37 / 45
第37章 総力戦 ― 狼の牙を折る時
しおりを挟む戦場の中心に、圧倒的な巨影が立っていた。
赤狼の牙の頭目、グラド・バルザーク。
血に濡れた大剣が振り下ろされるたび、鉄と肉の裂ける凄まじい音が戦場に響き渡る。
「ひと振りで三人……」
庶民兵の一人が息も絶え絶えに呟いた。震えた声が、周囲の恐怖を連鎖させる前に、ガロウが吠えた。
「ビビるんじゃねェ! 退職金もらうまでは死ねねェんダ!」
咆哮と共に斧を振りかぶり、ガロウは巨体全てを使って突撃する。大剣と斧が激しくぶつかり合い、火花のように衝撃が四方に飛び散った。土煙が舞う中、ガロウの力強い一撃がかろうじて大剣を押し返す。
「さすが……!」
兵士たちの息が詰まる。圧倒的な力の差を前にしても、ガロウは一瞬、グラドの剣を押し戻して見せたのだ。まさに英雄の奮戦。
「力は認める。だが、俺の前では子供の遊びだ!」
しかし、次の瞬間。グラドの大剣が轟音と共に振り下ろされる。力の収束点に、ガロウの肩が打ち込まれた。巨体が宙を舞い、地面に叩きつけられる。大地が轟き、砂利と土が飛び散り、衝撃で周囲の兵士たちの視界が揺れた。
「ガロウさん!」
ロイが駆け寄ろうとする。しかし、グラドの剣が容赦なく迫る。必死に槍を突き出すロイの腕が弾かれ、痺れが全身に走った。
「くそっ……重すぎる!」
額に汗が滲み、呼吸が荒くなる。土煙の向こうで、吹き飛ばされたガロウの姿が視界の端に揺れた。拳を握りしめ、必死に踏みとどまるロイの目に、巨人のようなグラドの影が迫る――まるで大地そのものが襲いかかってくるかのように。
◇
そこへ、猫のような影が横から割り込んだ。
「はいはい、こっち見てなさいよ!」
ミナが軽やかに跳び、短剣をグラドの足元に向ける。刃は鋼の鎧に弾かれたが、そのほんの一瞬、ロイは逃げることができた。
「ちょこまかと……鼠め!」
大剣が振り下ろされ、ミナは瞬時に身を翻して地面に転がる。砂埃を蹴散らし、宙を滑るように避けるその姿は、まるで舞う猫のようだった。
「ちょっと! 鼠じゃない、猫よ猫!」
ミナは身を翻し、振り下ろされる大剣を寸前で躱す。宙でひねりながら短剣を振り、グラドの足元を突く――鎧に刃は弾かれたものの、確実に一撃を当てることはできた。しかし、その衝撃はほんのわずか。グラドの巨体には微かな刺激でしかなく、彼の動きを止めるには遠く及ばない。
「ちっ……!」
悔しさに歯を食いしばるミナ。何度も攻撃を繰り返すが、巨人の盾となる鋼の鎧と圧倒的な筋力の前では、すべて水面に滴る一粒の水のように消えていく。それでも、わずかでも隙を作れば、ロイや仲間がその隙を突くチャンスになる――その思いだけが、彼女の体を次の動きへと駆り立てた。
◇
「社長……このままでは押し切られます!」
リュシアが必死に叫ぶ。声は戦場の喧騒にかき消されそうになりながらも、漣司の耳に届いた。
「わかっている」
漣司は大剣を握り直し、前に踏み出す。地面が微かに震え、砂利が跳ねる。
「グラド!」
「ほう、ようやく大将自ら出てきたか!」
刃と刃が激しく交錯し、火花のような金属音が弾ける。圧倒的な力の差に、漣司は何度も押され、膝をつきそうになる。筋肉が悲鳴を上げ、息が荒くなる。力の差は歴然だった。
「社長!」
ロイの叫びが飛ぶ。しかし漣司は歯を食いしばり、目を閉じて深く息を吸った。
「俺は一人で戦っているんじゃない!」
その言葉と同時に、リュシアの鈴が透き通った音色を戦場に響かせる。短く、しかし確実に心を震わせる音。戦場に、微かな風穴が開いた。
――恐怖に沈みかけた兵士たちの士気が、わずかに蘇る。漣司の背中には、仲間たちの想いが重なり、彼の一歩はさらに力強く前へと伸びていった。
◇
合図が放たれた刹那、二階堂商会は一個の生き物のように動いた。
ロイが前へ躍り出る。
「行くぞ! 左右展開――突撃ッ!!」
庶民兵たちが叫びを重ね、左右から雪崩れ込む。砂を蹴立て、槍と盾が壁となって迫り、グラドの視界と意識を強引に引き裂いた。正面の圧力が、巨体の動きを一瞬だけ止める。
その隙を、ミナが逃さない。影のように背後へ回り込み、冷えた瞳で詠唱を刻む。
次の瞬間――炎が走った。
地を舐めるように燃え広がり、足場を焼き、熱と光が巨人の動線を奪う。
「逃がさないわ」
焦げた砂が爆ぜ、グラドの踏み込みが鈍る。
そして――
地鳴りのような咆哮と共に、ガロウが立ち上がった。
「ォォオオオオッ!!」
満身創痍の身体を無理やり叩き起こし、斧を振りかぶる。
獣のような一撃が敵陣へ叩き込まれ、兵を、盾を、恐怖をまとめて薙ぎ払った。圧倒的な重量と執念が、前線をこじ開ける。
「退職金ボーナスは戦果次第ダァ!!」
狂気じみた叫びが、戦場に火をつける。
グラドの大剣が唸りを上げて振り抜かれ、漣司の剣を真正面から弾き飛ばした。
凄まじい衝撃。地面に走る亀裂、跳ね上がる砂利。常人なら、その一撃で終わっていた。
だが――終わらない。
横合いから、ガロウの斧が噛みついた。鋼と鋼が激突し、巨剣の軌道が逸れる。
同時に、ロイの槍が鋭く踏み込み、脇腹を抉る。
さらに一拍遅れて、ミナの短剣が宙を裂き、グラドの腕を浅く切り裂いた。
一撃ではない。連携だ。ガロウの斧が大剣を横から押し返し、ロイの槍が脇腹を突き、ミナの投げた短剣が腕をかすめる。刃と衝撃が連鎖し、圧倒的な力が少しずつ削られていく。
「ぐっ……!」
ついに、初めてグラドが膝をついた。戦場に一瞬の静寂が訪れ、兵士たちの目に希望の光が宿る。
巨大な巨人がたった一歩、後退したその瞬間――戦況は、確かに変わったのだ。
戦場が、凍りつく。誰もが息を止め、信じられない光景を見つめた。
巨人が、退いた。たった一歩。
されど、その一歩は――戦況そのものを塗り替える一歩だった。
兵士たちの瞳に、確かな光が灯る。恐怖ではない。希望だ。
二階堂商会は、今この瞬間、圧倒的な暴力を押し返していた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ガチャと異世界転生 システムの欠陥を偶然発見し成り上がる!
よっしぃ
ファンタジー
偶然神のガチャシステムに欠陥がある事を発見したノーマルアイテムハンター(最底辺の冒険者)ランナル・エクヴァル・元日本人の転生者。
獲得したノーマルアイテムの売却時に、偶然発見したシステムの欠陥でとんでもない事になり、神に報告をするも再現できず否定され、しかも神が公認でそんな事が本当にあれば不正扱いしないからドンドンしていいと言われ、不正もとい欠陥を利用し最高ランクの装備を取得し成り上がり、無双するお話。
俺は西塔 徳仁(さいとう のりひと)、もうすぐ50過ぎのおっさんだ。
単身赴任で家族と離れ遠くで暮らしている。遠すぎて年に数回しか帰省できない。
ぶっちゃけ時間があるからと、ブラウザゲームをやっていたりする。
大抵ガチャがあるんだよな。
幾つかのゲームをしていたら、そのうちの一つのゲームで何やらハズレガチャを上位のアイテムにアップグレードしてくれるイベントがあって、それぞれ1から5までのランクがあり、それを15本投入すれば一度だけ例えばSRだったらSSRのアイテムに変えてくれるという有り難いイベントがあったっけ。
だが俺は運がなかった。
ゲームの話ではないぞ?
現実で、だ。
疲れて帰ってきた俺は体調が悪く、何とか自身が住んでいる社宅に到着したのだが・・・・俺は倒れたらしい。
そのまま救急搬送されたが、恐らく脳梗塞。
そのまま帰らぬ人となったようだ。
で、気が付けば俺は全く知らない場所にいた。
どうやら異世界だ。
魔物が闊歩する世界。魔法がある世界らしく、15歳になれば男は皆武器を手に魔物と祟罠くてはならないらしい。
しかも戦うにあたり、武器や防具は何故かガチャで手に入れるようだ。なんじゃそりゃ。
10歳の頃から生まれ育った村で魔物と戦う術や解体方法を身に着けたが、15になると村を出て、大きな街に向かった。
そこでダンジョンを知り、同じような境遇の面々とチームを組んでダンジョンで活動する。
5年、底辺から抜け出せないまま過ごしてしまった。
残念ながら日本の知識は持ち合わせていたが役に立たなかった。
そんなある日、変化がやってきた。
疲れていた俺は普段しない事をしてしまったのだ。
その結果、俺は信じられない出来事に遭遇、その後神との恐ろしい交渉を行い、最底辺の生活から脱出し、成り上がってく。
悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業
ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
この世界にダンジョンが現れたようです ~チートな武器とスキルと魔法と従魔と仲間達と共に世界最強となる~
仮実谷 望
ファンタジー
主人公の増宮拓朗(ましみやたくろう)は20歳のニートである。
祖父母の家に居候している中、毎日の日課の自宅の蔵の確認を行う過程で謎の黒い穴を見つける。
試にその黒い穴に入ると謎の空間に到達する。
拓朗はその空間がダンジョンだと確信して興奮した。
さっそく蔵にある武器と防具で装備を整えてダンジョンに入ることになるのだが……
暫くするとこの世界には異変が起きていた。
謎の怪物が現れて人を襲っているなどの目撃例が出ているようだ。
謎の黒い穴に入った若者が行方不明になったなどの事例も出ている。
そのころ拓朗は知ってか知らずか着実にレベルを上げて世界最強の探索者になっていた。
その後モンスターが街に現れるようになったら、狐の仮面を被りモンスターを退治しないといけないと奮起する。
その過程で他にもダンジョンで女子高生と出会いダンジョンの攻略を進め成長していく。
様々な登場人物が織りなす群像劇です。
主人公以外の視点も書くのでそこをご了承ください。
その後、七星家の七星ナナナと虹咲家の虹咲ナナカとの出会いが拓朗を成長させるきっかけになる。
ユキトとの出会いの中、拓朗は成長する。
タクロウは立派なヒーローとして覚醒する。
その後どんな敵が来ようとも敵を押しのける。倒す。そんな無敵のヒーロー稲荷仮面が活躍するヒーロー路線物も描いていきたいです。
異世界から元の世界に派遣された僕は他の勇者たちとは別にのんびり暮らします【DNAの改修者ー外伝】
kujibiki
ファンタジー
異世界で第二の人生の大往生を迎えた僕は再びあの場所へ飛ばされていた。
※これは『DNAの改修者』のアフターストーリーとなります。
『DNAの改修者』を読まなくても大丈夫だとは思いますが、気になる方はご覧ください。
※表紙は生成AIで作ってみたイメージです。(シャルルが難しい…)
レベルアップに魅せられすぎた男の異世界探求記(旧題カンスト厨の異世界探検記)
荻野
ファンタジー
ハーデス 「ワシとこの遺跡ダンジョンをそなたの魔法で成仏させてくれぬかのぅ?」
俺 「確かに俺の神聖魔法はレベルが高い。神様であるアンタとこのダンジョンを成仏させるというのも出来るかもしれないな」
ハーデス 「では……」
俺 「だが断る!」
ハーデス 「むっ、今何と?」
俺 「断ると言ったんだ」
ハーデス 「なぜだ?」
俺 「……俺のレベルだ」
ハーデス 「……は?」
俺 「あともう数千回くらいアンタを倒せば俺のレベルをカンストさせられそうなんだ。だからそれまでは聞き入れることが出来ない」
ハーデス 「レベルをカンスト? お、お主……正気か? 神であるワシですらレベルは9000なんじゃぞ? それをカンスト? 神をも上回る力をそなたは既に得ておるのじゃぞ?」
俺 「そんなことは知ったことじゃない。俺の目標はレベルをカンストさせること。それだけだ」
ハーデス 「……正気……なのか?」
俺 「もちろん」
異世界に放り込まれた俺は、昔ハマったゲームのように異世界をコンプリートすることにした。
たとえ周りの者たちがなんと言おうとも、俺は異世界を極め尽くしてみせる!
アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記
ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。
そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。
【魔物】を倒すと魔石を落とす。
魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。
世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる