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第二十四話
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剣術道場から破門され、ハーラ・グーロに突き刺され、さし当たって寄家の無い身となったルークは、三日ほど苦しんだ後、何処とも知れない一室で眼を覚ました。
木蓋の外れた窓から金糸のような陽光が差し込み、部屋の中は埃っぽい。彼の寝ている牀も所々欠けており、かなり年季を経ている様子。彼の腹には包帯が巻かれ、丁重な治療が為された後がある。
ルークが知らない天井に戸惑っていると、木戸の蝶番が軋みを上げて開いた。
「ルーク、起きたんだね。瘡は大丈夫? 」
「あ、ルイーゼ。痛たた…」
ルークは起き上がろうとしたが、脾腹の瘡が痛み、思わず声を上げる。ルイーゼは駆け寄って、その病態を労りつつ、彼をまた寝かせた。
ルークは、ルイーゼに此処は何処かと尋ねた。彼女は、誇らしげに、
「此処はハイルブルクの下町だよ。孤児が自分達で生活しているんだ。あたしは親がいるけど、殆どこの下町で皆の面倒を見てるんだ。ルークを助けたのも、あたし達だよ」
「そうなんだ、有難う。…そうだ、ナタリーはっ。ナタリーは一緒じゃないの? 」
「ナタリー? ああ、あの夜、一緒にいた女の子ね。衛兵に捕まったよ」
ルイーゼの言葉に、ルークは須臾にして、痛みをこらえて起き上がり、こうしちゃいられない、と部屋から出ようとした。しかし悲しきかな、瘡の激痛に身体は崩れ落ち、剣を持つことすらままならない。
ルイーゼは、慌てて近付いて彼を助け起こし、
「駄目だよ、そんな身体で。まだ瘡も完全には塞がって無いんだから。ほら大怪我なんだよ」
「で、でも…ナタリーが」
「それなら、あたしが詰所に掛け合ってあげる。今はちゃんと瘡を治さないと」
ルークは、是非も無く部屋に軟禁され、そのまま十数日、ルイーゼの言葉を信じ、また瘡の養生をして過ごした。
ルイーゼは、彼を一室に擒として、来る日も来る日も見舞いに顔を出していたが、ナタリーの事は会話の端にも出さない。ルークが話題に出しても、すぐにはぐらかされていた。
ルークにはそれが無性に悩ましく、昼も夜も何処か上の空、ともすれば窓の外を見上げ、涙など浮かべている。
ある日、ルイーゼが部屋にやって来て、常と同じく初春の太陽のような笑顔で曰く、
「ルーク、さっき衛兵詰所から良い知らせがあったよ。ナタリーさんは近いうちに放免してくれるって」
「そうなんだ、良かった…。でもルイーゼ、君は一体」
と、ルークが言い掛けるのを掻き消すように、下町の童子が慌ただしく、ルイーゼを呼びにやって来たので、彼女は蒼惶と部屋から出て行ってしまった。
少し経つと、ルークは外からの騒ぎ声を耳にした。身を乗り出して見れば、背が高く薄金色の長髪を戴く男がいた。その男こそ、先にルークを剣術道場から放逐した師範のどら息子、マルコであった。
マルコは、十人ばかりの供を引き連れ、周りの露店を蹴飛ばし孤児達を投げ飛ばし、我が物顔で闊歩する。そこへ、ルイーゼが現れ、
「あんた達っ。毎日毎日しつこいよっ。此処は渡さないって言ってるでしょっ」
「ふん、ルイーゼ、前にも言ったが此処は俺達のシマなんだ。誰に断って寝泊まりして商売なんてしてやがる」
「後からやって来たのは、あんた達でしょっ。それに此処を追い出されたら、皆はどうやって暮らしていくのっ」
マルコは、ふん、と鼻を鳴らしてルイーゼに詰め寄った。彼女の頭は、彼の前に立つと丁度その胸板辺りの高さである。
ルイーゼは、歯噛みしてマルコを睨み付けるが、彼は彼女の頬に鉄拳を見舞い、倒れた身体を踏みつけ、
「お前らが野垂れ死のうがどうしようが知った事じゃねえよ。とにかくここら一帯は、このマルコ様の物なんだよ。そうだな、お前が俺の物になるんだったら考えてやらなくも無いぞ」
「退いてよっ」
ルイーゼは、必死でもがくが自分よりも十近くも歳上、しかも男のマルコに太刀打ちするべくも無い。しかも今日の彼と腰巾着共は、だいぶ酩酊しているらしい。
常ならば、地上げ屋の真似事をして去って行くのみなのだが、今日の不良共は、朱泥のような顔で周りにいる孤児達を殴ったり、面白半分で剣を抜いて追い回したりしていた。頭目であるマルコは、舌なめずりするような面持ちで、足下にいるルイーゼを見つめ、手籠めにしようと襲い掛かった。
彼女も必死で抵抗するが、マルコの手下二人に手脚を押さえられ、衣服を裂かれてあわや腰の肌着まで、という所で彼女の手脚を押さえていた男二人が、血煙を上げて斃れた。
「辞めろっ。男が何人も寄って集って、酷いじゃないかっ」
「何だてめえはっ。引っ込んでろっ。あ、お前はっ」
マルコは、思わぬ所で追い出した筈のルークに出会い、明らかに狼狽して跳び退いた。ルークは、ルイーゼに背を向け前に立ち、剣を片手に持って、切っ先をマルコに向けた。
眉をきっとあげるルークは、美少年には違いないが、何の手練れも覚悟も、男としての信念も持たない、マルコをたじろがせるには充分であった。のみならず、マルコの手下の腰巾着共、周りで逃げ惑っていた孤児達も皆、その凜々しさに打たれて動くのを忘れていた。
マルコはやにわにはっとなり、慌てて長剣煌めかせ、じりじりと二歩三歩、ルークへ近付いたかと思うと、ええいっ、とばかりに斬り込んだ。
ルークは慌てず騒がず、風を切って振られる刃を戛と払い、蹌踉めくマルコに電光の一閃を浴びせた。次の瞬間、マルコの右腕は、血を撒き散らしながら地面に落ちていた。
マルコは、先程までの赤ら顔から一転、青ざめた顔で叫び声を上げて倒れた。周りにいる三下共も、すっかり酔いを醒まして彼を引っ担ぎ、覚えていろ、と逃げ出していった。
「ルイーゼ、大丈夫? 」
と、ルークは逃げ奔っていく者達には目もくれず、殆ど赤裸な彼女に声を掛けた。ルイーゼは彼に飛び付き、その慌てる胸の中で、怖かったよ、などと堰を切ったかの如く泣き続けていた。
ルークは、耳まで真っ赤にして取りあえず彼女を離し、自分の上着を被せて部屋まで連れて行った。
「うう…有難う…有難う…」
「良かった、怪我が無くて。じゃ、じゃあ僕は取りあえず出て行くよ」
「待ってよ…。酷い目に遭ったあたしを一人にするの? 男だったら側にいてよ…」
さめざめと泣きながら言うので、ルークも放っておくわけにはいかず、彼女の傍らに座って、その傷心を慰めるのに心を砕いた。
やがて泣き止んだルイーゼは、有難う、と落ち着いた様子で言った。ルークは、そこで始めて、
「あのマルコとはどういう関係なの? それにナタリーをどうやって許して貰ったんだよ。正直言って、君の素性が解らないんだ」
「そんなこと何でもないよ。でも、あたしの事を知って、逃げ出したりしないよね? 」
ルイーゼは、蘭瞼を鋭くルークに向けた。じっと見据えられたルークは、若干声を詰まらせたが、
「僕は君に助けられたんだ。君の秘密を知ったから逃げる、なんて事あり得ない。約束する」
と、昂然と言ってしまった。
ルイーゼは安堵の笑顔を浮かべ、自分の境遇について語り始めた。
――ルイーゼは三歳の頃、ハイルブルク下町に捨てられ、他の孤児達と支え合いながら生きてきた。
この下町というのは、元は寂れた貧民街であったのだが、いつからか孤児達が集まって、盗品を売買したり打ち捨てられた民家に住み着いたりし、一大共同体を築き上げた。
ルイーゼも、物心着いた頃には下町根性に染まり、家々に忍び込んでいる内に、今のように屋根から屋根へ飛び渡ったり、音も無く屋根裏に忍び込む等の隠密、投げ懐剣を初めとする暗殺術を身に着けた。
ルイーゼの技術に目を付けた衛兵詰所は、彼女を捕らえて密約を結んだ。ルイーゼが密偵となって、街に忍ぶ不埒な謀議の密告、時には不穏分子や都合の悪い人物の暗殺をする代わりに、衛兵達は孤児達の犯罪を目溢しする、という密約である。
彼女がその手を血に染める代わりに、下町は保護され、平和な暮らしを謳歌していたのだが、ある時から、街の無頼漢を財力で纏めるマルコが、この下町を拠点にすると言って、地上げ屋の如き嫌がらせを始めた。
下町の姐であるルイーゼは、幾度も無茶な要求を撥ね付けてきたのだが、今日は流石に彼らも業を煮やしたと見え、酒に任せて狼藉を働こうとした。
――ルイーゼが語り終わると、ルークも合点がいった様子。だが、初心な彼には、どうしてマルコが、そこまでルイーゼに執着するのかが解らなかった。
それを尋ねてみると、ルイーゼはやや嫌悪の色を浮かべたが、
「あたしはあいつにこの間、結婚を申し込まれたの。まだ十四なのにあんたみたいな酷い奴と一緒になるもんか、って殴ってやったの」
「そうなんだ…よし、僕が二度と来られないように、次来たら思い知らせてやるよ」
「本当に優しいんだね、ルーク…」
と、ルイーゼは彼に躙り寄って、自分の手を彼の手に重ねた。えっ、とルークは驚いたが、口も聞けずに自分の手の上にある柔らかい感触に、顔を火のようにしていた。
ルイーゼは、座っているルークの太股に跨がり、そのまま凭れ掛かるように擦り寄った。ルークは、緊張の余り動くことも話すことも出来ない。艶なる髪、純なる白皙、じっと彼を見つめる曇りの無い瞳――その全てが、ルイーゼの燃やす恋の炎で魅力を増している。
「ねぇルーク…。ナタリーさんが大切なのは解ってるけど、あたしの気持ちだって解るでしょ…。此処だって、居心地は悪くないでしょ…」
ルイーゼは、恋の夜叉のようになって、更にルークに顔を近付けた。最早、互いの鼻先が触れるか触れないかの距離であった。
木蓋の外れた窓から金糸のような陽光が差し込み、部屋の中は埃っぽい。彼の寝ている牀も所々欠けており、かなり年季を経ている様子。彼の腹には包帯が巻かれ、丁重な治療が為された後がある。
ルークが知らない天井に戸惑っていると、木戸の蝶番が軋みを上げて開いた。
「ルーク、起きたんだね。瘡は大丈夫? 」
「あ、ルイーゼ。痛たた…」
ルークは起き上がろうとしたが、脾腹の瘡が痛み、思わず声を上げる。ルイーゼは駆け寄って、その病態を労りつつ、彼をまた寝かせた。
ルークは、ルイーゼに此処は何処かと尋ねた。彼女は、誇らしげに、
「此処はハイルブルクの下町だよ。孤児が自分達で生活しているんだ。あたしは親がいるけど、殆どこの下町で皆の面倒を見てるんだ。ルークを助けたのも、あたし達だよ」
「そうなんだ、有難う。…そうだ、ナタリーはっ。ナタリーは一緒じゃないの? 」
「ナタリー? ああ、あの夜、一緒にいた女の子ね。衛兵に捕まったよ」
ルイーゼの言葉に、ルークは須臾にして、痛みをこらえて起き上がり、こうしちゃいられない、と部屋から出ようとした。しかし悲しきかな、瘡の激痛に身体は崩れ落ち、剣を持つことすらままならない。
ルイーゼは、慌てて近付いて彼を助け起こし、
「駄目だよ、そんな身体で。まだ瘡も完全には塞がって無いんだから。ほら大怪我なんだよ」
「で、でも…ナタリーが」
「それなら、あたしが詰所に掛け合ってあげる。今はちゃんと瘡を治さないと」
ルークは、是非も無く部屋に軟禁され、そのまま十数日、ルイーゼの言葉を信じ、また瘡の養生をして過ごした。
ルイーゼは、彼を一室に擒として、来る日も来る日も見舞いに顔を出していたが、ナタリーの事は会話の端にも出さない。ルークが話題に出しても、すぐにはぐらかされていた。
ルークにはそれが無性に悩ましく、昼も夜も何処か上の空、ともすれば窓の外を見上げ、涙など浮かべている。
ある日、ルイーゼが部屋にやって来て、常と同じく初春の太陽のような笑顔で曰く、
「ルーク、さっき衛兵詰所から良い知らせがあったよ。ナタリーさんは近いうちに放免してくれるって」
「そうなんだ、良かった…。でもルイーゼ、君は一体」
と、ルークが言い掛けるのを掻き消すように、下町の童子が慌ただしく、ルイーゼを呼びにやって来たので、彼女は蒼惶と部屋から出て行ってしまった。
少し経つと、ルークは外からの騒ぎ声を耳にした。身を乗り出して見れば、背が高く薄金色の長髪を戴く男がいた。その男こそ、先にルークを剣術道場から放逐した師範のどら息子、マルコであった。
マルコは、十人ばかりの供を引き連れ、周りの露店を蹴飛ばし孤児達を投げ飛ばし、我が物顔で闊歩する。そこへ、ルイーゼが現れ、
「あんた達っ。毎日毎日しつこいよっ。此処は渡さないって言ってるでしょっ」
「ふん、ルイーゼ、前にも言ったが此処は俺達のシマなんだ。誰に断って寝泊まりして商売なんてしてやがる」
「後からやって来たのは、あんた達でしょっ。それに此処を追い出されたら、皆はどうやって暮らしていくのっ」
マルコは、ふん、と鼻を鳴らしてルイーゼに詰め寄った。彼女の頭は、彼の前に立つと丁度その胸板辺りの高さである。
ルイーゼは、歯噛みしてマルコを睨み付けるが、彼は彼女の頬に鉄拳を見舞い、倒れた身体を踏みつけ、
「お前らが野垂れ死のうがどうしようが知った事じゃねえよ。とにかくここら一帯は、このマルコ様の物なんだよ。そうだな、お前が俺の物になるんだったら考えてやらなくも無いぞ」
「退いてよっ」
ルイーゼは、必死でもがくが自分よりも十近くも歳上、しかも男のマルコに太刀打ちするべくも無い。しかも今日の彼と腰巾着共は、だいぶ酩酊しているらしい。
常ならば、地上げ屋の真似事をして去って行くのみなのだが、今日の不良共は、朱泥のような顔で周りにいる孤児達を殴ったり、面白半分で剣を抜いて追い回したりしていた。頭目であるマルコは、舌なめずりするような面持ちで、足下にいるルイーゼを見つめ、手籠めにしようと襲い掛かった。
彼女も必死で抵抗するが、マルコの手下二人に手脚を押さえられ、衣服を裂かれてあわや腰の肌着まで、という所で彼女の手脚を押さえていた男二人が、血煙を上げて斃れた。
「辞めろっ。男が何人も寄って集って、酷いじゃないかっ」
「何だてめえはっ。引っ込んでろっ。あ、お前はっ」
マルコは、思わぬ所で追い出した筈のルークに出会い、明らかに狼狽して跳び退いた。ルークは、ルイーゼに背を向け前に立ち、剣を片手に持って、切っ先をマルコに向けた。
眉をきっとあげるルークは、美少年には違いないが、何の手練れも覚悟も、男としての信念も持たない、マルコをたじろがせるには充分であった。のみならず、マルコの手下の腰巾着共、周りで逃げ惑っていた孤児達も皆、その凜々しさに打たれて動くのを忘れていた。
マルコはやにわにはっとなり、慌てて長剣煌めかせ、じりじりと二歩三歩、ルークへ近付いたかと思うと、ええいっ、とばかりに斬り込んだ。
ルークは慌てず騒がず、風を切って振られる刃を戛と払い、蹌踉めくマルコに電光の一閃を浴びせた。次の瞬間、マルコの右腕は、血を撒き散らしながら地面に落ちていた。
マルコは、先程までの赤ら顔から一転、青ざめた顔で叫び声を上げて倒れた。周りにいる三下共も、すっかり酔いを醒まして彼を引っ担ぎ、覚えていろ、と逃げ出していった。
「ルイーゼ、大丈夫? 」
と、ルークは逃げ奔っていく者達には目もくれず、殆ど赤裸な彼女に声を掛けた。ルイーゼは彼に飛び付き、その慌てる胸の中で、怖かったよ、などと堰を切ったかの如く泣き続けていた。
ルークは、耳まで真っ赤にして取りあえず彼女を離し、自分の上着を被せて部屋まで連れて行った。
「うう…有難う…有難う…」
「良かった、怪我が無くて。じゃ、じゃあ僕は取りあえず出て行くよ」
「待ってよ…。酷い目に遭ったあたしを一人にするの? 男だったら側にいてよ…」
さめざめと泣きながら言うので、ルークも放っておくわけにはいかず、彼女の傍らに座って、その傷心を慰めるのに心を砕いた。
やがて泣き止んだルイーゼは、有難う、と落ち着いた様子で言った。ルークは、そこで始めて、
「あのマルコとはどういう関係なの? それにナタリーをどうやって許して貰ったんだよ。正直言って、君の素性が解らないんだ」
「そんなこと何でもないよ。でも、あたしの事を知って、逃げ出したりしないよね? 」
ルイーゼは、蘭瞼を鋭くルークに向けた。じっと見据えられたルークは、若干声を詰まらせたが、
「僕は君に助けられたんだ。君の秘密を知ったから逃げる、なんて事あり得ない。約束する」
と、昂然と言ってしまった。
ルイーゼは安堵の笑顔を浮かべ、自分の境遇について語り始めた。
――ルイーゼは三歳の頃、ハイルブルク下町に捨てられ、他の孤児達と支え合いながら生きてきた。
この下町というのは、元は寂れた貧民街であったのだが、いつからか孤児達が集まって、盗品を売買したり打ち捨てられた民家に住み着いたりし、一大共同体を築き上げた。
ルイーゼも、物心着いた頃には下町根性に染まり、家々に忍び込んでいる内に、今のように屋根から屋根へ飛び渡ったり、音も無く屋根裏に忍び込む等の隠密、投げ懐剣を初めとする暗殺術を身に着けた。
ルイーゼの技術に目を付けた衛兵詰所は、彼女を捕らえて密約を結んだ。ルイーゼが密偵となって、街に忍ぶ不埒な謀議の密告、時には不穏分子や都合の悪い人物の暗殺をする代わりに、衛兵達は孤児達の犯罪を目溢しする、という密約である。
彼女がその手を血に染める代わりに、下町は保護され、平和な暮らしを謳歌していたのだが、ある時から、街の無頼漢を財力で纏めるマルコが、この下町を拠点にすると言って、地上げ屋の如き嫌がらせを始めた。
下町の姐であるルイーゼは、幾度も無茶な要求を撥ね付けてきたのだが、今日は流石に彼らも業を煮やしたと見え、酒に任せて狼藉を働こうとした。
――ルイーゼが語り終わると、ルークも合点がいった様子。だが、初心な彼には、どうしてマルコが、そこまでルイーゼに執着するのかが解らなかった。
それを尋ねてみると、ルイーゼはやや嫌悪の色を浮かべたが、
「あたしはあいつにこの間、結婚を申し込まれたの。まだ十四なのにあんたみたいな酷い奴と一緒になるもんか、って殴ってやったの」
「そうなんだ…よし、僕が二度と来られないように、次来たら思い知らせてやるよ」
「本当に優しいんだね、ルーク…」
と、ルイーゼは彼に躙り寄って、自分の手を彼の手に重ねた。えっ、とルークは驚いたが、口も聞けずに自分の手の上にある柔らかい感触に、顔を火のようにしていた。
ルイーゼは、座っているルークの太股に跨がり、そのまま凭れ掛かるように擦り寄った。ルークは、緊張の余り動くことも話すことも出来ない。艶なる髪、純なる白皙、じっと彼を見つめる曇りの無い瞳――その全てが、ルイーゼの燃やす恋の炎で魅力を増している。
「ねぇルーク…。ナタリーさんが大切なのは解ってるけど、あたしの気持ちだって解るでしょ…。此処だって、居心地は悪くないでしょ…」
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