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第26章 接待は戦場 ― 酒場大改装の夜
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資金戦争は終わった。
だが、勝利の余韻に浸る者は一人としていない。
カストリア別邸の作戦室に立つ漣司の横顔には、戦場で見せたあの鋭さがまだ抜けていなかった。
「……勝ったとはいえ、敵はまだ残っている」
低く、沈んだ声。
机上に置かれた都市地図の上を、漣司の指が静かに滑っていく。
「倒すだけじゃ足りない。友に変えねば、根は断てない」
その一言に、全員が硬直した。ロイは口を開けたまま、ガロウは腕を組み、ミナはコーヒーを飲みかけて止まる。
「まさか……また、やる気ですか、社長」
リュシアだけが冷ややかな声で問う。漣司は、真っ直ぐに言った。
「そうだ。日本社会ではな――接待で敵を友に変えるのは常識だ」
ざわつく面々の中心で、漣司は平然と続けた。
「都市最大の大酒場を――貸し切る」
「は?」
「さらに即席で豪奢にリノベーションする」
「はあ!?」
「敵対派閥も全部まとめて招待する」
「やっぱり戦争では……?」
漣司の声は真剣そのもの。こうして決まった。
――都市最大の大酒場、貸し切り。
――即席の豪奢リノベーション。
――敵対派閥すら強制招待。
そして――夜。
都市の中心。普段は喧騒と酒臭さが渦巻く、巨大酒場〈赤獅子亭〉は、もはや誰も知らぬ姿に変貌していた。入口の上、煌々と輝く看板には――
『武装法人二階堂商会 大接待の夜』
こうして――都市を揺るがす一夜の外交戦が幕を開けようとしていた。
◇
夜。酒場の扉が開かれると、そこは異世界キャバクラと化していた。
そこはもう、昼間の素朴な酒場ではない。
紅い絨毯が波打つように入口から奥へと続き、天井には即席とは思えぬ豪奢なシャンデリアが光を散らしている。
壁には魔導投影によるきらびやかな演出、テーブルには高級ワインと豪華料理が惜しげもなく並べられていた。
給仕たちは皆、気合の入った衣装に着替え、笑みを浮かべたまま客を迎えている。
敵対派閥の幹部たちは、完全に圧倒されていた。
「な、なんだこの空間は……接待ってレベルじゃない……」
そのざわめきが頂点に達した瞬間――
ぱん、とスポットライトが弾けるように点灯した。
視線が一斉に舞台へ吸い寄せられる。
そこに立つのは、黒のバニー衣装に身を包んだ――氷の参謀、リュシア。
深い黒に包まれた脚線美。
淡く輝く銀髪は背中に流れ、長いウサ耳だけがピンと立っていた。
ただ、その表情だけはいつもの絶対零度のまま。
「……社長のご命令ですから」
真顔でウサ耳をピンと立てながら、ぎこちなく客に近づく。
震えるでもなく、開き直るでもなく、ただ淡々と。
だが、だからこそ破壊力があった。
敵対派閥の幹部テーブルへ歩み寄る。
「お、お客様……こちら……当店自慢の……ワインで……ございます……」
普段なら数字の羅列しか並ばない口から、接客用の丁寧語がぎこちなくこぼれ落ちていく。
その一つ一つに、幹部たちはゴクリと息を呑んだ。
――敵対するはずの氷の参謀が、バニー姿で酒を注いでいる。
誰が想像しただろう。
しかし、真の地獄はここからだった。
一杯。
二杯。
冷徹なはずの参謀の頬に、じわりと薄紅が広がっていく。
「しゃ、社長……わ、わたし……少しだけなら……まだ飲めましゅ……」
真顔が次第に崩れ、酔いが回るにつれて言葉が乱れていく。
「わ、わたしはっ……数字しか信じないんれす……でも……しゃちょーのことは……す、すこし……だけは……」
語尾が溶けていくような酔い声。
まるで氷が酒のぬくもりに負けて溶けゆくように。
次の瞬間――
かたり。
リュシアはグラスを抱きしめたまま、机に突っ伏した。
「……むにゃ……しゃちょー……予算……の、のこり……」
敵対派閥の幹部たちは完全に固まった。
もはや恐怖でも警戒でもなく、ただの敗北の表情だった。
――氷の女、撃沈。
そして二階堂商会の接待戦線は、完全勝利の香りを放ち始めていた。
◇
一方、ミナはというと――。バニー姿こそ拒んだが、真紅のスリットドレスでテンションMAX。
「いらっしゃいませ~! 二杯目はサービスしちゃうよっ☆」
敵幹部の肩に腕を回し、強引に飲ませ、いつの間にか即興ライブが始まる。
「♪ のめや~! うたえや~! 商会ばんざ~いッ!」
店内の空気を完全に掌握し、酔った男たちを次々と転がしていった。
「おいミナ! 調子に乗りすぎだ!」
ロイが必死に止めようとする。だが次の瞬間、女性客数人に囲まれたのはロイ自身だった。
「ねぇロイくん~、今日の演説すっごく素敵だったわぁ♡」
「庶民代表って、控えめに言って推せる~」
頬を赤くしながら女性に迫られ、ロイは真っ青。
「ちょ、ちょっと待って! 俺はそんなつもりじゃ……あの……!」
狼狽ぶりは完全に酒場の笑いの種となった。
◇
そして――その夜の混沌の核にいたのは、やはりこの男であった。
ガロウ。
「オウオウオウ! 飲めヤァァァァ、コラァァァァッ!!」
開幕一番、彼は人が二人は入れそうな巨大樽を片腕で抱え上げ、喉へ滝のように酒を流し込む。
鼓膜が震える怒号、床板が悲鳴を上げる重量。次の瞬間、ガロウは空いた片手でテーブルをドン、と叩き割り、周囲のコップが跳ね上がった。
「俺様の杯を断るヤツはヨォ――この場でッ! 即ッ! 引退ダァアア!!」
敵対派閥の幹部も、味方の兵も、飲んでいた給仕までも思わず背筋を伸ばす。
だが次にはガロウ自身が机を踏み台にして跳び上がり、着地の衝撃で床がギシ、と深く沈む。壁に掛けられていた絵皿が一斉にカタカタと震えた。
「退職金まで出る戦士なんざ聞いたことねェ! 飲んで死ねるなら本望だロォォ!!」
豪快すぎる雄叫びに、周囲は一拍――そして爆笑の渦に呑まれる。
「ひっ……ひぃ……腹よじれる……!」
「なにあの化け物……いや、好き……!」
「もう敵とか味方とかどうでもよくなるわ……!」
気がつけば、派閥の違いなど完全に消え失せ、肩を組み、大合唱が始まっていた。
酒場は揺れ、歌は天井の梁まで震わせ、笑い声と足踏みが街路にまで溢れ出す。
――その中心に、常にガロウがいた。
豪快で、破天荒で、しかし不思議と憎めない。
彼の笑い声だけで、場の温度が一段跳ね上がる。
この夜、最強の酒乱――いや、宴会戦闘兵器が、確かに酒場を掌握していた。
◇
混沌とした酒場の真ん中、漣司は一歩下がって全体を見ていた。
――敵と味方が笑い合っている。かつて日本の企業戦士として見た「飲みニケーション」の光景が、異世界で再現されていた。やがて、都市のリーダー格が漣司の前に歩み寄った。老練な顔に苦笑いを浮かべながら、低く言った。
「二階堂蓮司……お前には不思議な魅力がある。人を戦わせ、人を笑わせ、そして……豪快に飲み潰す。あれほど敵対していた者たちが、今はお前の隣で酒を酌み交わしている。――まるで魔法だ」
漣司は静かにグラスを置いた。
「魔法なんかじゃありません」
目を細め、ほんの少しだけ微笑む。
「日本のビジネスの戦場では、これくらい当たり前ですよ」
その言葉に、リーダーはしばし沈黙し――やがて深く笑った。
「……なるほど。ならば私も、その戦場の流儀に学ばせてもらおう」
こうして、剣でも金でもなく、酒と笑いによる和解の夜が幕を閉じた。翌朝の都市の噂は、こうである。
――「二階堂商会の接待にかかったら、敵でも友になる」
だが、勝利の余韻に浸る者は一人としていない。
カストリア別邸の作戦室に立つ漣司の横顔には、戦場で見せたあの鋭さがまだ抜けていなかった。
「……勝ったとはいえ、敵はまだ残っている」
低く、沈んだ声。
机上に置かれた都市地図の上を、漣司の指が静かに滑っていく。
「倒すだけじゃ足りない。友に変えねば、根は断てない」
その一言に、全員が硬直した。ロイは口を開けたまま、ガロウは腕を組み、ミナはコーヒーを飲みかけて止まる。
「まさか……また、やる気ですか、社長」
リュシアだけが冷ややかな声で問う。漣司は、真っ直ぐに言った。
「そうだ。日本社会ではな――接待で敵を友に変えるのは常識だ」
ざわつく面々の中心で、漣司は平然と続けた。
「都市最大の大酒場を――貸し切る」
「は?」
「さらに即席で豪奢にリノベーションする」
「はあ!?」
「敵対派閥も全部まとめて招待する」
「やっぱり戦争では……?」
漣司の声は真剣そのもの。こうして決まった。
――都市最大の大酒場、貸し切り。
――即席の豪奢リノベーション。
――敵対派閥すら強制招待。
そして――夜。
都市の中心。普段は喧騒と酒臭さが渦巻く、巨大酒場〈赤獅子亭〉は、もはや誰も知らぬ姿に変貌していた。入口の上、煌々と輝く看板には――
『武装法人二階堂商会 大接待の夜』
こうして――都市を揺るがす一夜の外交戦が幕を開けようとしていた。
◇
夜。酒場の扉が開かれると、そこは異世界キャバクラと化していた。
そこはもう、昼間の素朴な酒場ではない。
紅い絨毯が波打つように入口から奥へと続き、天井には即席とは思えぬ豪奢なシャンデリアが光を散らしている。
壁には魔導投影によるきらびやかな演出、テーブルには高級ワインと豪華料理が惜しげもなく並べられていた。
給仕たちは皆、気合の入った衣装に着替え、笑みを浮かべたまま客を迎えている。
敵対派閥の幹部たちは、完全に圧倒されていた。
「な、なんだこの空間は……接待ってレベルじゃない……」
そのざわめきが頂点に達した瞬間――
ぱん、とスポットライトが弾けるように点灯した。
視線が一斉に舞台へ吸い寄せられる。
そこに立つのは、黒のバニー衣装に身を包んだ――氷の参謀、リュシア。
深い黒に包まれた脚線美。
淡く輝く銀髪は背中に流れ、長いウサ耳だけがピンと立っていた。
ただ、その表情だけはいつもの絶対零度のまま。
「……社長のご命令ですから」
真顔でウサ耳をピンと立てながら、ぎこちなく客に近づく。
震えるでもなく、開き直るでもなく、ただ淡々と。
だが、だからこそ破壊力があった。
敵対派閥の幹部テーブルへ歩み寄る。
「お、お客様……こちら……当店自慢の……ワインで……ございます……」
普段なら数字の羅列しか並ばない口から、接客用の丁寧語がぎこちなくこぼれ落ちていく。
その一つ一つに、幹部たちはゴクリと息を呑んだ。
――敵対するはずの氷の参謀が、バニー姿で酒を注いでいる。
誰が想像しただろう。
しかし、真の地獄はここからだった。
一杯。
二杯。
冷徹なはずの参謀の頬に、じわりと薄紅が広がっていく。
「しゃ、社長……わ、わたし……少しだけなら……まだ飲めましゅ……」
真顔が次第に崩れ、酔いが回るにつれて言葉が乱れていく。
「わ、わたしはっ……数字しか信じないんれす……でも……しゃちょーのことは……す、すこし……だけは……」
語尾が溶けていくような酔い声。
まるで氷が酒のぬくもりに負けて溶けゆくように。
次の瞬間――
かたり。
リュシアはグラスを抱きしめたまま、机に突っ伏した。
「……むにゃ……しゃちょー……予算……の、のこり……」
敵対派閥の幹部たちは完全に固まった。
もはや恐怖でも警戒でもなく、ただの敗北の表情だった。
――氷の女、撃沈。
そして二階堂商会の接待戦線は、完全勝利の香りを放ち始めていた。
◇
一方、ミナはというと――。バニー姿こそ拒んだが、真紅のスリットドレスでテンションMAX。
「いらっしゃいませ~! 二杯目はサービスしちゃうよっ☆」
敵幹部の肩に腕を回し、強引に飲ませ、いつの間にか即興ライブが始まる。
「♪ のめや~! うたえや~! 商会ばんざ~いッ!」
店内の空気を完全に掌握し、酔った男たちを次々と転がしていった。
「おいミナ! 調子に乗りすぎだ!」
ロイが必死に止めようとする。だが次の瞬間、女性客数人に囲まれたのはロイ自身だった。
「ねぇロイくん~、今日の演説すっごく素敵だったわぁ♡」
「庶民代表って、控えめに言って推せる~」
頬を赤くしながら女性に迫られ、ロイは真っ青。
「ちょ、ちょっと待って! 俺はそんなつもりじゃ……あの……!」
狼狽ぶりは完全に酒場の笑いの種となった。
◇
そして――その夜の混沌の核にいたのは、やはりこの男であった。
ガロウ。
「オウオウオウ! 飲めヤァァァァ、コラァァァァッ!!」
開幕一番、彼は人が二人は入れそうな巨大樽を片腕で抱え上げ、喉へ滝のように酒を流し込む。
鼓膜が震える怒号、床板が悲鳴を上げる重量。次の瞬間、ガロウは空いた片手でテーブルをドン、と叩き割り、周囲のコップが跳ね上がった。
「俺様の杯を断るヤツはヨォ――この場でッ! 即ッ! 引退ダァアア!!」
敵対派閥の幹部も、味方の兵も、飲んでいた給仕までも思わず背筋を伸ばす。
だが次にはガロウ自身が机を踏み台にして跳び上がり、着地の衝撃で床がギシ、と深く沈む。壁に掛けられていた絵皿が一斉にカタカタと震えた。
「退職金まで出る戦士なんざ聞いたことねェ! 飲んで死ねるなら本望だロォォ!!」
豪快すぎる雄叫びに、周囲は一拍――そして爆笑の渦に呑まれる。
「ひっ……ひぃ……腹よじれる……!」
「なにあの化け物……いや、好き……!」
「もう敵とか味方とかどうでもよくなるわ……!」
気がつけば、派閥の違いなど完全に消え失せ、肩を組み、大合唱が始まっていた。
酒場は揺れ、歌は天井の梁まで震わせ、笑い声と足踏みが街路にまで溢れ出す。
――その中心に、常にガロウがいた。
豪快で、破天荒で、しかし不思議と憎めない。
彼の笑い声だけで、場の温度が一段跳ね上がる。
この夜、最強の酒乱――いや、宴会戦闘兵器が、確かに酒場を掌握していた。
◇
混沌とした酒場の真ん中、漣司は一歩下がって全体を見ていた。
――敵と味方が笑い合っている。かつて日本の企業戦士として見た「飲みニケーション」の光景が、異世界で再現されていた。やがて、都市のリーダー格が漣司の前に歩み寄った。老練な顔に苦笑いを浮かべながら、低く言った。
「二階堂蓮司……お前には不思議な魅力がある。人を戦わせ、人を笑わせ、そして……豪快に飲み潰す。あれほど敵対していた者たちが、今はお前の隣で酒を酌み交わしている。――まるで魔法だ」
漣司は静かにグラスを置いた。
「魔法なんかじゃありません」
目を細め、ほんの少しだけ微笑む。
「日本のビジネスの戦場では、これくらい当たり前ですよ」
その言葉に、リーダーはしばし沈黙し――やがて深く笑った。
「……なるほど。ならば私も、その戦場の流儀に学ばせてもらおう」
こうして、剣でも金でもなく、酒と笑いによる和解の夜が幕を閉じた。翌朝の都市の噂は、こうである。
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