【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

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空手少年は走る(side黒田健)

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 俺がロッカールームで着替えをしていると、見慣れた顔が「よっ」と挨拶しながら現れた。

「うす、栗山先輩」
「おつかれ、いい試合だったじゃん」

 去年まで同じ道場で稽古してて、今年の春から強豪の高校に進学した先輩だった。

「や、負けたんで。スンマセン応援来てもらったのに」
「関東の決勝と同じヤツに負けんじゃねぇよ」
「次は勝ちます」
「相変わらず淡々としてんなお前」
「はぁ」
「まぁあんな可愛い子に慰められたら元気もでるよなぁ?」
「……は?」
「見ーちゃった」
「は!?」
「めっちゃ可愛いなあの子。彼女?」
「違、え、は!?」

 見られていたのか。よりにもよってあんなみっともないところを!

「うわ、お前のそんな顔初めてなんだけど」
「や、つか彼女じゃねっす」
「まだぁ? はー、いいね今が一番楽しい時じゃん甘酸っぱ」

 先輩はめちゃくちゃ楽しそうに言う。

「はぁ、まぁ、そっスか」
「まぁその彼女、オッサンに絡まれてたけど」
「は!?」
「コワモテの」
「は!?」
「緑茶のペットボトルもらってた」

 俺は先輩の話を最後まで聞かず、ロッカールームを飛び出した。

(何もらってんだあのアホ)

 というか先輩も先輩だ、早く言ってくれれば、というか先輩も絡まれてるの分かってて放っておいたのか!?
 俺の脳裏にあの日の夜がフラッシュバックする。誘拐された設楽。
 両手両足を縛られて、恐怖で動けなくなっていた。その設楽に、のしかかるようにしていた久保。
 人を殺したいと思ったのは初めてだった。自分の中にあんな暗い感情があったなんて。
 正面出口にたどり着いて、一気に身体から力が抜けた。コワモテのオッサンとは、俺の父親のことだったから。

(担がれた)

 先輩は俺の父親を知っている。ということはつまり、からかっただけなんだろう。

(ロッカー帰ったらまたからかわれるな)

 しかしまぁ、設楽が無事なら良かった、と踵を返そうとして、聞き捨てならない言葉が耳に飛び込んできた。

「健は君のこと」
「クソ親父!!!」

 流石に叫んだ。何言おうとしてんだこのオッサンは!
 つか、親父に一言も言ってねぇんだけど。設楽のこと好きとか。どこ情報だよ、と思っていたら「お前はバレバレなんだ」だと。

(そうかよ)

 てかいつ気づいたんだ?
 たまに来る参観日くらいしか、このオッサンが俺と設楽いるとこ見る機会なかったはずだが。

「余計なこと言うなよ」と釘を刺してロッカーへ戻った。
 栗山先輩はにやにやしながら俺を待っていて、「な? コワモテのオッさんいただろ?」と笑った。

「冗談キツいッスよ」
「はー? お前あんだけ可愛い子といちゃついておいてなんのペナルティもないと思ってんのー!?」
「何スかペナルティて」
「俺、彼女と別れたばっかなの! 傷心なの! なのにあんなん見せられてさー、俺かわいそう」
「……そっスか」

 しかし、先輩も分かってないなぁ、とひとり思う。設楽の本当に可愛いところは、見た目じゃなくて中身なのに。見た目も整っているとは思うけど、他のやつにだって、目も鼻も口もある。設楽の中身には、設楽にしかない、何か素敵なものがあるんだ。教えてやる気はないけど。
 とりあえず着替え、急いでベンチへ戻る。母さんも楽しそうに設楽と会話しながら待っている。

(何話してんだろ。ヨケーなこと言ってねぇだろうな)

「待たせた」
「あ、お疲れさま」

 設楽が微笑んで立ち上がる。
 肩にかけてあるタオルを見て、独占欲が満たされるのを感じた。
 俺のものを彼女が身につけている、というただそれだけで。
 恋人になったわけでも、なんでもないのに。

(新幹線でも)

 この間の、修学旅行の帰りにも、妙な独占欲で、"おまじない"をねだってしまった。小さい子供みたいに。

(なんなんだろーな)

 設楽といると、感情の制御が難しい。
 
 駐車場で車に乗り込む。
 後部座席に並んで座る。ミニバンだし座席もそこそこ広い。教室で横に座るより遠いはずなのに、なんだか酷く近く感じる。車が閉じた空間だからだろうか?

「暗くなってきたね」
「おう」
「送ってもらえて、正解だったかも」

 また島津さん呼びつけるとこだったよ、と眉を下げて言うと設楽。

「華ちゃんはスポーツとかしてないの?」

 助手席から母さんが言う。

「あ、はい。勉強したいなって。中学も部活する気ないです」
「そうなの?」
「はい」
「タケルに勉強教えてあげてね、ってお父さんなにしてるの、ナビ通りに行ってよ」
「俺の勘だとこっちだ」
「お父さんの勘は、道に関しては絶対当たらないの! もう!」

 助手席と運転席で騒いでいるのを見ながら「部活しねぇの?」と聞く。

「うん。ほら、部活してると、遅くなるから。夜道歩けないし。毎日ハイヤーでお迎えって、ちょっとアレじゃない?」

 困ったように言う設楽。

「つか、……私立受けんのか?」

 俺は内心、ずっと気になっていたことを聞く。中学行ったら、バラバラになるんじゃないかって。

「んーん、普通に公立」
「そうか」

 ほっ、と内心息を吐く。

(そうか)

 まだ、一緒にいられるのか。
 そう思うと、力が湧いてくる。

(きっと、あのセリフは俺が期待してるよーなもんじゃねー)

 設楽の「いつまでも待つ」って、言葉。
 単にそのままの意味、だろう。いつか俺が話すのを待つ、ただそれだけ。

(俺のことを待ってくれるってわけじゃねぇ、けど)

 それでも闘志が湧いてくる。
 負けたくねぇと、思う。

(空手はもちろんだけど)

 あの許婚の男にだって、負けてたまるか、とそう思う。
 俺の目線に気づいた設楽が、不思議そうに笑う。
 この笑顔が、いつか、俺のものになればいいのに、俺はそう思いながら「なんでもねーよ」と笑った。
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