【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

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8(中学編)

養護教諭は後悔する(side小西)

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 少女漫画が好き、というと大抵驚いた顔をされる。
 きっと、わたしがそういう夢物語を好みそうにない顔つきをしているから。冷たそうというか。自分で言うのも何だけれど、美人の類に入るこの顔つきが、それに拍車をかけている。
 けれど、好きなものは好きで、大人になるころにはすっかり拗らせて、美少女大好き人間に成り果てていた。
 もちろん、性的にどうのということではなく、……しかし、崇拝と言ってもいいかもしれない。美少女は正しい。いつだって、どこだって、何をしていたって。

 だから、以前の職場を退職して、どうしようか迷っていた時に、知人の紹介でその女の子の護衛につくことになった時、わたしは柄にもなく神様に感謝したくなった。

(好み、ドンピシャ)

 上品な長毛種の猫を思わせる大きな目、サラサラの黒髪、透けるような白い肌、その微笑みは甘いお砂糖。スイート。微笑みかけられたならば、本当に甘い味がしそう。目にカメラがついていたらいいのに。録画機能がついていたらいいのに。神様、なぜわたしはアンドロイドではないのですか。

 そして何よりわたしのテンションを爆上げしたのはこの少女、華様を巡る恋模様だった。

(はぁはぁはぁたまらない)

 わたしは平静を装いながら、その様を見つめる。舐めるように見つめる。
 美少女と、それをめぐる少年たち。

(うふふふふふふふ)

 毎日が楽しい。お陰で肌のツヤも良い感じ。
 同僚、というかリーダーのハチ目スズメバチ上科アリの……じゃない、相良さんは「基本的に周辺警備につとめて本人は自由にさせておけ」と言うけれど! 命令だから従うけど! 本当は見つめていたい、ずっと華様を見つめていたい。

 というか、相良さんだ。

(あいつ、身の程も知らずに)

 ギリギリと歯をくいしばる。

(あのロリコン、華様をそんな目で見て)

 明らかに、恋をしている目だ。

(そんなことが許されるものですか)

 あの素敵な関係の輪に、てめぇが入る席はねぇぞ? あ? 三十路がよぉ……わたしも三十路だけど、それはそれ。だって見てるだけだし。
 そんな感じで楽しく過ごしていたある日、そう楽しい楽しい体育会の日、わたしは養護教諭としての仕事が大変に忙しい日でもあった。
 騎馬戦のあと、脱脂綿が足りなくなり、慌てて救護テントから保健室に走っていた時だった。
 保健室近くの廊下で、ぽそぽそと人の話し声がする。

(誰かしら)

 すわ怪我人か、とちらりと覗いて、わたしは脳内でキャアと叫んだ。

(な、なにしてるのふたり、っていうかなんで2人ともべしょべしょなの?)

 顔がにやける。そしてその、会話を聞いてさらに顔がにやけていく。

「設楽、俺」

(こ、告る!?)

 なんて素敵なシーンに居合わせたんだ、とこっそり覗こうとして……わたしの足が消火器に当たってしまった。

(ノーーーーっ)

 わ、わたしとしたことが……。

(ああ、なんてことを)

 悔しさのあまり唇を噛み締めながら、華様にお着替えを提供し、黒田くんの怪我も確認する。範囲は広いけど、ただのかすり傷。
 ふと考えて、黒田くんだけ残ってもらった。さすがに謝らせて欲しいぞ先生は。
 華様が保健室から出たのをきっちり確認してから、口を開く。

「ごめんね?」
「……何がっすか」
「告白しようとしてなかった?」

 わたしのその言葉に、黒田くんは「うっ」と息をつまらせて、それから「いや、助かったっす」といい直した。

「俺、まだ勝てないと思うんで」
「何に?」
「色んなヤツに」
「そう?」
「設楽に釣り合う男になってから告るッス」
「……そう」

 勝てない、というのは樹様のことなのか、山ノ内瑛のことなのか。あるいは両方か。
 わたしは微笑んで「設楽さん可愛い上に鈍感で、君は大変ねえ」と心から思っていることを言うと、黒田くんは苦笑いして「そっすね」と答える。

「実は謝りたくて残ってもらったの。持ってくのコレだけだから、大丈夫」

 わたしは小さな脱脂綿の箱を片手で持った。

「あ、そうなんすか」
「あとお詫びの気持ちを込めて、設楽さんのジャージ大きめにしてみた。萌え袖可愛かったよね」
「あれ、わざとなんすか」

 少し呆れ顔の黒田くん。まったく。

「満更でもない顔をしていたくせに」
「……」
「自分の服貸してるとこ想像した?」
「……戻るっす」

 ちょっと耳を赤くして、ドアに手をかけてそう言う少年。ふふふ、まったく可愛らしいったら。

「あざっした」
「はい、気をつけて」

 黒田くんにそう声をかけてから、小さな脱脂綿の箱を持って、わたしも保健室から出る。

(華様は、誰を選ぶのかしら)

 背中が傷だらけの、あの少年か。いつも明るく彼女を照らす、あの少年か。いつも彼女を支える、あの少年か。はたまた可愛らしいあの少年かも?

 とはいえ、華様の前途は多難だ。

(産まれがいいのも考えものねぇ)

 自分に付随する色んなモノが、華様を簡単に自由にはさせないだろう。

(……とにかくわたしは華様をお守りする。特にあの三十路から)

 わたしはそう決意を新たにしながら、少し早足で廊下を歩く。
 窓の外では、三年生のレースが始まっていた。

 さて、ゴールテープを最初に切るのは誰でしょう。
 わたしは少し、微笑んだ。
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