83 / 702
5
サッカー少年はカンノーロを食べる(side???)
しおりを挟む
鹿王院樹というやつが、俺は結構好きだ。変なやつだけど、ノリも合ってる気がするし、面倒見もいい。
周りのやつは「やたらと大人っぽい」「近寄りがたい」とかいうけど、あいつ結構ムキになることもあるし、ゲームとかも普通にする。
まぁスペックが異常に高いのは、正直羨ましい。同時期に始めたサッカーで、たった1年と少しで樹はトントン拍子にナショナルトレセンにまで呼ばれてしまった。
「俺は背が高いからな、ラッキーだ」とは言うけれど、それだけじゃない。元からの運動能力もあるとおもうけど、あいつは努力を惜しまない、というか、はっきり言うと単純に負けず嫌いなんだ、あいつは。
けど、サッカー以外でそこまでのめり込むものってなかった。まぁ何でも持ってるやつは執着なんかしないのかな、と思ってたらもうひとつ、樹が執着するものができた。
許婚の、設楽華、という女の子だ。
最初に聞いた時は「あいつに許婚? 興味なくてすぐ解消するんじゃないの」とか思ってたけど、日を追うごとにその執着度合いは増していった。気を抜けば華ちゃんの話に持って行きたがるし、もう惚気はお腹いっぱい、って感じ。
まぁとにかく、そんな樹が修学旅行中、シチリアでふと言ったのだ。
「先日祖母と観た、旧い、映画でな」
「なんだよ唐突に」
ランチのデザートを食べていた時だった。カンノーロ。丸い揚げた生地に、クリームが包まっている。結構好き。
「これに毒が入っていたんだ」
「……」
俺は一瞬咀嚼する口を止めた。なんで今言うんだ、食べてる時に。
「マフィアのボスが毒殺を」
「ストップ、なぜ今言う」
「? 思い出したからだ」
「なんかヤだろ食べてる時に」
「そうか? それはすまん」
樹は大して気にする様子もない。
「華ちゃんそーいうの嫌がらないの」
「? さぁ、華なら笑うかな」
「そうかよ」
愛しい許婚を思い出したのか、樹は頬をゆるめた。
「てかさ、それってカヴァレリア・ルスティカーナが流れるやつ?」
イタリアオペラ。間奏曲が有名だ。
「ああそうだ、なんだ、映画観てたのか? あれは」
「や、すまんちゃんとは観てない。父親が夜観てるのをチラッと見ただけ」
「そうか、面白いぞ」
そうだろうか。
「あのオペラ、シチリアが舞台だな」
樹は皿をすっかり綺麗にして笑う。
「ああ」
俺は少し前に母親に連れられていった、それのオペラ公演を思い出した。ほとんど寝ていた。すごく怒られたけど興味ないのは仕方ない。が、筋書きはなんとなく記憶している。
「あれだよな、兵士になって戦争から帰ってきたら、恋人が別のやつと結婚してたってやつ」
「確かそうだ。確かご母堂がオペラ好きだったな」
「うん、付き合わされる」
「俺もだ。眠くなる」
「わかる……」
樹もおばあさんに色んなところに付き合わされているらしい。
こういう同じ苦労をしている、っていうのもウマが合う要因なのかもしれない。
まぁもう少し大人になったら、そういうのも楽しめるのかもしれない。そうなるといいけど。
「でもさ、樹ならどうする?」
「なにがだ?」
俺は例のオペラの筋書きを思い出しながら言う。
「戦争から帰ってきたら、華ちゃんが別のやつと結婚してたら?」
確かあのオペラでは決闘になったんだった、夫と、元恋人で……なんて思い出しながら、なんとなく聞いて、その瞬間には、俺はその質問をしたことを後悔した。
(うーわ、想像だけでそんな顔する?)
ぴん、と空気が凍った。
別のテーブルのやつも不穏な空気を察して、こちらをみやる。すまん、こんなに怒ると思わなかったんだ。
「……、そうだな、奪い返す。何があっても」
「うん、ほんとすまん、だからその目をやめてくれ」
マジで人を殺しそうな目。怖いよ。
肩をすくめると、樹はやっと少し笑った。
「すまん、華のこととなるとムキになる」
「お前全然そういうの隠さないよな」
「なにを?」
「普通隠さない? 許婚なんかレアじゃん、今時。いるやつもいるけど」
俺なんかそんな話どころか、彼女さえできたことがない。樹は引く手数多なのに、さっさと許婚決めてしまって毎日のろけている。不公平だぜ。
「隠さんな。なぜ隠す?」
「うーん」
聞かれてもわからない。なぜならいないから。
「ま、俺は樹が幸せならなんでもいいと思うよ」
そう言うと、樹は笑って「ああ、とても幸せだ」というのだった。
ほんとにご馳走さまって感じだよ、ほんとに。末永くお幸せに。
周りのやつは「やたらと大人っぽい」「近寄りがたい」とかいうけど、あいつ結構ムキになることもあるし、ゲームとかも普通にする。
まぁスペックが異常に高いのは、正直羨ましい。同時期に始めたサッカーで、たった1年と少しで樹はトントン拍子にナショナルトレセンにまで呼ばれてしまった。
「俺は背が高いからな、ラッキーだ」とは言うけれど、それだけじゃない。元からの運動能力もあるとおもうけど、あいつは努力を惜しまない、というか、はっきり言うと単純に負けず嫌いなんだ、あいつは。
けど、サッカー以外でそこまでのめり込むものってなかった。まぁ何でも持ってるやつは執着なんかしないのかな、と思ってたらもうひとつ、樹が執着するものができた。
許婚の、設楽華、という女の子だ。
最初に聞いた時は「あいつに許婚? 興味なくてすぐ解消するんじゃないの」とか思ってたけど、日を追うごとにその執着度合いは増していった。気を抜けば華ちゃんの話に持って行きたがるし、もう惚気はお腹いっぱい、って感じ。
まぁとにかく、そんな樹が修学旅行中、シチリアでふと言ったのだ。
「先日祖母と観た、旧い、映画でな」
「なんだよ唐突に」
ランチのデザートを食べていた時だった。カンノーロ。丸い揚げた生地に、クリームが包まっている。結構好き。
「これに毒が入っていたんだ」
「……」
俺は一瞬咀嚼する口を止めた。なんで今言うんだ、食べてる時に。
「マフィアのボスが毒殺を」
「ストップ、なぜ今言う」
「? 思い出したからだ」
「なんかヤだろ食べてる時に」
「そうか? それはすまん」
樹は大して気にする様子もない。
「華ちゃんそーいうの嫌がらないの」
「? さぁ、華なら笑うかな」
「そうかよ」
愛しい許婚を思い出したのか、樹は頬をゆるめた。
「てかさ、それってカヴァレリア・ルスティカーナが流れるやつ?」
イタリアオペラ。間奏曲が有名だ。
「ああそうだ、なんだ、映画観てたのか? あれは」
「や、すまんちゃんとは観てない。父親が夜観てるのをチラッと見ただけ」
「そうか、面白いぞ」
そうだろうか。
「あのオペラ、シチリアが舞台だな」
樹は皿をすっかり綺麗にして笑う。
「ああ」
俺は少し前に母親に連れられていった、それのオペラ公演を思い出した。ほとんど寝ていた。すごく怒られたけど興味ないのは仕方ない。が、筋書きはなんとなく記憶している。
「あれだよな、兵士になって戦争から帰ってきたら、恋人が別のやつと結婚してたってやつ」
「確かそうだ。確かご母堂がオペラ好きだったな」
「うん、付き合わされる」
「俺もだ。眠くなる」
「わかる……」
樹もおばあさんに色んなところに付き合わされているらしい。
こういう同じ苦労をしている、っていうのもウマが合う要因なのかもしれない。
まぁもう少し大人になったら、そういうのも楽しめるのかもしれない。そうなるといいけど。
「でもさ、樹ならどうする?」
「なにがだ?」
俺は例のオペラの筋書きを思い出しながら言う。
「戦争から帰ってきたら、華ちゃんが別のやつと結婚してたら?」
確かあのオペラでは決闘になったんだった、夫と、元恋人で……なんて思い出しながら、なんとなく聞いて、その瞬間には、俺はその質問をしたことを後悔した。
(うーわ、想像だけでそんな顔する?)
ぴん、と空気が凍った。
別のテーブルのやつも不穏な空気を察して、こちらをみやる。すまん、こんなに怒ると思わなかったんだ。
「……、そうだな、奪い返す。何があっても」
「うん、ほんとすまん、だからその目をやめてくれ」
マジで人を殺しそうな目。怖いよ。
肩をすくめると、樹はやっと少し笑った。
「すまん、華のこととなるとムキになる」
「お前全然そういうの隠さないよな」
「なにを?」
「普通隠さない? 許婚なんかレアじゃん、今時。いるやつもいるけど」
俺なんかそんな話どころか、彼女さえできたことがない。樹は引く手数多なのに、さっさと許婚決めてしまって毎日のろけている。不公平だぜ。
「隠さんな。なぜ隠す?」
「うーん」
聞かれてもわからない。なぜならいないから。
「ま、俺は樹が幸せならなんでもいいと思うよ」
そう言うと、樹は笑って「ああ、とても幸せだ」というのだった。
ほんとにご馳走さまって感じだよ、ほんとに。末永くお幸せに。
10
あなたにおすすめの小説
ふたりの愛は「真実」らしいので、心の声が聞こえる魔道具をプレゼントしました
もるだ
恋愛
伯爵夫人になるために魔術の道を諦め厳しい教育を受けていたエリーゼに告げられたのは婚約破棄でした。「アシュリーと僕は真実の愛で結ばれてるんだ」というので、元婚約者たちには、心の声が聞こえる魔道具をプレゼントしてあげます。
傷物令嬢は魔法使いの力を借りて婚約者を幸せにしたい
棗
恋愛
ローゼライト=シーラデンの額には傷がある。幼い頃、幼馴染のラルスに負わされた傷で責任を取る為に婚約が結ばれた。
しかしローゼライトは知っている。ラルスには他に愛する人がいると。この婚約はローゼライトの額に傷を負わせてしまったが為の婚約で、ラルスの気持ちが自分にはないと。
そこで、子供の時から交流のある魔法使いダヴィデにラルスとの婚約解消をしたいと依頼をするのであった。
彼女が高級娼婦と呼ばれる理由~元悪役令嬢の戦慄の日々~
プラネットプラント
恋愛
婚約者である王子の恋人をいじめたと婚約破棄され、実家から縁を切られたライラは娼館で暮らすことになる。だが、訪れる人々のせいでライラは怯えていた。
※完結済。
婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?
こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。
「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」
そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。
【毒を検知しました】
「え?」
私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。
※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです
逆ハーレムエンド? 現実を見て下さいませ
朝霞 花純@電子書籍発売中
恋愛
エリザベート・ラガルド公爵令嬢は溜息を吐く。
理由はとある男爵令嬢による逆ハーレム。
逆ハーレムのメンバーは彼女の婚約者のアレックス王太子殿下とその側近一同だ。
エリザベートは男爵令嬢に注意する為に逆ハーレムの元へ向かう。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
私は貴方を許さない
白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。
前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。
「殿下、人違いです」どうぞヒロインのところへ行って下さい
みおな
恋愛
私が転生したのは、乙女ゲームを元にした人気のライトノベルの世界でした。
しかも、定番の悪役令嬢。
いえ、別にざまあされるヒロインにはなりたくないですし、婚約者のいる相手にすり寄るビッチなヒロインにもなりたくないです。
ですから婚約者の王子様。
私はいつでも婚約破棄を受け入れますので、どうぞヒロインのところに行って下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる