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3章
21話:戦慄
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「ヤクルン、明日はもっと奥の畑に田植えしてね。僕としてはルルカさんの農業計画にあわせてほしいし」
「ヤクルン、工場もつくって大忙しだね。あたしは力仕事パス。せめてもうすこし人がいれば、この農地も領地っていえるくらい合理化できると思うんだけどね」
ヤクルをヤクルンと呼ぶ猫耳少女たちは、和久井ヒナタとヒカゲ姉妹だ。見た目はのゐると同じくらいかすこし小さいほどの体格であるが、見かけによらずナナジマより年上の二十八歳で、書籍の売り上げが食卓のなかで最も多い。
ナナジマと比べると揃って表情が薄く口数が乏しいので現状二人はまだあまり区別されていないが、ヒナタが書いたプロットをヒカゲが小説に起こす珍しい作家コンビだ。
自己主張が強く一人称が「僕」なのが姉のヒナタでプロット担当。何事も面倒臭がるのが妹のヒカゲで執筆担当である。
容姿も発想も似ているので、周囲は「和久井姉妹」として捉えており、あまり区別されていない。
「た、田植えに工場に人集めですか……和久井先生方シビアですね……が、がんばります」
「いや、ヤクルンがんばりすぎだよ。僕もヒカゲのいう通りだと思うよ。人が少ないからしょうがないって。いくら世界最強でもひとりだしさ」
「ヒナタのいう通り。あたしたちモノ書きなんだから元来ワガママな生き物だし、自由にやってよ。そもそも人少ないし。そんなにブーストかけなくてもさ。気負いするならゆっくりやってね」
たしかに双子のいう通り、この農地に対しあまりにも人が少なすぎた。特段ほかの面々はヤクルに比べなにか作業に長けている訳でもないため、ほとんど彼がひとりで作業している。
この規模の領地を最大限活用するのであれば作業に長ける人がもう数百人は必要だ。それだけの畑が実らせる食糧があっても持て余すだけではあるが、いくらヤクルが百人力、千人力の力を発揮したところで、彼ひとりでは同時並行でき得る作業の数に限度があった。
和久井姉妹の言葉に自信をなくすヤクルではあったが、先の怪光線からヤクルの実力はみなに知れ渡っていた。だからこそ彼は周囲に認められていたし、信頼されているからこそ姉妹も遠慮なしにヤクルへ言葉をかけている。
そしてなにより、ヤクルはこの新世界で人々の役に立てていたことが嬉しかった。一緒に作家たちが暮らしてくれることが自分を認めてくれている表れだと感じられて、ただそれだけでも嬉しかった。
『コホン、アタシも話していいかな』
クリスタルから映し出されるルルカが話題を遮った。今日で新世界で農業をはじめて一年になる。現状を振り返るには丁度いいタイミングであった。
『えぇと、それじゃあ今日はこれから――この世界でいま、なにが起きているのかを話すよ』
このときのルルカの表情は、ヤクルとのゐるが初めて彼女に出会ったときのものによく似ていた。およそこの一年見ることがなかった久しきマッドサイエンティストのようなニヤケ顔が、怪しき含みを持って再び彼らの前に現れていた。
ルルカの一言は一同が座るこの空間にひとときの静寂を生み出していたが、待ちきれなくなったナナジマが彼女へと返事した。
「なにが起きてるって……みんな知っての通りだろ。爆弾が爆発してたくさんの人が死んだんだよ。生き残った俺たちはサバイバルをしている。そんだけだ」
『なんで?』
「あ?」
ナナジマは純粋に意味がわからず、そのように聞くしかなかった。とはいえやり取りが成立していない訳ではない。
ルルカが真に一同へ質問したいことが、このなんで? には込められているのだ。
『ナナジマの言うことは正しいよ。でも、どうしてこんなことが起きているのか、みんなはこれまで考えてこなかった。本来爆弾で世界をやり直すなんてさ、こんなこと起きるはずがないんだよ。あり得ないのさ』
「……どういうことだよ?」
『この状況が普通ではないってことさ。あぁ、普通ではないとは思ってるかもしれないけれど、こんな風に人類が滅亡を受け入れることがおかしいっていう風には、なかなか思えなかったかな』
「……ルルカさん?」
ルルカは、諭すような、小馬鹿にするような振る舞いだった。その事実が難解すぎたからか、この瞬間そこにいる誰もがルルカが話す真意に気づくことができなかった。
とはいえ次のルルカの一言もまた、理に敵っていたというのに、あまりにも突き抜けていて、誰の理解をも置き去りにするに容易だった。
『だってみんなは、知らないうちに頭に思考汚染魔法を埋め込まれて、思考と認識がロックされているもんねぇ。合理的な解釈を促され、人類が人類人口を大きく減らす採択をしたことについて、掘り下げたり想像したりできないようにされているんだからそりゃそうか』
一同に戦慄走る――。
「ヤクルン、工場もつくって大忙しだね。あたしは力仕事パス。せめてもうすこし人がいれば、この農地も領地っていえるくらい合理化できると思うんだけどね」
ヤクルをヤクルンと呼ぶ猫耳少女たちは、和久井ヒナタとヒカゲ姉妹だ。見た目はのゐると同じくらいかすこし小さいほどの体格であるが、見かけによらずナナジマより年上の二十八歳で、書籍の売り上げが食卓のなかで最も多い。
ナナジマと比べると揃って表情が薄く口数が乏しいので現状二人はまだあまり区別されていないが、ヒナタが書いたプロットをヒカゲが小説に起こす珍しい作家コンビだ。
自己主張が強く一人称が「僕」なのが姉のヒナタでプロット担当。何事も面倒臭がるのが妹のヒカゲで執筆担当である。
容姿も発想も似ているので、周囲は「和久井姉妹」として捉えており、あまり区別されていない。
「た、田植えに工場に人集めですか……和久井先生方シビアですね……が、がんばります」
「いや、ヤクルンがんばりすぎだよ。僕もヒカゲのいう通りだと思うよ。人が少ないからしょうがないって。いくら世界最強でもひとりだしさ」
「ヒナタのいう通り。あたしたちモノ書きなんだから元来ワガママな生き物だし、自由にやってよ。そもそも人少ないし。そんなにブーストかけなくてもさ。気負いするならゆっくりやってね」
たしかに双子のいう通り、この農地に対しあまりにも人が少なすぎた。特段ほかの面々はヤクルに比べなにか作業に長けている訳でもないため、ほとんど彼がひとりで作業している。
この規模の領地を最大限活用するのであれば作業に長ける人がもう数百人は必要だ。それだけの畑が実らせる食糧があっても持て余すだけではあるが、いくらヤクルが百人力、千人力の力を発揮したところで、彼ひとりでは同時並行でき得る作業の数に限度があった。
和久井姉妹の言葉に自信をなくすヤクルではあったが、先の怪光線からヤクルの実力はみなに知れ渡っていた。だからこそ彼は周囲に認められていたし、信頼されているからこそ姉妹も遠慮なしにヤクルへ言葉をかけている。
そしてなにより、ヤクルはこの新世界で人々の役に立てていたことが嬉しかった。一緒に作家たちが暮らしてくれることが自分を認めてくれている表れだと感じられて、ただそれだけでも嬉しかった。
『コホン、アタシも話していいかな』
クリスタルから映し出されるルルカが話題を遮った。今日で新世界で農業をはじめて一年になる。現状を振り返るには丁度いいタイミングであった。
『えぇと、それじゃあ今日はこれから――この世界でいま、なにが起きているのかを話すよ』
このときのルルカの表情は、ヤクルとのゐるが初めて彼女に出会ったときのものによく似ていた。およそこの一年見ることがなかった久しきマッドサイエンティストのようなニヤケ顔が、怪しき含みを持って再び彼らの前に現れていた。
ルルカの一言は一同が座るこの空間にひとときの静寂を生み出していたが、待ちきれなくなったナナジマが彼女へと返事した。
「なにが起きてるって……みんな知っての通りだろ。爆弾が爆発してたくさんの人が死んだんだよ。生き残った俺たちはサバイバルをしている。そんだけだ」
『なんで?』
「あ?」
ナナジマは純粋に意味がわからず、そのように聞くしかなかった。とはいえやり取りが成立していない訳ではない。
ルルカが真に一同へ質問したいことが、このなんで? には込められているのだ。
『ナナジマの言うことは正しいよ。でも、どうしてこんなことが起きているのか、みんなはこれまで考えてこなかった。本来爆弾で世界をやり直すなんてさ、こんなこと起きるはずがないんだよ。あり得ないのさ』
「……どういうことだよ?」
『この状況が普通ではないってことさ。あぁ、普通ではないとは思ってるかもしれないけれど、こんな風に人類が滅亡を受け入れることがおかしいっていう風には、なかなか思えなかったかな』
「……ルルカさん?」
ルルカは、諭すような、小馬鹿にするような振る舞いだった。その事実が難解すぎたからか、この瞬間そこにいる誰もがルルカが話す真意に気づくことができなかった。
とはいえ次のルルカの一言もまた、理に敵っていたというのに、あまりにも突き抜けていて、誰の理解をも置き去りにするに容易だった。
『だってみんなは、知らないうちに頭に思考汚染魔法を埋め込まれて、思考と認識がロックされているもんねぇ。合理的な解釈を促され、人類が人類人口を大きく減らす採択をしたことについて、掘り下げたり想像したりできないようにされているんだからそりゃそうか』
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