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悪役令嬢と夏休み
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「華、あなた公立と私立、どちらがいい?」
8月に入ったばかりのとある日の朝、朝食を食べていたカフェで敦子さんが唐突にそう切り出した。
敦子さんはエッグベネディクトで、私はサンドイッチ。ドリンクは生搾りのオレンジジュース。敦子さんは炭酸水だけど、私はちょっと苦手。
ちなみに朝食はだいたい毎日このカフェだ。
「は?」
「学校よ。あなたの成績が良く分からなかったから、とりあえず公立で手続きしていたのだけど。どうやら結構できるみたいじゃない? 樹くんもベタ褒めだったし」
「いやぁ……樹くんは私が何してもあんなだから参考にならないかと」
「それを差し引いても、よ。十分私立の授業にも付いていけると思うけど?」
「あー……」
(いやそりゃ、中身は大人ですからね?)
とは、言えない……。
曖昧に笑ってみる。
「もちろんどの私立でも、って言う訳にもいかないと思うけれど。実は遠い親戚に、学校を経営されてる方がいてね? そちらだったら転入の融通が利きそうなんだけど、どうかしら」
敦子さんは小首を傾げた。
(それ……って、やっぱゲームの舞台だった学園だよね)
確か、ゲームの華は小学校からエスカレーターで高校まで上がってきていた。
(つまり、ゲームの華と違う道を行こうとするならば答えはひとつ)
「公立がいいです、私」
「あらそお? 私立の方が、あなたの事情も色々配慮してくれそうなんだけど……」
「でも身体は健康ですし」
「そうだけど」
敦子さんは心配そうに眉をひそめた。
「私立行って、いざ勉強ついていけなくても辛いですし」
「まぁ、ね……なら、とりあえず公立行って様子見ましょうか」
ちょうど、食後のコーヒーが運ばれてきて、敦子さんはそれを口に運んだ。
「今日の予定は? 華」
「午前中は病院です。午後からは樹くんが遊びに来ます」
「ああ今日だったわね。楽しんで」
「はぁい」
カフェから敦子さんは直接出勤するので、私は1人で家に帰る。
気温が上がり始めて、セミが鳴きはじめる。
(夏の朝って好きだな)
生命力が膨らんでいく感じ。
帰宅したらまず洗濯機を回して、その間にたらだらと本を読んだり、少し宿題(樹くんから出されたもの)を解いたりしていると、八重子さんが出勤して来た。
「おはよう」
「おはようございます」
「今日病院何時だっけ?」
「10時ですー」
「はいはい」
八重子さんが掃除機をかけている間、洗濯物を干す。
前はほとんどクリーニングだったらしいけど、どうせ暇だからと自分から引き受けた。お日様に当てたほうが気持ちいいし。
干し終わって、八重子さんに一言かけてから病院へ向かう。
「変わりはない?」
「はい」
いつもの会話。
いつもは毎回これに心理テスト(だろうか?)であったり、箱庭療法や、絵を描いたりする時もある。
だが、今日はちょっと気になることがあり、続けて先生に質問した。
「あの、ただ……どうも、夜道が怖いみたいなんですけど、何か対策ありますか?」
「夜道?」
先生は軽く頷いて、私に話を促した。
「あの、……一昨日なんですけど。図書館へいって、帰ろうと思ったら暗くなりかけていて。街灯もあったし、まだ太陽も完全に沈んでなくて、十分明るかったんですけど……身体が固まってしまって。結局祖母に迎えに来てもらったんです」
「なるほどね」
先生は頷いた後、少し考えるように首を捻った。
「なにか、心当たりはある?」
言われて、軽く俯く。
(理由は……ハッキリしてる)
"前世の私"の死因のせいだ。
あの、暗い夜道。付いてくる足音。
(……、ダメだ、言えない)
前世だのなんだの、そんなの信じてもらえるはずがない。
「……いえ、分かりません」
「そうですか」
先生は薄く微笑んだ。
(隠し事してるのバレバレな気がする)
しかし、先生はそれ以上突っ込んでくることもなく「対策ねぇ」とアゴに手を当てた。
「あまり無理に、向き合おうとしないのが一番ですね」
「そうなんですか?」
「あのね華ちゃん、嫌なことからは逃げてもいいんです」
「……え?」
「もちろん、勉強が嫌だからしない、とかそんなことはダメですよ?」
先生は冗談っぽく言って、それから続けた。
「ま、逃げたくないなら逃げたくないでいいですけどね。でも、この場合は無理しなくていいパターン」
「え、でも……そのうち、困るんじゃないかなって」
今はいい。子供だから、夜道なんか歩かなくても生きていける。
実際、夜に外出は滅多にないし、たまに夜に外食に行くけれど、絶対に車だ。
(でも、大人になったら?)
そんな場面、いくらでもある。
そもそも仕事帰りなんかどうするんだ。
そういった不安を説明すると、先生は「うーん」と腕を組んだ。
「たしかに、大人になってそれでは困る場面もあるかもしれません。それなら、もう少し大きくなってから、少しずつ慣れていきましょう」
先生は、私を安心させるように微笑んだ。
「今は、逃げてもいい時です。……華ちゃん、君はまだまだ子供だということを自覚した方がいい。周りに頼っていいんだ。お迎えでも何でもしてもらいなさい」
「……はい」
私は素直に頷いた。
(よく分かんないけど、先生はまだ"華"に無理はさせたくない、感じなのかな)
前も心の傷がどうの、と言っていたし。
(とにかくしばらくは夜の外出は避けよう)
「じゃあ華ちゃん、今日はお絵かきしてみようか」
「はい」
今日のリハビリの課題は「浦島太郎」の絵。
(これで何かわかるもんなのかしら)
疑問に思いつつ、白い画用紙に色鉛筆で絵を描いて行く。
(ええい、鯛やヒラメよ、舞い踊るのじゃ)
ついでにご馳走も描いてみる。海なのに骨つき肉とか。
(一度食べてみたいのよね……)
ちょっとうっとりしつて、描いた絵をわたす。
先生は少しニヤリと笑うと、来週は敦子さんと来るように、とだけ告げた。
私は頷いて病院を出る。
(お腹空いちゃった……早く帰って八重子さんの焼きそばか素麺を食べなきゃ)
しかし、夏休みになると(私はずっと夏休みみたいなもんだったけど)焼きそばか素麺がお昼ご飯になるのって、どこのご家庭でもあるあるなのだろうか、などと考えてみる。
(ウチっておセレブなはずでは)
そこはちょっと、疑問ではある。
8月に入ったばかりのとある日の朝、朝食を食べていたカフェで敦子さんが唐突にそう切り出した。
敦子さんはエッグベネディクトで、私はサンドイッチ。ドリンクは生搾りのオレンジジュース。敦子さんは炭酸水だけど、私はちょっと苦手。
ちなみに朝食はだいたい毎日このカフェだ。
「は?」
「学校よ。あなたの成績が良く分からなかったから、とりあえず公立で手続きしていたのだけど。どうやら結構できるみたいじゃない? 樹くんもベタ褒めだったし」
「いやぁ……樹くんは私が何してもあんなだから参考にならないかと」
「それを差し引いても、よ。十分私立の授業にも付いていけると思うけど?」
「あー……」
(いやそりゃ、中身は大人ですからね?)
とは、言えない……。
曖昧に笑ってみる。
「もちろんどの私立でも、って言う訳にもいかないと思うけれど。実は遠い親戚に、学校を経営されてる方がいてね? そちらだったら転入の融通が利きそうなんだけど、どうかしら」
敦子さんは小首を傾げた。
(それ……って、やっぱゲームの舞台だった学園だよね)
確か、ゲームの華は小学校からエスカレーターで高校まで上がってきていた。
(つまり、ゲームの華と違う道を行こうとするならば答えはひとつ)
「公立がいいです、私」
「あらそお? 私立の方が、あなたの事情も色々配慮してくれそうなんだけど……」
「でも身体は健康ですし」
「そうだけど」
敦子さんは心配そうに眉をひそめた。
「私立行って、いざ勉強ついていけなくても辛いですし」
「まぁ、ね……なら、とりあえず公立行って様子見ましょうか」
ちょうど、食後のコーヒーが運ばれてきて、敦子さんはそれを口に運んだ。
「今日の予定は? 華」
「午前中は病院です。午後からは樹くんが遊びに来ます」
「ああ今日だったわね。楽しんで」
「はぁい」
カフェから敦子さんは直接出勤するので、私は1人で家に帰る。
気温が上がり始めて、セミが鳴きはじめる。
(夏の朝って好きだな)
生命力が膨らんでいく感じ。
帰宅したらまず洗濯機を回して、その間にたらだらと本を読んだり、少し宿題(樹くんから出されたもの)を解いたりしていると、八重子さんが出勤して来た。
「おはよう」
「おはようございます」
「今日病院何時だっけ?」
「10時ですー」
「はいはい」
八重子さんが掃除機をかけている間、洗濯物を干す。
前はほとんどクリーニングだったらしいけど、どうせ暇だからと自分から引き受けた。お日様に当てたほうが気持ちいいし。
干し終わって、八重子さんに一言かけてから病院へ向かう。
「変わりはない?」
「はい」
いつもの会話。
いつもは毎回これに心理テスト(だろうか?)であったり、箱庭療法や、絵を描いたりする時もある。
だが、今日はちょっと気になることがあり、続けて先生に質問した。
「あの、ただ……どうも、夜道が怖いみたいなんですけど、何か対策ありますか?」
「夜道?」
先生は軽く頷いて、私に話を促した。
「あの、……一昨日なんですけど。図書館へいって、帰ろうと思ったら暗くなりかけていて。街灯もあったし、まだ太陽も完全に沈んでなくて、十分明るかったんですけど……身体が固まってしまって。結局祖母に迎えに来てもらったんです」
「なるほどね」
先生は頷いた後、少し考えるように首を捻った。
「なにか、心当たりはある?」
言われて、軽く俯く。
(理由は……ハッキリしてる)
"前世の私"の死因のせいだ。
あの、暗い夜道。付いてくる足音。
(……、ダメだ、言えない)
前世だのなんだの、そんなの信じてもらえるはずがない。
「……いえ、分かりません」
「そうですか」
先生は薄く微笑んだ。
(隠し事してるのバレバレな気がする)
しかし、先生はそれ以上突っ込んでくることもなく「対策ねぇ」とアゴに手を当てた。
「あまり無理に、向き合おうとしないのが一番ですね」
「そうなんですか?」
「あのね華ちゃん、嫌なことからは逃げてもいいんです」
「……え?」
「もちろん、勉強が嫌だからしない、とかそんなことはダメですよ?」
先生は冗談っぽく言って、それから続けた。
「ま、逃げたくないなら逃げたくないでいいですけどね。でも、この場合は無理しなくていいパターン」
「え、でも……そのうち、困るんじゃないかなって」
今はいい。子供だから、夜道なんか歩かなくても生きていける。
実際、夜に外出は滅多にないし、たまに夜に外食に行くけれど、絶対に車だ。
(でも、大人になったら?)
そんな場面、いくらでもある。
そもそも仕事帰りなんかどうするんだ。
そういった不安を説明すると、先生は「うーん」と腕を組んだ。
「たしかに、大人になってそれでは困る場面もあるかもしれません。それなら、もう少し大きくなってから、少しずつ慣れていきましょう」
先生は、私を安心させるように微笑んだ。
「今は、逃げてもいい時です。……華ちゃん、君はまだまだ子供だということを自覚した方がいい。周りに頼っていいんだ。お迎えでも何でもしてもらいなさい」
「……はい」
私は素直に頷いた。
(よく分かんないけど、先生はまだ"華"に無理はさせたくない、感じなのかな)
前も心の傷がどうの、と言っていたし。
(とにかくしばらくは夜の外出は避けよう)
「じゃあ華ちゃん、今日はお絵かきしてみようか」
「はい」
今日のリハビリの課題は「浦島太郎」の絵。
(これで何かわかるもんなのかしら)
疑問に思いつつ、白い画用紙に色鉛筆で絵を描いて行く。
(ええい、鯛やヒラメよ、舞い踊るのじゃ)
ついでにご馳走も描いてみる。海なのに骨つき肉とか。
(一度食べてみたいのよね……)
ちょっとうっとりしつて、描いた絵をわたす。
先生は少しニヤリと笑うと、来週は敦子さんと来るように、とだけ告げた。
私は頷いて病院を出る。
(お腹空いちゃった……早く帰って八重子さんの焼きそばか素麺を食べなきゃ)
しかし、夏休みになると(私はずっと夏休みみたいなもんだったけど)焼きそばか素麺がお昼ご飯になるのって、どこのご家庭でもあるあるなのだろうか、などと考えてみる。
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そこはちょっと、疑問ではある。
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