【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

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分岐・鹿王院樹

その夏の日(side???)

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「イツキがその女を許婚にしたのは、ワタシが日本にいなかったからよ!」

 そう堂々と宣言して憚らないのは、鹿王院君と幼稚舎から初等部3年まで一緒だった女の子です。4年生から今年の春までイギリスにいて、戻ってくるなりそう堂々と宣言されました。

「取り戻してみせるわ!」

 取り戻すもなにも、鹿王院君と貴女の間には「単なる同級生」以上の関係性はないと思うのだけれど、と皆思いました。思いましたけど、なんとなく皆口を噤んだのでした。単に怖かったのです。

 青百合の生徒たちは、特に女子の幼稚舎からの持ち上がり組は、どちらかというとわたしを含め、ノンビリしているタイプが多いのです。中等部まではそんな感じですから、その子ーー嵐山さんみたいなタイプの方は珍しくて、対応に困ったと言うのか実情でしょうか。
 そういえば、彼女は昔からこんな感じで、転校されたとき皆ちょっとホッとしたのでした。 

 逆に言えば、戻ってこられたとき「また振り回されるのか」と少々ゲンナリいたしました。

 まぁ、幸いにも、といいますか、鹿王院君は歯牙にも掛けないといいますか、彼女のことは「同級生A」としか見ていませんでした。当たり前です、噂によれば「ラブラブ」な許婚さん、華様がおられるのですから。
 そんな許婚さんのことを、嵐山さんは散々にけなしました。もちろん、鹿王院君の耳に入らないところで、ですが。

「庶民の育ちでしょ? きっとマナーもなにもなってないわ」

 ヒトの陰口を、それも想像で叩く方が、マナーがどうのとおっしゃっても……。

「庶民育ちだから、きっと毛色が変わってて、イツキもそこが気になってるだけなんだわ」

 庶民もなにも、わたしたちも庶民ではないのでしょうか。財閥は解体され、華族制度はとっくの昔に崩壊しているのです。親にすこしばかり余裕があるだけ。わたくしたち個人は、まだ何も成し遂げておりません。

「公立に通ってるんでしょう? 頭も悪いんじゃない?」

 そうとは思いませんが。一体、何を根拠に。我が校の高等部の特進クラスは、半分が外部の公立からの進学だというではないですか。

「美人だという噂だけれど、どうだか!」

 鹿王院君はヒトの美醜で相手を判断しないと思います。多分、本当にお好きなのは性格や振る舞いではないでしょうか。
 とはいえ、初等部の時にサッカーの応援にきている華様を見かけた友人によると「本当に綺麗な方」らしいのです。

「鹿王院君が夢中だっていうけど、どんな手を使ったのかしら! 色仕掛け? ああやだ、これだからお金に目の眩んだ庶民は!」

 ……常盤様のお孫さんですよ? お金に目が眩む、って。

 と、言い返したいのに言えず、わたしたちはモゴモゴと曖昧に困った顔をするだけなのでした。
 すると、その反応が面白くないのか嵐山さんはますますイライラするのです。

 その日、中等部のサッカー部が全国優勝がかかっている、ということで有志で応援に伺った日も、嵐山さんはイライラされていました。暑かったのもあるとは思いますが。
 なぜサッカーは屋外競技なの、と理不尽に問い詰められ、わたしたちは「さあ」としか答えられなかったのです。

「あの女さぁ」

 嵐山さんがその日ターゲットにしたのは、まだ見ぬ華様ではなく、応援席の後ろのほう、日陰の席で1人で観戦されている、同じくらいの歳の女の子でした。

「他校の子よね?」

 聞かれて、わたしは軽く首を傾げます。

「そうではないでしょうか。青百合の方なら、こちらの応援席にいらっしゃるでしょうから」
「ふん、庶民がイツキに憧れちゃってさ、ワタシがいるってのに」

 わたしは少々呆れながら、その女の子を見ます。サングラスをして目元は見えませんが、綺麗な顔立ちをされていそうでした。たしかに、時折ボールの動きとは関係なく、鹿王院君を見つめています。
 なるほど鹿王院君のファンなのかもしれません。でも、それを咎めることは誰にだってできないのです。

 ハーフタイムの出来事でした。
 わたしの友人が、ふらりととつぜん傾ぎました。慌てて嵐山さんがそれを支えます。

「熱中症!」

 そう直感いたしましたが、どうすればいいか、半ばパニックになっておりました。嵐山さんですらオロオロされていたのですから。

「室内に運びましょう」

 声がして、顔を上げるとさっきの女の子でした。落ち着いた声でした。ふ、と肩から力が抜けます。
 手慣れた様子で処置をしてくださり、スポーツドリンクまで頂きました。
 友人はタクシーで先生と病院へ向かい、応援席に戻ると青百合は一点を先制していました。そしてそのまま一点を守りきり、数年ぶりの全国優勝を成し遂げたのです。
 歓喜に沸く中、別の友人が「お礼に行こうか」と言いました。

「あ、そうね、これもお返ししなくては」

 ほとんど溶けた保冷剤。

「ジュースも」

 友人がそう言って、わたしたちはロビーでスポーツドリンクを買って、その女の子のところへ行きました。
 サングラスを外した女の子は、本当に綺麗で、わたしたちは一瞬息を呑みました。
 視界の隅に、こちらを注視していた嵐山さんまでが驚いた顔をするのが見えました。
 物腰も丁寧で、わたしたちはその女の子に大変好感を持ちました。そうしていると、鹿王院君の声がしたのです。
 応援席へフェンスを越え駆け上がってきた鹿王院君は、その女の子をぎゅうっと抱きしめました。

「華」

 そう名前を呼んで、嬉しそうに。

(わぁ)

 わたしたちは顔を見て見合わせました。こんなに甘い顔をしている鹿王院君を初めて見たのです。優しい声。愛情が伝わってくるような、そんな声です。

(すてき)

 羨ましい、の前にそんな風に思いました。お似合いなお二人だと思ったからです。
 嵐山さんは2人を凝視したまま、凍りついていました。そして、悔しそうに眉をひそめ、それからふと立ち上がって、ロビーの方へ行ってしまいました。
 泣きそうな顔をしていました。

(ああ、そっか)

 わたしは納得しました。嵐山さんの言動はどうあれ、鹿王院君を好きだという気持ちに嘘偽りはなかったのだと。

(今度はステキな恋をなさってね)

 わたしは心の中で思います。誰かを妬んだり、憎く思うだけの恋ではなく、ご自身もキラキラと輝けるような恋を。

(……上から目線だったかしら)

 ちょっと反省。
 でも、わたし、嵐山さんが本当は優しい女の子だってこと、知っているのです。さっき倒れかかった友人を、脛を椅子でぶつけながらも必死で支えていたのは、誰であろう嵐山さんでした。そういうところがあるから、わたしたちは嵐山さんが嫌いにはなれないのです。
 わたしは空を見上げます。卒倒しそうなほど青い空です。夏の雲は手が届きそうなほど近くに、白く輝いています。
 そんな夏の日の、小さな出来事でございました。
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