86 / 702
5
悪役令嬢は反省する
しおりを挟む
「先生、泣かしちゃってごめんなさい」
「え、いいのに、ってか本当にこちらこそごめんね?」
帰りの新幹線。
私がもう一度謝りに行くと、相良先生は申し訳なさそうに眉を寄せた。
(きっと、先生もセカンド扱いされてきたんだわ、今まで)
だって浮気とかされても許しそうだし、てきとーな言い訳信じていつまでも彼女待ってそうだもん。切ない。
同じ気持ちを味わったことがある者として、せめてものお詫びで例のガチガチアイスを献上させていただこうと、先生の席までやってきたのだ。
「いいのに、っていうか、もらえないからね? 生徒さんからこんなの」
「でももう買っちゃいましたし」
「2個食べたら? 入るでしょ」
う。バレてる。入るけど、でも。
「じゃあ捨てます。先生食べないなら捨てます。あーあ、もったいないなぁ、牛さんが一生懸命ミルク出して、工場の人が一生懸命作ったこのアイス、捨てます」
「わ、わかりました、食べます、食べますから」
先生は苦笑しながらアイスを受け取ってくれた。
「……そういう言い方、よくする?」
「え?」
「脅しみたいな」
「あは、あんまりしないですけど、たまに」
前世ではよくしてた。
友達とかに遠慮されたりしたら、半ば押し付けるみたいに、こんな風に。
(今思えば、あれってありがた迷惑?)
みんな元気かなぁ。幸せに暮らしてくれてたらいいな、なんて思う。
「まぁ、先生としてはホテル抜け出したこともっと謝ってほしいかな」
「う……反省してます」
「うん」
「てか、先生なんであそこで出てきたの?」
私は首を傾げた。出現マジックで現れた先生。
「ああ」
先生は笑った。
「タクシーで後付けたんだけど、料亭入った後どこ行ったかわからなくてウロウロしてたらね、あの人のアシスタントさんに頼まれて。予定の人が来れなくなったって、同じくらいの体格の人だからって。舞台から見たら君たちも見つけられそうだったし」
「あ、そうなんですか……てか、やっぱあれ、タネがあるんだ」
「そりゃね」
「先生見たんでしょう」
「見たけど、見たからできるわけじゃないからね」
「そりゃそうか」
たくさんの練習とか、知恵と努力の成果があのマジックになるわけだもんな。
「でも、伏見稲荷のあれはタネも仕掛けもなーい、ですよね! すごかったぁ」
「あっは、あれは集団白昼夢だと思うね」
「そうかなぁ」
「……楽しかった?」
「その時はびっくりしてたけど、いま思うと凄かったなって思います。面白かった」
私がそう言うと、先生は笑った。
「それは何よりでした」
むう、まだ白昼夢説を推す気だな。黒田くんもハイハイって感じだし、まったく何を見てたんだこの人たちは!
「じゃあ私戻ります」
「うん、ありがと」
笑う先生に手を振り、席に戻るとさっきまで起きてたはずの、ひよりちゃんと秋月くんが爆睡していた。
というか、そもそも周りの子たちもほぼ寝ている。まだ名古屋にも着いてないのに、皆体力の限界まで楽しんでいたのだろう。
「あら」
「ちょっと目ぇ離したらこうだったよ」
黒田くんはお菓子を食べながら言った。
「つか、また食べるんかよソレ」
手元のアイスを指さされる。
「うん。今日は時間あるから、ゆっくり溶かしてゆっくり食べるの」
「そーかよ。残念」
「なにが?」
「なんでもねぇよ」
黒田くんは食べていたスナック菓子を、私の口に押し込んだ。美味しい。
ちょっと幸せな気持ちになってもぐもぐしていると、やっぱり黒田くんは変な顔をした。失礼な。
「あ、忘れないうちに」
「ん?」
私は鞄から、お守りの袋を取り出した。「音羽山清水寺」と印刷してある、小さな紙袋。
「お守り?」
「ひよりちゃんと秋月くんにも買ってるんだけど、ふたりにはまた」
そう答えて黒田くんに袋を渡す。
「……サンキュ」
「いつもお世話になってるからね!」
いやほんとに。
「見ていいか?」
「うん」
黒田くんには、「勝」と書かれている青いお守り。
ひよりちゃんと秋月くんには「幸」と書いてあるお守り。ピンクと水色の、色違いにしてみたりした。えへへ。
「空手頑張ってね」
「……おう」
少し照れたように、返事をして。
「……なぁ」
「うん?」
「大会近いんだよ」
「うん、らしいね」
このあいだ関東大会で準優勝してた黒田くんは、その前の県大会で県代表になっていた。次は全国らしい。すごい。
「……」
黒田くんは黙って私をじっと見た。口を真一文字に結んで。
「……え。おまじない?」
時々、試合前にしてるのだ。"おまじない"。
「ダメか」
「だって」
周りを見渡す。
(みんな寝てるけど)
少し離れた席で、女の子たちの笑い声がする。座ってたら、見えない角度ではあるけど。
(さすがに恥ずかしいじゃん!)
おでこコツンするし!
アワアワしてると、黒田くんは笑った。
「や、悪い。変なこと言った」
笑う顔が、なんかちょっと辛そうで。
(なんでそんな顔するのかな)
分からない、けど。
私は黒田くんの手を握り、おでこを合わせた。
「黒田くんのお願いが叶いますように、なーむー」
少し早口で、すぐに身体を離す。
「……相変わらず気ぃ抜けるよな、なーむー」
いつも通りの口調に少し安心する。
「ここまでしたんだから、絶対優勝してよね」
ちょっと口を尖らせて言う。
「負ける気しねーな」
黒田くんは片頬を上げて笑って、それからお守りをぎゅうっと握りしめて言った。
「あのな、優勝したら聞いて欲しいことがあんだけど」
「え、いいのに、ってか本当にこちらこそごめんね?」
帰りの新幹線。
私がもう一度謝りに行くと、相良先生は申し訳なさそうに眉を寄せた。
(きっと、先生もセカンド扱いされてきたんだわ、今まで)
だって浮気とかされても許しそうだし、てきとーな言い訳信じていつまでも彼女待ってそうだもん。切ない。
同じ気持ちを味わったことがある者として、せめてものお詫びで例のガチガチアイスを献上させていただこうと、先生の席までやってきたのだ。
「いいのに、っていうか、もらえないからね? 生徒さんからこんなの」
「でももう買っちゃいましたし」
「2個食べたら? 入るでしょ」
う。バレてる。入るけど、でも。
「じゃあ捨てます。先生食べないなら捨てます。あーあ、もったいないなぁ、牛さんが一生懸命ミルク出して、工場の人が一生懸命作ったこのアイス、捨てます」
「わ、わかりました、食べます、食べますから」
先生は苦笑しながらアイスを受け取ってくれた。
「……そういう言い方、よくする?」
「え?」
「脅しみたいな」
「あは、あんまりしないですけど、たまに」
前世ではよくしてた。
友達とかに遠慮されたりしたら、半ば押し付けるみたいに、こんな風に。
(今思えば、あれってありがた迷惑?)
みんな元気かなぁ。幸せに暮らしてくれてたらいいな、なんて思う。
「まぁ、先生としてはホテル抜け出したこともっと謝ってほしいかな」
「う……反省してます」
「うん」
「てか、先生なんであそこで出てきたの?」
私は首を傾げた。出現マジックで現れた先生。
「ああ」
先生は笑った。
「タクシーで後付けたんだけど、料亭入った後どこ行ったかわからなくてウロウロしてたらね、あの人のアシスタントさんに頼まれて。予定の人が来れなくなったって、同じくらいの体格の人だからって。舞台から見たら君たちも見つけられそうだったし」
「あ、そうなんですか……てか、やっぱあれ、タネがあるんだ」
「そりゃね」
「先生見たんでしょう」
「見たけど、見たからできるわけじゃないからね」
「そりゃそうか」
たくさんの練習とか、知恵と努力の成果があのマジックになるわけだもんな。
「でも、伏見稲荷のあれはタネも仕掛けもなーい、ですよね! すごかったぁ」
「あっは、あれは集団白昼夢だと思うね」
「そうかなぁ」
「……楽しかった?」
「その時はびっくりしてたけど、いま思うと凄かったなって思います。面白かった」
私がそう言うと、先生は笑った。
「それは何よりでした」
むう、まだ白昼夢説を推す気だな。黒田くんもハイハイって感じだし、まったく何を見てたんだこの人たちは!
「じゃあ私戻ります」
「うん、ありがと」
笑う先生に手を振り、席に戻るとさっきまで起きてたはずの、ひよりちゃんと秋月くんが爆睡していた。
というか、そもそも周りの子たちもほぼ寝ている。まだ名古屋にも着いてないのに、皆体力の限界まで楽しんでいたのだろう。
「あら」
「ちょっと目ぇ離したらこうだったよ」
黒田くんはお菓子を食べながら言った。
「つか、また食べるんかよソレ」
手元のアイスを指さされる。
「うん。今日は時間あるから、ゆっくり溶かしてゆっくり食べるの」
「そーかよ。残念」
「なにが?」
「なんでもねぇよ」
黒田くんは食べていたスナック菓子を、私の口に押し込んだ。美味しい。
ちょっと幸せな気持ちになってもぐもぐしていると、やっぱり黒田くんは変な顔をした。失礼な。
「あ、忘れないうちに」
「ん?」
私は鞄から、お守りの袋を取り出した。「音羽山清水寺」と印刷してある、小さな紙袋。
「お守り?」
「ひよりちゃんと秋月くんにも買ってるんだけど、ふたりにはまた」
そう答えて黒田くんに袋を渡す。
「……サンキュ」
「いつもお世話になってるからね!」
いやほんとに。
「見ていいか?」
「うん」
黒田くんには、「勝」と書かれている青いお守り。
ひよりちゃんと秋月くんには「幸」と書いてあるお守り。ピンクと水色の、色違いにしてみたりした。えへへ。
「空手頑張ってね」
「……おう」
少し照れたように、返事をして。
「……なぁ」
「うん?」
「大会近いんだよ」
「うん、らしいね」
このあいだ関東大会で準優勝してた黒田くんは、その前の県大会で県代表になっていた。次は全国らしい。すごい。
「……」
黒田くんは黙って私をじっと見た。口を真一文字に結んで。
「……え。おまじない?」
時々、試合前にしてるのだ。"おまじない"。
「ダメか」
「だって」
周りを見渡す。
(みんな寝てるけど)
少し離れた席で、女の子たちの笑い声がする。座ってたら、見えない角度ではあるけど。
(さすがに恥ずかしいじゃん!)
おでこコツンするし!
アワアワしてると、黒田くんは笑った。
「や、悪い。変なこと言った」
笑う顔が、なんかちょっと辛そうで。
(なんでそんな顔するのかな)
分からない、けど。
私は黒田くんの手を握り、おでこを合わせた。
「黒田くんのお願いが叶いますように、なーむー」
少し早口で、すぐに身体を離す。
「……相変わらず気ぃ抜けるよな、なーむー」
いつも通りの口調に少し安心する。
「ここまでしたんだから、絶対優勝してよね」
ちょっと口を尖らせて言う。
「負ける気しねーな」
黒田くんは片頬を上げて笑って、それからお守りをぎゅうっと握りしめて言った。
「あのな、優勝したら聞いて欲しいことがあんだけど」
10
あなたにおすすめの小説
傷物令嬢は魔法使いの力を借りて婚約者を幸せにしたい
棗
恋愛
ローゼライト=シーラデンの額には傷がある。幼い頃、幼馴染のラルスに負わされた傷で責任を取る為に婚約が結ばれた。
しかしローゼライトは知っている。ラルスには他に愛する人がいると。この婚約はローゼライトの額に傷を負わせてしまったが為の婚約で、ラルスの気持ちが自分にはないと。
そこで、子供の時から交流のある魔法使いダヴィデにラルスとの婚約解消をしたいと依頼をするのであった。
ナイスミドルな国王に生まれ変わったことを利用してヒロインを成敗する
ぴぴみ
恋愛
少し前まで普通のアラサーOLだった莉乃。ある時目を覚ますとなんだか身体が重いことに気がついて…。声は低いバリトン。鏡に写るはナイスミドルなおじ様。
皆畏れるような眼差しで私を陛下と呼ぶ。
ヒロインが悪役令嬢からの被害を訴える。元女として前世の記憶持ちとしてこの状況違和感しかないのですが…。
なんとか成敗してみたい。
彼女が高級娼婦と呼ばれる理由~元悪役令嬢の戦慄の日々~
プラネットプラント
恋愛
婚約者である王子の恋人をいじめたと婚約破棄され、実家から縁を切られたライラは娼館で暮らすことになる。だが、訪れる人々のせいでライラは怯えていた。
※完結済。
婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?
こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。
「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」
そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。
【毒を検知しました】
「え?」
私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。
※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです
【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!
白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。
辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。
夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆
異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です)
《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆
逆ハーレムエンド? 現実を見て下さいませ
朝霞 花純@電子書籍発売中
恋愛
エリザベート・ラガルド公爵令嬢は溜息を吐く。
理由はとある男爵令嬢による逆ハーレム。
逆ハーレムのメンバーは彼女の婚約者のアレックス王太子殿下とその側近一同だ。
エリザベートは男爵令嬢に注意する為に逆ハーレムの元へ向かう。
すべてを思い出したのが、王太子と結婚した後でした
珠宮さくら
恋愛
ペチュニアが、乙女ゲームの世界に転生したと気づいた時には、すべてが終わっていた。
色々と始まらなさ過ぎて、同じ名前の令嬢が騒ぐのを見聞きして、ようやく思い出した時には王太子と結婚した後。
バグったせいか、ヒロインがヒロインらしくなかったせいか。ゲーム通りに何一ついかなかったが、ペチュニアは前世では出来なかったことをこの世界で満喫することになる。
※全4話。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる