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第15章 崩壊の兆し ― 市場に潜む影
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倉庫での狂乱の夜が明けた。
まだ酒の香りが残る早朝の空気の中、二階堂商会の本部には、いつも以上に緊張感が漂っていた。それも当然だ。昨夜得た成果は、ただの一勝ではない。二階堂商会は確かな成果を手にした。内部文書、金の流れ、会合の日時、弱点、恨み――ギルドという巨大組織の裏側へ、直接手を伸ばせる窓口を得たのだ。
――ギルド幹部グラフトの寝返り。それは単なる一人の協力者ではない。ギルドの内部情報を直接手にできる窓口を意味していた。
朝の会議室。漣司は硬質な光を宿した視線で、メンバーを順に見渡す。
「昨夜は上出来だった。だが浮かれるな。接待で敵を揺さぶるのは一つの戦術にすぎない。本番はこれからだ」
その声には、倉庫の狂騒を完全に断ち切った、経営者としての鋭さが宿っていた。ミナもガロウも、自然と背筋を伸ばす。リュシアは既に業務モードに切り替わっており、無駄のない動きで書類の束を机へ置いた。
「社長。グラフトから受け取った資料と、私が夜明けまでに解析したデータです」
机に置かれた文書には、ギルドの内部会計が記されていた。紙束は分厚い。紙質は良いのに、表紙は震えるように歪んでいる――グラフトがどれだけ怯えながらこれを渡したかが分かる。漣司はページを開き、眉をわずかにひそめた。
「……粉飾が酷いな」
内部会計は、まるで泥水で数字を書いたかのように汚れていた。
「資産は半分以上が空虚。投資も不正と水増しだらけで……実体は半分もない」
ガロウが思わず呟く。
「半分……? ってことハ、あのギルド、思ってたほド……強くないってことカ?」
リュシアがうなずく。
「ええ。数字は嘘をつきません。ギルドは、大きく見せているだけの状態です」
漣司のページをめくる指先が止まり、目が刃物のように細くなった。
「……ここだ」
一枚の文書を抜き出す。そこには、ギルドの印章付きで、明確に書かれていた。
【市場封鎖計画】
ミナが眉をひそめる。
「市場封鎖……? なにそれ、怖いやつ?」
リュシアが淡々と説明する。
「カストリアに対して、交易路の一部を閉鎖し、物資の流れを遮断する計画です。二階堂商会を経済的に孤立させる狙いでしょう」
ガロウの巨体から、低い唸り声が漏れた。
「ケンカ売ってきたワケだナ?」
しかし漣司は静かに首を振る。その表情は怒りではなく、むしろ冷静で、獲物を見つけた獣のようだった。
「市場封鎖――いい判断だ。もし僕がギルド側なら、同じことをする」
◇
その言葉に、グラフトは悔しげに眉を寄せ、机に置いた両手を震わせた。
「そうだ……。ギルドは、市場そのものを閉ざす準備を整えている。都市の流通を一気に止め、民に飢えと不安を与える……その怒りを、お前たちにぶつけさせるつもりだ」
ミナが息を呑む。ガロウは立ち上がり机を拳で叩いた。木板が悲鳴を上げる。
「「フザけた連中ダ……!民を人質にするつもりカ!」
ミナは悔しさを隠せず、ぎゅっと拳を握った。
「うちは街の人たちの暮らしを守るために動いてるんだ……!それを逆手にとって、罪を押しつけようだなんて……!」
しかし漣司は二人の激情に乗らない。言葉ひとつ発さず、静かに都市の地図を広げる。
静謐。けれどその空気は、嵐の前の張りつめた静けさに似ていた。地図中央には、巨大な市場。
そこから四方へと街路が走り、都市全体がまるで生き物の神経網のように繋がっている。漣司は一本一本の街道を指でなぞり、淡く物憂い声で語り始めた。
「……ここを封鎖されたら、商会の金融網は死ぬ。手形は流れず、保険も回らない。食糧供給、物流、職人街の素材の循環……全部、止まる」
その語り口は不思議なほど穏やかで、逆にメンバーたちの背筋に冷たい汗を走らせた。
「ギルドは都市経済そのものを兵器化した。都市を人質にするということは……僕たちに対する、最も残酷な総攻撃だ」
リュシアが静かに口を開く。だがその声には、いつもの冷徹さに加えて、珍しく焦りが混じっていた。
「社長。封鎖が実施されれば、一般市民の生活は半日で混乱します。三日もすれば暴動が起きる可能性が高いです」
ガロウが吐き捨てる。
「そんなモン、ギルドに責任が向くハズだろウが!」
グラフトが首を横に振った。
「いや……市民は事実を知らされん。『二階堂商会の独占が原因』と触れ回る準備も進んでいる。民は……敵に回るぞ」
室内の空気が重く沈む。その中で、漣司だけがゆっくりと口角を上げた。
「――いいね。最高だ」
一同が息を呑んだ。
「し、社長……?」
「ギルドがここまで追い詰められている証拠だよ。市場封鎖という最終手段を取った時点で……向こうはもう勝てない勝負に入っている。だから、ここで仕掛ける」
漣司の指先が、地図の一点――市場の中心を示した。瞳の奥で、何か狂気じみた光が揺れる。
◇
空気が重く沈んだ会議室で、漣司だけが落ち着いていた。むしろかすかな笑みさえ浮かべている。
「恐れる必要はない。俺たちには武装法人としての三本柱がある」
ホワイトボード代わりの羊皮紙に、漣司は三つの円を描いた。
「一つ――金融。手形と保険。信用そのものを握る」
「二つ――物流。倉庫街と護衛隊。物資を絶やさない血流」
「三つ――政治。市議会との合意。秩序を動かす鍵だ」
リュシアが補足する。
「つまり、ギルドが市場を止めても、我々が並行市場を作ればよいのです」
「そうだ」
漣司がうなずく。
「俺たちは公式市場に依存せず、倉庫街を中心に独自市場を開く。ギルドの許可はいらない。契約と信用で動く、もう一つの都市経済だ」
ミナが目を輝かせる。
「裏路地を使えば、庶民はすぐに買い物できる! あたし、仲介してくる!」
「ただし――」
漣司の声が鋼の色を帯びる。
「いいか、これは遊びじゃない。価格の統制、供給量の管理。すべて契約で縛るんだ」
ガロウが笑いながら吠えた。
「市場を丸ごと乗っ取るってわけカ! おもしレェ!」
だがグラフトの顔は曇っていた。
「一つ……忠告しておく。ギルドは必ず暴動を仕掛けてくる。市場が閉ざされれば、市民は飢えと不安で動く。そこに扇動者を送り込み、二階堂商会が原因だと叫ばせるつもりだ」
リュシアの瞳が氷のように光る。
「信用を守るには、民の腹を満たさねばなりませんね」
漣司は拳を握った。
「そうだ。政治も戦争も結局は“飯の問題”だ。人は腹が満たされれば信用する。飢えれば裏切る」
◇
夕刻。都市広場では既に不穏な空気が漂い始めていた。
「市場が閉じられるらしいぞ」
「二階堂商会のせいだって噂だ」
囁きが伝染し、群衆のざわめきは次第に怒号へと変わっていく。誰かが声を上げれば、すぐに火が走るだろう。その気配が街を震わせていた。漣司は倉庫の屋上に立ち、燃えさかる夕陽を見据えた。
「……ここからが正念場だ。市場を掌握し、暴動を食い止めなければ、二階堂商会は瓦解する」
背後でガロウが斧を担ぎ上げる。
「俺たちの出番だナ! 社長、民を守れって契約だロ!」
リュシアが冷徹に告げる。
「社長。都市経済そのものを買収する覚悟を決める時です」
ミナが拳を握り、無邪気に笑う。
「大暴動でも大歓迎! 情報部隊、全力で動くよ!」
漣司は深く息を吸い込み、静かに呟いた。
「経営は戦争だ。そして市場は――戦場だ」
遠くで怒号が爆発した。都市全体を巻き込む経済戦争の幕が、いよいよ切って落とされようとしていた。
まだ酒の香りが残る早朝の空気の中、二階堂商会の本部には、いつも以上に緊張感が漂っていた。それも当然だ。昨夜得た成果は、ただの一勝ではない。二階堂商会は確かな成果を手にした。内部文書、金の流れ、会合の日時、弱点、恨み――ギルドという巨大組織の裏側へ、直接手を伸ばせる窓口を得たのだ。
――ギルド幹部グラフトの寝返り。それは単なる一人の協力者ではない。ギルドの内部情報を直接手にできる窓口を意味していた。
朝の会議室。漣司は硬質な光を宿した視線で、メンバーを順に見渡す。
「昨夜は上出来だった。だが浮かれるな。接待で敵を揺さぶるのは一つの戦術にすぎない。本番はこれからだ」
その声には、倉庫の狂騒を完全に断ち切った、経営者としての鋭さが宿っていた。ミナもガロウも、自然と背筋を伸ばす。リュシアは既に業務モードに切り替わっており、無駄のない動きで書類の束を机へ置いた。
「社長。グラフトから受け取った資料と、私が夜明けまでに解析したデータです」
机に置かれた文書には、ギルドの内部会計が記されていた。紙束は分厚い。紙質は良いのに、表紙は震えるように歪んでいる――グラフトがどれだけ怯えながらこれを渡したかが分かる。漣司はページを開き、眉をわずかにひそめた。
「……粉飾が酷いな」
内部会計は、まるで泥水で数字を書いたかのように汚れていた。
「資産は半分以上が空虚。投資も不正と水増しだらけで……実体は半分もない」
ガロウが思わず呟く。
「半分……? ってことハ、あのギルド、思ってたほド……強くないってことカ?」
リュシアがうなずく。
「ええ。数字は嘘をつきません。ギルドは、大きく見せているだけの状態です」
漣司のページをめくる指先が止まり、目が刃物のように細くなった。
「……ここだ」
一枚の文書を抜き出す。そこには、ギルドの印章付きで、明確に書かれていた。
【市場封鎖計画】
ミナが眉をひそめる。
「市場封鎖……? なにそれ、怖いやつ?」
リュシアが淡々と説明する。
「カストリアに対して、交易路の一部を閉鎖し、物資の流れを遮断する計画です。二階堂商会を経済的に孤立させる狙いでしょう」
ガロウの巨体から、低い唸り声が漏れた。
「ケンカ売ってきたワケだナ?」
しかし漣司は静かに首を振る。その表情は怒りではなく、むしろ冷静で、獲物を見つけた獣のようだった。
「市場封鎖――いい判断だ。もし僕がギルド側なら、同じことをする」
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その言葉に、グラフトは悔しげに眉を寄せ、机に置いた両手を震わせた。
「そうだ……。ギルドは、市場そのものを閉ざす準備を整えている。都市の流通を一気に止め、民に飢えと不安を与える……その怒りを、お前たちにぶつけさせるつもりだ」
ミナが息を呑む。ガロウは立ち上がり机を拳で叩いた。木板が悲鳴を上げる。
「「フザけた連中ダ……!民を人質にするつもりカ!」
ミナは悔しさを隠せず、ぎゅっと拳を握った。
「うちは街の人たちの暮らしを守るために動いてるんだ……!それを逆手にとって、罪を押しつけようだなんて……!」
しかし漣司は二人の激情に乗らない。言葉ひとつ発さず、静かに都市の地図を広げる。
静謐。けれどその空気は、嵐の前の張りつめた静けさに似ていた。地図中央には、巨大な市場。
そこから四方へと街路が走り、都市全体がまるで生き物の神経網のように繋がっている。漣司は一本一本の街道を指でなぞり、淡く物憂い声で語り始めた。
「……ここを封鎖されたら、商会の金融網は死ぬ。手形は流れず、保険も回らない。食糧供給、物流、職人街の素材の循環……全部、止まる」
その語り口は不思議なほど穏やかで、逆にメンバーたちの背筋に冷たい汗を走らせた。
「ギルドは都市経済そのものを兵器化した。都市を人質にするということは……僕たちに対する、最も残酷な総攻撃だ」
リュシアが静かに口を開く。だがその声には、いつもの冷徹さに加えて、珍しく焦りが混じっていた。
「社長。封鎖が実施されれば、一般市民の生活は半日で混乱します。三日もすれば暴動が起きる可能性が高いです」
ガロウが吐き捨てる。
「そんなモン、ギルドに責任が向くハズだろウが!」
グラフトが首を横に振った。
「いや……市民は事実を知らされん。『二階堂商会の独占が原因』と触れ回る準備も進んでいる。民は……敵に回るぞ」
室内の空気が重く沈む。その中で、漣司だけがゆっくりと口角を上げた。
「――いいね。最高だ」
一同が息を呑んだ。
「し、社長……?」
「ギルドがここまで追い詰められている証拠だよ。市場封鎖という最終手段を取った時点で……向こうはもう勝てない勝負に入っている。だから、ここで仕掛ける」
漣司の指先が、地図の一点――市場の中心を示した。瞳の奥で、何か狂気じみた光が揺れる。
◇
空気が重く沈んだ会議室で、漣司だけが落ち着いていた。むしろかすかな笑みさえ浮かべている。
「恐れる必要はない。俺たちには武装法人としての三本柱がある」
ホワイトボード代わりの羊皮紙に、漣司は三つの円を描いた。
「一つ――金融。手形と保険。信用そのものを握る」
「二つ――物流。倉庫街と護衛隊。物資を絶やさない血流」
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リュシアが補足する。
「つまり、ギルドが市場を止めても、我々が並行市場を作ればよいのです」
「そうだ」
漣司がうなずく。
「俺たちは公式市場に依存せず、倉庫街を中心に独自市場を開く。ギルドの許可はいらない。契約と信用で動く、もう一つの都市経済だ」
ミナが目を輝かせる。
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「ただし――」
漣司の声が鋼の色を帯びる。
「いいか、これは遊びじゃない。価格の統制、供給量の管理。すべて契約で縛るんだ」
ガロウが笑いながら吠えた。
「市場を丸ごと乗っ取るってわけカ! おもしレェ!」
だがグラフトの顔は曇っていた。
「一つ……忠告しておく。ギルドは必ず暴動を仕掛けてくる。市場が閉ざされれば、市民は飢えと不安で動く。そこに扇動者を送り込み、二階堂商会が原因だと叫ばせるつもりだ」
リュシアの瞳が氷のように光る。
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漣司は拳を握った。
「そうだ。政治も戦争も結局は“飯の問題”だ。人は腹が満たされれば信用する。飢えれば裏切る」
◇
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「二階堂商会のせいだって噂だ」
囁きが伝染し、群衆のざわめきは次第に怒号へと変わっていく。誰かが声を上げれば、すぐに火が走るだろう。その気配が街を震わせていた。漣司は倉庫の屋上に立ち、燃えさかる夕陽を見据えた。
「……ここからが正念場だ。市場を掌握し、暴動を食い止めなければ、二階堂商会は瓦解する」
背後でガロウが斧を担ぎ上げる。
「俺たちの出番だナ! 社長、民を守れって契約だロ!」
リュシアが冷徹に告げる。
「社長。都市経済そのものを買収する覚悟を決める時です」
ミナが拳を握り、無邪気に笑う。
「大暴動でも大歓迎! 情報部隊、全力で動くよ!」
漣司は深く息を吸い込み、静かに呟いた。
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