育毛剤を経費で落とそうとした俺の末路

カイシャイン36

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育毛剤を経費で落とそうとした俺の末路

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 今は見る影もないが、本が売れた時期が私にもあったんです。

 当時の私は兼業作家。普通に出勤し、仕事が終わって家やファミレスで深夜まで執筆するという生活に明け暮れておりました。

 接客業と執筆作業――

 この二つが私に与える影響は想像を絶するモノであった。

 経験したことの無いストレスは体を徐々に蝕み、やがてそれは頭部へと牙を剥く。

 そう、ストレスによる円形脱毛である。

 不摂生に加え風呂も毎日は入れず、接客、執筆、編集氏とのやり取り……

 愛想を尽かした毛が抜けていってしまうのは、もはや自然の摂理と言えよう。

 元々加齢により、おでこというの前線で一進一退の攻防を繰り広げていた「生え際戦線」。

 そこに「ストレス軍」による内乱が勃発したというわけである。

 名前を付けるのならば「円形脱毛の乱」……大塩平八郎の乱と語感が似ているなぁなんて今では笑い話にできるが、あの頃は正直笑えなかった。

 洗髪中、抜け毛のせいで排水溝がホラーじみた様相を呈することに恐怖を覚えたのは言うまでもない。

 ストレスでごっそり毛が抜ける――

 その惨状を見て、またストレスを抱え毛が抜ける――

 まさに負のスパイラル、頭皮のデフレ状態。


「このままじゃ、いけねぇな」


 毛根に対して抜根的改革を余儀なくされた私は重い腰を上げるのだった……抜根で悩んでいるのに「抜根的改革」とは言い得て妙だがスルーして頂きたい。

 取った手段はもちろん「育毛」である。

 読んで字の如く「毛を育む」。

 私はシャンプーを育毛用に変え、薬用トニックによる叱咤激励を頭皮にこれでもかと浴びせ続ける。

 果ては昆布を水に浸して一晩付ける「昆布水」にまで手を伸ばし、なんとか前線と内乱双方を抑え込むことに成功した。

 だが、予断は許さない。

 作家である以上、「ストレス」という内乱の火種は常にくすぶっているのだから。

 そして、平穏を維持するためにお金がかかるのは歴史の知るところである。

 シャンプーに昆布に育毛剤……

 育毛戦線に対し度重なる兵器の投入で我が財布が悲鳴をあげているのだ。


「どげんかせんといかん」


 元宮崎県知事、東国原氏が如く財務問題と(頭皮の)過疎化を憂う私……そういえばあの人もおでこキテたなぁ。

 閑話休題。

 財政支出を抑えてしまったら、頭皮が過疎化し、頭頂部にドーナツ化現象が起きてしまうのは必須。

 そこで私は考えた……「育毛剤を経費で落とそう」と。

 具体的には作品中に育毛剤や育毛方法を試す描写を折を見て書き加え、経費で落とせるよう試みたのだ。

 そのため、私は隙あらば新キャラに薄毛を混入させ「育毛回」の下地を着々と作っていった。

 巻を増す毎に増えていく薄毛キャラ。

 そしてハゲの種を蒔き終えた私は満を持して育毛の描写を執筆しようとした……その時だった。


「さすがにファンタジー作品で育毛剤を経費で落とすのは無理があります」
「あ、はい」


 もっともな意見を税理士さんに言われ、私の野望はあえなく潰えた。

 そう、私の作品はファンタジー。

 現実の育毛剤を投入することは事実上不可能、ぼかして描写したら経費では落とせないのである。

 結果、登場人物にハゲが増えただけ。

 馬鹿な私の夢はそこで潰えた――かに思われた。

 だが、時が過ぎ円形脱毛はすっかり治りこの珍騒動を忘れていたちょうどその頃……世界情勢が時間差で私に襲いかかったのだ。

 そう「ポリコレ」という時代の風潮である。

 昨今のポリコレ……とりわけルッキズムに対する風当たりが非常に強いのは皆が知るところだろう。

 お笑い芸人もブスハゲいじりに苦慮し一つの時代の変革を目の当たりにしたと考える人も少なくないはずだ。

 執筆当時、この風潮は傾向こそはあったが、そこまででは無かった。

 そして小説というのは大体三,四ヶ月は出版にラグがある。メディアミックスの場合、執筆してから世に出るまで二年はかかるだろう。

 そう、ポリコレの風がビュンビュン吹き荒れるタイミングで大量投入した「薄毛キャラ軍」が満を持して世に解き放たれたのだ。

 しかもコミカライズ……文章ではマイルドな描写だが漫画だと言い訳できぬハゲなのだ。


「ルッキズムが云々」
「このキャラの意味が――」


 結果コメント欄は地味に荒れ、私はメディアミックス先にハゲ隠しをしてもらうよう面倒な注文をすることになる……その節は本当に申し訳ございませんでした。

 あるものには帽子を被せ一生脱がさないように配慮してもらい。原作でも「若干広いおでこ」とオブラートに包んだ描写でハゲを誤魔化すことに尽力する。


「私利私欲の為に執筆するとろくなことにならないなァ」


 私はそんな事をつぶやきながら、若干広めのおでこを撫で「本売れないかな」と執筆に励むのだった。






※お気に入り・評価などをいただけますととっても嬉しいです。励みになります。
 皆様に少しでも楽しんでいただけるよう頑張りますのでよろしくお願いいたします。 
 また、他の投稿作品も読んでいただけると幸いです。


 このエッセイの他に

・追放されし老学園長の若返り再教育譚 ~元学園長ですが一生徒として自分が創立した魔法学園に入学します~

・売れない作家の俺がダンジョンで顔も知らない女編集長を助けた結果(本日17:00投稿予定)


 という作品も投稿しております。

 興味がございましたらぜひ!
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