【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

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悪役令嬢は絵心が無さげ

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「ご、ごめんねなんか、勝手に決めちゃって」

 私は圭くんと手を繋いで旅館の廊下を歩きながら言った。

「え、ううん」

 圭くんはまだ、少しぼうっとしながら答える。

「でもね、うち、結構楽しいよ。敦子さんお茶淹れるの上手だし、お菓子買って来てくれるし、八重子さんっていう、家のお手伝いしてくれてる人のご飯いつも美味しいし、あ、朝ごはんはいつも同じカフェなんだけど、そこも美味しいし、私も時々ご飯作るけど、結構好評だよ」
「……ゴハンの話しかしてないね?」
「あ」

 しまった。

「あ、あとね、海が見えるよ! お庭も広いから遊ぼう!」
「うん」
「学校も楽しいよ! 学年違うけど、私の友達も紹介するから」
「…….うん」
「あのね、綺麗な桜のスポットも近くにあるんだよ、お花見しようね?」
「…………うん」
「だから、泣かないで」

 私は指で圭くんの涙を拭った。それでも溢れてくる涙。

「ごめんね、やっぱやだった? 急に弟とか言われても困るよね?」
「……ちが、って」
「、うん」
「嬉しくて」

 すんすん、と息を吸い込みつつ、圭くんは一生懸命に喋ってくれた。

「ずっと不安で、どうしたらいいか、分からな、くて」
「うん」
「日本に来て、何日かずつ、いろんな家に行ったけど、どこも、ショーガナイって感じで、おれ、どこで暮らすのかなって」
「うん」
「ハナが初めて、おれのこと、ウチにおいでって、言ってくれた」

 圭くんは涙に濡れたその綺麗な瞳を、上目遣い気味にわたしに向けてくれた。

「ありがとう」

(……これはっ!!!!)

 千晶ちゃんが推しにするのもわかる。可愛い。母性本能をくすぐられまくりだ……!!
 脳内でぎょえええと叫びつつ、大人ぶって微笑み返す。

「私が圭くん弟にしたいって思ったんだよ、私のワガママ。だからお礼なんていらないの」

 その言葉に、圭くんは一瞬ぽかんとしてから、やっとニコリと笑ってくれた。

(やっば、可愛い!)

 部屋に戻ると、しばらくして食事がすっかりはこばれて来た。座卓に置かれたそれを、もりもり食べる。
 向かいには圭くんが座って、ちょっとずつお茶を飲んでいる。ねこ舌っぽい。

「あーやっぱ、あの子達と一緒じゃ食欲無かったんだなぁ~、美味しさが段違い」
「すごく食べるね。日本の女の子ってそんな感じ? みんな」
「? うん、みんな食べるの好きだよ」
「おれ、あんま食べないからキューショク不安だな」
「大丈夫だよ、案外入るって」
「そうかなぁ」
「そうだよう」

 そんな会話をして、ちょうどデザートを食べていた時、敦子さんが爆笑しながら帰ってきた。

「華、アンタやるわね」
「やりすぎました?」
「いい、いい! あっは、本当に楽しいわ。来年はいい年になりそうねぇ! あ、圭」

 敦子さんは笑いかける。

「これからよろしくね」
「あ。よ、よろしくお願いします」

 ぺこりと頭を下げる圭くん。

「あ、荷物こっちに運ばせるけどいい?」
「え」
「寝室2つあるし、こっちで寝なさい。……家族なんだから」

 敦子さんが微笑む。
 圭くんは、少し驚いたような顔をしたあと、ちょっとだけ泣きそうな顔で頷いた。

 そして年が開ける前に、順番に露店風呂ですっかり暖まって、それから私たちは眠った。
 敦子さんは子供が夜更かしするのが嫌いなんだよなぁ。私と敦子さんが同じ部屋、圭くんは隣の部屋。

 障子から差し込む、新年の朝陽で目がさめる。
 敦子さんはもう起きてるみたいだった。時計は8時半。いつもより寝てしまった。

「明けましておめでとう!」

 私は隣の圭くんの寝室の襖をガラリ! と開けた。

「え、あ。おはよ……。おめでと?」

 寝ぼけ眼の圭くんは、ぼけっと布団に座っていた。フワフワのお布団。

「お布団、気持ちよかったよねぇ!」
「うん」
「普段ベッドだけど、お布団もいいよね……って、圭くんお布団大丈夫だった?」
「初めてだった」
「ほんと! 眠れた?」
「朝から騒がしいわねぇ」

 敦子さんがぴょこ、っと顔を出す。

「アナタたち、さっと朝ごはん食べちゃいなさい」

 めんどくさいめんどくさい、そう言いながらも敦子さんはパタパタと準備を進める。

 私と圭くんはとりあえず朝ごはんを食べ始める。本間の座卓に既に準備してあった。久々の和食な朝ごはん。

「敦子さんは?」
「もう食べたわよ」

 奥の間から出てきた敦子さんは、昨日とはまた違う華やかな装い。薄いブルーに、水仙の柄。白い帯で一見淡い色の組み合わせだけど、小物がまた華やかな感じで綺麗。

「似合いますね~」
「ふふ、そうでしょ」

 笑う敦子さんは相変わらず綺麗で、ほんとに年齢不詳。あのクソジジイと何歳差なんだろ。

「ま、のんびりしてなさい。2人ともパーティは出なくていいから」
「え?」
「圭、服ないでしょ」

 圭くんは世間体をきにして連れてこられてただけで、食事会にも新年会にも出席させる気はなかったみたいで、何の用意もなかった。

「それに、そもそも喪中だし。いいわよ、だいたい自分の息子の喪中に、んなパーティやるあの色ボケジジイのアタマがどうかしてんのよ」

 ふんす、と敦子さんは鼻息荒く言う。

「あたしは仕事の関係もあって出るけど。部屋で遊んでてもいいし、庭でててもいいし。寒そうだけど」

 私たちはお言葉に甘えて部屋でのんびりすることにした。

「何する?」
「うーん」

 圭くんも首をかしげる。

「日本の子って、何してるの? こういう時」

 お正月だもんなぁ。かるた? 花札? でもどれもない。

「トランプくらい持ってきたら良かったなぁ」
「……あのね、絵でも描く?」
「絵?」
「うん」

 圭くんは自分の鞄から、スケッチブックと色鉛筆を取り出した。

「とうさんが、絵を描くの好きだったから、おれも良くマネしてたんだ」

 そう言いながら、スケッチブックを1枚千切って私にくれた。

「なに描こうかな」

 私は白い紙を前に迷った。
 何を隠そう、絵心がないのである。
 迷って、ウーパールーパーを描くことにした。

「……ごめん、それなぁに?」

 圭くんがおそるおそる、と言った感じで聞いてきた。

「なにに見える?」
「……ゴム手袋?」
「ウーパールーパー」
「ああ、うん、わかる、うん」

 すっごい気を遣われた。
 ちぇ、こうなることは分かっていたからいいんだもんねっ。
 私は圭くんの紙を覗き込む。

「え、上手っ。てか、私?」
「うん、ハナ」

 描いてみたんだ、と少し照れくさそうな圭くん。手渡してくれる。

「ありがと~!」

 受け取り、似顔絵をまじまじと見る。

「すっごい似てるけど、私ってこんな?」

 表情がすごく優しく描いてある。

「うん、ハナ、そんな感じだよ」
「そうかな、もうちょっとキツめな感じじゃない? ううん、似てないって話じゃなくて、なんとなく」

 何せ悪役令嬢顔なのだ。

「そうかな? 柔らかいインショーだったよ、最初から」

 圭くんは首を傾げて笑う。

「ほんと?」

 やっぱり、中身のゆるゆるアラサー魂が顔面に滲み出ているみたいだ。
 それが私がカピバラたる所以なんだろうなぁ。
 ウーパールーパーの横に、そっとカピバラを描き足してみる。

「……えっと、あ、分かった、これコロッケでしょ、とうさんが良く作ってくれたよ」

 カピバラを指差してにっこり笑う圭くんに「正解」と嘘をついて、私は「マルバツゲームしよ」と絵以外の遊びに彼を誘うのだった。
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