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分岐・山ノ内瑛

雨の日

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 部室は体育館の横の棟にあって、別の運動部の部室なんかも並んでいた。雨で薄暗い上にカーテンも閉まっていたので、蛍光灯をつけてくれる。ひどく眩しく感じた。
 アキラくんは自分のロッカーからジャージを取り出して言う。

「着とき、華。予備のやつやで最近使ってへんやつやから」
「ありがとう」

 お礼を言って受け取り、羽織る。

(大きいなぁ)

 あったかいなぁ、そう思うと、ぽろぽろ涙が出てくる。

(……きっと、次会うときは、"ゲーム"で知ってるアキラくん)

 もっと背も伸びてるはずだ。
 声も低くなってる。肩とかもがっちりしてるし、手も大きかった気がするし、なんて、そんなことを考えてると余計に涙が止まらない。
 しゃがみこんで、膝に顔を埋める。

「華、華、どないしたん?」

 アキラくんは座り込んで泣く私の背中を優しく撫でた。

「家出でもしたんか」
「……むしろ、家出、したい」
「ん?」

 だけど、そんなことをしたところで、簡単に連れ帰られるんだろう。私は護衛……、というより、もはや私の感覚で言うならば、見張られているのだ。今だって、敦子さんのお目こぼしがあるから、動けているだけで。

「あのね、私、アキラくんに会っちゃダメって言われたの」
「は? 誰に」
「敦子さん」
「おばーさんに?」
「うん」
「ほんまか」
「……ん」

 アキラくんはぎゅうっと私を抱きしめた。

「……華、冷えてんな」
「今日、寒いよね」
「せやな」

 それから私の頬に手をやって「しんどい想いさせてごめん」と言う。

「華がそうしたいなら、今すぐにでも逃げるけど、つか、そうしたいねんけど」

 優しい口調なのに、厳しい目をしていた。

「せっかく両思いなれた思うたのに、ハードルありすぎひん?」
「そ、だね」

 私は少し笑ってしまう。

「めんどくさい?」
「そんなことあらへん」

 アキラくんが笑ってくれるから、私はアキラくんにしがみつくように抱きついた。

「ヤダヤダヤダ、会えなくなるなんてヤダ、死んじゃう、むり」

 こんなこと言いに来たんじゃないのだ。そんなつもりじゃなかったのに、もっと落ち着いて話せると思ったのに、私は大人なはずだったのに。
 アキラくんもぎゅうっと私を抱きしめて、何か考えるように少し黙る。

「華、それ伝えに来てくれたん?」
「うん」
「そーか」

 アキラくんはふと、何か思いついたように笑う。

「大丈夫や華、任せとき」
「え?」
「寂しい思いなんかさせへん」
「……もしかして、あっちに転校しようとか思ってないよね!?」

 私はガバリと身体を離す。

「そんなのだめ、私のせいで進路とか変えちゃ、そんなの」
「華」

 アキラくんは笑った。

「ちゃうねん、華のためだけやないねん、おとんのな、転勤先、東京やってん」
「東京?」
「せやねん、それでおかんがエライ心配しよってな、付いていきたいけど俺らおるしみたいになっててな」

 ねーちゃんら3人はもういい大人やねんけどな、とアキラくんは笑う。
 アキラくんと、弟くんのことだろう。

「でも」

 せっかく入ったバスケの強豪校なのに。ベンチ入りできたのに。

「今日チラッと監督ともその話しててん。鎌倉に強いとこある言うてたやん。青百合言うねんけど」
「え」
「そこに転校な、多分すんねん」
「……あ」

(そっか)

 てっきり、私は"高校から"青百合だと思ってたけど、付属中学校からの持ち上がりな可能性だってあったのだ。
 ぼけっとした私に、アキラくんはニヤリと笑って「こっそり会いに行くわ、週7で」と耳元で囁いた。

「……毎日じゃん」
「ほんで、予定通り駆け落ちやで華」
「あは」
「ふっふ、これは運命的やで華、これは神さんも味方しとるわ」

 笑いながらアキラくんは私の唇に自分のを重ねた。

「え」
「油断してたやろ」
「う、ん」

触れるだけのキス。

(あったかい)

 離れて行ってしまったのが寂しくて。

「好き」

 ぽつりと口から出た。
 その言葉を反芻する。

(きっとあの日から、私、好きだったのに)

 初めて会ったあの日から。あの病院での日々から。

「やっば」

 アキラくんは私をぎゅうぎゅうと抱きしめる。

「あんな、言うとくわ。すっごい好き、多分華が俺のこと好きって思ってる100万倍くらい好き」
「あは、じゃあ私、その100万倍好き」
「あほやん」

 アキラくんはもう一度、私の唇に熱を落とす。離れて行くのがやっぱり寂しくて、アキラくんを見上げる。

「……華は甘えたさんやな?」
「甘えんぼだよ、私」
「ほな俺も甘えたさんやから、アレやな、丁度いいな?」
「あは、うん」

 そうだね、と続けようとしたけど、それは3回目のキスで言えなくて、私は色んな問題のことを忘れてしまう。
 きっと大丈夫だって思えてしまう。
 それがアキラくんの凄いところなんだ。
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