【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

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サッカー少年は現実的

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「ふむ。なるほどな」

 樹くんはお皿に取り分けたチョコを口に放り込みながら言った。

「俺にはできんし、細かいトリックも分からんが、原理はなんとなく分かる」
「え、ほんと?」
「舞台が眩しく光ったと言ったな?」
「うん」
「そのタイミングで、どこからか現れたんだろう」
「えー? そんな余裕ないと思うけど、どうやって」
「知らん、俺は手品師ではないからな」
「イリュージョニスト」
「どう違うんだ」
「知らないけど」

 私はぷう、と口を尖らせた。

「おそらく、華たちが山で遭遇したというその狐と男性もそのように消えたのだろう。華たちが炎に着目している間に、なんらかのトリックでな」
「でも、上に上がってた先生と友達、他に誰も見なかったって。なのに急に人が現れたんだよ、上からも下からも!」
「下から登ってくる人には、ほんの数分、道の点検中ですとでも言って、協力者なり何なりが止めておけばいい」
「えー?」
「上だって、その先生と友達は二手に分かれて登ったんだろう。片側のやつがグルなら、そいつが通る道でやはり同じことをしておけば、もう片方を登り降りしたやつにはバレない。どちらにしろほんの数分で済む。そういうトリックだ」
「そんなことないですぅー。あれは不思議現象ですー」
「華がそう思うならそれでいい」
「バカにしてるでしょ」
「してない」

 樹くんは楽しそうに笑う。
 絶対してる顔だもんね。

(小学生なのに夢がないなぁっ)

 もう一度ぷう、と頰を膨らませてから、ふと気づいたことを聞く。

「そういえば樹くんって、たくさん生き物飼ってたんだね」
「ん? ああ」
「アクアリウムっていうの?」
「うむ、なんだか見ていると落ち着くものでな」

 樹くんは水槽に目をやった。

「分かるのがウーパールーパーだけだったんだけど」
「あとは魚だ」
「うんごめん、それはわかった、さすがに私でも」

 いやちょっと怪しかったけど。特に謎のオタマジャクシ(でっかい版)。

「そうか」

 うむうむ、と頷く樹くん。

「それはなあに?」

 私はオタマジャクシ(でっかい版)を指差す。水以外ほとんど何も入っていない水槽で、うねうねと泳いでいる。少しウナギとかっぽいかも。

「プロトプテルス・アンフィビウス。ハイギョだ」
「ぷろ……なに?」
「アンフィでいい」

 樹くんが立ち上がって、水槽の前まで行ったので、私も横に並ぶ。

「あんふぃ、あんふぃね。はいぎょ?」
「うむ、こいつは肺があるんだ」

 なぜか誇らしげに樹くんは言う。

「魚なのに?」
「魚なのにだなぁ」
「すごくない?」
「すごいだろう」

 樹くんは嬉しそうだ。

「可愛いんだぞ、肺呼吸だから水面に息をしにくるんだ。エサの食べ方がまた可愛らしくて、なんというか、ぽろぽろ食べこぼしながら食べる。口から出たやつをまた吸い込んだり」
「へ、へぇ」

 そこに可愛さはちょっと見出せそうにない……。

「なに食べるの?」
「なんでも。うちでは人工飼料だが、野生では巻貝なんかも噛み砕いて食べているようだ」
「へぇー」

 顎が強いんだなぁ。

「そっちの白いのは?」
「ショーベタ。こいつも実は空気呼吸ができる。鰓呼吸だが」
「へえ!」

 魚って色々いるんだなぁ。ていうか。

「えっと、ベタ? 私、神戸の病院に入院してた時に見たかも。青かったけど」
「ほう?」
「病院の水槽にいて。1匹で寂しそうだなってちょっと思った」
「ベタはなぁ」

 樹くんは困ったように言う。

「気性が荒いんだ。縄張り意識が強くて、1匹で飼わないと争って死んでしまう」
「あ、そうなんだ。だから1匹」
「うむ、タイが原産なのだが、あちらでは闘魚といって戦わせるようなこともするみたいだな」
「へぇ」

 こんな綺麗な魚が、そんなに獰猛だなんて意外だ。

「元々は、あまり趣味ではないのだが」

 樹くんはベタの水槽に触れた。

「華に似ていると思って」
「私?」
「白くて、きらきらして、ふわふわしてるだろう」
「私、そんなかな?」

 というか、こないだは鹿のゆるめキャラクターに似てるとか言ってなかったか。私の悪役令嬢顔面スペック、どうなってんの。

「うむ。それで、つい飼ってしまった」
「そうなの」

 私に似てると飼っちゃうの意味はわかんないけど、まぁ大事に飼ってるならいいんじゃないでしょうか。
 子供の頃に生き物を飼うのはいいことだしね。

「あっちは熱帯魚?」

 何種類かの魚がキラキラと泳いでいる。

「うむ。海の魚だな」
「海水? どうやってるの? 塩いれる?」

 樹くんは笑った。

「塩は入れない。人工海水だ。こういうのがあって」

 樹くんは、水槽の下の棚から袋を取り出した。

「これを水で溶かす」
「へぇー」

 便利なものがあるんだなぁ。

「……華は何か飼いたい生き物はいないのか?」
「私? うーん、猫は好きだけど」
「猫!!」

 樹くんは驚いた顔をした。

「な、なに?」
「済まないが、飼ったとしてその猫は俺の部屋には入れないようにしてくれ」

 本気で困った顔をして言う。

「え、あ、うん?」
「いや分かる、猫は悪くない。悪くないが万が一、ということもある」
「あ、この魚? 食べる?」

 猫ちゃんが?

「うむ、食べはせずとも、水槽に落ちたりして溺れても可哀想だろう、もちろんフタはしておくが」
「うん……」

(もしかして、結婚した後の話してる?)

 気が早い、というかまだどうなるかも分からないのに、というか。

(相変わらず真面目だぁ)

 私は首をかしげる。

「そういえば、樹くんは、好きな人できたりした?」
「……?」

 不可思議そうな樹くん。

「ん、前さ、許婚なったばっかの時。そんな話したじゃん、ほかにす」

 好きな人ができたら考える、って、と続けようとして、口を手で塞がれた。

(あ、手、大きいなやっぱ)

 なんて考えてみるが、明らかに樹くんは怒っている。

(なんで)

 変な質問してしまっただろうか。
 少し怖くなって一歩下がる。

「……、すまん」
「ううん、ごめん、変なこと、言った?」
「バカなことを言った」
「ごめんなさい」

 どうしたらいいか分からず、少しうろたえながら謝る。

「なにがあろうと婚約は解消しない」
「へ?」

 ぽかん、と口をあける。

(え? え? 最初の話と違うけど)

「なぜなら"ほかに好きな人"などできないからだ」
「……?」
「今はそれでいい、華」

 樹くんが私の頬に手を伸ばす。

「なぜそんな質問を?」
「え、あ、なんか…….ごめん勘違いだったら恥ずかしいんだけど、さっき結婚した後の話してた?」
「していた」
「あ、で、それで、気が早いな~とか思っちゃって、途中で好きな人できたらどうするのかなって、それで、そういえばそんな話したな、って」

 詰まりながらも、なんとか説明をする。

「……華に、ほかに想う人ができたわけではないんだな?」
「ん? うん、そうではなくて」
「そうか」

 樹くんは薄く笑った。

「二度とそんな話をするな。俺に……、他に誰か好きな女ができたか、なんて」
「え、あ、うん」

 勢いに押されて、そう返事をする。
 そして樹くんは、私の前髪をかきあげて、そこに静かに唇を押し当てた。

「……?」
「イタリアの挨拶」
「そうなの?」

 すっかりイタリアナイズされちゃって、と見上げると、樹くんはいつも通り笑った。

「嘘だ」
「嘘なの!?」
「ああ」

 本当に面白そうに笑うので、私もついつい釣られて笑うのだった。
 いつも通りのこの感じ、ほっとする。樹くんの悪戯っぽい顔、私は結構好きだったりするんだよなぁ。
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