【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

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悪役令嬢と学級会(side健)

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 転校生が来るという噂で、教室は朝から持ちきりだった。

「男かな女かな、可愛い子だといいな」
「どっちでもいいじゃねぇか」

 すっかりテンションが上がっている秋月にそう返すと、秋月は少し不服そうに言った。

「えー、タケちゃんもう少しテンション上げようよ」
「なんで上げなきゃいけねえんだ」
「だってさ!  来るとしたらタケちゃんの横じゃん!  小川さんが転校しちゃったから」

 1学期の終わりに転校していった女子の席は俺の隣で、確かに未だに空いていた。

「あー……そうかもな」
「気にならないの~?」
「いいヤツだといいなとは思う」
「タケちゃんつまんないー」

 ちょうどそのタイミングだった。教室の扉が開かれて、先生と一緒にその女子が入ってきたのは。

 一瞬で、教室のざわめきが止まった。

(……、人形みてぇのが来たな)

 第一印象は、そうだった。細っこくて、肌も白くて、目もでかい。髪は黒くて肩までで、(後で秋月が「あのショートボブ似合うよね」と言っていたのでそちらが正式な名称なのかもしれない)白のワンピースを着ていて、ランドセルではなく、白い小さなお守りがついた、黒いカバンを背負っていた。
 まるで、この世界で、この子だけがモノトーンで構成されているような。
 その中で、形のいい唇だけが赤かった。

(……赤ぇな)

 それだけが、やたらと印象に残った。

 体育館での始業式が終わり、教室へ戻ると係、委員決めが始まった。

「今回はクジにしようかと思って」

 えー、とかやだー、とか言う声も聞こえたが、これは先生も仕方なかったのだろうと思う。
 1学期、係決めは大もめにもめたのだ。主に、転校していった小川が原因だったのだが。

「小川さんもういないから、立候補で決めちゃえばいいのにね」

 秋月も振り向いてこっそりと言ってくる。

「そう言うわけにもいかねーんだろ。つかどうせ、生き物係と体育委員に人気集まるからクジが早ぇよ」
「まぁねー」

 生き物係は普通に普段の活動が面白いし(うちの教室には金魚とハムスターがいる)体育係は月に一度の委員会の日、話し合いが早く終わるとドッジボールやバスケであそべるので人気があるのだ。

 そしてもちろん、ダントツ不人気は学級委員だ。

 クラスの話し合いは仕切らなくてはいけないし、イベントがあるたびに何かと作業も多い。特に二学期はイベントごとも多いので、遠慮しておきたいところだ。
 なのに。

「……副委員長」

 教卓まで行って、先生が持っているダンボールから引いたその紙には、確かにそう書かれていた。

「えータケちゃん大変だねっ!  俺、体育委員~」

 嬉しそうに紙を見せてくる秋月に軽く舌打ちをしてみせた。
 その時、小さな声が聞こえた。

「え、委員長」

 設楽だった。

「えっ華ちゃんいきなり学級委員?」

 秋月が反応する。

「大変じゃない?  いきなりは」

 先生もこれはちょっとどうかと思ったようで「どうしようか?  もう一度だけ引く?」と話しかけている。
 クラスの雰囲気的にも「いきなりはかわいそう」というものがあり、引き直しは全く問題なさそうだった。
 しかし、設楽は首をふった。

「やってみます。委員長とかしたほうが、皆の名前とか早く覚えるかもしれないし」

 にこりと笑ってそう言うと、さっさと先に戻ってしまった。

「かっこいー」

 秋月は感心したように言って、そのあと「タケちゃんフォロー頑張ってね」と笑った。
 正直、その時は(副委員長とはいえ、俺がメインでやるべきか)と思っていたが、その必要はなかった。
 設楽は、そのあとすぐ始まった学級会で見事に場をまわしたのだ。
 議題は翌日のレクレーションについてだった。

「体育館だから、ドッジボールか、バスケか、バレーで決めようと思うのだけど」

 先生がそう言うと、設楽は軽く頷いて「とりあえず多数決にしましょう」と言って黒板に3つの競技名を書いた。

「ドッジボールがいい人、はいまだ手を下げないで、……はい大丈夫です、次バスケ。……はい、下げてください。じゃあバレー。はい、大丈夫です」

(案外でかい声出るんだな)

 こういう女子は恥ずかしがって大声を出さない、と勝手に思っていたが、設楽の声はきっちり後ろまで聞こえる声量だった。
 それぞれの人数を、黒板の競技名の下に書き込む。
 ドッジボール13、バスケ12、バレー5。ちなみに俺はドッジボールに上げた。設楽はバレー。

(よっしゃドッジボール)

 好きな競技なのでちょっと嬉しい。
 設楽は少し残念そうな顔をした後「バレー5」の文字を黒板消しでサッと消した。

「ではもう一度、今度は決選投票をします」
「……決選投票?」

 思わず聞き返すと、「だってバレーの5人がどちらをしたいか分からないでしょう?」と首をこてんと倒して言った。

「……なるほど」

 今までの多数決でその方式が取られたことはなかったが、しかし納得できたので、俺は「よっしゃもう一回手ぇ上げてくれよ」と皆に向かって言った。はぁい、と返ってきた答えに、設楽は少し驚いたように俺を見た。

「……なんだよ」
「や、人望あるんだなと思って。ふふ。じゃあ皆さんもう一度お願いします」

 その決選投票の結果、13と17でバスケがドッジボールを上回った。少し残念に思ったが、多数決なら仕方ない。

「じゃあ今回はバスケットボールで。もし時間が余ったらドッジボールもしましょう」

 にこり、と笑ってそう告げると、皆も異論はないらしくすんなりとレクレーション内容が決まった。

(……人形みたいとか思ったけど、全然違ったな)

 どちらかというと、やることはキッチリやるタイプのようだった。意外だ。
 そう思いながらチラリと目をやると、少し首を傾げつつ、手を顎に当てて何かを考えているようだった。やがて、何かを決めたように口を開いた。

「……あとひとつ、記録係を何人か決めましょうか」
「記録係?」

 先生が口を挟む。

「はい。競技にはあまり参加せず、写真を撮ったり、競技記録をとったりする係です。後でそれを学級新聞にするのはどうでしょうか」
「写真ね」

 先生は微笑む。おそらく意図が分かったのだろう。

「いいわよ。先生のカメラ使って大丈夫」

(運動嫌いな奴、何人かいるもんな)

 そういう奴にとっては、レクレーションとはいえ運動は苦痛でしかないだろう。多数決の間も、しぶしぶ手を上げていたのが見えた。

(初対面のやつばっかなのに、よく気づいたな)

 チラリと目をやると、微笑み返された。余裕がある。

(ことごとくイメージと違う奴)

 設楽が微笑みながら「今回は私も記録係に立候補します。早く皆の名前覚えたいし」と言うと「手伝います」「やりたいです」と他に3人が手を上げた。

「ではこのメンバーで。先生、以上でよろしいでしょうか」
「大丈夫です」

 先生が拍手しながら頷くと、「では学級会を終わります」と設楽が言い、学級会はお開きになった。

「俺が消すわ」

 設楽より先に黒板消しを手に取る。ほとんど何もしてないので、これくらいはさせて欲しい。

「ありがとう。……あ、学級会中も」
「あ?  俺何もしてねえぞマジで」
「や、決選投票の時。黒田くんがああ言ってくれてなかったら、ドッジボール派の人たちから不満が出てたかもだし。助かりました」

 そう言ってにこりと笑う。

「……つか、すげえな。なんか慣れてるな」

 妙に気恥ずかしくなりはぐらかすと、設楽はなぜか苦笑いして「あー、昔取った杵柄?」と呟いた。

「キネヅカ?」
「前やったことがあるって感じ」
「あー、前の学校でか」
「ん、まあね」

 そう言ってはにかむ設楽に、俺の心臓が一瞬どくんと大きく鳴った。

(なんだこれ?)

 不思議に思って首をひねると、それを見た設楽も不思議そうに首をひねった。
 それを見て自然に(あー、こいつ、なんかいいな)と思った。

 何がいいんだろうな?
 俺にもそれは、まだちょっと、分かりそうにない。
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