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姉ちゃんと俺…
姉ちゃんが、残した物…
しおりを挟む銀色の綺麗なコップ…荒れた室内を鏡のように映す二つのコップに、アウルスは水を注いだ。
トクトク…水面が徐々に上がり、一人の少年の姿が映る。
10歳とは思えないやつれた姿…
姉を失ったネルフの姿が、揺れる水面に反射した…
トンっという音と共に、俺の前に置かれる水。
置いた主…村長と呼ばれていた男が机越しに、俺と向かい合わせに腰掛ける。
そして、そのまま…薄笑いを浮かべ、口に水を含んだ。
「…ワイングラスで水を飲むというのは、中々乙な物だな…」
「…」
俺がコップと勘違いしていた物はグラスというらしい。
確かに、俺が見たこともない造形だった。
上半分は丸みを帯びており、そこに水が注がれる。
そして下半分に棒が付いており、その棒を指で挟むことで持ち手として固定する…
新しい発見…姉ちゃんに自慢したかったなぁ…
そんな俺の思いを切り裂くように、村長が口を開く。
「…もう、私のことは殴らないのか?」
「はい、さっきはすみませんでした…」
俺は、謝った…
時が経って、少し冷静になって…目の前の男への怒りよりも、自分への情けなさが勝ってしまった。
俺は、姉ちゃんが供物になることを止められない…
命を救えず、遺体すら守れない…
後悔が、俺の心を蝕んでいた。
俺は後悔だけを燃やし、一向に水を飲もうとしなかった…
村長はそんな俺の姿を見て、再度ゆっくりと口を開く。
「私の父は偉大な村長であり、偉大な親だった…」
村長が言葉を放つ。震えは無く、針金のように芯が通っている。
言葉を続ける男に、迷いは無かった…
「フロット村を急成長させた父…そんな私の尊敬している父は、今回の襲撃で殺された…」
俺は、黙って聞いていた。
自身の映る水面を見て、ただ黙って…
動かない視線…だが、思ったことはあった。
「…凄い、ですね。俺は、姉ちゃんを失って…そんなに強くなれない…」
俺は、姉ちゃんが全てだった。
俺には、出来ない。『無理して』姉ちゃんの死を乗り越えることなんて出来ない…
俺は、目の前の男を『強い』と思った。
しかし俺の言葉に、目の前の男は否定を示す…
「凄い、か…私は君の方が凄いと思うがな…」
若き村長の考え…
未来への向き合い方が、明らかになる瞬間…
「私は、父から様々な物を貰った…礼儀作法、戦術、人との接し方…父から貰った『教育』は死しても尚、私の血肉として流れている」
血液が巡ることを表すように、目の前の男がグラスを回す。
少し減った水は安定感を保ち、グラスの中を巡る…
俺は、きっと持っていたんだ。
後は、気付くだけだ…
「そんな教育の最後は、一貫している…」
誰もが通る道を教育として…
この言葉が、俺の心に突き刺さる…
「教育の最後は『死』…お前は、姉の死に何を学んだ?何を受け取った?」
「…」
教育の最後は『死』…この言葉が、不思議なほど俺の心に残った…
この人とは初対面で、知らないことばかりだけど…
きっと、俺と同じなんだ。
大切な人を亡くして…亡くしたからこそ、無駄にしたくない…
教えてもらったことを、終わらせたくない…
俺は再度、水面に映る自分自身を見つめた…
頬は凹むほど痩せこけ、唇はひび割れて青い…
姉ちゃんがこの姿見たら、どう思うかなぁ…
…悲しむよな。
姉ちゃんから学んだもの…そんなの分かり切ってるじゃないか。
懐に飛び込んで殴る。インファイト…
今でも、俺の血肉として流れてる…
「姉ちゃんは、俺より何倍も、何十倍も強くてかっこよかった…俺は、そんな姉ちゃんを亡くしました…」
「…そうか…」
今でも思い出す。大切な人の首…
ほんのり温かくて、少し柔らかい生首…
でも、大切にするのは姉ちゃんの遺体なんかじゃない。
大切にするのは…姉ちゃんの教え、インファイトだ…
「ネルフ・ムラン…得意技はインファイト…」
姉ちゃん、見てて…
姉ちゃんの教えは、俺に届いてるって証明してみせるから…
「ホムラ・ムランの弟として、思い出の村を守ります」
俺は鋭い瞳で村長を見つめた。
その姿は、まるで猛獣のようで…
目の前の男が気圧されるほどの覚悟…
「最高だな、ネルフ・ムラン…」
俺は、両の拳に力を込める…
村長は、そんな気迫を跳ね返すように大きな声で宣言した。
「このアウルス・ガルーラ、フロット村の村長として約束しよう」
ネルフ・ムランの物語…何も知らぬ少年の物語が今、アウルスの宣言と共に始まる…
「村を守り抜き、死人の無念を晴らす…最高の村にすることを、必ず!」
彼の力強い言葉。
俺はその言葉を聞き、目の前のパンをかじった。
姉ちゃんの無念を晴らすため、若き村長の期待に応えるために…
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だけど…溝(どぶ)の味はしない…
少し、苦い…この味は、そう。『覚悟』の味だった…
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