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分岐・黒田健
忘却
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応援席に戻ると、千晶ちゃんが橋崎くんに「わたしはモノじゃない」と言い放っているところだった。
(……モノ?)
首を傾げながら近づいて、橋崎くんに「授賞式あるみたいだよ」と伝える。
「もう高校生の部も終わったでしょ」
小学生から高校生までの大会なので、授賞式も結構な人数が揃うことになる。
「え、あ、もうそんな時間っスか!」
「下のとこに集合してたよ」
体育館の入り口のとこ、と言いそえる。
「マジすか、アザっす! てか千晶さん、ちがうんす、モノ扱いとかじゃなくってオレ、ほんと語彙力なくってっスね」
慌てたように弁明する橋崎くん。
「わかった、わかりました」
千晶ちゃんは半目でそう答えた。橋崎くんの顔が輝く。
「え、もしやっ! 付き合ってくれるんすか!」
「そうじゃない! どんな思考回路してるの!? てか、授賞式でしょ優勝した人がいなくてどうするの、行きなさい!」
びしり、と階段方面を指差す千晶ちゃん。
「はーい」
嬉しそうな橋崎くんは楽しげに笑いながら返事をして、そして走っていった。
「……元気な人だよね?」
「元気っていうか、なんていうか」
千晶ちゃんははぁ、とため息をついて、それから私を見た。
「おめでと?」
そう言われたので首をかしげる。おめでとう?
「ん?」
「付き合うんじゃないの?」
私はちょっと赤くなる。そのことか!
「えへへ、おかげさまで」
「はいはい、ごちそうさま……許婚続ける件は伝えたの?」
「うん、一応……でも複雑そうだった」
言いづらかったけど、言わなきゃいけないことだ。私がほとんど与り知らない、多分、複雑な家と家との関係のこと。
「でしょうね」
千晶ちゃんは平坦に言う。少し複雑そうな言い方。たしかに、許婚いて別に彼氏もいるって、おかしいと思う。例え許婚が形だけのこと、だとしても。
「黒田くん、不安にさせないように頑張らなきゃって思う」
それだけは絶対だと思っている。少なくともそこで不誠実なことだけは、してはいけないって。
だって逆の立場だったら、いやだもん。形だけとはいえ、許婚がいるなんて。
前世で散々セカンド扱いされた私的に、形だけ、っていうのでも嫌なんだけど……家同士、というかむしろ会社同士のビジネスの関係にまで影響があるらしい。
(だから仕方ない、って、訳にもいかないんだろうけど)
早くその辺が上手く回るといいんだけどなぁ、と思う。
帰りは千晶ちゃんの車に乗せてもらうことになった。黒田くんはこのまま同じ道場の人たちと反省会するために電車で帰るらしくて、ちょっと寂しいけど仕方ない。
体育館の入り口で、黒田くんに声をかけられた。
「設楽」
「ん?」
「きっちり家の前まで送ってもらえよ」
少し心配気な目。
「うん、それは大丈夫」
不思議に思って首を傾げた。
「キナクセー事件が起きてるらしいから」
「キナくさい?」
「あ、知らねーか、中学生の集団失踪」
「え、なにそれ」
「詳しいことは知らねーんだけど、」
黒田くんがそう言ったとき、同じ道場の人が黒田くんを呼ぶ。ちょっとからかう口調で、笑っていた。
「おい、いつまでもイチャついてんなよ、行くぞ」
「そんなんじゃねーっス! すまん設楽、帰ったら連絡くれ」
「うん」
私が微笑むと、黒田くんは軽く手を上げて走っていった。
「華ちゃん、行こうか」
ちょうど千晶ちゃんも出てきて、ロータリーで待機していた千晶ちゃんちの車に乗り込む。
「ねぇ千晶ちゃん、中学生の集団失踪って知ってる?」
「ん? ああ、あれか、ニュースになってるやつかな」
「そうなの?」
テレビもネットもないから何も知らなかった。
「九州と、関西だっけ? 確か女の子だけだよ、よく知らないけど……割と普通の子まで急に行方眩ませたりしてるみたい」
「そんなことある? 偶然?」
「それにしては同時期に結構な人数みたい」
「やだねー、親御さん心配だろうね」
「なんだろね、家出とかかなぁ。普通に見えてても色々あるもんね、あの年頃は」
中身が大人なので、ちょっと大人目線で話してしまう。運転手さんが少し不思議そうな目でバックミラー越しにこちらをみた。いけないいけない。
気をぬくとすぐアラサー的な思考になっちゃうなぁ、と考えて首を傾げた。
(黒田くんといるときは)
こんな風じゃないかもな、と思う。大人の私はどこかへ行ってしまう感覚。
(すき、だからかなぁ)
大好きだから、そうなっちゃうんだろうか。
(いつからなのかな)
ふとそう思う。いつから私、黒田くん好きだったんだろ。
色々考えるけど、やっぱりきっかけは小学生の時かなって思う。誘拐された私を助けに来てくれたとき。月を背負って笑う黒田くんは、いま思い返すと、すごくカッコよかった、のだ。
(黒田くんは)
いつから好きでいてくれたんだろ。ハッキリ分かるのは中学生入ってからなんだけど?
(明日聞いてみよう)
そう思いながら、ふと千晶ちゃんを見ると、千晶ちゃんはスヤスヤと眠っていた。
(……苦労性だよなぁ)
お兄さんはアレな感じだし、ヒロインちゃんもアレな感じだし、攻略対象くんに熱烈アピールまでされちゃって。
私はカバンから取り出した冷房対策に持ってきていたカーディガンを、千晶ちゃんにかけた。
(せめてお兄さんがマトモになってくれたら、千晶ちゃんの苦労も減るんだけどなぁ)
私は首を傾げて、マトモな真さんを想像して眉をしかめた。
……あー、むりだ、想像できそうになかった。もう完全にイメージが固まってる。
(まぁあのヒトはずうっとあんな感じなんだろうしなぁ)
この時の私はすっかり忘れていた。真さんが私に求婚まがいのことをしていたことを、すっかりと。
(……モノ?)
首を傾げながら近づいて、橋崎くんに「授賞式あるみたいだよ」と伝える。
「もう高校生の部も終わったでしょ」
小学生から高校生までの大会なので、授賞式も結構な人数が揃うことになる。
「え、あ、もうそんな時間っスか!」
「下のとこに集合してたよ」
体育館の入り口のとこ、と言いそえる。
「マジすか、アザっす! てか千晶さん、ちがうんす、モノ扱いとかじゃなくってオレ、ほんと語彙力なくってっスね」
慌てたように弁明する橋崎くん。
「わかった、わかりました」
千晶ちゃんは半目でそう答えた。橋崎くんの顔が輝く。
「え、もしやっ! 付き合ってくれるんすか!」
「そうじゃない! どんな思考回路してるの!? てか、授賞式でしょ優勝した人がいなくてどうするの、行きなさい!」
びしり、と階段方面を指差す千晶ちゃん。
「はーい」
嬉しそうな橋崎くんは楽しげに笑いながら返事をして、そして走っていった。
「……元気な人だよね?」
「元気っていうか、なんていうか」
千晶ちゃんははぁ、とため息をついて、それから私を見た。
「おめでと?」
そう言われたので首をかしげる。おめでとう?
「ん?」
「付き合うんじゃないの?」
私はちょっと赤くなる。そのことか!
「えへへ、おかげさまで」
「はいはい、ごちそうさま……許婚続ける件は伝えたの?」
「うん、一応……でも複雑そうだった」
言いづらかったけど、言わなきゃいけないことだ。私がほとんど与り知らない、多分、複雑な家と家との関係のこと。
「でしょうね」
千晶ちゃんは平坦に言う。少し複雑そうな言い方。たしかに、許婚いて別に彼氏もいるって、おかしいと思う。例え許婚が形だけのこと、だとしても。
「黒田くん、不安にさせないように頑張らなきゃって思う」
それだけは絶対だと思っている。少なくともそこで不誠実なことだけは、してはいけないって。
だって逆の立場だったら、いやだもん。形だけとはいえ、許婚がいるなんて。
前世で散々セカンド扱いされた私的に、形だけ、っていうのでも嫌なんだけど……家同士、というかむしろ会社同士のビジネスの関係にまで影響があるらしい。
(だから仕方ない、って、訳にもいかないんだろうけど)
早くその辺が上手く回るといいんだけどなぁ、と思う。
帰りは千晶ちゃんの車に乗せてもらうことになった。黒田くんはこのまま同じ道場の人たちと反省会するために電車で帰るらしくて、ちょっと寂しいけど仕方ない。
体育館の入り口で、黒田くんに声をかけられた。
「設楽」
「ん?」
「きっちり家の前まで送ってもらえよ」
少し心配気な目。
「うん、それは大丈夫」
不思議に思って首を傾げた。
「キナクセー事件が起きてるらしいから」
「キナくさい?」
「あ、知らねーか、中学生の集団失踪」
「え、なにそれ」
「詳しいことは知らねーんだけど、」
黒田くんがそう言ったとき、同じ道場の人が黒田くんを呼ぶ。ちょっとからかう口調で、笑っていた。
「おい、いつまでもイチャついてんなよ、行くぞ」
「そんなんじゃねーっス! すまん設楽、帰ったら連絡くれ」
「うん」
私が微笑むと、黒田くんは軽く手を上げて走っていった。
「華ちゃん、行こうか」
ちょうど千晶ちゃんも出てきて、ロータリーで待機していた千晶ちゃんちの車に乗り込む。
「ねぇ千晶ちゃん、中学生の集団失踪って知ってる?」
「ん? ああ、あれか、ニュースになってるやつかな」
「そうなの?」
テレビもネットもないから何も知らなかった。
「九州と、関西だっけ? 確か女の子だけだよ、よく知らないけど……割と普通の子まで急に行方眩ませたりしてるみたい」
「そんなことある? 偶然?」
「それにしては同時期に結構な人数みたい」
「やだねー、親御さん心配だろうね」
「なんだろね、家出とかかなぁ。普通に見えてても色々あるもんね、あの年頃は」
中身が大人なので、ちょっと大人目線で話してしまう。運転手さんが少し不思議そうな目でバックミラー越しにこちらをみた。いけないいけない。
気をぬくとすぐアラサー的な思考になっちゃうなぁ、と考えて首を傾げた。
(黒田くんといるときは)
こんな風じゃないかもな、と思う。大人の私はどこかへ行ってしまう感覚。
(すき、だからかなぁ)
大好きだから、そうなっちゃうんだろうか。
(いつからなのかな)
ふとそう思う。いつから私、黒田くん好きだったんだろ。
色々考えるけど、やっぱりきっかけは小学生の時かなって思う。誘拐された私を助けに来てくれたとき。月を背負って笑う黒田くんは、いま思い返すと、すごくカッコよかった、のだ。
(黒田くんは)
いつから好きでいてくれたんだろ。ハッキリ分かるのは中学生入ってからなんだけど?
(明日聞いてみよう)
そう思いながら、ふと千晶ちゃんを見ると、千晶ちゃんはスヤスヤと眠っていた。
(……苦労性だよなぁ)
お兄さんはアレな感じだし、ヒロインちゃんもアレな感じだし、攻略対象くんに熱烈アピールまでされちゃって。
私はカバンから取り出した冷房対策に持ってきていたカーディガンを、千晶ちゃんにかけた。
(せめてお兄さんがマトモになってくれたら、千晶ちゃんの苦労も減るんだけどなぁ)
私は首を傾げて、マトモな真さんを想像して眉をしかめた。
……あー、むりだ、想像できそうになかった。もう完全にイメージが固まってる。
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