【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

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悪役令嬢とウーパールーパー

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 ふよふよ、と大きな水槽を漂う、白い生き物。変な生き物。ウーパールーパー。

「……お腹の中の赤ちゃんに似てるかも」

 前世の友達が妊娠した時に、その友達の家にあった雑誌に載ってた、お腹の中の赤ちゃんのリアルなイラスト。

「こんな感じ」

 だった、気がする。2ヶ月とか3ヶ月とか、それくらいのイラストだっかな?

(だから可愛く思うのかな?)

 ……関係ないか。
 そう考えながら、私は部屋を見渡す。
 樹くんの部屋。
 何度も家には来ていたけど、部屋に入るのは初めてだったりして。

(すごいなー)

 古めかしい日本家屋の中で、この部屋は洋室になっていた。
 広いはずなのに、水槽と本棚でかなりの圧迫感がある。あとは机と、広いベッドと、ラグが敷いてあってその上にローテブル、そしてクローゼット。

(やっぱ片付いてるなー)

 イメージ通りだ。
 私の部屋、散らかってはないんだけど雑然としてるんだよな。どう違うんだろ。

(てかいろんな生き物いる)

 ぜんぶ水系だけど。
 ウーパールーパーの水槽のほかに、成長途中のオタマジャクシのでっかい版みたいな謎の魚(だと思う、多分)の水槽とか、小さい水槽を1匹だけで泳ぐ、ヒラヒラした白い魚とか。オーソドックス? な熱帯魚っぽいのもいる。
 結構見飽きない。ぼけーっとできる。

(癒される……)

 ふと本棚を見ると、サッカーの本か、歴史小説ばかり。シブい。

(まだ帰ってこないかな)

 今日は樹くんが修学旅行から帰国する日。ちょうど日曜日で、暇だったのでお邪魔してみたのだ。京都土産も渡したいし。

「部屋で驚かせてあげて」

 静子さんが悪戯っぽく笑って、部屋に通してくれた。
 そんな訳で部屋で待機しているのだが、予定時刻を過ぎてもまだ帰宅してないみたいだ。
 お手伝いの吉田さんが冷たい紅茶をいれてくれて、それがローテーブルで汗をかいている。

(まー、飛行機って遅れるからね)

 そう思い、また水槽を見つめる。ぷくぷく出てくる泡、それの音、あと何かのモーター音。

(……、眠くなってきちゃった)

 私はころん、とラグの上に横たわる。ベッドはさすがに借りにくい。

(ちょっとだけお昼寝)

 そう思ったはずなのに。
 起きたらベッドに寝ていた。

「あれれ?」
「起きたか」

 樹くんはローテーブルの上で何かを書いていた。筆で。

「……、おかえり?」
「ただいま」

 ぼけっとしたままそう言うと、樹くんは微笑んでそう返してくれた。

「何してるの?」
「写経だ」
「写経ぅ?」

 帰国するなり何してるんだろ、と起き上がりローテーブルの向かいに座る。

「なんで?」
「心を落ち着かせるため」
「なにかあったの?」
「華が悪い」
「えええ…」

 何かしたっけ。勝手に寝てたのは悪いと思うけど、ベッド貸してくれたのは樹くんだと思うし。

「俺を聖人君子だと思うなよ華」
「?? うん、ごめん?」
「まぁいい。よし、できた」

 ほとんどお手本も見ずにかきあげる。

「覚えてるの?」
「? 法事とかで聞くだろう、全部が全部ではないが般若心経くらいは」
「ふつー、そんくらいで覚えないって」

 ローテーブルに両ひじをついて、顔を乗せて樹くんを見上げる。お行儀悪いけど。

「……無自覚か」
「なにが? ……ってあれ、なに?」

 部屋の隅に積まれた、数箱の段ボール。さっきまではたしかになかったのに。

「土産だ」
「え、あんなにたくさん」

 ご近所さんにでも配るのだろうか。
 首を傾げていると、樹くんは笑った。

「全部華に、だ」
「はい!?」

 私は思わず立ち上がる。

「私!?」
「うむ」
「ご、ごめん……私もお土産あるんだけど、一個しかない」
「ふ、華」

 樹くんは笑った。

「たとえイタリア全土を土産にしようと、華がくれるその1つの土産に比べれば、塵同然」
「ち、ちり」
「つまり、とても嬉しい」
「……どうも?」
「ん」

 手を差し出された。

(まぁ、後で出しにくくなるよりは)

 私は座り直して、バッグからその紙袋を取り出した。

「これね、球技の神様なんだって」

 自由行動の日、銀閣寺から金閣寺に向かう途中で寄らせてもらった神社のお守り。

「闘魂」

 樹くんはお守りに書いてある文字を読み上げた。

「うん、闘魂らしいよ」

 濃い青のお守り。サッカーなら青かなっていう単純な考え。よく考えたら樹くんはキーパーだからユニフォームの色違うんだけど、ま、いいか。

「とても嬉しい」
「あは、喜んでくれて良かった」
「とてもとても嬉しい」
「うん」
「すまん、なんと言えばいいかわからん」
「そんなに?」
「当たり前だ」

 樹くんはお守りを見つめた。

「俺がいないどこかで、華が俺のことを考えて俺のためだけに選んでくれたものだ。嬉しくないわけがない」
「大げさだなぁ」

 たしかに、言いようによってはその通りなんだけど。

「これは俺から」

 樹くんは段ボールを次々とあける。

「チョコが欲しいと言っていただろう、だから」
「お、おいしそうっ」

 高級チョコ店から地元のスーパーで売られているものまで、私が欲しそうなものを手当たり次第に買ってくれたらしい。

「こっちはオリーブオイル、そっちはパスタとソース」
「うわぁ一年くらい暮らせるよ……」
「今度は一緒にどこかへ行こう」

 樹くんは、じっと私を見つめる。

「うん」

 笑って返す。
 しかしまぁ、旅費も相当なものだろうし、そう簡単には行けないよなぁと思う。敦子さんに言ったらホイホイ出してくれそうだけど、なんか悪いしなぁ。

(お小遣いの範囲で、となると)

 恐ろしいことに貯金がどんどん溜まっており、海外でも近場なら行けそうになってきている。

「それと」

 樹くんは小さな箱を取り出した。

「実はこれがメインだ」
「なぁに?」

 受け取って開けてみる。

「ネックレス?」
「ベネチアングラスなんだ」

 赤い小さな、宝石みたいなガラスの球がついた、シンプルで可愛らしいネックレス。

「華に似合いそうだと思って」
「嬉しい、ありがとう! 付けてみていい?」
「もちろんだ」

 樹くんはなんだか真剣に頷いた。それから少しためらいがちに続けた。

「俺がつけても、いいだろうか」
「樹くんがつけるの?」
「華にな」
「ひとりでできるけど?」
「俺がそうしたいんだ」
「? じゃあお願いしようかな」

 樹くんは私の後ろにまわり、少し戸惑いがちな手つきで、そっと髪を払って、私にネックレスをつけてくれた。
 振り向いて、見せてみる。

「似合う?」
「……ああ、とても」
「ありがとう、大事にするね」
「うむ……あ」

 樹くんは何か大事なことを思い出したかのような顔をして、「すまん、華」とつぶやいた。

「本当にすまないのだが、以前渡したブレスレット、返してもらってもいいだろうか」

 樹くんの言葉に、私はピンと来る。

(先生が、このブレスレット高価なものだって言ってたし、もしかして静子さんとかに怒られたかな?)

 小学生にプレゼントするには高すぎる、って。

「あは、怒られた?」
「む、分かるか。というか……知っていたのか」

 その言葉に首をかしげる。

(怒られたのは知らなかったけど、でも)

「なんとなく予想はついたよ」
「そ、そうか……俺は華に読まれているな」
「そんなこともないと思うけど、でも、やっぱこれは返すね」

 私はブレスレットを樹くんに渡す。

「私はこれが嬉しかったから」

 ベネチアングラスの細いネックレス。赤いガラスがとてもきれい。

「そうか……もう、こんなことはしない」
「あは、そうして」
「許してくれるか」
「許すもなにも、私のことを思ってくれたんでしょ? 私が怒ることじゃないよ」
「そうか……華の心は太平洋のように広いな。そしてマリアナ海溝のように深い」
「なんかよくわかんないけど、うん、それでいいよ」

 相変わらずよく分からない例えだし、なんかやたらと恐縮してるのも良くわかんないけど、まぁとりあえず私はチョコを食べたいなぁ、なんてのんびり思うのでした。
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