少年剣士、剣豪になる。

アラビアータ

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第二十三話

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 ハーラは喘ぎ喘ぎ、街の広場まで逃げ奔って来た。すると、酒場で斬られた四人とは別の荒くれ八人がいたので、少しは安堵した様子である。
 闇の中から、二つの人影が躍り出して来た。ルーク達より先に追い掛けて来た、男爵の元部下達である。ハーラは勃然と怒りを表わし、斬れっ、と命じた。
 殺気立っている用心棒共は、すわこそと長剣を抜き払って、火華を散らして斬り合った。しかし悲しいかな、元は文官二人に対し、相手は手練れが九人くにんである。たちまち彼らは血煙となってしまった。
 ルークとナタリーは、その荒くれ共の後ろから跳び出して、ただ事ならぬ勢いで、

「待てっ。ハーラ、覚悟しろっ」
「もう逃げても無駄よっ。大人しくしなさいっ」

 と叫んで剣を抜き、ハーラ達もそれと見るや否、銀蛇のような長剣を舞わした。すわ、と言えば、八面乱刃、膾斬りにと躍り掛かる。
 ルークはナタリーと、背中合わせに守り合い、佩剣の柄をしっかと握りしめ、

「お前達に用は無いっ。ハーラを渡せっ」
「そうよっ。斬り捨てられる前に退きなさいっ」
「おのれ餓鬼共っ。不埒な事を申せっ。大言壮語は肩腹痛い、言い方一つで嬲り斬りだぞっ。欲しいのなら腕ずくで…」

 先頭の用心棒は、その口上の終わらぬ内に、跳び込んで来たナタリーに首を斬り落とされた。剣を手にしての度胸は、尋常の男など遙かに凌ぐ。他の敵は、仲間の死を見て怒り狂い、血を見た狼の如く憤激する。こんな二人に手間はいらぬ、と手に手に長剣煌めかせ、喚き散らして斬り交ぜる。
 ルークは、目の前の剣先をひらりと躱し、用心棒を横一文字に斬って捨てた。ナタリーも、更にまた一人の手元に躍り込み、と首を突き上げた。
 突如ルークは、小僧っ、という一喝と共に電光の一閃を受けた。辛くも躱して後退り、見上げてみれば長剣を引っ提げるハーラがいた。

 針を植え並べたような眉の影から、邪気爛々たる双眸をルークに向け、

「小僧っ。取るにも足らぬ生兵法の剣術は止めたらどうだ。私はナタリーを殺せれば良いのだ、真っ二つになる前に去れっ」

 そう言って彼に擬すのは、何処で手に入れたか真新しい長剣。月明かりを受ける刃は、調度品のように輝いている。
 まだ日の浅い剣であっても、一度ハーラの猛然たる気魄を吹き込まれると、当代の名剣のように鋭く見え、彼の秘術を脈々と乗せているようにも感じられる。
 ルークは、尋常ならざる殺気に、思わずじりじりと後退りし、片手に構えたままの剣を、やり場も無く震わせた。

「はぁ、はぁ…。落ち着け…落ち着け…」

 ルークの忿念ふんねんは刻々と燃えているが、身体の方は戦慄き、微かな鍔鳴りが聞こえだした。しかし彼は必死に、僕は二人も簡単に斬ったんだ、と自信を奮い起こし、フロリアン様の仇め、と睨み付け、いきなりハーラの真眉間目掛けて斬り付けた。
 ハーラは横っ飛びにルークの刃を躱し、怪しくも虚空に剣を唸らせて、蹌踉めいた彼の背中を斬ろうとしたが、ルークも必死必死、身を翻して片手払いに、戛然と弾き返した。
 重い痺れを柄手に感じたルークに、やっ、とハーラが気合いの一閃! 彼は剣と一緒に空へ絡み上げられ、大地に背中から叩き落とされた。
 
 ハーラは呵々と哄笑し、立ち上がろうとするルークの顎を蹴り上げた。ナタリーは、残っていた用心棒と必死の打ち合いを演じていたが、ルークの危機を見て、

「ルーク、今行くからっ。退きなさい! 」

 ナタリーの振るう剣が、稲妻のように相手の胸板を斬り裂き、彼女は疾風の如くルークの元へと駆け付けていった。
 ハーラは、懸命なルークを暴行するのが至極楽しいらしく、敢えて斬らずに殴る蹴る、ルークは朦朧としていた。ぬんっ、とハーラに腹を蹴られ、彼は悶絶して蹲った。

「止めなさいハーラッ。あたしが相手よっ」
「何っ」

 金鈴を振るような声にハーラが振り返れば、そこには凜々たる威を含んだナタリーがいた。彼はニヤリと笑い、待っていたぞ、とばかりに斬り掛かった。
 ナタリーも一心不乱、閃々戛々、男でさえもたじろぐ、ハーラの太刀筋へ果敢に向かった。そんな剣火の旋風、光のたすきの中、ハーラは全く疲れを見せない。いや、女の身であるナタリーが、先に疲労してきたと言えるだろう。
 ハーラは不意に、ナタリーの剣を誘い込み、流星のように斬り上げた。きゃっ、とナタリーは弾かれる剣と共に二歩三歩後退り、死ねっ、とハーラは石弾の如くナタリー目掛けて突き掛かっていき、血飛沫が周囲に舞った。

「うぅ…ナタリー…」
「ルーク、ルーク! 」

 ルークがナタリーの前に割って入り、ハーラの突きを受け止めたのだ。彼の脾腹にはハーラの剣が刺さり、切っ先が僅かに背中から見えている。
 剣を抜かれた彼はうつ伏せに崩れ落ち、須臾にして血溜まりが作られた。しっかりしてっ、と涙を浮かべるナタリーを見たハーラは、

「ははは。女を守って死にかけとは莫迦な奴だ。安心しろナタリーよ、お前もすぐに後を追わせてやる」

 と、ナタリーの脳天目掛けて、ぶん、と斬り下げていった。何かは堪ろう、敢えなく首を大地に預けるかと思われたが、ナタリーは剣を上げて、戛と火華を散らして刃を防いだ。怒れる少女は剣に勢いを増して、猛然と斬り捲る。

「よくも、よくもルークをっ。絶対に許さないっ」

 丁々発止とハーラは、それを受け流しつつ、ナタリーの腕の冴えや隠れた力に、若干驚いてはいたが次第に、どう斬ってやろうか、などと考え始めた。
 するとそこへ、遅れて屋根を跳び跳び、渡って来た人影がある。閃々たる刃の輪を目にし、倒れているルークを見るや否、

「すわっ。ルーク、今助けるよっ」

 と、使い捨ての懐剣を二本、ハーラに投げつけた。しかしハーラもる者、と輝き、風を切って飛んで来る刃を眼の端に捉え、ぱっと地面を蹴って跳び退いた。
 屋根から落花の如く飛び降りて来たのは、薄赤い髪の少女、ルイーゼであった。
 誰だっ、とハーラが叫ぶと、彼女はと柳眉を上げて、

「あなたが殺した女の妹分、ルイーゼだよっ。よくも姐さんをっ」
「や、さてはあの時の旅人の妹かっ。ふん、紛らわしい格好をしおっていたから当然だ。文句があるのなら、そこにいるナタリーにでも言うのだなっ」
「姐さんだけじゃなく、ルークまで手に掛けようとするなんて…絶対に殺させないっ」

 ハーラは、小娘が一人増えた所で、と嘲笑し斬り掛かっていく。ルイーゼは、さっと跳び退いて背中の剣を抜き、鮮やかに斬り付けた。
 ナタリーも、思わぬ助太刀に勇気凜々となり、ルイーゼの刃を躱したハーラの横脇、剣風も侮り難く斬り掛かった。少女二人だけならば、ハーラから見れば児戯にも等しかったであろうが、彼の余裕を破る物音が彼方から響いてきた。

 見れば、高く低く無数の松明が燦めき、脇目も振らずにルーク達がいる広場を目指して駆けてくる。戛々と石畳を鳴らす、筆頭衛兵の蹄の音さえ聞こえてくる。
 先だって密告しておいた衛兵達が、ようやく駆け付けて来たと悟って、ルイーゼの顔に勝ち誇った笑みが浮かぶ。それとは反対に、まんまと術中に落とされたハーラは、憤怒の表情を浮かべるが、乗り付けてきた隊長らしき筆頭衛兵が、

「それっ。無頼者あぶれもの共を召し捕れっ」

 と言うや否、二十名程の捕手がどっと乱入してきた。王都での男爵殺害、そして数ヶ月前に街の近くでも殺しがあったと云うので、物騒な事件あれば何時でも「御用」を掛けるのが、この街の衛兵詰所での方針であった。
 生き残っていたハーラの取り巻き達は、次々と突き倒されたり取り押さえられたりして、高手小手に縛められていく。
 鉤爪、木杖、投げ縄の嵐に遭ったハーラも今は、如何に天魔の勇有ろうとも、如何に剣の腕前高くとも施す術は無かった。

「くそ! 覚えていろっ」

 と、捨て台詞を吐いて、周りの衛兵を薙ぎ退けながら、たちまち夜闇に跳び込んで姿を消してしまった。
 ルイーゼは、逃げて行くハーラには何の未練も無く、騎馬役人に向き直り、

「有難うございます。いつも済みません。危うくあたしの友達が斬られる所でした。どうぞ構わずに引き揚げて下さい」
「うむ。ルイーゼよ、その少年は下町の新入りか? それにしてもこんな夜に出歩いてはいかんぞ。物騒だからな」

 馬上の筆頭衛兵は、ルイーゼの知り合いであるようで、いと親しげに彼女と話している。
 ナタリーは、いつの間にか気絶していたルークを、狼狽えながら止血しようとしていたが、不意に両手を捻り上げられ、高手小手に縛められてしまった。
 彼女が慌てふためいていると、筆頭衛兵が傲然と、

「お前も差し詰め、騒動の仲間だろう。言い訳は詰所でたっぷりと聞いてやるっ。引っ立ていっ」

 と下知し、ナタリーは乱暴に引っ立てられていった。

「ではなルイーゼ。また何かあったら頼むぞ」

 と、筆頭衛兵は意気揚々と部下を連れて帰って行った。
 
 ルイーゼは彼らを見送ると、ルークに駆け寄った。彼は脾腹の瘡から血を流し、蚊の鳴くような小さな息をしている。
 それを見て、ルイーゼは口笛を吹いた。闇夜に長い尾を引く口笛の音は、たちまち周囲から五つ、六つの小さな人影を呼び、彼らはルークの身体を木戸の担架に乗せて何処とも知れぬ場所へ引っ担いで行った。
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