【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

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悪役令嬢は姿勢を正す

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 黒田くんは、キッチンにあった冷蔵庫を足がかりに、ひょいひょい、とあっという間に下に降りてきた。
 それからジッとこちらを見つめ「ケガはねぇみたいだな」と少し表情を緩めた。

「くろだ、くん?」
「すぐ助ける、気張れよ設楽」

 黒田くんはそう言って、すぐに久保を強い目で睨みつけた。

「ソイツから手ェ離せ」
「い、いやだ、やっと手に入ったんだ」
「離せっつってんだろが」

 があん、と大きい音がする。
 黒田くんが床をを金属製バットで殴りつけたのだ。木製の床は、歪んでヒビが入っていた。

 久保はびくり、と肩をゆらす。

「オイコラ、ガキだけでンなとこ来ると思ってんのかクソが。もうケーサツ呼んである、すぐに来るぞ」
「く、くるな、近づけばこの子を、」

 私を引き起こし、腕に納めようとする。
 その久保が、突然後ろから来た誰かに蹴られて、ベッドから落ちる。

「あ? 何するってかオッサン!」

 関西弁。
 振り向くと、そこにはアキラくんが蹴りをいれたままの姿勢で立っていた。

「このアホ、ボケ、カス、ダボ。何ヒトのオンナに手ぇ出してくれてんねん」
「ちょっと待て、お前のじゃねぇだろうが」
「そうなるんやから似たようなもんや! ……華」

 混乱してぼうっとしている私の頭上で、ぽんぽんと会話が行き交った。
 頭が働かず、ほとんど内容が入ってこない。

(……? なにが、どうなって……、ダボってなに?)

 妙なところだけが聞き取れていた。

 アキラくんは私をそっと引き起こし、ベッドに座らせた。
 それから「来るの遅なってごめんな」と笑った。安心させるように。

「……、アキラくん、なんで?」

 神戸に帰ったはずじゃ。

「細かい話は後や」

 アキラくんはキッ、と久保に向き直った。
 久保は憎憎しげな表情で、身体を起こし、しばらく逡巡したあと、ずりずり、と後退して、ソファにあった何かを取った。

「く、くるな」

 それは大型のバタフライナイフだった。

「きたら、ころすぞ」

 久保はポケットからスタンガンをも取り出した。左手に持つ。

(あ、もしかして、さっきのクビにきた衝撃はこれか)

 スタンガンだったのだろう。

(気絶するくらい、って……改造してある?)

 下手したら死んでいたのではないか。今更ながらに、ゾッとした。

「ほ、本気だぞ」

 久保の声は震えていた。相手は子供とはいえ2対1、しかも金属バットまで持っている。有利とは言い難い。

「あ? そんなモンでどうにかなるとでも」

 案の定、黒田くんは向かっていこうとする。

「や、やめて黒田くん、ケガでもしたら、大会、近いんじゃないの!?」

 ケガどころか。

(もし、あんなナイフで刺されたりしたら)

 前世の、私のように。
 背中が震え、目に涙が浮かんだ。
 黒田くんが一瞬、呆然と私を見たスキを見計らって、久保はドアに体当たりするように外へ飛び出した。

「あ、コラ待て、クソッ」

 黒田くんも続いて飛び出す。

「待って」
「大丈夫や華、それよりコレ、外さな」

 アキラくんは「なんかないんかいな」とキッチンをゴソゴソして、すぐにキッチンバサミを持って戻ってきた。

「いけそうや」

 ばちん、と音がして結束バンドが外れる。

「……痕、なってもうとる」

 アキラくんが気づかわしそうな声を出して、私の手首に触れた。
 軽く鬱血した、結束バンドの痕。

「怖かったやろ」

 そう言いながら、アキラくんは手首についたその痕に唇を寄せた。

「アイツマジ一回殺さなあかんわ」

 ほとんど無表情に近い顔でそう言われ、思わずこちらまでぞくりときてしまう。
 その時、窓の向こうで騒ぎ声がして、それから車が走り出す音がした。
 黒田くんの怒声も。
 すぐに黒田くんは部屋に戻ってきた。

「すまん、逃した。車の窓は割ってやったから、すぐ警察に目ぇ付けられるとは思う」
「……ていうか、ごめん。何が何だか、なんだけど…….」

 徐々に落ち着いてきて、ものを考える余裕ができてきた。
 黒田くんとアキラくんは顔を見合わせて、それから黒田くんが口を開いた。
 コンビニで久保が落としたお守りのこと、警察に行ったけど取り合ってもらえなかったこと。

「しょーがねぇから、車のナンバーSNSで拡散したんだ。このナンバー見たやつ俺か秋月に連絡くれって」

(黒田くん、SNSとかしてるんだ……)

 なんか、ちょっと意外。

「ほんで、俺、拡散されたやつ、新横浜で新幹線待ってる時に見たんや。お守りの写真も一緒に載ってて、これ華のやって。ほんで鎌倉にトンボ帰りや」
「そうだったの」
「何件か信憑性がある情報があってな、そこしらみつぶしに探してたらソイツからSNSで連絡あって」

 黒田くんはソイツ、とアキラくんを顎で指した。

「俺も混ぜろってウルセーから、秋月には連絡調整係になってもらって、秋月のチャリ貸して2人で探してたんだよ」
「ウルセーからってなんやねん」
「ウルセーだろうがよ、実際」
「なんでや。ウルサくないやろ、なぁ華」
「あー、そんで、ここはアレだ、どうも昔景気良かった頃に別荘が乱立してたトコみたいなんだがよ」

 黒田くんはアキラくんをしばらく無視することにしたらしく、淡々と話を続けた。

「市内なんだけどな、ちょっと山っていうか、まぁ鎌倉なんか殆ど山なんだけどよ、ここは特にあんま人がいねぇとこみたいなんだ」

 その話の続きを、アキラくんがひきとる。

「その山道に何回も出入りしてたみたいでな、久保の車。ほんで目撃証言が上がってきたワケや」
「そ、そうだったの……」
 
 私は呆然と返事をした後、姿勢をただした。

「2人とも、助けてくれてありがとう」

 ぺこり、と頭を下げる。
 2人は顔を見合わせたあと、「「当たり前」だ」や」と声を揃えてわらった。
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