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分岐・山ノ内瑛
カフェテリアにて(side千晶)
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華ちゃんの話に、わたしは思わず掴んでいたフルーツサンドを落とすところだった。
「ごめん、ちょっと怒涛の展開すぎて」
「なんかごめんね、話に付き合ってもらっちゃって」
小さく肩をすくめる華ちゃんは、なんだかひどく華奢に見えた。元から細い子だけど、なんだかちょっと痩せたかな。
わたしは少し心配になって眉をひそめた。
華ちゃんいきつけのカフェ。いちばん奥の窓側の席で、わたしたちは話し込んでいる。
窓の外は酷い雨で、真夏なのに肌寒い。
「……樹くんは?」
そう聞くと、華ちゃんは困ったように眉を下げた。
「ほっぺ撫でられた」
「ん?」
「私にもよく分からないんだけど」
華ちゃんは、とりあえず樹くんには報告したらしい。すると、何も言わずに、ただ頬を撫でられた、と。
(どんな風に)
思ったんだろう、とは思う。大好きな華ちゃんから、"好きな人ができた"という話を聞いて?
「それだけ?」
「うん」
華ちゃんは俯いた。
「なんかもー、あれだね、私、前世はバリバリの、なんていうかいわゆる庶民だったけど、自由だったなぁって」
「ああ」
わたしは同意してうなずいた。
「選択肢はあったよね」
「いまないんだなー」
華ちゃんは目を伏せる。
「アキラくんといると、安心できたんだけど……離れてひとりだと、なんかもう、どうしていいか分からなくなってきてて」
「うん」
1人になると考えちゃうよね、と思う。
「そもそもアキラくん、ほんとは高校からなんじゃないかな、青百合。やっぱ。中学で転校とか……したくなかったんじゃないかな」
「それは分からないよ、本当に"ゲーム"でもそういう事になってたのかも、なんだし」
華ちゃんは、ゆるゆると首を振った。
「だけど、でも……私、やっぱり諦めたほうがいいのかなって。そうしなきゃ、アキラくんの人生メチャクチャにしてるんじゃないかって不安で。私、こんなに誰かに執着するタイプじゃなかったはずなんだけど」
華ちゃんは責任を感じているみたいだった。でも、こういうのって誰かが責任感じなきゃいけないことかな?
(中学生同士が、ただ惹かれ合ったってだけで?)
わたしはそう思う。
「諦めて……樹くんと許婚続けて、それで樹くんがいつか好きな人できたら、その時はお互い様だから、そこで解消して。それが一番波風立たないのかな~とか、思ってきちゃって」
「自己犠牲はなにも生まないよ、華ちゃん」
わたしは言う。
「樹くんもきっとそれは望まない」
そう言いながら、わたしは首をかしげる。
「でも、敦子さん、なんでそんなに華ちゃんと樹くんとの婚約にこだわるんだろ?」
「知りたぁい?」
わたしはぎくりと固まった。聞き慣れた声。生まれてから毎日聞いてる、その声の持ち主、ーーお兄様はにこりと笑って、華ちゃんの横に座った。わたしはお兄様をにらみつける。華ちゃんはただただ驚いた目でお兄様を見つめていた。
「なんでいるんです! というか、そこをどいてお兄様! せめてわたしの横に」
「んー? 僕の横がいいのかい千晶? まったく、ふふ、甘えん坊さんめ」
「違うけどそれでいいです、もう……っていうか、なんでここに、いつから」
「自己犠牲がどうののところ?」
「そ、ですか」
前世云々は聞かれてなくて少し安心する。
わたしの横に座ったお兄様は、優美に手を上げてウェイターを呼ぶ。
「アッサムを」
「ミルクでよろしいですか?」
「ここミルクティー用のしかない?」
「いえ」
「じゃあストレートで」
「かしこまりました」
注文を終えて、お兄様はにっこり微笑む。
「ちゃんとした茶葉おいてるみたいで良かった」
「そうですか」
どうでも良かったので、わたしはふう、と息を吐きながら答えた。
「あの、婚約にこだわる理由って」
華ちゃんは意を決したようにお兄様に言う。
「教えてください」
「いいよ、今機嫌がいいから」
お兄様はわたしのフルーツサンドを勝手に1つ食べて、笑う。
「あのね、キミのお母さん、ホントは僕らの父親と結婚するはずだったんだよ」
「え」
わたしもそれほ初耳で、思わずお兄様を見上げる。
「10歳近く違ったのかな? 僕らのオトーサマのが年上で。だけどね、子供の頃に決められた許婚」
お兄様は目を細める。
「でもね、結果的に君の母親は恋人と駆け落ちしちゃったわけだ。お腹には既にキミがいたらしいよ? 常盤としてはもうどうしようもないからさ、勘当してカタつけて、あとまー、何かしらの補填もあったみたいだけど、僕はそれが何か知らない」
「それと、華ちゃんたちの婚約となんの関係があるんです?」
「ふっふ、急かすねぇ千晶」
お兄様は笑う。
「敦子サンはねぇ、自分の死んだ後のことを考えたんだと思うよ?」
「え?」
華ちゃんはキョトンとした。
「だってね、君のこと、最初は御前が引き取ろうとしたんだよ」
「御前って、……敦子さんのお兄さん?」
わたしが聞くと、華ちゃんがうなずいた。
「そしてねぇ、僕らのオトーサマに嫁がせようとしたんだよ」
「……は?」
わたしはあまりのことに、頭の回転が追いつかない。オトーサマって、……わたし達の、お父様?
「何を仰ってるんです?」
「だから、この子の母親が果たせなかった"婚約"を、この子に果たさせようとしたんだって」
絶句する。華ちゃんもさすがに顔の色を失くしていた。
「せ、世間がそれを認める、とでも」
何歳差だと思ってるんだ!
「あのね、千晶」
お兄様は眉をほんの少し、寄せて言う。
「オトーサマは大変に見目麗しくてらっしゃるだろ? 僕を見ても分かるように。遺伝的に」
「は、はぁ」
「何しろただの県議会議員なのに、なぜかファンクラブがあるくらいだから。街頭演説となるとわざわざ他県からもおばさま達が大挙してやってくるくらいに。外面いいから、マスコミ受けもいい」
ちょうどアッサムティーが運ばれてくる。お兄様はウェイターさんに微笑み、ウェイターさんは少し赤面した。同性にも通じる色気みたいなのが、お兄様にはある。
「そんなオトーサマに、例えばだけど、選挙ボランティアに来ていた女子大学生が懸想することもあるだろう?」
「……まぁ」
あるかもしれない。わたしはうなずいて、華ちゃんは「モテるんだねお父さん」とわたしに言う。父親モテても何も嬉しくない。独身なので好きにしたらいいとは思うけど。
「しかもその女子大学生は、幼い頃に父親を失くしているためか、年上の男性に惹かれる傾向があった。オトーサマにもアピールしまくる」
「はぁ」
「でもオトーサマはそこにはなびかず、女子大学生はやがて卒業してオトーサマの事務所で働くようになる」
「……?」
「そして1年だか2年だかが経って、結局その頃にはオトーサマも絆されて真剣交際、ゴールイン、みたいな?」
「は?」
「そういう世間受けしそうな筋書きが世間に発表されるんじゃない? まぁこれは僕がテキトーにいま考えたやつだけど」
「って、その女子大学生って華ちゃん!?」
「え、え、私!?」
「だから仮にね、仮の話だってば、もー」
お兄様は笑う。
「まったくせっかちだなぁ」
「せっかちっていうか、」
「これがね、脂ぎったオッサンなら嘘つけ! ってなるかもだけど、オトーサマだよ。あの無駄に顔面だけはとても凝った作りをしているオトーサマだよ。中身はうんこでも、見た目だけは彫刻のようなオトーサマだよ? 結局見た目なのさ、世間は。美しいおとこが、若い奥さんをもらったって、ウラヤマシーで終わるのさ。世知辛いねぇ」
お兄様はクスクスと笑う。
「オトーサマがキミとの婚約乗り気になったとすれば、それは……そうだな、復讐だね」
「復讐?」
華ちゃんは聞き返す。
「そー。駆け落ちなんかされて、恥かかされてるし。そもそも結構執着してたみたいだからね、キミの母親に。死んだ人に復讐して何になるか分かんないけどさ。ねちっこいよねー、やだね」
お兄様は華ちゃんを見て笑う。
「キミは父親そっくりみたいだからね」
華ちゃんは、少し目を見開いた。
「だからね、敦子サンはそれがイヤだったんだろーね、35歳上のオッサンに、それも復讐するつもりでいるオッサンに嫁がせるくらいなら、同じ年の樹クンのがいいだろうし? 自分が生きてる間ならなんとか守れても、もし早くに死ぬこととか考えたら、さっさと樹クンと婚約させとくがキチでしょ?」
「でも、鹿王院側になんのメリットが」
「単にウチと常盤サン家がくっついて、あんま力をつけて欲しくないだけ」
「あ」
「それとね、歴史っていうか、由緒正しいっていうか、鹿王院ってそんな家デショ? もと華族の家柄。財閥系ではあるけど、常盤ほどじゃない。一方でウチなんかは旧華族でもあるし、代々政治家でございま~すみたいな顔しちゃっててさ」
お兄様は紅茶を飲む。
「常盤はね、旧財閥系でも、正直影響力はダントツでしょ。でも幕末に造船で財を成さなかったら、ただの庶民なわけじゃん。だから家柄コンプレックスは凄いわけ」
「コンプレックス?」
「そーそー。だからね、敦子サンの常盤内での政治力はぐんと上がったと思うよ、キミが樹クンと婚約してることで?」
「そ、ういうものでしょうか」
華ちゃんは眉を下げた。
しらなぁい、とお兄様は笑った。
「予測だもん。予想。多分ね。でもだいたい合ってると思うなぁ」
お兄様は楽しそうに笑った。
「だからさぁ、華? 僕と婚約しちゃえばオールオッケー万事解決だよ?」
「え?」
「だって僕はキミが誰とお付き合いしてようが気にならないし、敦子サンの政治力も変わらない。前も言ったけど、キミは千晶と仲がいいからお嫁さんに最適だし」
まだ言うかこのクソ兄貴、と睨み付けると、お兄様はヤレヤレという顔をした。ムカつく。
「それに、さぁ」
お兄様は本当に嬉しそうに笑う。
「オトーサマが欲しかったもの、僕が手に入れたら、あのオトコどんな顔すると思うー?」
クスクス、と嬉しそうなのでわたしは呆れる。
「そんな理由で、妹の友達に手を出さないでいただけます……!?」
「わー、怖。妹、怖」
お兄様はクスクス笑う。
窓の外は相変わらずの酷い雨で、わたしは複雑な気持ちで華ちゃんを見つめる。
華ちゃんは無言で、ただ窓の外を眺めていた。
「ごめん、ちょっと怒涛の展開すぎて」
「なんかごめんね、話に付き合ってもらっちゃって」
小さく肩をすくめる華ちゃんは、なんだかひどく華奢に見えた。元から細い子だけど、なんだかちょっと痩せたかな。
わたしは少し心配になって眉をひそめた。
華ちゃんいきつけのカフェ。いちばん奥の窓側の席で、わたしたちは話し込んでいる。
窓の外は酷い雨で、真夏なのに肌寒い。
「……樹くんは?」
そう聞くと、華ちゃんは困ったように眉を下げた。
「ほっぺ撫でられた」
「ん?」
「私にもよく分からないんだけど」
華ちゃんは、とりあえず樹くんには報告したらしい。すると、何も言わずに、ただ頬を撫でられた、と。
(どんな風に)
思ったんだろう、とは思う。大好きな華ちゃんから、"好きな人ができた"という話を聞いて?
「それだけ?」
「うん」
華ちゃんは俯いた。
「なんかもー、あれだね、私、前世はバリバリの、なんていうかいわゆる庶民だったけど、自由だったなぁって」
「ああ」
わたしは同意してうなずいた。
「選択肢はあったよね」
「いまないんだなー」
華ちゃんは目を伏せる。
「アキラくんといると、安心できたんだけど……離れてひとりだと、なんかもう、どうしていいか分からなくなってきてて」
「うん」
1人になると考えちゃうよね、と思う。
「そもそもアキラくん、ほんとは高校からなんじゃないかな、青百合。やっぱ。中学で転校とか……したくなかったんじゃないかな」
「それは分からないよ、本当に"ゲーム"でもそういう事になってたのかも、なんだし」
華ちゃんは、ゆるゆると首を振った。
「だけど、でも……私、やっぱり諦めたほうがいいのかなって。そうしなきゃ、アキラくんの人生メチャクチャにしてるんじゃないかって不安で。私、こんなに誰かに執着するタイプじゃなかったはずなんだけど」
華ちゃんは責任を感じているみたいだった。でも、こういうのって誰かが責任感じなきゃいけないことかな?
(中学生同士が、ただ惹かれ合ったってだけで?)
わたしはそう思う。
「諦めて……樹くんと許婚続けて、それで樹くんがいつか好きな人できたら、その時はお互い様だから、そこで解消して。それが一番波風立たないのかな~とか、思ってきちゃって」
「自己犠牲はなにも生まないよ、華ちゃん」
わたしは言う。
「樹くんもきっとそれは望まない」
そう言いながら、わたしは首をかしげる。
「でも、敦子さん、なんでそんなに華ちゃんと樹くんとの婚約にこだわるんだろ?」
「知りたぁい?」
わたしはぎくりと固まった。聞き慣れた声。生まれてから毎日聞いてる、その声の持ち主、ーーお兄様はにこりと笑って、華ちゃんの横に座った。わたしはお兄様をにらみつける。華ちゃんはただただ驚いた目でお兄様を見つめていた。
「なんでいるんです! というか、そこをどいてお兄様! せめてわたしの横に」
「んー? 僕の横がいいのかい千晶? まったく、ふふ、甘えん坊さんめ」
「違うけどそれでいいです、もう……っていうか、なんでここに、いつから」
「自己犠牲がどうののところ?」
「そ、ですか」
前世云々は聞かれてなくて少し安心する。
わたしの横に座ったお兄様は、優美に手を上げてウェイターを呼ぶ。
「アッサムを」
「ミルクでよろしいですか?」
「ここミルクティー用のしかない?」
「いえ」
「じゃあストレートで」
「かしこまりました」
注文を終えて、お兄様はにっこり微笑む。
「ちゃんとした茶葉おいてるみたいで良かった」
「そうですか」
どうでも良かったので、わたしはふう、と息を吐きながら答えた。
「あの、婚約にこだわる理由って」
華ちゃんは意を決したようにお兄様に言う。
「教えてください」
「いいよ、今機嫌がいいから」
お兄様はわたしのフルーツサンドを勝手に1つ食べて、笑う。
「あのね、キミのお母さん、ホントは僕らの父親と結婚するはずだったんだよ」
「え」
わたしもそれほ初耳で、思わずお兄様を見上げる。
「10歳近く違ったのかな? 僕らのオトーサマのが年上で。だけどね、子供の頃に決められた許婚」
お兄様は目を細める。
「でもね、結果的に君の母親は恋人と駆け落ちしちゃったわけだ。お腹には既にキミがいたらしいよ? 常盤としてはもうどうしようもないからさ、勘当してカタつけて、あとまー、何かしらの補填もあったみたいだけど、僕はそれが何か知らない」
「それと、華ちゃんたちの婚約となんの関係があるんです?」
「ふっふ、急かすねぇ千晶」
お兄様は笑う。
「敦子サンはねぇ、自分の死んだ後のことを考えたんだと思うよ?」
「え?」
華ちゃんはキョトンとした。
「だってね、君のこと、最初は御前が引き取ろうとしたんだよ」
「御前って、……敦子さんのお兄さん?」
わたしが聞くと、華ちゃんがうなずいた。
「そしてねぇ、僕らのオトーサマに嫁がせようとしたんだよ」
「……は?」
わたしはあまりのことに、頭の回転が追いつかない。オトーサマって、……わたし達の、お父様?
「何を仰ってるんです?」
「だから、この子の母親が果たせなかった"婚約"を、この子に果たさせようとしたんだって」
絶句する。華ちゃんもさすがに顔の色を失くしていた。
「せ、世間がそれを認める、とでも」
何歳差だと思ってるんだ!
「あのね、千晶」
お兄様は眉をほんの少し、寄せて言う。
「オトーサマは大変に見目麗しくてらっしゃるだろ? 僕を見ても分かるように。遺伝的に」
「は、はぁ」
「何しろただの県議会議員なのに、なぜかファンクラブがあるくらいだから。街頭演説となるとわざわざ他県からもおばさま達が大挙してやってくるくらいに。外面いいから、マスコミ受けもいい」
ちょうどアッサムティーが運ばれてくる。お兄様はウェイターさんに微笑み、ウェイターさんは少し赤面した。同性にも通じる色気みたいなのが、お兄様にはある。
「そんなオトーサマに、例えばだけど、選挙ボランティアに来ていた女子大学生が懸想することもあるだろう?」
「……まぁ」
あるかもしれない。わたしはうなずいて、華ちゃんは「モテるんだねお父さん」とわたしに言う。父親モテても何も嬉しくない。独身なので好きにしたらいいとは思うけど。
「しかもその女子大学生は、幼い頃に父親を失くしているためか、年上の男性に惹かれる傾向があった。オトーサマにもアピールしまくる」
「はぁ」
「でもオトーサマはそこにはなびかず、女子大学生はやがて卒業してオトーサマの事務所で働くようになる」
「……?」
「そして1年だか2年だかが経って、結局その頃にはオトーサマも絆されて真剣交際、ゴールイン、みたいな?」
「は?」
「そういう世間受けしそうな筋書きが世間に発表されるんじゃない? まぁこれは僕がテキトーにいま考えたやつだけど」
「って、その女子大学生って華ちゃん!?」
「え、え、私!?」
「だから仮にね、仮の話だってば、もー」
お兄様は笑う。
「まったくせっかちだなぁ」
「せっかちっていうか、」
「これがね、脂ぎったオッサンなら嘘つけ! ってなるかもだけど、オトーサマだよ。あの無駄に顔面だけはとても凝った作りをしているオトーサマだよ。中身はうんこでも、見た目だけは彫刻のようなオトーサマだよ? 結局見た目なのさ、世間は。美しいおとこが、若い奥さんをもらったって、ウラヤマシーで終わるのさ。世知辛いねぇ」
お兄様はクスクスと笑う。
「オトーサマがキミとの婚約乗り気になったとすれば、それは……そうだな、復讐だね」
「復讐?」
華ちゃんは聞き返す。
「そー。駆け落ちなんかされて、恥かかされてるし。そもそも結構執着してたみたいだからね、キミの母親に。死んだ人に復讐して何になるか分かんないけどさ。ねちっこいよねー、やだね」
お兄様は華ちゃんを見て笑う。
「キミは父親そっくりみたいだからね」
華ちゃんは、少し目を見開いた。
「だからね、敦子サンはそれがイヤだったんだろーね、35歳上のオッサンに、それも復讐するつもりでいるオッサンに嫁がせるくらいなら、同じ年の樹クンのがいいだろうし? 自分が生きてる間ならなんとか守れても、もし早くに死ぬこととか考えたら、さっさと樹クンと婚約させとくがキチでしょ?」
「でも、鹿王院側になんのメリットが」
「単にウチと常盤サン家がくっついて、あんま力をつけて欲しくないだけ」
「あ」
「それとね、歴史っていうか、由緒正しいっていうか、鹿王院ってそんな家デショ? もと華族の家柄。財閥系ではあるけど、常盤ほどじゃない。一方でウチなんかは旧華族でもあるし、代々政治家でございま~すみたいな顔しちゃっててさ」
お兄様は紅茶を飲む。
「常盤はね、旧財閥系でも、正直影響力はダントツでしょ。でも幕末に造船で財を成さなかったら、ただの庶民なわけじゃん。だから家柄コンプレックスは凄いわけ」
「コンプレックス?」
「そーそー。だからね、敦子サンの常盤内での政治力はぐんと上がったと思うよ、キミが樹クンと婚約してることで?」
「そ、ういうものでしょうか」
華ちゃんは眉を下げた。
しらなぁい、とお兄様は笑った。
「予測だもん。予想。多分ね。でもだいたい合ってると思うなぁ」
お兄様は楽しそうに笑った。
「だからさぁ、華? 僕と婚約しちゃえばオールオッケー万事解決だよ?」
「え?」
「だって僕はキミが誰とお付き合いしてようが気にならないし、敦子サンの政治力も変わらない。前も言ったけど、キミは千晶と仲がいいからお嫁さんに最適だし」
まだ言うかこのクソ兄貴、と睨み付けると、お兄様はヤレヤレという顔をした。ムカつく。
「それに、さぁ」
お兄様は本当に嬉しそうに笑う。
「オトーサマが欲しかったもの、僕が手に入れたら、あのオトコどんな顔すると思うー?」
クスクス、と嬉しそうなのでわたしは呆れる。
「そんな理由で、妹の友達に手を出さないでいただけます……!?」
「わー、怖。妹、怖」
お兄様はクスクス笑う。
窓の外は相変わらずの酷い雨で、わたしは複雑な気持ちで華ちゃんを見つめる。
華ちゃんは無言で、ただ窓の外を眺めていた。
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