人外診療所

クリーム色

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一話完結

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私は、ハローワークの紹介状を胸に抱きながら目の前の雑居ビルを見上げていた。


医療事務
月収 18~20万 昇給あり 交通費支給 その他手当てあり
完全週休2日 その他休みあり
小さいですが、アットホームな診療所です
経験者優遇

中々職場に恵まれず、病院を転々としていた。職業案内所の方にもまたか、みたいな顔をされるのにも慣れ始め、いい職場なんてないのか…と諦めていた時に目についたこの好条件の募集。

つい食い付いて応募してしまったが、いざ面接のために来てみると、なにやらおどろおどろしい雰囲気が入る前から伝わってくる。

(これは、また…駄目なとこなのかな?いやでも、久しぶりに見る好条件!とりあえず面接だけでも受けてみないと)

意を決して階段を上り目的地のドアを開けると、以外にも普通の、ビルの一角なので少し手狭ではあるけど、本当に普通の待合室がそこにあった。

そして、普通に優しそうな受付の方が対応してくれた。変に気構えていたので肩透かしを食らった気分だ。

ほどなくして診察室に呼ばれ、失礼します。と中へ入ると、髪はボサボサだが割りと若めに見える白衣を着た男性医師が座っていた。
その横には先ほど対応してくれたナース服にカーディガンを羽織った優しそうな笑顔の受付さんが立っている。

面接時にお決まりの台詞となってしまった経歴と自己紹介をし、いくつか受付さんからの質問に答えていると、先生が語りかけてきた。

「今度の…火曜日、またここに来れる?」

『え?火曜日、ですか?』

受付さんからもまだ最低限のことしか聞かれてないし、先生は今初めて口を開いたところだ。
採用になるような段階でも、ましてや面接を中断してまで落とされるようなミスをしたはずもないのに…と、不安と疑問がぐるぐると渦巻く。

「そう。まずはもらわないと」

『見るって、見学ってことですよね。じゃあ、不採用じゃないんですか?』

「? こちらは君でいいと思ってるよ。視て、それで君が決めればいい」

なんということだろうか…!!今まで、ここまですんなり採用が決まったことなんてない(実際はまだだけど)。

あまりにテンションが上がって、この後の会話は正直よく覚えていない。
ウチは完全予約制だからと、きっちり火曜日の昼1時に予約という形で時間の約束をされたことも、先生達が私より少し上の何もない空間によく視線を向けていたことも、何の疑問にも思わなかった。


※※※※※


約束の火曜日。
2度目の診療所のドアを開けた私は違和感に気付く。

雰囲気が初日の5割り増しで薄気味悪い。

「そのまま診察室まで来てくれ」

ドアの開く音が聞こえたのか診察室から先生の声が響いた。狭いので声はよく通る。
しかし、まだ誰の姿も見ていないので心細いことこの上ない。

少し早歩きで待合室を通り抜け診察室のドアを開ける。

『失礼します…。本日はよろしくお願いいたし、ま……』

最後の『す』は声にならなかった。
薄暗い診察室で、先生の周りだけほんのり明るい。

その光源は……人魂、だった。

青い炎のような輝きと不安定に揺らめいている様はどこからどう見ても人魂で…

『ぁ、わ…わわ…』

悲鳴すら出ず、後ずさっていると先生がゆっくりとこちらに向く。

「…まぁ悲鳴を上げないだけマシ、か。さぁどうぞこちらへ」

面接の時に私が座った先生の前にある診察用の椅子を勧められる。

そんなとこ行けるわけない!と思ったのだが、急に体がガクンと重くなり引きずられるように進んでいく。

(え?嘘……やだ!なにこれっ!?)

自分の意思で動かない体に戦慄が走る。
必死に出口へ向かおうと抗うが、虚ろな表情の『私』は、そのままゆっくりと椅子に腰掛ける。

そんな『私』に先生は思いの外、優しく語りかけてきた。

「今日は、来てくれてありがとう。僕は医者です。あなたを治すことができます」

穏やかで優しい眼差しに少しずつ身体の中の硬さが解れていく。

「……ずっと辛かったんですね。よく耐えてきましたね。…もう、大丈夫ですよ」

先生の言葉に、知らず涙がこぼれた。

(『わたし』、泣いてる…?)

ポロポロと涙が止まらなくなって、次第にしゃくり上げながら本格的に泣き出してしまう。

(いつぶりだろ…。こんなに苦しいのを全部吐き出すみたいに泣けるの)

別に泣けてないわけじゃなかった。感動する映画をみれば涙ぐむし、仕事で悔しかった時、やるせなかった時、涙を流したこともある。

でも、大人なんだから泣いたら済むわけじゃないしとか、泣くのは恥ずかしいとか、色々考えてしまって涙を堪えることが癖になっていたことに気付く。
そんな自分では意識もしてなかったことに驚きつつも、流れる涙を今は止めようとは思わなかった。
そんな『私』を先生も何も言わず見守ってくれていた。

そうして、ひとしきり泣いた後、

「…そろそろ、か。君、気は失わないよう踏ん張れよ?」

先生の突然の言葉に意味が分からず聞き返そうとした瞬間。

身体の奥から何かが急にせり上がってくる。

『っ!?』

ドロドロと濃い煙のようなものが溢れ出て、ソレはみるみる集まり膨れ上がり、煤汚れた毛の塊のようになって私の目の前に現れた。
あまりにも禍々しい存在に身の毛がよだつ。

『せ、先生っ!?これは一体…』

助けを求めるように先生を見れば、今にも泣きそうな、辛そうな表情でソレを見つめ、おもむろに抱きしめた。

(!?ソレに触っちゃだめっ)

思わずソレから先生を離そうと手を伸ばしかけて…片手で制する先生と目が合う。

「大丈夫。この子は悪いものじゃない。すぐ終わるから待ってろ」

大丈夫。

何故か先生のその言葉だけストンと信じられた。
そして、先生は何かの呪文のようなものを唱える。

先生の声に反応して人魂のような青い炎が温かな色に変わり部屋の中を照らしていく。
お経とは少し違うようだが、まるで子守唄のようだな、と私は思った。

すると、だんだんと禍々しい雰囲気が薄れ小さくなり、色も白くなっていき、最後はピンポン玉くらいの真っ白な毛玉になった。
そのままふわりふわりとこちらへ飛んできたので、思わず両手で受け止める。

羽毛のように軽い手触りのソレから小さくピーピーと、鳴き声のようなものが聞こえてきた。

しかも、ちっさな目?みたいなところからポロポロと涙をこぼしている。

(なにこれ…か、かわいい?)

あの禍々しさはどこへやら。

まるで、綿毛のようなケセランパサラン風のソレは私の手の上でコロコロ、ふわふわしながらなおもピーピー泣いている。

『えと、なんで泣いてるの…?どこか痛いの?えーと、どうしよう!』

「痛いわけないだろう。治療は完璧だ。その子は君に謝ってるんだよ」

そう言われても訳が分からない。

「この子は数年前に君に取り憑いて、そのまま祟り神になりかけてた。でも…この子もどうすることも出来ず、ずっと君にごめんって謝り続けていたんだ」

私の手から泣き続ける子をそっと掬い上げると労るように優しく撫でる。
そして、その子が落ち着くまで待った後、改めて説明を受けた。

「まずは、君。5年くらい前に勤めていた病院で古い湯飲み、割っただろう?」

ドキリとした。確かに5年前、勤めていた病院の院長先生が愛用していた湯飲みを間違って割ってしまったことがある。

「その湯飲みのつくも神だったんだこの子は。正確にはつくも神の卵、みたいな存在だが。 割れた瞬間、持ち主の憎悪を吸い込み君に取り憑いた。
そして、君や周りの負の感情を飲み込んでいき、祟り神になる寸前までいっていた。
最近ふと、自分が死ぬ瞬間を想像することがあっただろう。この子が完全に祟り神になっていたら、君はこの世にいなかっただろうね」

淡々と語られる内容に衝撃を受けた。
信じられないような内容なのに、人に話してないことまで、全て当たっていたから。

最近、本当に前触れもなく、ここから飛び降りたら…とか急に後ろから刺されたら…とか、想像してることがあった。ドラマの見すぎかなと、深く考えたこともなかったけど言われてみればおかしな話だ。

5年前。初めて勤めた内科は小さな個人病院で、そこのおじいちゃん先生も優しくて病院内の関係は良好だったと思う。
しかし、亡くなった奥さまとの思い出の品だという湯飲みを洗い物中に誤って割ってしまい、すごく申し訳なくて…それまでみたいな距離で接することが出来なくなった。仕事でも小さなミスも続くようになって最終的に退職、となった。

後悔はしてた…けど、心のどこかでっていう思いもあって…そんな風に考えてしまう自分が嫌だった。

(…けど、本当にそうだったんだ)

胸の辺りがズンと重くなっていく。

…と、それまで落ち着いていた子がまた泣き出してしまった。

「こらこら。やっと取り去ったのにまた引きずり出す気か。勘違いしてるようだな」

泣いてる子をあやしながら先生が言葉を続ける。

「別に誰も君を恨んでなんかないよ。確かに湯飲みが割れた瞬間、持ち主が君に向けた感情は本物だ。でも、それも一瞬のことだよ。
…でも、この子にとっては違ったんだ。割れる前の湯飲みにこの子は宿ったばかりだった。それが突然割れて、愛情を注いでくれてた持ち主が放った感情をそのまま受け取ってしまったんだ。それで君に取り憑いた」

「でも自我が芽生え始め、持ち主が恨んでないことにこの子も気付いた。しかし、取り憑いてしまった君から離れる方法も分からず、せめて辛さや悲しみを少しでも減らそうと君と君に向けられる負の感情を吸い込み続けた。
そうして自分ではどうしようもないほど溜め込んで、溢れだし、君に悪影響を与えてしまっていることにずっと悲しんでいたんだ」

まだ泣き止むことが出来ないその子はふわりと浮くと私のおでこの辺りまで漂ってきて、
そっと私にすり寄った。

温かかった。

私もいつの間にか涙が溢れてて二人で一緒に泣いた。

今までの悩みとか不安とか悲しみとか、そんな心に積み重なっていたものを溶かして出しきるように。
ポカポカ温まっていくような不思議な涙だった。

『ぐすっ…グスン』

「ほら」

先生が差し出してくれた箱ティッシュから2枚もらう。
一枚で綿毛ちゃんの濡れた毛を拭き取ってあげ、もう一枚で自分の涙と共に出ていた鼻を拭く。

「…落ち着いたようだな。精神に負担がかかったはずだ。疲れただろう、今日は帰ってゆっくり休みなさい」

『え?あ、あの…』

あまりにさらりと帰るように言われて困惑する。
今更、目の前で起きたことを否定する気はない。

でも、だからこそ。今私の手のひらでコロコロと転がっているこの子が心配になった。

『この子は…どうなるんですか?』

「あぁ、もちろん連れて帰ってくれ。消耗しきっているし君との繋がりが強すぎて今離れるのは危険だ」

ぐーっと体を伸ばしながら平然と言ってくる。

「それと、明日も来てもらうけど正式にはいつからがいい?」

『え?明日もですか?というか、え?正式…?なにの?』

「え?何って勤務だよ。その子を受け入れてるし、ここで働くことに異論はないんだろう?」



………………………え?

もう、すっかり忘れていたがそういえば私、就活中だった。

「人手が足りてないので、早めが助かる。主な業務は受付と診察補助。そして専門は人以外だ」

よろしく頼むと目の前に手が差し出される。
怒濤のように信じられないことが起きて、謎も不安も大いにあった。

だけど……この決断に後悔はしない。

そんな確信めいた想いを胸に、先生の手を借りてゆっくりと私は立ち上がるのだった。


※※※※※※


キィーー

ある雑居ビルの3階。その一角に構える診療所のドアが開いた。

『こんにちは』

受付の女性が優しく微笑む。

『ご予約の方ですね?お待ちしておりました。先生の準備は整っておりますので、診察室へどうぞ』

丁寧な所作で診察室へのドアを開ける。
その肩には真っ白の毛玉がちょこんと乗っていた。

「お待ちしておりました。ようこそ《なつめ診療所》へ。ここは=あなた方人ならざるもの=の病を治す場所です」

さぁお掛けください、と勧められた椅子が独りでに動く。
まるで、誰かがかのようにーー。


ここは人外の治療を専門とする診療所。変わり者の先生は今日は何を、診ているのだろうか…

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