【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

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(自称)ヒロインは、月を見上げる(sideルナ)

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(ほんっと、チョロいわよね)

 あたしは、自室から月を見上げながら片頬を上げた。それから時計をチラリと見遣る。午後八時過ぎ。

(今頃あの女、どっかに監禁でもされてんのかしら)

 あの男……、久保という男は、本当に御しやすかった。
 ちょっと煽ってやれば、実に簡単に、思う通りに動いてくれた。

(あたしは単に"前世の記憶があるがいる"と告げただけ)

 何の法にも、抵触していない。

(思春期の、幼い女の子が前世やなんかに憧れを感じるのは、世間的にままあること)

 事が露見して、久保があたしのことを警察に話そうとも。

(夢見がちな女の子が、ぽろりと口にした世迷言を、本気にした大人が悪い。世間はそう判断するでしょう)

 しばらくは、また親の監視がきつくなるかも、だけど。

(去年の実験の後は、少々きつかったわね)

 思春期入りたてで少し情緒不安定なだけ、な娘を演じていたらじきに監視もゆるんできた。
 しかしそもそもあれも、全て計算してやったことだった。

(あのときあたしは、まだ10歳だった)

 だから、あんな雑な実験もできたのだ。
 なぜなら、10歳の子供を重い罪に問うことはできないから。少なくとも、この国においては。

(ヒトを殺そうとも、大人ならば死刑になるようなことをしようとも)

 10歳の子供は、少年院にすら入らないで済む。しかし、11歳からは、ほんの少し、の可能性がでてくる。

(だから、あの実験は10歳までに済ませておく必要があった)

 もちろん、少年院どころか自立支援施設にだって入れられるような、法に酷く触れるようなことはするつもりはなかった。
 しかし、万が一、ということもある。

(何かの弾みに、だれか死んじゃうかもだし?)

 そのための、10歳のうちの実験だった。

(それに、メインターゲットに鍋島千晶を選んだのにも、大きな理由がある)

 ちょうど、あの時は国政選挙の直前。

(孫娘の醜聞を消すための、内々の動きはあれど、表には出さない可能性は高かった)

 実際、内々に診断書を(あれは予想していなかった、迂闊だった)出してはきたけれど、裁判にしてまで、ということはなかった。

(例え被害者であったとしても、身内が係争中っていうのは、選挙にとってマイナスでしかない)

 鍋島千晶の祖父は、与党の重鎮だ。「何か」あっては困る。全ては内々に済ます、しか無かったのだ。
 いくら鹿王院といえども、あまり大きく騒ぎ立てはできなかっただろう。しかも、大して大きな事業でもない。鹿王院グループといっても、あそこは枝葉ですらない、のだ。そんなもののためにリスクを背負う必要はない。

(下手に動いて大ごとになっちゃったら、ね。ヒトの口に戸は立てられないし)

 ほかの辞めていった女の子たちの親たちにしても、あくまで"我が子に起きた話ひとつだけ"に絞れば「まぁこれくらいの子供には起こり得る」トラブルなのだ。まとめると、あたしという存在が浮き出てしまうけれど。

(いじめただの、いじめてない、だの)

 くだらない、とあたしはちょっと笑ってしまう。
 あたしが10歳であるというタイミング、国政選挙前というタイミング、実験にはあのタイミングしかなかったのだ。

(ギリギリで決めたから、少々杜撰にはなったけれど、まぁ及第点でしょう)

 合格点だったからこそ、あたしはすぐに罪を認めた。あそこで粘るメリットはなかったから。

(でも、設楽華)

 あの女は本当に計算外だ。何かが、イラつく。イラついて、自分でも行動が制御できない。

(前世の記憶があるせいか、行動が読めない)

 なぜ大友ひよりと友だちなんかになっているのか。

(あそこからメンタル崩されたわね)

 イライラして、余計なことを口走ってしまった。

(まぁ、大して問題ではない、か。本当のことだもの)

 あたしには、かつて貫き通せなかった"正義"があった。
 いま、松影ルナに転生して、やっと気付いたのだ。
 前世のあたしが正義を貫き通せなかったのは、前世のあたしは、主人公じゃなかったからだ、って。

(ならばーー主人公である、ヒロインである、今ならば)

 できるはずなのだ。
 なぜならあたしは、ヒロインだから。あたしが唯一正しい、そんな世界に生まれ変わったのだから。

(だから、逆ハーレムをつくる)

 "ブルームーン"の攻略対象たちは、政財界の大物の子息が揃っている。顔も好みだし、いうことはない。

(一般人枠の秋月くんのお父様でさえ、地検のエース。いずれは政界に出るかもしれない。コマにしておいて悪いことはない)

 あたしは、ほくそ笑む。

(前世で成し得なかった正義を、今度こそ)

 あたしは正しい。
 あたしが正義だ。
 あたしが、全てなのだ。この世界では。

 そう思い、再び月に目をやった瞬間だった。スマートフォンが震えた。

(この番号は、久保)

 あたしは舌打ちを我慢する。

(通信履歴は残したくないのに)

 例え罪に問われなくとも、できるだけ面倒ごとは避けたい。
 しかし、かかってきたものは仕方ない、とスマートフォンを手に取る。こちらで履歴を消そうと、どうせ、通信会社に照会されたらすぐ分かるのだ。無駄なあがきはすまい。

「……、もしもし?」
『ああ、ルナ様、ルナ様』
「なんですか、騒々しい」
『け、警察に、捕まるかもしれません』
「……で? あたしに、どうしろと?」
『た、助けてください、お知恵を』
「そんなの無理よ。1人でどうにかしてください」
『む、無理です。今からお迎えに、上がりますから』

 あたしは舌打ちを必死で我慢した。

(家に来られるのは困るわ)

「……どこへ行けばいい?」
『あの、あ、では、お近くの公園で』

 久保は、うちから五分ほどの距離にある公園を指定した。
 イラつきをおさえながら、了承の返事をして通話を切る。

(あのバカ、本当に役に立たない)

 人選を間違えたかしら、そう思いながらあたしはこっそりと家を出た。

 公園の前には、久保の車が止まっていた。なぜか窓ガラスが数カ所、ない。

「久保先生?」

 あたしは公園を見回す。しかし、どこにもその姿はなかった。

(チッ、一体どこへいって)

 あたしの思考はそこで止まった。
 首筋に、強い衝撃が走ったから。

(……え?)

 薄れゆく意識の中で、あたしは視界の隅に、三日月のような目で笑う久保を見た。
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