【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

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分岐・鹿王院樹

名前を呼ばれて

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(……勝った)

 大きな歓声。皆立ち上がり、私も立ち上がって拍手する。
 でも私は直ぐ座ってしまう。膝に力が入らない。すごいすごいすごい。

(お、おめでとううう)

 ぽろぽろと涙がこぼれてしまう。
 こんなに嬉しいなんて思ってもみなかった。どうしてこんなに、感情が揺さぶられるんだろう? 7月に神戸まで日帰りで観に行ったアキラくんのバスケも、この間みんなで応援に行った黒田くんの空手も、勝ったのも負けたのも見たことあるのに、こんな風にはならなかった。

(なんで樹くんだけ、私、特別なんだろ)

 サングラスを外して、涙をタオルで拭いながら考える。優勝したから? そうかもしれない。

(今日はみんなでお祝いかなぁ)

 明日か明後日あたりに、お邪魔させてもらってお祝いしたいけど、どうだろ。忙しいかなぁ。

「あの」

 顔にタオルを押しつけるようにして涙を拭いていた私に、女の子が話しかける。
 顔をあげると、さっき熱中症になった子のお友達たち。

「さっき、ありがとうごさいました。あの、これ」
「え、あ、良かったのに」

 私はタオルを外して立ち上がり、それを受け取った。女の子に貸していた保冷剤だ。まだ少し凍っている。
 渡してくれた子を見て、微笑む。

「わざわざありがとうございます」

 お友達たちはなぜか一瞬、息を飲んだ。それから、別の子が少し戸惑いながら冷たいスポーツドリンクをくれる。自販機で買ったばかりって感じ。

「あと、大したものじゃないんですけど」
「え、わざわざすみません。てか、ほんと申し訳ないんですけど」
「買っちゃったので」

 もらってください、とはにかむ女の子の笑顔に押されるように受け取る。可愛いな女子中学生……。

「あ」

 別の子がピッチを見る。

「挨拶だ」

 選手たちが応援席の前まで来て整列している。

「すごかった」
「すごかったよねぇ」

 みんな顔を見合わせ、ニコニコと話し出す。

(お育ちがいいなぁ)

 なんて感じてしまう、穏やかな雰囲気。さすが青百合のお嬢様たち。

「ありがとうございましたー!!」

 選手たちは大きな声で挨拶をしている。応援席の生徒たちも立ち上がり、大きく拍手。
 選手たちはハイテンションだ。そりゃそうだ、優勝したんだもん。応援席の生徒さんとハイタッチしたり、各自スマホで写真を撮ったり。
 樹くんもテンションが高い。ゴールを決めたチームメイトを肩車なんかしちゃっている。みんな爆笑しちゃったりしてて、うん、あんなハイテンションな樹くん、初めて見ました。

(やっぱ、友達の前だと違うのかな?)

 私といるときは気を使っているのかも、なんて、考えてしまう。
 一瞬暗くなったその時、「華!」と呼ばれる。
 顔を上げると、樹くんがピッチと応援席を隔てる1メートルくらいのフェンスの上をひょい、と超えてこちらに走ってきていた。

「え、い、樹くん!」

 気づいてたのか。
 結構距離あるし、人に紛れて気づかないと思っていた。

「華!」

 樹くんは目の前に立つとまた私の名前を呼んで、それから笑って、ぎゅうぎゅうと私を抱きしめた。

「わあ!?」
「暑いから無理しなくていいと言ったのに! しかし嬉しい! 体調は大丈夫か!?」

(テンション高っ!)

 てか、人前だというのに! テンション高すぎて、なにやってるか自分でも分かってないんじゃないかこの人!
 でも私もなんだか高揚しちゃってるし、勝った瞬間とか思い出しちゃって、ちょっと泣いてしまう。
 樹くんの背中をぎゅうっと抱きしめ返して、泣いてしまう。汗と日光のかおりがした。

「お、おめでとううぅ」
「華」

 樹くんは私の名前を呼ぶ。嬉しそうに、愛しそうに呼ぶから、きっと優勝のテンションの高さゆえだと分かってるのに、やっぱり私は少し勘違いしそうになる。
 それをごまかすように「ほんとにおめでとう」と少し身体を離して顔を見て言うと、樹くんは私の涙を指で拭って、やっぱり嬉しそうに笑った。

「どうやって帰るんだ?」
「あ、電車」
「青百合のバスで帰るといい、電車なんか危ない、華はきっと寝てしまうから」
「寝ないよ」

 と答えたものの、うん、自信はないな……。でも。

「部外者が乗れないよ、学校のバスなんか」
「? 保護者で乗る人もいるぞ」
「保護者じゃないもん私」
「俺の許婚だろう?」

 樹くんは笑って、私の頬に手を当てる。

「家族みたいなものじゃないか」
「……あ、家族」

 私は唐突に納得してしまう。家族。

(そっか)

 樹くんが私を特別扱いしてくれるのも、優しくしてくれるのも、友達であって家族だから、なのだ。
 落胆している自分に気づいて、私は戸惑う。

(私、樹くんに、ひとりの女の子としてみて欲しかったんだ)

 私を嬉しそうに見つめる樹くんを見上げる。これが家族のハグだとしても、今、私はドキドキしている。

(私、樹くんをひとりの男の子として、見てるんだ)

 そう自覚すると、急に頬に熱が集まった。

「華?」

 不思議そうに私を見る樹くん。

「う、ううんっ」

 そう首を振った時、ピッチから別の選手が樹くんを呼ぶ。

「いつきーっ、いつまでもイチャついてんじゃねーぞ、集合写真っ」
「ああ、分かった!」

 樹くんはそう返事をすると、私の髪をひと撫でして笑って、ピッチに戻っていった。

「……あの」

 一部始終を目の前で(無理やり?)見せられた女の子が首をかしげる。

「鹿王院くんの、許婚の、華、様?」
「……あ、はい」

 そうです、とモゴモゴと答えた。

(釣り合わない~とか思われて、たり)

 ちらりと女の子を見ると、キャアとその子たちは笑った。

「あんな鹿王院くん、初めて見ました」
「仲がよくてらっしゃるんですねっ」
「あ、そう……ですか? でも、あれは優勝したハイテンションも相まってのことかなと」
「それにしても、あ~、羨ましいですっ」

 ニコニコと微笑む女の子たち。心から言ってる感じがして、ほんとに育ちが良い子って、人を貶したりとかしないんだなぁとちょっと思う。

「でも、ほんとあんなテンションの鹿王院くん初めて見たね」

 ひとりの子が、友達に笑いかける。

「そりゃ嬉しいよね」
「留学前だもんね、結果出しておきたかったよね」

 女の子の言葉に私は固まる。

(……留学?)

 なにそれ、聞いてない。
 私は血の気が引いていくのを感じた。
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