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悪役令嬢はご飯を食べる
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静子さんに、お夕食を食べて行ったら、と誘われたのでありがたくいただくことにする。吉田さん手作り。
「美味しいっ」
「うむ」
樹くんもじんわり、という顔をしている。
「久々のちゃんとした和食だ。帰りの飛行機も和食にしたが、やはり家で食べるのが一番だ」
(……おセレブでも、海外旅行から帰ってきたあとの感想は一緒なのね)
ちょっと面白くて笑ってしまう。
「樹、どうだったの、イタリアは」
「晴れていた」
「……あ、そう」
静子さんは少し呆れたように答えた。
「半分くらいあちらのクラブで練習したんでしょ」
「え、そうなの?」
私は樹くんを見た。
樹くんは少し頷く。
「わがままを言ってな。さすがに2週間まるまるボールに触らないのは不安すぎる」
「不安なの?」
「当たり前だろう」
「そうなんだ」
樹くんくらい上手くてもかぁ。
「中5日くらいをな、ローマで」
「へえ」
「レベルが全然違ったな」
「そうなんだ」
「それもあるが、そうだな、グラウンドがなあ」
「グラウンド?」
樹くんは頷いた。
「トレセンに行った時も感じたが、芝と砂のグラウンドでは全く違う」
「ああ」
そういうものなのかな。
「落差がなぁ……」
「天然芝にしてもらう? 学校のグラウンドも」
(な、なにその提案!?)
静子さんのナチュラルな提案に戦慄する。そんな簡単にできるものなの?
「とはいえ、予選では砂だからな。両方あると望ましい」
「中学は芝もあるんでしょう」
「うむ、時々貸してもらえるよう先生に頼んでみようかと」
「それがいいわね」
私は話半分に聴きながら、もくもくと箸をすすめる。おセレブめ。
「華は中学からはこちらに通うのか?」
「ん? ううん、公立の予定」
明らかに樹くんが悲しそうな顔をした。
(そ、そんな顔しなくたって)
「来たらいいじゃないか。絶対に楽しい」
「んー、友達と公立行こうって約束してるの」
そう、ひよりちゃんに起きるであろう「いじめ」を回避するために!
「友達?」
「鍋島千晶ちゃん。覚えてない?」
「ああ、覚えている。元気にしているか」
「うん、たまにお茶するの」
「そうだったのか」
樹くんは笑った。
「なら仕方ない、諦める。友達との約束は大事だ」
静子さんは首をかしげた。
「その子って、鍋島さんのとこのお嬢さん? 議員されてる」
「あ、ご存知ですか」
「ええ……そう、鍋島、ね」
静子さんは意味深に言う。
(なんだろ?)
「お父様にはお会いになった?」
「? いえお忙しいみたいで」
「そう」
静子さんは軽く微笑み、続けた。
「千晶さんにはまだお会いしたことないけど、あそこの真さんは知ってるわ。樹もお会いしたことがあるでしょ?」
「ああ、あの穏やかな」
私はお茶を吐き出しそうになった。無理やり飲み込んだので、激しく咳き込む。
「げほげほげほげほげほ」
「大丈夫か華!?」
樹くんが私の背中を撫でてくれた。
「ぶ、ぶた」
「豚? 豚がひっかかったか? メニューに豚なんかあったか?」
オロオロと言う樹くん。
「だ、大丈夫」
つい豚とか出ちゃった。あの変態お兄様……ほんとにそんなに外面いいんだぁ。
脳裏にあの笑顔が浮かぶ。ひんやりと背中が冷えたので、温かいお茶を喉に流し込み、話をそらすべく、私は樹くんに尋ねる。
「そういえば、樹くんなんでキーパーなの?」
「ポジション?」
「うん、背が高いから?」
「いやまぁ、うん」
樹くんは腕を組んで考えた。
「一番カッコよかった、からだな」
「カッコよかった?」
「うむ」
私は首を傾げた。
もちろんキーパーもカッコいいと思うけど、これくらいの男子が憧れるのって攻撃の選手じゃないのかなぁ。
「3年の時だったかな。父の会社がスポンサーをした国際大会に招待されたことがあってな」
樹くんはお茶を飲みながら言う。
「その時はサッカーなんかよく知らなかったんだが、その時のキーパーがな。PKを止めたんだ」
「PKって、キーパーと1対1で蹴るやつ?」
「それだ。でな、普通はこれは決まるんだ。想像してみたら分かると思うが、これは圧倒的にキッカーが有利なんだ。けど、その時のキーパーはな、止めたんだ。その時の雄叫びがなぁ、かっこよくてな。俺はこれだと思った」
「へぇー」
目をキラキラさせて話す樹くん。
(こうしてるとやっぱ小学生ってかんじ)
いいねいいね。
「そんな訳でそこからサッカー一色だ」
「いいよねぇ、夢中になれるものがあって」
「華は?」
「ん?」
「華は何かしないのか?」
「んー」
私は頭をひねった。
(前世でもそんなに趣味がある方じゃなかったからなぁ)
たまにゲームするくらいで。
「特にないかなぁ。今は本読むくらい」
「そうか。まぁ華は日々を楽しんで生きているからな、人生そのものが趣味みたいなものなのだろう」
「そんな壮大な」
相変わらず私のことはポジティブだなぁ樹くん。謎に信頼されている気がする。
「でも今日は樹くんのいろんな面が見れてよかったなぁ、魚とか」
「見た華ちゃん? あの変なオタマジャクシ」
「あは、可愛いですよね」
「可愛いっ!?」
「あ、見慣れてくるとなんか」
「そう……」
その後静子さんが言うには、どうやら私が樹くんに「変な魚を集めるのをやめろ」と言って欲しかったらしいみたいだ。
(それで部屋に通してくれたのかな)
でも本当に愛嬌がある感じだし。エサを食べるのがあまりキレイではないけど、ご飯を欲しがる様子とかあんまり魚っぽくなくて、可愛いと思う。
「あの海水のほうもね、よく見ると変な魚がウヨウヨしてるのよ」
「えっ気がつかなかった」
「それから、もうすぐ変な魚来るのよ。カエル」
「カエル?」
私が首を傾げると、樹くんは不服そうに静子さんを見た。
「クマドリカエルアンコウ。可愛いのに。白に赤い模様がついた綺麗な魚だ」
「へぇ~。また見せて」
「いいぞ。ショップにまだ預けてあるんだ。今水槽を立ち上げてるんだが、水質が落ち着いたら迎えに行く。華も来るか?」
「うん」
「ヤダ魚マニアを増やしただけだったわ」
静子さんは残念そうに言った。
けど、私たちを見つめる目はとても優しくて、ああこの人も孫が可愛いんだよな、なんてちょっと思った。
「美味しいっ」
「うむ」
樹くんもじんわり、という顔をしている。
「久々のちゃんとした和食だ。帰りの飛行機も和食にしたが、やはり家で食べるのが一番だ」
(……おセレブでも、海外旅行から帰ってきたあとの感想は一緒なのね)
ちょっと面白くて笑ってしまう。
「樹、どうだったの、イタリアは」
「晴れていた」
「……あ、そう」
静子さんは少し呆れたように答えた。
「半分くらいあちらのクラブで練習したんでしょ」
「え、そうなの?」
私は樹くんを見た。
樹くんは少し頷く。
「わがままを言ってな。さすがに2週間まるまるボールに触らないのは不安すぎる」
「不安なの?」
「当たり前だろう」
「そうなんだ」
樹くんくらい上手くてもかぁ。
「中5日くらいをな、ローマで」
「へえ」
「レベルが全然違ったな」
「そうなんだ」
「それもあるが、そうだな、グラウンドがなあ」
「グラウンド?」
樹くんは頷いた。
「トレセンに行った時も感じたが、芝と砂のグラウンドでは全く違う」
「ああ」
そういうものなのかな。
「落差がなぁ……」
「天然芝にしてもらう? 学校のグラウンドも」
(な、なにその提案!?)
静子さんのナチュラルな提案に戦慄する。そんな簡単にできるものなの?
「とはいえ、予選では砂だからな。両方あると望ましい」
「中学は芝もあるんでしょう」
「うむ、時々貸してもらえるよう先生に頼んでみようかと」
「それがいいわね」
私は話半分に聴きながら、もくもくと箸をすすめる。おセレブめ。
「華は中学からはこちらに通うのか?」
「ん? ううん、公立の予定」
明らかに樹くんが悲しそうな顔をした。
(そ、そんな顔しなくたって)
「来たらいいじゃないか。絶対に楽しい」
「んー、友達と公立行こうって約束してるの」
そう、ひよりちゃんに起きるであろう「いじめ」を回避するために!
「友達?」
「鍋島千晶ちゃん。覚えてない?」
「ああ、覚えている。元気にしているか」
「うん、たまにお茶するの」
「そうだったのか」
樹くんは笑った。
「なら仕方ない、諦める。友達との約束は大事だ」
静子さんは首をかしげた。
「その子って、鍋島さんのとこのお嬢さん? 議員されてる」
「あ、ご存知ですか」
「ええ……そう、鍋島、ね」
静子さんは意味深に言う。
(なんだろ?)
「お父様にはお会いになった?」
「? いえお忙しいみたいで」
「そう」
静子さんは軽く微笑み、続けた。
「千晶さんにはまだお会いしたことないけど、あそこの真さんは知ってるわ。樹もお会いしたことがあるでしょ?」
「ああ、あの穏やかな」
私はお茶を吐き出しそうになった。無理やり飲み込んだので、激しく咳き込む。
「げほげほげほげほげほ」
「大丈夫か華!?」
樹くんが私の背中を撫でてくれた。
「ぶ、ぶた」
「豚? 豚がひっかかったか? メニューに豚なんかあったか?」
オロオロと言う樹くん。
「だ、大丈夫」
つい豚とか出ちゃった。あの変態お兄様……ほんとにそんなに外面いいんだぁ。
脳裏にあの笑顔が浮かぶ。ひんやりと背中が冷えたので、温かいお茶を喉に流し込み、話をそらすべく、私は樹くんに尋ねる。
「そういえば、樹くんなんでキーパーなの?」
「ポジション?」
「うん、背が高いから?」
「いやまぁ、うん」
樹くんは腕を組んで考えた。
「一番カッコよかった、からだな」
「カッコよかった?」
「うむ」
私は首を傾げた。
もちろんキーパーもカッコいいと思うけど、これくらいの男子が憧れるのって攻撃の選手じゃないのかなぁ。
「3年の時だったかな。父の会社がスポンサーをした国際大会に招待されたことがあってな」
樹くんはお茶を飲みながら言う。
「その時はサッカーなんかよく知らなかったんだが、その時のキーパーがな。PKを止めたんだ」
「PKって、キーパーと1対1で蹴るやつ?」
「それだ。でな、普通はこれは決まるんだ。想像してみたら分かると思うが、これは圧倒的にキッカーが有利なんだ。けど、その時のキーパーはな、止めたんだ。その時の雄叫びがなぁ、かっこよくてな。俺はこれだと思った」
「へぇー」
目をキラキラさせて話す樹くん。
(こうしてるとやっぱ小学生ってかんじ)
いいねいいね。
「そんな訳でそこからサッカー一色だ」
「いいよねぇ、夢中になれるものがあって」
「華は?」
「ん?」
「華は何かしないのか?」
「んー」
私は頭をひねった。
(前世でもそんなに趣味がある方じゃなかったからなぁ)
たまにゲームするくらいで。
「特にないかなぁ。今は本読むくらい」
「そうか。まぁ華は日々を楽しんで生きているからな、人生そのものが趣味みたいなものなのだろう」
「そんな壮大な」
相変わらず私のことはポジティブだなぁ樹くん。謎に信頼されている気がする。
「でも今日は樹くんのいろんな面が見れてよかったなぁ、魚とか」
「見た華ちゃん? あの変なオタマジャクシ」
「あは、可愛いですよね」
「可愛いっ!?」
「あ、見慣れてくるとなんか」
「そう……」
その後静子さんが言うには、どうやら私が樹くんに「変な魚を集めるのをやめろ」と言って欲しかったらしいみたいだ。
(それで部屋に通してくれたのかな)
でも本当に愛嬌がある感じだし。エサを食べるのがあまりキレイではないけど、ご飯を欲しがる様子とかあんまり魚っぽくなくて、可愛いと思う。
「あの海水のほうもね、よく見ると変な魚がウヨウヨしてるのよ」
「えっ気がつかなかった」
「それから、もうすぐ変な魚来るのよ。カエル」
「カエル?」
私が首を傾げると、樹くんは不服そうに静子さんを見た。
「クマドリカエルアンコウ。可愛いのに。白に赤い模様がついた綺麗な魚だ」
「へぇ~。また見せて」
「いいぞ。ショップにまだ預けてあるんだ。今水槽を立ち上げてるんだが、水質が落ち着いたら迎えに行く。華も来るか?」
「うん」
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