【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

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分岐・黒田健

目(side千晶)

 「そうか」と、樹くんはただひとこと、言ったらしい。
 わたしは、ぼけっと空手の試合を見つめながら思った。

(どんなふうに)

 どんな思いがこめられた「そうか」だったんだろう。大好きな華ちゃんから、好きな人ができたという知らせを聞いて。
 胸が痛い。

(でもなぁ)

 だからといって、わたしが横から口を挟むべきじゃない。じゃないけど、なんだろな、うーん。

(別に樹君は推しってわけじゃなかったんだけど)

 考え込んでいると、バタバタと大きな足音が聞こえた。

「千晶さんっ」

 続いてわたしを呼ぶ大きな声が聞こえて、わたしは少しゲンナリする。

「本当に来ていだだけるとはっ」
「……黒田くんの応援にね?」

 わたしは妙にイラついてしまって、冷たく言う。

(そもそも)

 来るつもりはなかったのだ。でも、海で遊んだ翌日のこと。
 朝食を食べていると、ふと、お兄様が笑ったのだ。優雅で優美で、不吉な笑顔。黒猫みたいな。

「千晶、きみ、誰かに言い寄られてるみたいだね?」

 なんで分かったのだ。わたしはサンドイッチがのどに詰まるところだった。

「ねぇ千晶、その人は君にとって良くない存在なのかな?」
「いいえお兄様、とても仲の良いお友達ですわ」

 にっこりと微笑む。

「そう?」
「ええそうです、試合の応援に行く約束だってするくらいに」
「そうかなぁ、千晶は嫌がってなかったかなぁ」
「いいえ、喜んで行くのですよ。だから、」

 わたしはお兄様を睨みつける。

「絶対に手を出さないでくださいませ」
「出したら?」
「コロス」
「ご褒美?」

 なぜか喜ぶお兄様(もうこいつダメだ)をあとは無視して、とにかく淡々と無視し、徹底的に無視をして、興味が無いながら試合を観に来た、んだけども。

(……試合自体は面白かった)

 黒田くんが強いのはもちろんだけど、橋崎鉄斗の空手は、なんというか、美しかった。どこかしなやかな虎を思わせるような。

(さすがは攻略対象スペックというか)

 わたしはチラリと横目で橋崎君を見る。嬉しそうな瞳。子犬みたいだ。背後にしっぽが見えそう。

(試合中みたいな、)

 あの肉食獣のような瞳をしていたら、ーーと考えて、慌てて打ち消す。なんだ今の、していたらなんだっていうの。

「……そういえば、あの可愛らしい幼馴染は?」
「可愛く無いっすアイツは~~」

 橋崎君は頭を抱えて、その後、パッと顔を輝かせた。

「ヤキモチっすか!?」
「妬かない」

 わたしの即答に、橋崎君は少しばかりシュンとしながら答えた。

「えーとっすね、お前が来ると集中できないから来るなって言ってからは、試合には来なくなりました、試合には」
「へえ?」

 それくらいで諦めるのか、と眉をあげると橋崎君は苦笑いする。

「や、なんか、オレがアイツのこと好きだと思ってるらしくてですね、アイツは。だから緊張すると思い込んでるんす」
「……はー」

 どこで掛け違っちゃったんだろ。普通に過ごしてたら、きっとそうなるはずだったのに。

(ちょっとズレた子だったもんね)

 前世の話とかしたら、少しは落ち着くだろうか?

(どうだろう)

 余計に悪化しそうで怖い。華ちゃんと要相談だなぁ、と眉をひそめる。その間もやっぱり感じる熱のこもった視線。

(……面倒臭いなぁ)

 わたしはチラリと左手首に目をやる。薄手のカーディガンで隠れたそこ。半袖の制服ではリストバンド、私服では長袖、水着ではシュシュで隠している、左手首。

(見せてみる?)

 そうたら、流石に引くだろう。興味も、なくすだろう。
 そう思うとちょっと愉快になった。と同時に、この謎のイラつきの正体も分かる。

(外側しか見てないくせに)

 わたしの、千晶の中身は何も知らないくせに、良く好きだの付き合うだの言えるものだーーそう思っていたのだ。
 わたしは左袖を肘までまくる。

「千晶さん?」

 不思議そうな橋崎君に見せるようにつきつける、それ。白く、醜く盛り上がった傷跡。

「振られて自殺未遂したことがあるの」
「え」

 目を丸くする橋崎君に、わたしは笑って見せた。

(重いでしょ? ドン引きでしょ)

 そう言いたかったのに、橋崎君のいたわしげな視線に、何もいえなくなった。

「、……触っていいっすか?」
「え? あ、うん」

 ついそう返事をした。
 優しく傷痕に触れられる。

「千晶さん死ななくてよかった」

 橋崎君は眉を下げて言った。

「その元カレ、今どーしてんすか?」
「あ、え、もう会ってないし知らないけど」

 私立のどこかに行ったというのは知ってるけど。
 橋崎君は黙ってしまった。……嫌な予感がする。良からぬことを考えてそう。お兄様のせいで、そういうことには敏感なのだ。

「……あの、何もしないでね?」
「やだな、何もしないっスよ」

 笑顔が怖い。

(……なんでわたし、お兄様といい、こんなヤバイ感じの人に好かれるんだろ)

 わたしは眉をひそめて「なんで」と言った。

「はい?」
「なんで好きなんて言えるの? ほとんど話したこともない、わたしのこと」
「そりゃあ千晶さん」

 橋崎君は笑った。

「オレが千晶さん欲しいなって思ったからっスよ」
「は?」
「とっても欲しいなって」

 そう言って笑う橋崎くんの目は、試合中と同じ目をしていて、少しぞくりとしてしまった。
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