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分岐・黒田健
夏の日
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もしかして、これも"運命"と呼ぶべきなのだろうか? ゲームの強制力、とでも?
空手、組手の決勝、黒田くんは橋崎くんに勝てなかった。
途中までポイントは有利だったのだ。最後の最後の、投げ……黒田くんの足が滑ったようにも見えた、でもそれは認められなくて、橋崎くんのグローブが黒田くんの鼻先に突きつけられた。これで一本。逆転負け。
「あれも実力だ」
「でもっ」
「……だから、なんでお前が泣くんだよ毎回毎回」
去年、黒田くんは泣かなかった。今年も泣いてない。私は毎年泣いている。毎年めんどくさい奴になっている。
体育館の裏手、日陰ののタイルの上に、私たちは座っていた。黒田くんはあぐらで、私は並んで体操座りで。
じわじわじわ、と蝉が鳴く。体育館の屋根と、植えられている木の隙間から空が見える。眩しい空と、入道雲。
「あー」
黒田くんは私の頭にタオルをかけながら、ちょっと迷ったようにそう言った。
それから「ヨシ」と気合をいれるように立ち上がり、私の前に坐り直す。
「これ以上引き延ばすのも男らしくねーから、言う」
「待って」
私は黒田くんの道着の襟をつかんだ。
「それは勝ってから言って」
「……分かった」
「だから私から言います」
私はじっと彼の目を見つめて言う。大好きな目。
「好きです付き合ってください」
「は!?」
黒田くんはその目を丸くした。珍しい表情だから、笑ってしまう。
「てめ、それは、」
「いいじゃん。だめ?」
「俺から言いたかった」
「勝って言ってってば、それは」
少し怒ったような黒田くんに、しがみつくように抱きついた。汗の匂い。
「……めちゃくちゃじゃねーか、それ」
「ふふ、めちゃくちゃでいいの」
「あー、もう」
ぎゅうぎゅうと私を抱きしめ返す黒田くん。
「死ぬまで離さねーぞ、もう」
「死んでも、にして、死んでもに」
「当たり前だ」
鼻が当たっちゃうくらいの距離で、顔を見合わせる。すっごい好きだなって思う。バカみたいに。
あ、キスするな、って思う。
(違うな)
私は目を閉じながら思う。
(キスしたいな)
そんな風に思う。
……思ったけれど、できなかった。
「うおおっ、すまんっ見るつもりはっ」
そんな声がしたから。
「……橋崎、てめー」
「す、すまんすまんほんとに! ちがう!」
両手をぱん! と合わせて頭を下げる橋崎くん。私は恥ずかしくて顔があげられない。頭からタオルを被り直す。
(変なとこ見られちゃったぁ)
黒田くんは「なんだよ」と言いながら立ち上がり、橋崎くんのところに歩いて行った。
私は真っ赤になまま、タオルの影からそれを見る。
「いや、その、なんだ、謝りたくて」
「? 何をだよ」
「……試合」
橋崎くんはシュンとした。
「あれ、お前滑っただろ」
「あ?」
「オレも抗議したら良かったんだ、でも試合中、オレ、集中してて、他のことなにも考える余裕がなくて」
試合終わってからあれスリップだったよなって気づいて、と橋崎くんはぽつりと言う。
「あんなの、オレの勝ちじゃねー」
「いやお前の勝ちだろ」
黒田くんは呆れたように言う。
「俺の集中が切れてたわ」
「お前が試合中に集中切らすわけがねー」
「や、あのな」
黒田くんは苦笑いした。
「ほんっとに一瞬だけど、コイツのこと考えてたんだよ」
ちらりと私を見る黒田くん。
「だからその隙突かれたんだろ」
にやりと笑って、私は余計に赤くなる。
「……はぁ、らぶらぶなことで」
ちょっと呆れたように言う橋崎くん。
「心配すんな、次は負けねーから」
「望むところだ! オレも負けん!」
橋崎くんも元気そうに胸を張る。けど、すぐにまた眉毛を下げて言葉を続けた。
「とっ、ところでそのっ、千晶さんはっ」
「まだ観覧席にいると思うけど」
私がそう教えると、橋崎くんはにかっ! と笑って大声で言う。
「うおおマジっすか、行ってきますっ」
橋崎くんは顔を輝かせて走っていく。私たちはそれを見ながら、思わず顔を見合わせて笑い合う。
「さわがしーヤツなんだよ」
「でもいい人だね?」
「いいヤツだろ」
そう言って肩をすくめる黒田くんは、なんだかちょっとスッキリした顔をしていた。
(やっぱり悔しかったんだ)
そう思うと、私も悔しくなる。けど、黒田くんが「それでよし」としていることに、私が口を挟むのはなんか違うな、と思うので何も言わない。
(てか)
私は首をかしげる。
「試合中、私のこと考えたっていうの、ウソでしょ」
「?」
「橋崎くんに安心させるために言ったんじゃないの」
「あー」
視線が斜め上。分かりやすい。思わず笑う。
「黒田くん、集中してると私のことなんか忘れてそう」
「……あのな、いや、そうじゃねーんだけど」
「いーの」
私は笑う。
「そういうとこ、好き」
「……お前は」
黒田くんは私の頬を軽くつねる。
黒田くんが小さく何かを呟いて、それから唇が重なる。
蝉が相変わらずジワジワ煩くて、日陰だけどじめじめ暑くて、気温は連日30度を越えていた、そんな夏の日のことだった。
空手、組手の決勝、黒田くんは橋崎くんに勝てなかった。
途中までポイントは有利だったのだ。最後の最後の、投げ……黒田くんの足が滑ったようにも見えた、でもそれは認められなくて、橋崎くんのグローブが黒田くんの鼻先に突きつけられた。これで一本。逆転負け。
「あれも実力だ」
「でもっ」
「……だから、なんでお前が泣くんだよ毎回毎回」
去年、黒田くんは泣かなかった。今年も泣いてない。私は毎年泣いている。毎年めんどくさい奴になっている。
体育館の裏手、日陰ののタイルの上に、私たちは座っていた。黒田くんはあぐらで、私は並んで体操座りで。
じわじわじわ、と蝉が鳴く。体育館の屋根と、植えられている木の隙間から空が見える。眩しい空と、入道雲。
「あー」
黒田くんは私の頭にタオルをかけながら、ちょっと迷ったようにそう言った。
それから「ヨシ」と気合をいれるように立ち上がり、私の前に坐り直す。
「これ以上引き延ばすのも男らしくねーから、言う」
「待って」
私は黒田くんの道着の襟をつかんだ。
「それは勝ってから言って」
「……分かった」
「だから私から言います」
私はじっと彼の目を見つめて言う。大好きな目。
「好きです付き合ってください」
「は!?」
黒田くんはその目を丸くした。珍しい表情だから、笑ってしまう。
「てめ、それは、」
「いいじゃん。だめ?」
「俺から言いたかった」
「勝って言ってってば、それは」
少し怒ったような黒田くんに、しがみつくように抱きついた。汗の匂い。
「……めちゃくちゃじゃねーか、それ」
「ふふ、めちゃくちゃでいいの」
「あー、もう」
ぎゅうぎゅうと私を抱きしめ返す黒田くん。
「死ぬまで離さねーぞ、もう」
「死んでも、にして、死んでもに」
「当たり前だ」
鼻が当たっちゃうくらいの距離で、顔を見合わせる。すっごい好きだなって思う。バカみたいに。
あ、キスするな、って思う。
(違うな)
私は目を閉じながら思う。
(キスしたいな)
そんな風に思う。
……思ったけれど、できなかった。
「うおおっ、すまんっ見るつもりはっ」
そんな声がしたから。
「……橋崎、てめー」
「す、すまんすまんほんとに! ちがう!」
両手をぱん! と合わせて頭を下げる橋崎くん。私は恥ずかしくて顔があげられない。頭からタオルを被り直す。
(変なとこ見られちゃったぁ)
黒田くんは「なんだよ」と言いながら立ち上がり、橋崎くんのところに歩いて行った。
私は真っ赤になまま、タオルの影からそれを見る。
「いや、その、なんだ、謝りたくて」
「? 何をだよ」
「……試合」
橋崎くんはシュンとした。
「あれ、お前滑っただろ」
「あ?」
「オレも抗議したら良かったんだ、でも試合中、オレ、集中してて、他のことなにも考える余裕がなくて」
試合終わってからあれスリップだったよなって気づいて、と橋崎くんはぽつりと言う。
「あんなの、オレの勝ちじゃねー」
「いやお前の勝ちだろ」
黒田くんは呆れたように言う。
「俺の集中が切れてたわ」
「お前が試合中に集中切らすわけがねー」
「や、あのな」
黒田くんは苦笑いした。
「ほんっとに一瞬だけど、コイツのこと考えてたんだよ」
ちらりと私を見る黒田くん。
「だからその隙突かれたんだろ」
にやりと笑って、私は余計に赤くなる。
「……はぁ、らぶらぶなことで」
ちょっと呆れたように言う橋崎くん。
「心配すんな、次は負けねーから」
「望むところだ! オレも負けん!」
橋崎くんも元気そうに胸を張る。けど、すぐにまた眉毛を下げて言葉を続けた。
「とっ、ところでそのっ、千晶さんはっ」
「まだ観覧席にいると思うけど」
私がそう教えると、橋崎くんはにかっ! と笑って大声で言う。
「うおおマジっすか、行ってきますっ」
橋崎くんは顔を輝かせて走っていく。私たちはそれを見ながら、思わず顔を見合わせて笑い合う。
「さわがしーヤツなんだよ」
「でもいい人だね?」
「いいヤツだろ」
そう言って肩をすくめる黒田くんは、なんだかちょっとスッキリした顔をしていた。
(やっぱり悔しかったんだ)
そう思うと、私も悔しくなる。けど、黒田くんが「それでよし」としていることに、私が口を挟むのはなんか違うな、と思うので何も言わない。
(てか)
私は首をかしげる。
「試合中、私のこと考えたっていうの、ウソでしょ」
「?」
「橋崎くんに安心させるために言ったんじゃないの」
「あー」
視線が斜め上。分かりやすい。思わず笑う。
「黒田くん、集中してると私のことなんか忘れてそう」
「……あのな、いや、そうじゃねーんだけど」
「いーの」
私は笑う。
「そういうとこ、好き」
「……お前は」
黒田くんは私の頬を軽くつねる。
黒田くんが小さく何かを呟いて、それから唇が重なる。
蝉が相変わらずジワジワ煩くて、日陰だけどじめじめ暑くて、気温は連日30度を越えていた、そんな夏の日のことだった。
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