【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

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悪役令嬢、(自称)ヒロインを観察する

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 ハイヤーの、革張りの後部座席にちんまりと収まって、私はこれからのことを考えていた。

(ひよりちゃんの変な噂の払拭はもちろん、なんとかして、元カレ君にも謝らせたい)

 その為にはどうしたらいいんだろう?

(黒田君は、何か考えがあるっぽかったけど……)

 考えがまとまらない内に、件の塾へ到着する。そこそこ大きい駅前の、三階建ての白いビル。
 私はメガネとマスクを装着した。

(あ、あ、メガネくもる)

 鼻まで覆うとメガネが曇ってしまうので、仕方なく鼻は出しておくことにした。

(大丈夫だとおもうけど)

 入り口前で止めてもらうと、運転手さん(島津さんというらしい。名刺をくれた)は「こちらの駐車場でお帰りをお待ちしております」と笑った。

「え」
「夜まで、こちら常盤様の貸切となっておりますので」
「あ、はぁ、そうでしたか」

 おセレブである。根がど庶民な私は、そもそもハイヤーとタクシーの違いもよく分からない。

(ハイヤーってそんなもの、なのかな……?)

「あの、暇じゃないですか?」

 何となく、聞いてしまった。
 島津さんは一瞬キョトンとしたあと、破顔して「大丈夫ですよ」と言ってくれた。

「あの、できるだけ早く戻りますね」
「気になさらなくて大丈夫ですよ、ごゆっくり」

 私はお礼を言って車を降りた。
 そして入り口の看板を見て、凍りつく。塾の名前の上に書かれた小さな文字を見つけたのだ。

"鹿王院グループ"

(ウッソでしょ、これ樹くんのご両親だかご親戚だかがやってる塾なの!?)

 正直、赤の他人の塾がどうなろうと興味は無かったが、これがマブダチである樹くんの関係となると……どうなんだ。

(ルナを放っておいていいの? 絶対、この塾めちゃくちゃになるんだけど。経営的にも)

 なんせ、ひよりちゃんと同じクラスの女の子は全員辞めてしまうくらい、なのだ。

(ルナ1人で、いくらくらいの損失が出てるんだろう)

 元社会人は、お金のことで頭を悩ませながら、ガラス扉を開く。

「……設楽か?」
「あ、黒田くん」

 エントランスには、既に3人が集まっていた。ひよりちゃんは、なんとなく肩身が狭そうな顔をしているが、秋月くんが周りの目線から隠すような位置に立ってあげていた。紳士だ。

「え、どうしたの」

 秋月くんとひよひちゃんも、私のメガネとマスクに不思議そうな顔をしている。

「例の子、もしかしたら知ってるかもしれなくて」

 それで変装、とメガネのリムをくいっと上げながら、言いそえる。やっぱり少し大きかった。

「え、そうなの? なんで?」
「ちょっと理由はハッキリしないんだけど、」

 と、誤魔化して続けた。

(まさか私が悪役令嬢だから、とは言えない……)

「えーとね、何か、嫌われてるっぽくて。急に背中を押されてコケたことが」

 ころんとコケた、病院の冷たい床を思い出す。

「あ?」

 黒田くんが唐突に不機嫌な声を出した。

「シメんのコイツの元カレだけのつもりだったけど、ソイツも一回ナシ付けといた方が良さそうだな」
「いやいや待って、まだ確定じゃないし、ケガもなかったし」

 私が慌てて諌めると、ひよりちゃんも慌てた声を出した。

「シメるって、やっぱタケルそのつもりで来たの!?」
「あ? いやまぁ、そこまで手荒なことはしねえよ」

 にやりと笑う黒田くん。

「任せとけって」
「ちょっともう~」

 本気で呆れた声の、ひよひちゃん。

(仲良いんだなぁ)

 しかし、黒田くんは何をする気なんだろう。
 そう考えて一瞬ボケっとした私の背後のガラス扉から、やたらと騒がしい集団が入ってくる。
 振り返ると、男子3、女子1名の4人組。

(……あ、っ)

「ウフフ、やだぁ」

 やたらと甘い、明らかな媚を含んだような笑い声。
 怪我した(と主張している)足を庇うように、少し不自然に歩いている。それを、2人の男子が支えていた。

(……2人もいる?)

「いやマジそうなんだって、あ、ほら、ルナちゃん! 段差気をつけて、ケガしてるんだから」
「ケガしてるんじゃなくて、させられたんだろ」
「全くそうだよ、お前の元カノだろ」
「よくあんな性格悪いのと付き合ってたよな」
「まぁな、俺もそう思う」

(……間違いない、ルナ御一行様だわ)

 それも、やはり"神戸の(自称)ヒロイン"のルナで間違いない。

(なんでよー!?)

 神戸からこちらへの転校してきたのか、それともたまたまあの時神戸にいたのか(お見舞いとかで?)それは分からない。

 その内に、彼らはこちらに気がついたようで、ヒソヒソと何かを喋った後、ひよりちゃんの元カレと思われる男子は、ニヤリと笑って、こう言い放った。
 しっかりと、ひよりちゃんの方を見て。

「すっかり騙されてたんだよなー、時間返せって感じ」

 ひよりちゃんが、息を飲む音が聞こえた。
 秋月くんが血相を変えて、庇うようにひよりちゃんの前に立つ。
 男子たちは、その様子を見て、その顔に不審そうな色を浮かべたが、その中央にいたルナだけは驚いた顔で、秋月君と黒田君を交互に眺めていた。
 そして、不思議そうに首をかしげる。
ツインテールがサラリと肩から流れて、その所作ひとつとっても、ルナが男子を虜にするのが分かる。
 しかし、そんなことは、私にとってもはやどうでも良くなってきた。

(な、なによあの言い草)

 酷すぎる。
 私は怒りにぷるぷると震えた。

(こ、このクソやろううう)

 前世の私と、ひよりちゃんがオーバーラップして、ほとんど無意識的に、一歩前に足を踏み出そうとする。

「まだ止めとけ」

 黒田くんが、私の肩を引いた。

「止めないで」
「ちげえよ、まだ観客が足りねぇんだよ。ひよりの言い分じゃ、まだ取り巻きはあと何人かいるんだろ」

 にやり、と黒田くんは口の端を持ち上げた。

「本番は教室で、だ」
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