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悪役令嬢は甘酸っぱいのがお好き
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私たちは固まった。
(しゃ、しゃべった!?)
その、尻尾フサフサでやたらと毛艶の良い狐は、もう一度「あぶらあげのにおいがします」と言って、青い炎を引き連れ、ゆっくり階段を上がってこようとしている。
「ど、どうしよ」
「どうする。逃げるか? 走れるか設楽」
「う、うん」
山頂へ向かって逃げよう、とした矢先、相良先生はうーん、と言ってしゃがみこんでしまった。
「夢かなぁ」
「先生、立って!」
私は慌てて叫ぶ。
(もう狐さん、こっち着いちゃう!)
狐さんは先生のすぐ側までやってきた。
ゆらゆら、と瞬いて炎は消え、狐さんはくんくん、と先生を嗅ぎまわる。
「あぶらあげどこ? あぶらあげ」
「ああそうだ夢なんだ起きたらいつものお布団の中」
「せんせぇー!」
「もうあかん、センセは置いていくで華」
「さがらん、短い付き合いだったな」
アキラくんと黒田くんは見捨てる気まんまんだ。
「ま、待って」
私をひっばる、アキラくんと黒田くんを見上げた時だった。
彼らの背後に、男の人がひとり。スーツでサングラス。
(あ、おじさん)
荷物を取り違えた、おじさんだった。
「おや、ほらやめなさい。人間にご迷惑をおかけしない」
「ごめんなさい」
「油揚げはすぐ上げますから」
「はぁい」
青い炎が光ったかと思うと、もうそこに狐さんはいなかった。
(……きえたっ!?)
思わずキョロキョロしてしまう。
しかし、どこにもその姿は認められない。
「いやぁすみません、人の子よ」
おじさんは笑った。
「わたしがうっかり、荷物を取り違えたりしたものだから」
「……へ?」
私たちはぽかん、とそのおじさんを見上げた。
「お返しします」
おじさんは相良先生にカバンを渡す。金具が壊れた、個人情報満載のカバン。
「え、あ……はい」
先生は呆然とそれを受け取り、それから「あっ」と言った。
「カバン、その、あなたの、駅で駅員さんがあぶらあげで」
「先生落ち着いて何言ってるかわからない」
私がそう言うと、おじさんは「大丈夫」と笑った。笑った拍子に、ぴょこん、と頭から耳が生えた。狐みたいな耳。
おじさんは「おや」と言う顔をした後、その耳を押さえる。
(耳、消えた……)
それから悪戯っぽく笑い、「もう受け取っております」とどこからか、そのカバンを取り出す。
(もう一個のカバンなんか、どこにもなかったのにー!)
「ではご迷惑をおかけしました、よき旅を。人の子たち」
そして青い、大きな炎がまた光った。眩しくて一瞬目を閉じて、そして目を開けた。おじさんはそこにいなかった。
私たちはしばし言葉を失った。
「……なに?」
私はやっと、その言葉を発した。
「えっなんやったんや!? オッサンどこいったんや」
「……」
アキラくんはキョロキョロしてるし、黒田くんは腕を組んで首をひねっている。
その時、人の声が聞こえてきた。上からも、下からも。
(さっきまで、人の気配なんか全くなかったのに!)
「綺麗だったね」
「登った甲斐があったねぇ」
下っていく人たち。
「ほら、もうすこし」
「ここまできたから全部まわろ」
登っていく人たち。
さまざまな、会話。
数組のグループが、立ちすくむ私たちを追い越していく。上にも、下にも。
「……相良先生、俺たち1番上まで行ったけど誰ともすれ違ってねーっすよね?」
黒田くんは、ぽつりと言う。
「……だね」
「じゃあなんで、あの人たち下ってきてるんすかね」
「嘘やん!」
アキラくんが大きな声で叫んで、その声は山で大きくこだました。
本殿近くの待ち合わせポイントで、ひよりちゃんたちと合流した。
「えー嘘だあ」
「騙そうとしてるでしょ!」
秋月くんとひよりちゃんの反応は、最もだとおもう。
「でもでも、本当なんだよー、狐がしゃべっておじさん消えたの」
「ほんまやで、ぼっと光ってサッとおらんようになってん!」
「あー、ハイハイもう! 分かりましたよ」
「信じてよう、ひよりちゃん!」
「信じてるって~」
「信じてへん声やんそれー!」
らちがあかない。
(ほんとのことなのにっ!)
「黒田くんたちからも、ほら!」
「や、あれは夢だったのかもしんねー」
黒田くんは眉根を寄せ、納得するように頷いた。
先生も、その言葉にうんうんと頷く。
「集団でお昼寝をしていたに違いないです」
「もー先生っ」
私は口を尖らせる。
「はいはい、もー。あ、華ちゃんあれやった? おもかる石」
「おもかる石?」
私は口を尖らせたまま、首をかしげる。
「うん、まだだったら行こうよ。わたしたちさっきしてきたの」
「あ、お願い叶うとかいう?」
「うん。正確には、お願いがすぐ叶う時は石が軽く感じるっていう。軽ければすぐ叶うし、重ければなかなか叶わないかもなんだって」
「ああ」
そういえばガイドブックで見たんだった。先生のカバン騒ぎですっかり忘れていた。
「じゃあ行こうかな。ひよりちゃんは叶うって?」
「んーん、重かった」
残念そうに眉を下げるひよりちゃん。
「お願いなににしたの?」
「素敵な人と出会えますように、って。すっごい重かった」
「それってさ」
甘酸っぱい恋愛、ちょっとだけ手助けしちゃお。えへへ。
(お節介かなぁ、でもでも、まず意識してもらわなきゃだもんね)
余計なお世話だったらごめんね、と思いつつ、口を開く。
「もう出会ってるから、なんじゃない?」
「え?」
「もう出会ってるから重く感じたんじゃない? もう出会っちゃってるのに"出会えますように"ってお願いは、叶えようがないからさ。そんなことない?」
(ちょっと無理矢理理論かな?)
「え、そうかな?」
「そうだよ」
「そうなのかー! えっ誰かなぁ」
行けた。
にんまり笑い、秋月くんに目線をやると笑ってサムズアップしてくれた。ほっと息を吐く。
「案外身近にいたりして」
私がそう言うと、ひよりちゃんはぽっと赤くなった。
「なんかドキドキしちゃうねっ」
すっかり乙女モードなひよりちゃん。
(すっっっごい可愛い)
たまんないな、甘酸っぱいな、最高だな、と「誰だろ~」と照れるひよりちゃんを見つめ、またもニヤニヤする私なのでした。
(しゃ、しゃべった!?)
その、尻尾フサフサでやたらと毛艶の良い狐は、もう一度「あぶらあげのにおいがします」と言って、青い炎を引き連れ、ゆっくり階段を上がってこようとしている。
「ど、どうしよ」
「どうする。逃げるか? 走れるか設楽」
「う、うん」
山頂へ向かって逃げよう、とした矢先、相良先生はうーん、と言ってしゃがみこんでしまった。
「夢かなぁ」
「先生、立って!」
私は慌てて叫ぶ。
(もう狐さん、こっち着いちゃう!)
狐さんは先生のすぐ側までやってきた。
ゆらゆら、と瞬いて炎は消え、狐さんはくんくん、と先生を嗅ぎまわる。
「あぶらあげどこ? あぶらあげ」
「ああそうだ夢なんだ起きたらいつものお布団の中」
「せんせぇー!」
「もうあかん、センセは置いていくで華」
「さがらん、短い付き合いだったな」
アキラくんと黒田くんは見捨てる気まんまんだ。
「ま、待って」
私をひっばる、アキラくんと黒田くんを見上げた時だった。
彼らの背後に、男の人がひとり。スーツでサングラス。
(あ、おじさん)
荷物を取り違えた、おじさんだった。
「おや、ほらやめなさい。人間にご迷惑をおかけしない」
「ごめんなさい」
「油揚げはすぐ上げますから」
「はぁい」
青い炎が光ったかと思うと、もうそこに狐さんはいなかった。
(……きえたっ!?)
思わずキョロキョロしてしまう。
しかし、どこにもその姿は認められない。
「いやぁすみません、人の子よ」
おじさんは笑った。
「わたしがうっかり、荷物を取り違えたりしたものだから」
「……へ?」
私たちはぽかん、とそのおじさんを見上げた。
「お返しします」
おじさんは相良先生にカバンを渡す。金具が壊れた、個人情報満載のカバン。
「え、あ……はい」
先生は呆然とそれを受け取り、それから「あっ」と言った。
「カバン、その、あなたの、駅で駅員さんがあぶらあげで」
「先生落ち着いて何言ってるかわからない」
私がそう言うと、おじさんは「大丈夫」と笑った。笑った拍子に、ぴょこん、と頭から耳が生えた。狐みたいな耳。
おじさんは「おや」と言う顔をした後、その耳を押さえる。
(耳、消えた……)
それから悪戯っぽく笑い、「もう受け取っております」とどこからか、そのカバンを取り出す。
(もう一個のカバンなんか、どこにもなかったのにー!)
「ではご迷惑をおかけしました、よき旅を。人の子たち」
そして青い、大きな炎がまた光った。眩しくて一瞬目を閉じて、そして目を開けた。おじさんはそこにいなかった。
私たちはしばし言葉を失った。
「……なに?」
私はやっと、その言葉を発した。
「えっなんやったんや!? オッサンどこいったんや」
「……」
アキラくんはキョロキョロしてるし、黒田くんは腕を組んで首をひねっている。
その時、人の声が聞こえてきた。上からも、下からも。
(さっきまで、人の気配なんか全くなかったのに!)
「綺麗だったね」
「登った甲斐があったねぇ」
下っていく人たち。
「ほら、もうすこし」
「ここまできたから全部まわろ」
登っていく人たち。
さまざまな、会話。
数組のグループが、立ちすくむ私たちを追い越していく。上にも、下にも。
「……相良先生、俺たち1番上まで行ったけど誰ともすれ違ってねーっすよね?」
黒田くんは、ぽつりと言う。
「……だね」
「じゃあなんで、あの人たち下ってきてるんすかね」
「嘘やん!」
アキラくんが大きな声で叫んで、その声は山で大きくこだました。
本殿近くの待ち合わせポイントで、ひよりちゃんたちと合流した。
「えー嘘だあ」
「騙そうとしてるでしょ!」
秋月くんとひよりちゃんの反応は、最もだとおもう。
「でもでも、本当なんだよー、狐がしゃべっておじさん消えたの」
「ほんまやで、ぼっと光ってサッとおらんようになってん!」
「あー、ハイハイもう! 分かりましたよ」
「信じてよう、ひよりちゃん!」
「信じてるって~」
「信じてへん声やんそれー!」
らちがあかない。
(ほんとのことなのにっ!)
「黒田くんたちからも、ほら!」
「や、あれは夢だったのかもしんねー」
黒田くんは眉根を寄せ、納得するように頷いた。
先生も、その言葉にうんうんと頷く。
「集団でお昼寝をしていたに違いないです」
「もー先生っ」
私は口を尖らせる。
「はいはい、もー。あ、華ちゃんあれやった? おもかる石」
「おもかる石?」
私は口を尖らせたまま、首をかしげる。
「うん、まだだったら行こうよ。わたしたちさっきしてきたの」
「あ、お願い叶うとかいう?」
「うん。正確には、お願いがすぐ叶う時は石が軽く感じるっていう。軽ければすぐ叶うし、重ければなかなか叶わないかもなんだって」
「ああ」
そういえばガイドブックで見たんだった。先生のカバン騒ぎですっかり忘れていた。
「じゃあ行こうかな。ひよりちゃんは叶うって?」
「んーん、重かった」
残念そうに眉を下げるひよりちゃん。
「お願いなににしたの?」
「素敵な人と出会えますように、って。すっごい重かった」
「それってさ」
甘酸っぱい恋愛、ちょっとだけ手助けしちゃお。えへへ。
(お節介かなぁ、でもでも、まず意識してもらわなきゃだもんね)
余計なお世話だったらごめんね、と思いつつ、口を開く。
「もう出会ってるから、なんじゃない?」
「え?」
「もう出会ってるから重く感じたんじゃない? もう出会っちゃってるのに"出会えますように"ってお願いは、叶えようがないからさ。そんなことない?」
(ちょっと無理矢理理論かな?)
「え、そうかな?」
「そうだよ」
「そうなのかー! えっ誰かなぁ」
行けた。
にんまり笑い、秋月くんに目線をやると笑ってサムズアップしてくれた。ほっと息を吐く。
「案外身近にいたりして」
私がそう言うと、ひよりちゃんはぽっと赤くなった。
「なんかドキドキしちゃうねっ」
すっかり乙女モードなひよりちゃん。
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