【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

文字の大きさ
99 / 702
6

とある少女の夏の思い出(side???)

しおりを挟む
 ウチが山ノ内くんを初めてちゃんと見たんは、小5になる直前の春休みやった。
 ウチは女子バスケで、山ノ内くんは男子バスケで、それぞれ別の学校やけど、学校のクラブに入っていて。
 ほんで、初めて県選抜に選ばれた時やった。同じクラブの女子が騒いでて、なんやろと思ってみたらえらいイケメンが楽しそうにバスケしよった。

「あれが噂の山ノ内くんか」

 友達がそういうので、まじまじと見つめる。あんなに整った男の子、初めてみた。

「ほんまにイケメンやん」

 思わずそう言った。

「めっちゃかっこいい」
「6年に負けとらんやん」

 大体試合に出るのは6年生なのに、山ノ内くんは4年から試合に出てるとか聞いた。

「ほんまやなあ」

 その時は、その男の子に恋するなんて、思ってもなかった。
 だって山ノ内くんは遠い世界の人だったし。常に女子にキャーキャー言われて、嫌がるそぶりもなく上手く受け流して(上に年が離れたお姉さんが3人いるから女性の扱いが叩き込まれてる、とかも聞いた)なのに男子からも人気があって。

(絶対に好きになったら辛いやんな、こんな人)

 そう思っとったのに、ウチはこの直後、まんまと山ノ内くんに恋してしまうのだ。
 しかも、その自覚と失恋はほぼ同時におきて、なんや人生ってままならんなぁ、なんて思ったりする。ちょっとは他の子みたいに、片思いでもいいからキャアキャア言うてみたかったわ。ほんまに。

「イルカやん」
「知らんかったやろ?」

 夏休み何日目かの朝、お母さんに「浜にイルカ見に行くで」と連れ出されて、なんやねんなんのことやねんと思ってたら、水族園のよこの砂浜やった。そこの海に、浮きで区切ったプールがあって、その中をイルカたちが気持ちよさそうに泳いでいた。

「うん」
「無料やでこれ、夏休みの間だけやけど」
「へぇー」

 水族園、こんなことしてたんかぁ。
 近所なのに知らんかった。

 それ以来、暇があるとなんとなくイルカを見に来るようになったのだ。
 夏休み中ということもあり、お昼間なんかは人でごった返したりしとったけど、まぁ朝の10時前とお昼の3時くらい以降は、比較的空いていた。
 やから、その日の午後3時くらいやったと思う。練習終わって、一旦家に帰ったウチは、着替えて波打ち際まで行って、割と近くでイルカを眺めていた。ショーでもなんでもない、普段のイルカたちは飼育員さんに甘えている。

(イルカも甘える時はお腹出すんやなぁ)

 面白い発見をした、そう思った次の瞬間。

「あ」

 ウチは、濡れた砂浜に足をとられて、見事に転倒してしまった。

「やば」

 寄せては返す塩水に、服も濡れていく。

(最悪やぁ)

 そう思って、立ち上がろうとした時。

「どないしたん」

 上から声が降ってきた。
 見上げると、山ノ内くんだった。

(や、山ノ内くん)

 海に反射する太陽に照らされて、いつもよりキラキラ30パーセント増し。

「こけてもうたん?」

 山ノ内くんは、手を差し出しながらそう言った。

「え、あ、うん」

 反射的に手を出してしまって、支えながら立ち上がらせてもらう。

「あ、ありがとう」
「ええで! つか、知ってる顔やな。県選抜おった?」
「あ、うん」

 ウチは顔に熱が上がるのを感じた。

「SFの子やろ。めっちゃ上手いよな、足速い」
「そんなことない、山ノ内くんこそ、有名、で」
「ほんまに? サンキュー」

 眉毛を下げた、少し大人びた笑顔。

(か、かっこいい)

 そう思ってしまうのは、女子として仕方ない、そう思う。

「てか、服大丈夫なん」
「あー」

 腰から下がもうべしょべしょだ。

「家近いから大丈夫」
「ほんま? でも歩かれへんよな」
「え?」

 見ると、履いていたビーチサンダルの片方が、波にさらわれて、どこかへ行ってしまっていた。

「え、あ、うわ、気づかんかった」
「ツレが持ってるわサンダル、借りたらええ」
「え?」
「元々俺のやねん。今日貸してんねんけど、そのうちどっかの試合で会った時にでも返してくれたらええから」

 そう言って山ノ内くんはウチを、お姫様抱っこ、した。

「数ヶ月で鍛えられるもんや」

 謎の山ノ内くんの言葉にも、混乱して何が何だかわからなくて。

「え、なになに!?」
「だって歩かれへんやろ?」
「や、やけど」
「ええやんそこまでや、こうなっとる子ほっとけんし」

 山ノ内くんはサクサクと砂浜を歩いて、遊歩道のベンチに座らせてくれた。

(う、うわぁぁあ)

 コレで恋せえへん女の子なんか、おる?顔が真っ赤なのがわかる。

(暑くて赤いと思ってくれますように……!)

 そう祈っていたら、遊歩道の反対側、水族園の方から、綺麗な声が聞こえた。

「アキラくん、お待たせ」

 鈴を転がすような声、ってこういうの言うんやろか、と思わずウチはその子を見た。
 
(うっわ、お人形さんみたい)

 透けるような白い肌、サラサラのショートボブの真っ黒い髪、白のノースリーブの丈が長いワンピースに、麦わら帽子。足元はシンプルなヒールの低いミュール。
 微笑むくちびると頬は、暑いせいか赤く色づいて。

「華」

 その子を呼ぶ、嬉しそうな山ノ内くんの声。まるで、彼女の名前を呼ぶことそのものが幸福です、と言わんばかりの。

「どうしたの?」
「ちゃうねん華」

 山ノ内くんは急に気づいたように焦り出した。

「この子がな、海でこけとって」
「え、そうなの? 大丈夫?」

 女の子はウチの前にまわって、しゃがみこんで「ケガはなさそうだね」と微笑んで見上げてきた。

(かっ……わいい)

 衝撃や。世の中にこんな子、おるんや。芸能人か、モデルさんでもおかしくない。
 その子は肩に下げていた籠バッグからタオルを取り出す。

「どうぞ、使って」
「え、いや、悪いです、そんな」
「だめ」

 女の子は勝手にウチの身体を拭き始めてしまった。

「あわ、や、じゃ、借ります、借りますんで自分で」
「あは、そう?」
「華、悪いけどさっき貸したビーチサンダル、この子に貸してあげてもええ?」
「いいよ、あ、サンダル流されちゃったんだ」

 大変だね、と眉を寄せて、ビニール袋に入っていたそれを貸してくれた。

「あ、あの」

 ウチはなんとか声を出す。

「タオルも、洗って返しますんで」
「華、この子バスケの知り合いやねん」
「あ、そうなんだ」

 女の子は立ち上がりながら、また笑った。

「いいな」

 女の子はそう言った。

(なにが、かな)

 この子みたいな、なんでも持ってる子がウチを羨む要素、ないと思うんやけど。
 ウチが迷っている間に、「ほな俺らもイルカ見よか」と山ノ内くんが言う。
 女の子は「うん」と頷いて、浜の方に歩き出す。
 ウチが「ありがとうございましたー!」と声をかけると、女の子と山ノ内くんは振り返って手を振ってくれた。

(あ)

 そこで気づく。

(あの子のミュールじゃ、砂浜歩きにくいじゃん!)

 だから山ノ内くんはサンダルを貸していたのだ。

(申し訳ないな、大丈夫かな)

 そう思って見つめていると、やはり歩きにくかったみたいで、立ち止まっている。アキラくんは迷うことなく、軽々とその子をお姫様抱っこして、海辺に向かって歩いて行ってしまった。
 女の子は少しびっくりしたあと、楽しそうに笑っていた。

「王子様やんあんなん」

 思わずひとりごとが漏れた。

「あの子はお姫様やし」

 視界がにじむ。涙、だ。

「うー」

 まさか、恋自覚したと同時に失恋する、なんて。

「ウチも見つけよ」

 ウチのこと、お姫様にしてくれるステキなウチだけの王子様。


 夏休み明けてすぐ、ウチの学校の男子バスケが練習試合する、ということで体育館はギャラリーでザワザワしていた。

「山ノ内くん来るんやろ」
「楽しみやなぁ」

 天井から下がった緑色の網で区切った反対側コート、こっちで練習している女子バスケメンバーも、少し気もそぞろって感じ。

(なんとか返さんと)

 練習試合のことを聞いて、カバンに詰め込んだサンダルとタオル、あとお礼に2人ぶんの、小袋のお菓子。
 キャアキャア声がして、山ノ内くんたちが入ってきた。
 ウォーミングアップしている山ノ内くんがこっちに近づいてきた時に、網越しに話しかける。

「山ノ内くん、こないだはありがと」
「あ、ここやっけか、学校」
「うん。今返してもええ?」
「ええで、待っとる」

 私たちの会話を聞いて、他の女子部員がキャアを通り越してギャアと叫ぶ。

「なんなんアンタなんなん、山ノ内くんとなんなん!?」
「えっえっ説明して!」

 ウチは肩をすくめた。ギャリーの女の子たちからは、射殺すような目で見られている。怖っ。
 やから、少し大きい声で言った。ギャリーの女の子たちにも、聞こえるくらいに。

「ちゃうねん、ウチ、山ノ内くんの彼女さんからタオル借りててん」

 体育館が、しん、とした。
 ウチは堂々と袋を渡す。

「お、サンキュー。お菓子までついてるやん」

 山ノ内くんは少し嬉しそう。

「送っとくわ」
「? うん、彼女さんによろしく」
「おう……あ」
「なに?」

 山ノ内くんは声をひそめた。

「これ内緒やねんけど、まだ彼女ちゃうねん、押してるとこやねん」
「あ、そうなの」

 ウチは笑った。

「でもイケると思うで、見てたけど」
「せやろ!? やっぱな。ほな」

 元の大きさの声でそう言って、荷物を置きに自分のエナメルバッグへ走る山ノ内くんの後ろ姿は、やっぱかっこよくて。

(でも、送っとくわ、って何やろ)

「あー、そういや山ノ内くん噂あったな。遠恋中やって」
「マジやったんか~、くそー」

 後ろで友達がそう言うのが聞こえる。

(遠距離かぁ)

 だから、送る、のか。
 と、ここに至って、あの子の「いいな」がどういう意味なのかやっと分かった。

(あの子は、山ノ内くんがバスケしてるとこ、あんま見たことないんかも)

 見てたいやんなぁ。

(あの子も切ない気持ち、たくさんしとんのやろか)

 そう思うと、あの子もウチと変わらへん、ただの女の子なんやなって、なんとなく身近に思ってしまった。

(がんばれ、遠距離恋愛)

 ウチは山ノ内くんの背中にむかって心でエールを送る。

「ウチもがんばろ」

 そうひとりごとを言うと、友達は妙な顔をして「彼女どんな子やった?」と聞いてくるのだった。
しおりを挟む
感想 168

あなたにおすすめの小説

傷物令嬢は魔法使いの力を借りて婚約者を幸せにしたい

恋愛
ローゼライト=シーラデンの額には傷がある。幼い頃、幼馴染のラルスに負わされた傷で責任を取る為に婚約が結ばれた。 しかしローゼライトは知っている。ラルスには他に愛する人がいると。この婚約はローゼライトの額に傷を負わせてしまったが為の婚約で、ラルスの気持ちが自分にはないと。 そこで、子供の時から交流のある魔法使いダヴィデにラルスとの婚約解消をしたいと依頼をするのであった。

ナイスミドルな国王に生まれ変わったことを利用してヒロインを成敗する

ぴぴみ
恋愛
少し前まで普通のアラサーOLだった莉乃。ある時目を覚ますとなんだか身体が重いことに気がついて…。声は低いバリトン。鏡に写るはナイスミドルなおじ様。 皆畏れるような眼差しで私を陛下と呼ぶ。 ヒロインが悪役令嬢からの被害を訴える。元女として前世の記憶持ちとしてこの状況違和感しかないのですが…。 なんとか成敗してみたい。

彼女が高級娼婦と呼ばれる理由~元悪役令嬢の戦慄の日々~

プラネットプラント
恋愛
婚約者である王子の恋人をいじめたと婚約破棄され、実家から縁を切られたライラは娼館で暮らすことになる。だが、訪れる人々のせいでライラは怯えていた。 ※完結済。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!

白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。 辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。 夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆  異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です) 《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆ 

逆ハーレムエンド? 現実を見て下さいませ

朝霞 花純@電子書籍発売中
恋愛
エリザベート・ラガルド公爵令嬢は溜息を吐く。 理由はとある男爵令嬢による逆ハーレム。 逆ハーレムのメンバーは彼女の婚約者のアレックス王太子殿下とその側近一同だ。 エリザベートは男爵令嬢に注意する為に逆ハーレムの元へ向かう。

すべてを思い出したのが、王太子と結婚した後でした

珠宮さくら
恋愛
ペチュニアが、乙女ゲームの世界に転生したと気づいた時には、すべてが終わっていた。 色々と始まらなさ過ぎて、同じ名前の令嬢が騒ぐのを見聞きして、ようやく思い出した時には王太子と結婚した後。 バグったせいか、ヒロインがヒロインらしくなかったせいか。ゲーム通りに何一ついかなかったが、ペチュニアは前世では出来なかったことをこの世界で満喫することになる。 ※全4話。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

処理中です...