【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

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悪役令嬢は甘酸っぱいのがお好き

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 私たちは固まった。

(しゃ、しゃべった!?)

 その、尻尾フサフサでやたらと毛艶の良い狐は、もう一度「あぶらあげのにおいがします」と言って、青い炎を引き連れ、ゆっくり階段を上がってこようとしている。

「ど、どうしよ」
「どうする。逃げるか? 走れるか設楽」
「う、うん」
 山頂へ向かって逃げよう、とした矢先、相良先生はうーん、と言ってしゃがみこんでしまった。

「夢かなぁ」
「先生、立って!」

 私は慌てて叫ぶ。

(もう狐さん、こっち着いちゃう!)

 狐さんは先生のすぐ側までやってきた。
 ゆらゆら、と瞬いて炎は消え、狐さんはくんくん、と先生を嗅ぎまわる。

「あぶらあげどこ? あぶらあげ」

「ああそうだ夢なんだ起きたらいつものお布団の中」
「せんせぇー!」
「もうあかん、センセは置いていくで華」
「さがらん、短い付き合いだったな」

 アキラくんと黒田くんは見捨てる気まんまんだ。

「ま、待って」

 私をひっばる、アキラくんと黒田くんを見上げた時だった。
 彼らの背後に、男の人がひとり。スーツでサングラス。

(あ、おじさん)

 荷物を取り違えた、おじさんだった。

「おや、ほらやめなさい。人間にご迷惑をおかけしない」
「ごめんなさい」
「油揚げはすぐ上げますから」
「はぁい」

 青い炎が光ったかと思うと、もうそこに狐さんはいなかった。

(……きえたっ!?)

 思わずキョロキョロしてしまう。
 しかし、どこにもその姿は認められない。

「いやぁすみません、人の子よ」

 おじさんは笑った。

「わたしがうっかり、荷物を取り違えたりしたものだから」
「……へ?」

 私たちはぽかん、とそのおじさんを見上げた。

「お返しします」

 おじさんは相良先生にカバンを渡す。金具が壊れた、個人情報満載のカバン。

「え、あ……はい」

 先生は呆然とそれを受け取り、それから「あっ」と言った。

「カバン、その、あなたの、駅で駅員さんがあぶらあげで」
「先生落ち着いて何言ってるかわからない」

 私がそう言うと、おじさんは「大丈夫」と笑った。笑った拍子に、ぴょこん、と頭から耳が生えた。狐みたいな耳。
 おじさんは「おや」と言う顔をした後、その耳を押さえる。

(耳、消えた……)

 それから悪戯っぽく笑い、「もう受け取っております」とどこからか、そのカバンを取り出す。

(もう一個のカバンなんか、どこにもなかったのにー!)

「ではご迷惑をおかけしました、よき旅を。人の子たち」

 そして青い、大きな炎がまた光った。眩しくて一瞬目を閉じて、そして目を開けた。おじさんはそこにいなかった。
 私たちはしばし言葉を失った。

「……なに?」

 私はやっと、その言葉を発した。

「えっなんやったんや!? オッサンどこいったんや」
「……」

 アキラくんはキョロキョロしてるし、黒田くんは腕を組んで首をひねっている。
 その時、人の声が聞こえてきた。上からも、下からも。

(さっきまで、人の気配なんか全くなかったのに!)

「綺麗だったね」
「登った甲斐があったねぇ」

下っていく人たち。

「ほら、もうすこし」
「ここまできたから全部まわろ」

 登っていく人たち。
 さまざまな、会話。

 数組のグループが、立ちすくむ私たちを追い越していく。上にも、下にも。

「……相良先生、俺たち1番上まで行ったけど誰ともすれ違ってねーっすよね?」

 黒田くんは、ぽつりと言う。

「……だね」
「じゃあなんで、あの人たち下ってきてるんすかね」
「嘘やん!」

 アキラくんが大きな声で叫んで、その声は山で大きくこだました。

 
 本殿近くの待ち合わせポイントで、ひよりちゃんたちと合流した。

「えー嘘だあ」
「騙そうとしてるでしょ!」

 秋月くんとひよりちゃんの反応は、最もだとおもう。

「でもでも、本当なんだよー、狐がしゃべっておじさん消えたの」
「ほんまやで、ぼっと光ってサッとおらんようになってん!」
「あー、ハイハイもう! 分かりましたよ」
「信じてよう、ひよりちゃん!」
「信じてるって~」
「信じてへん声やんそれー!」

 らちがあかない。

(ほんとのことなのにっ!)

「黒田くんたちからも、ほら!」
「や、あれは夢だったのかもしんねー」

 黒田くんは眉根を寄せ、納得するように頷いた。
 先生も、その言葉にうんうんと頷く。

「集団でお昼寝をしていたに違いないです」
「もー先生っ」

 私は口を尖らせる。

「はいはい、もー。あ、華ちゃんあれやった? おもかる石」
「おもかる石?」

 私は口を尖らせたまま、首をかしげる。

「うん、まだだったら行こうよ。わたしたちさっきしてきたの」
「あ、お願い叶うとかいう?」
「うん。正確には、お願いがすぐ叶う時は石が軽く感じるっていう。軽ければすぐ叶うし、重ければなかなか叶わないかもなんだって」
「ああ」

 そういえばガイドブックで見たんだった。先生のカバン騒ぎですっかり忘れていた。

「じゃあ行こうかな。ひよりちゃんは叶うって?」
「んーん、重かった」

 残念そうに眉を下げるひよりちゃん。

「お願いなににしたの?」
「素敵な人と出会えますように、って。すっごい重かった」
「それってさ」

 甘酸っぱい恋愛、ちょっとだけ手助けしちゃお。えへへ。

(お節介かなぁ、でもでも、まず意識してもらわなきゃだもんね)

 余計なお世話だったらごめんね、と思いつつ、口を開く。

「もう出会ってるから、なんじゃない?」
「え?」
「もう出会ってるから重く感じたんじゃない? もう出会っちゃってるのに"出会えますように"ってお願いは、叶えようがないからさ。そんなことない?」

(ちょっと無理矢理理論かな?)

「え、そうかな?」
「そうだよ」
「そうなのかー! えっ誰かなぁ」

 行けた。
 にんまり笑い、秋月くんに目線をやると笑ってサムズアップしてくれた。ほっと息を吐く。

「案外身近にいたりして」

 私がそう言うと、ひよりちゃんはぽっと赤くなった。

「なんかドキドキしちゃうねっ」

 すっかり乙女モードなひよりちゃん。

(すっっっごい可愛い)

 たまんないな、甘酸っぱいな、最高だな、と「誰だろ~」と照れるひよりちゃんを見つめ、またもニヤニヤする私なのでした。
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