【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

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分岐・黒田健

夏の日

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 もしかして、これも"運命"と呼ぶべきなのだろうか? ゲームの強制力、とでも?
 空手、組手の決勝、黒田くんは橋崎くんに勝てなかった。
 途中までポイントは有利だったのだ。最後の最後の、投げ……黒田くんの足が滑ったようにも見えた、でもそれは認められなくて、橋崎くんのグローブが黒田くんの鼻先に突きつけられた。これで一本。逆転負け。

「あれも実力だ」
「でもっ」
「……だから、なんでお前が泣くんだよ毎回毎回」

 去年、黒田くんは泣かなかった。今年も泣いてない。私は毎年泣いている。毎年めんどくさい奴になっている。
 体育館の裏手、日陰ののタイルの上に、私たちは座っていた。黒田くんはあぐらで、私は並んで体操座りで。
 じわじわじわ、と蝉が鳴く。体育館の屋根と、植えられている木の隙間から空が見える。眩しい空と、入道雲。

「あー」

 黒田くんは私の頭にタオルをかけながら、ちょっと迷ったようにそう言った。
 それから「ヨシ」と気合をいれるように立ち上がり、私の前に坐り直す。

「これ以上引き延ばすのも男らしくねーから、言う」
「待って」

 私は黒田くんの道着の襟をつかんだ。

「それは勝ってから言って」
「……分かった」
「だから私から言います」

 私はじっと彼の目を見つめて言う。大好きな目。

「好きです付き合ってください」
「は!?」

 黒田くんはその目を丸くした。珍しい表情だから、笑ってしまう。

「てめ、それは、」
「いいじゃん。だめ?」
「俺から言いたかった」
「勝って言ってってば、それは」

 少し怒ったような黒田くんに、しがみつくように抱きついた。汗の匂い。

「……めちゃくちゃじゃねーか、それ」
「ふふ、めちゃくちゃでいいの」
「あー、もう」

 ぎゅうぎゅうと私を抱きしめ返す黒田くん。

「死ぬまで離さねーぞ、もう」
「死んでも、にして、死んでもに」
「当たり前だ」

 鼻が当たっちゃうくらいの距離で、顔を見合わせる。すっごい好きだなって思う。バカみたいに。
 あ、キスするな、って思う。

(違うな)

 私は目を閉じながら思う。

(キスしたいな)

 そんな風に思う。
 ……思ったけれど、できなかった。

「うおおっ、すまんっ見るつもりはっ」

 そんな声がしたから。

「……橋崎、てめー」
「す、すまんすまんほんとに! ちがう!」

 両手をぱん! と合わせて頭を下げる橋崎くん。私は恥ずかしくて顔があげられない。頭からタオルを被り直す。

(変なとこ見られちゃったぁ)

 黒田くんは「なんだよ」と言いながら立ち上がり、橋崎くんのところに歩いて行った。
 私は真っ赤になまま、タオルの影からそれを見る。

「いや、その、なんだ、謝りたくて」
「? 何をだよ」
「……試合」

 橋崎くんはシュンとした。

「あれ、お前滑っただろ」
「あ?」
「オレも抗議したら良かったんだ、でも試合中、オレ、集中してて、他のことなにも考える余裕がなくて」

 試合終わってからあれスリップだったよなって気づいて、と橋崎くんはぽつりと言う。

「あんなの、オレの勝ちじゃねー」
「いやお前の勝ちだろ」

 黒田くんは呆れたように言う。

「俺の集中が切れてたわ」
「お前が試合中に集中切らすわけがねー」
「や、あのな」

 黒田くんは苦笑いした。

「ほんっとに一瞬だけど、コイツのこと考えてたんだよ」

 ちらりと私を見る黒田くん。

「だからその隙突かれたんだろ」

 にやりと笑って、私は余計に赤くなる。

「……はぁ、らぶらぶなことで」

 ちょっと呆れたように言う橋崎くん。

「心配すんな、次は負けねーから」
「望むところだ! オレも負けん!」

 橋崎くんも元気そうに胸を張る。けど、すぐにまた眉毛を下げて言葉を続けた。

「とっ、ところでそのっ、千晶さんはっ」
「まだ観覧席にいると思うけど」

 私がそう教えると、橋崎くんはにかっ! と笑って大声で言う。

「うおおマジっすか、行ってきますっ」

 橋崎くんは顔を輝かせて走っていく。私たちはそれを見ながら、思わず顔を見合わせて笑い合う。

「さわがしーヤツなんだよ」
「でもいい人だね?」
「いいヤツだろ」

 そう言って肩をすくめる黒田くんは、なんだかちょっとスッキリした顔をしていた。

(やっぱり悔しかったんだ)

 そう思うと、私も悔しくなる。けど、黒田くんが「それでよし」としていることに、私が口を挟むのはなんか違うな、と思うので何も言わない。

(てか)

 私は首をかしげる。

「試合中、私のこと考えたっていうの、ウソでしょ」
「?」
「橋崎くんに安心させるために言ったんじゃないの」
「あー」

 視線が斜め上。分かりやすい。思わず笑う。

「黒田くん、集中してると私のことなんか忘れてそう」
「……あのな、いや、そうじゃねーんだけど」
「いーの」

 私は笑う。

「そういうとこ、好き」
「……お前は」

 黒田くんは私の頬を軽くつねる。
 黒田くんが小さく何かを呟いて、それから唇が重なる。

 蝉が相変わらずジワジワ煩くて、日陰だけどじめじめ暑くて、気温は連日30度を越えていた、そんな夏の日のことだった。
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