病名や現状を聞かされると凹む話があることは知っている。だけど、私たちはもうそれなりの年だし、身体にもガタが来ている。でもさくらちゃんはこれからもっと人生を楽しまなくちゃいけない。私には何もできないけれど、話し相手くらいにはなれるから、何でも言ってね」
 工藤の話に同室の他の患者も頷いていた。同室同士の絆を感じていた。
 午後、いつものような母と坂本が見舞いにやってきた。
「高野さん、今日はいつもの感じだね」
 限りない優しさを込めた表情で坂本が言った。その顔と声で私の心はさらに和らいだ。現実世界の坂本が、夢の中と同じ感じで対応してくれたのだ。
 なんだかんだ悩んでも、現実に私はガンだ。ならばそのことにこだわり過ぎたら治るものも治らない。そんな開き直りにも似た気持ちになっていたのだ。
 となれば、以前の私に戻り、周りの人たちを悲しませないようにする。それは私の生き方であり、私自身なのだ、という思いが強くなった。
 そういう私の心が伝わったのか、ポツリと母が言った。
「・・・強い子。本当にさくらちゃんは強い子ね。もし私がさくらちゃんの立場だったら、今のような感じにはなれないと思う・・・」
 この後2人と今までのようにとはいかなかったが、昨日とは違う雰囲気で会話が続き、帰っていった。
≪日記≫
『先生からショックな話を聞いたことで、夢では真逆の楽しい内容になったのかな?
 でも、たとえ夢の中でも楽しいことは楽しい。
 そこでは坂本君、私をヒマワリがたくさん咲いているところに連れて行ってくれた。
 今の季節そのもので、夏、真っただ中という感じだ。たぶん、先日スマホで見た動画が頭に残っていたのだろう
 そこでは坂本君、私の手を引っ張り、走っていた。夏の空気の中、ヒマワリに囲まれたところを走り回るなんて、映画のワンシーンみたい。
 主人公が坂本君で、私はその恋人。そんな物語は夢の中だけだろうけど、そこでは私も普通の健康な女の子。現実の世界ではできないことだからこそ、神様が夢の中で見せてくれた。
 そんな気がする。そういうことくらいは許してね、坂本君。』
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