【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

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分岐・黒田健

少年と悪役令嬢は海で笑う

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「海って何するの?」
「なんだろ」

 波打ち際、千晶ちゃんと体操座りでぽそぽそ話す。

「最後に海来たのいつ?」
「前世、学生のとき。華ちゃんは?」
「水着で来るのはおなじく前世ぶりだなぁ……」
「そっかぁ」

 千晶ちゃんはそんなに興味がなかったのか、そのまま海を眺めた。
 私もふう、とため息をつく。青い海、白い雲、眩しい太陽。わたしたちは何をしたらいいか分からない。
 少し離れたところで、ひよりちゃんは、黒田くんと一緒にまた秋月くんの肩から下を埋めている。今度はバストを立派な感じにして砂をまぁるく積んで、黒田くんに怒られていた。

「てめーは恥じらいってもんがねぇのか」
「このメンバーで恥じらってどーすんのよ」

 ふん、と腰に手を当てて威張るひよりちゃん。

「どうせなら巨乳にしてよ」
「秋月、てめえもだ」

 ワイワイ騒ぐ幼馴染たち。

「仲良しだなぁ」

 ぽつり、と出た言葉に千晶ちゃんがくすっと笑う。

「やきもち?」
「う」
「大丈夫だよ」

 千晶ちゃんは綺麗に笑う。ほんとに綺麗な子だから。

「アレはゲームの話。世界がどうあれ、今は現実に生きてるんだし、……黒田くんは華ちゃんが好きだよ」

 そう言って千晶ちゃんは、少し困ったような顔をした。
 でも、改めて第三者から言われると、ものすごく恥ずかしい。
 顔を赤くしていると、ふと影がさした。見上げると、知らない人。高校生くらいの茶髪の男の人、二人組。

「ねぇ、いま何してるとこ?」

 にっこりと微笑まれる。

(ナンパだー)
(ナンパだねぇ)

 私たちは顔を見合わせた。特に焦らない。中身はアラサーだから。世間ずれしてますからね……。

「あー、彼氏と来てるんで」

 断りの常套文句。見上げてそう言うと、高校生くんたちはまた笑った。

「うそうそー、さっきから見てるけど2人で話してるだけじゃん」
「そだよ、俺らも話にいれ、あ、すみませんでした」
「なんだぁほんとに彼氏連れじゃん、ごめーんね」

 唐突に謝りながら去っていったので、ふと振り向くと黒田くんが仁王立ちしていた。

「……大丈夫か」
「うん、へーきへーき」

 私が笑うと、黒田くんは少し複雑そうな顔をした。

「?」
「……わたしも秋月くん巨乳にしよーっと」

 千晶ちゃんは私をチラリと見て笑って立ち上がった。
 代わるように、千晶ちゃんとは反対側に黒田くんは座る。

「よくあんのか」
「ん?」
「あーいうの。普通に断ってたから」
「あー」

 私は首を傾げた。ナンパって可愛いかどうか、だけじゃないんだよね、チョロそうに見えるかどうかも大事らしく。というわけで、チョロさ全開だった前世では(平々凡々な容姿の割に)よく話しかけられてたけど、今は子供だし、さすがに。というか、初めてだ。

「どうだろ?」
「……、そうか」

 私は首を傾げながら、黒田くんを見て、そこでやっと気がついた。

「……やきもち?」
「悪いかよ」
「う、ううんっ」

 私は赤くなって俯く。

(黒田くんもヤキモチとか焼くんだ)

 あの、正直、嬉しい。
 もじもじしてると、黒田くんが「鍋島と何してたんだ?」と聞いてきた。

「あのね、海で何したらいいかわかんなくて」
「は?」
「海って何するの」
「……改めて言われるとなぁ」
「でしょ?」
「泳ぐとか?」
「泳ぐ、ねぇ」

 私はぼうっと海を眺める。

「あ、じゃああそこまで行ってみる?」

 遊泳ゾーンと禁止ゾーンを区切る浮き。

「結構遠いぞ?」
「行ったことある?」
「まぁ」
「じゃあいこー!」
「……ま、確かに秋月埋める以外やることねぇしな」

 物騒なことを言って、黒田くんは立ち上がる。
 その横でTシャツを脱ぐと、「いいのに」と小さく言われるけど、やっぱ濡らすのはどうかなと思うし。

「ちょっと泳いでくるわ」
「はーい」

 ひよりちゃんたちにTシャツを預け、(ニヤニヤと)見送られ、私たちは海に入る。

「案外きれい」
「だな」

 そんな会話をしながら沖へ進んでいると、あっという間に肩くらいまで水が来て、でもまだ浮きまで結構な距離があった。うーん泳げるかな、これ。

「戻るか?」
「ううん、だいじょ、わぁっ」

 いきなり深くなり、頭まで水が来る。

「げほっ、うわ、びっくりした」
「そこだけ深かったんだな」
「うん、……」

 海水飲んじゃってびっくりしてたけど、今私、黒田くんに抱きしめ……られてません?
 足がつかないので急に離されても困るんだけど、でもその、あの!

「……あの」
「……悪い、とっさに」
「ううん、あの、えっと、ありがと……」

 ふと黒田くんが黙り込む。
 周りは特に私たちのことなんか気にしてない。浮き輪で泳いだり、もう少し沖では楽しそうにシュノーケリングをしていたり、子供用の小さなビニールボートに子供を乗せたお父さんらしい人がそれを引いていたり。

「……あのな」
「うん」
「はー」

 ため息をつかれた。

「なに!?」

 私なにかしましたか!?

「や、悪い、その」

 黒田くんは明後日の方を見る。

「自分で決めたことなのに、つい告りそうになるわ」
「……は、あの、その」

 それは告白してるのとほぼ同じではないでしょうか……?
 赤くなって見上げる。目が合う。黒田くんは「あー」と謎の声を上げてから言う。
 
「耳塞げ設楽」
「なんで!?」
「いいから」

 言われた通りにするけど、私は手を離しそうになる。
 黒田くんが、私をぎゅうぎゅうと抱きしめたから。

「好きだ」

 耳のすぐ後ろで言われるから、耳塞いでたって聞こえる。

「好き」

 すごく切ない声で。
 私は思わず手を離して、黒田くんを見上げた。縋るみたいに。

「あの、私」

 そこで片手で私を支えたまま、もう片方の手で口を塞がれる。海水の味。

「返事は試合の時に聞く」
「……ん」
「勝って聞く」

 強い目。強い意志がある目。私の、好きな目。

「うん!」

 私は頷く。
 それからお互いに、ぷっと吹き出した。

「何やってんだ俺ら」
「あは! ほんとに!」
「ばかみてー」
「ばかだよね」

 くすくす笑いあう。楽しくて幸せで仕方ない。

「俺の意地に付き合わせて悪い」
「んーん」

 えへへ、と笑って黒田くんを見上げる。黒田くんも笑っている。

(そっか私、恋してるんだ)

 どきどきして、幸せで、切なくて、楽しくて、苦しくて、嬉しくて。

(ああ、これは恋だ)

 中身はアラサーのくせに、こんな恋は初めて、かもしれない。
 幸せな甘さの中で、私はこれを伝えなきゃいけない人たちについてぼんやりと考えていた。
 後から思えば、この時の私は酷く楽観的で自分本位で、皆に言われる通り、やっぱりオコサマだったのだと、そう思う。
 でも後で何回振り返っても、私はこの選択を後悔することはなかった。
 それだけの恋をしたことを、私は誇ろうと思う。
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