【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

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分岐・鹿王院樹

なにやら強い許婚ちゃん(side樹父)

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 自慢の許婚だとは聞いていた。

 まだ樹が小学生のころ、一人息子にほとんど勝手に許婚が決められて(俺の母の独断)俺は流石に無い、と思った。

「どういうことですか母さん」
「いいじゃないのよ、樹も気に入ってるわよ」
「まだ小学生ですよ?」
「分かってるわよ」

 妻も流石に怒っていて、なんやかんやと連絡を取っていたが、ある日すとんと「華さんはきっと樹の宝物なのね」と言い出した。

「は?」
「だってあの樹が毎日連絡よこしてくるのよ」

 微笑んで続ける。

「きっと素敵なお嬢さんに違いないわ」

 その言葉通り、設楽華さんは素敵な人なんだろうと思う。多少エキセントリックではあるような気がするが。何せコップの水を初対面の他人に、頭からかけちゃうような人だ。まぁ俺自身、理由には納得したとはいえ。
 しかし妻はそういうところも気に入ったようで「樹にはあれくらい強い子がいいわよ」と笑っていた。

 やがて母と合流し敦子さんも見えて、ラウンジからレストランへ移動する。ホテルの中華レストラン。
 先ほどの話題になると敦子さんは肩をすくめた。

「まぁそれくらいやっちゃっていいわよね、ほんとあなたらしいわ、華」
「ちょ、敦子さん、あなたらしいってなに!? 私普段そんなに暴力的では」
「この子ねちょっと怒ると何するか分かんないんです、小学生の頃なんかウチの兄にサムズダウンして」
「敦子さんっ」

 慌てる華さん。

「こないだなんかハナ、おーおじさんの」
「圭くんまでっ、あれは秘密! ほんとに!」

 話があのカップルから離れて、少しくだけた雰囲気になってきた。

「あら聞きたい聞きたい」

 妻が興味をしめす。

「俺も聞かされてないんだ」

 樹は興味ありげに華さんを見る。すこしいたずらっぽい顔。樹のこんな顔、久しぶりかもな。

「いえいえ何もっ、何もありませんっ」

 ぶんぶんと頭を振る華さんは、なるほど確かに可愛らしい。見た目と裏腹になかなか愉快な性格をしていそうだ。
 そして綺麗な箸づかいでもりもりと食事をすすめる。気がついたら華さんのお皿だけ綺麗になっている。

(……いつのまに?)

 興味津々で見ていると、目があった。
 えへへ、みたいな顔で笑われて、多分こんなところが樹は好きなんじゃないかなぁと思う。どんなとこって、うまく説明はできないけど。
 母と目が合う。にやりとされた。「ね?」みたいな顔。うーん腹立つなぁ、でも一番樹のことを見てくれてるのはこの人だ。
 4歳くらいまで、樹は俺たちと一緒に世界中を飛び回って生活していた。一応日本に生活の基盤はあって、樹も幼稚舎に通ったりはしていた。でも大抵は外国。幼稚舎で友達と馴染んでは、また引き離され、数ヶ月後戻ってきたらまた最初からやり直し。
 海外での数ヶ月もひとところに止まる訳ではない。
 そのせいだと思う、樹の精神状態はその当時あまり良いものではなかった。

「あたし、仕事辞めるべき?」

 妻はぽつりと言った。

「せめて、日本で暮らすべきだわ」
「君だけに樹を押し付ける気はないよ。樹は俺の子でもあるんだ」

 なにより、俺もこんな生活は辞めるべきだと思った。
 俺自身、母親が不在がち、と言うよりもほとんど不在で育った。樹のその寂しさは、分かる気がして。
 けれど、辞めようと決めてすっぱり辞められる訳ではない。そうするには、俺たちが背負っている人たちの生活というものが、多すぎて、重すぎた。
 かつて母がそうであったように。
 妻は優秀で、仕事が生きがいで(もちろんそれ以上に樹のことは大事にしていたと思うが)キャリアを順調に積み上げていた。
 頼れる上司、というものがいればまた違ったと思う。しかし、彼女は鹿王院のいくつかの会社を幹部として、あるいは代表として、任されていた。
 そしてその頃は、俺と彼女が最も力を入れていた、ODAの絡んだ中東での水道事業が佳境を迎えていてーー樹と天秤にかけたわけではない。ではないが、結果的にそうなってしまったことは、否定できない。

「じゃあ、しばらくあたし見てようか?」

 一線を退いて余裕のあった母の言葉に、追い詰められていた俺たちは素直に甘えた。ほんのしばらく、のつもりで。

(それが、10年)

 悩まなかったわけではない。何度も話し合いもして、しかし答えが出ないまま、10年だ。その間に樹は成長し、その成長とともに俺たちとの溝のようなものも深くなっていった。

(それが、……この子に出会ってから)

 華ちゃんと、出会ってから。
 樹なりに何かを考えたのだろう、溝を埋めようとしてくれた。そして実際に、溝は埋まっていったのだと思う。本来ならば親である自分たちがすべきことを、樹はその優しさから自ら行ってくれた。何でもないような顔をして。

(その樹を支えてくれたのは、この子なんだろうな)

 またもや気がつくとお皿がキレイになっている、可愛らしい女の子。
 容姿が整っている以外(あと、エキセントリックなところ以外)極めて普通の中学生に見えるこの子が。

「樹」

 俺は息子に声をかける。目線が合った息子に、「華さん、大事にするんだぞ」と伝えると眉を思い切りしかめられた。

「当たり前です」
「当たり前なのか」
「当然です」

 当然のことをわざわざ言われたので、ちょっとムッとしたらしい。

(反抗的な顔なんか初めてだ)

 そして気づく。反抗的でいいんだ。樹は思春期で、反抗期なんだって。
 そんなことにも気づいてなかった。こんな顔も、知らなかった。
 申し訳なさが積み重なる。だから、せめて、樹と華さんが幸せになれるよう俺は全力を尽くそうと思う。
 親らしいことは何もしてやれなかった。だから、せめてそれくらいはやらせて欲しいと、心からそう思う。
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