【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

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分岐・相良仁

キャンプ

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 虫が苦手だ。日差しも相性が良くなくて、なにより、暗闇は怖い。そんなわけで私はとても。

「キャンプ向いてない」
「わたしもー」

 9月半ば、きっと今の時期は本当はキャンプ日和ってやつなんだろう。
 湖で糸を垂れながら、並んで私と千晶ちゃんはやる気なく座っている。
 バスでみんなでやってきた、キャンプ場の、すこしだけ山奥。釣りか川遊びか選べて、消去法で釣りにした、私たち。
 ただ、千晶ちゃんは釣竿を持っていない。針が怖いのだ。誰かを傷つけそうだから。だから一緒に話してるだけだったりする。
 ここでは、ニジマスだかなんだかが釣れるらしくて、釣れたら晩御飯のカレーにプラスして、魚の塩焼きでもなんでもしていいらしい。

「そりゃさ、すっごい食べたいよ? 食べたいけどさぁ、捌かなきゃなの?」

 前世でも何回かしたことがあるかな、くらい。魚の内臓。

「わたしなんて、包丁すら持てないからね」

 千晶ちゃんはぽつりと言う。

「前世、わたし、ヒト殺しちゃってて」

 私はぽかんと千晶ちゃんを見た。

「ん?」
「ヒト刺して」
「……嘘でしょ?」
「ほんと」

 千晶ちゃんは眉を下げる。

「わざとじゃないの。トラブルに巻き込まれて、でも、それで」
「そ、だったんだ」
「だからねぇ、多分それでなんだろうね、誰かを傷つけちゃうのが、病的に怖いのは。記憶が戻る前から、きっと無意識的にだと思うんだけど」

 千晶ちゃんは遠い目をした。
 私は黙って湖面をみつめた。生きてるといろいろある。その辛さはきっと千晶ちゃんにしか分からないものだっただろうから。

「……釣れないねぇ」
「ねぇ」

 太公望気取っても仕方ないんだけど。

「釣れてるか?」

 ふと、後ろから話しかけられて振り向くと、黒田くんだった。

「釣れてない」

 そう言うと黒田くんは不思議そうに私のバケツを覗き込んだ。

「場所が悪ぃんじゃねーの」
「そうかなぁ」
「ま、釣れなかったら俺のやるよ」

 ふたりとも、といって片頬で笑いながらバケツを見せてくれた。

「たいっりょう」

 思わずそう言う。
 ぱっと見で10匹はいる……! しかもけっこう大きい。
 どう違うんだろ。場所?

「えー、悔しいな、釣りたい」
「場所と、あとは見てて思ったんだけどな、あんま竿動かすなよ」
「いや、釣れてないかなって」
「釣れてたら分かるから」

 黒田くんは少し呆れたように笑って、「釣れるといいな」とぽん、と私の頭を叩いて行ってしまった。

「場所変える?」

 千晶ちゃんに聞くと「んー」と首を傾げた。

「どうせわたし、釣れないし。黒田くんからもらおうよ」
「そんな消極的な……」

 千晶ちゃん省エネモード。

「秋とかだめなんだよね」
「そうなの?」
「元々神経質なのもあるけどね、日照時間が減ってくるとダメなの、冬季うつのケがあるんだよねわたし」

 ふう、と千晶ちゃんは湖面に目をやる。

「あんにゅーい」
「よーし」

 わたしは気合を入れる。

「千晶ちゃんのために、デカイ魚釣るっ」
「えー」

 千晶ちゃんは苦笑いする。

「いーよ、もらえば」
「私が釣りたいのっ」

 目の前ででっかい魚釣り上げたら、さすがに千晶ちゃんのテンションも上がるのではないでしょうか!?
 場所を何回か変えて試してみる。
 今度こそ今度こそ。
 そう思ったけど、気がつけば撤収時刻が近い。

「くそー」
「あは、いいよ華ちゃん、ありがと」

 もう戻ろう、と千晶ちゃんは笑ってくれるけど、すごく悔しい。意地になってるなぁもう。

「あ」

 キャンプ場(泊まるのは宿舎だけど)へ千晶ちゃんと戻りつつ、私はふと、もう一つ木立の向こうに小さな湖(……池?)があったことに気がつく。

(あっちなら、まだたくさんお魚いるかも)

 ちらり、と千晶ちゃんをみる。よし。

「千晶ちゃん、ちょっと先戻ってて」
「え?」
「釣り針忘れたかも」
「一緒行こうか」
「大丈夫!」

 そう言って、来た道を戻るふりをして木立に立ち入る。ふっふっふ、集合時刻までには戻るけど、それまでになんとか釣り上げてみせる!
 そう思ってさくさく歩いていたつもりが、ふと辺りがシンとしていることに気がつく。

「あれ?」

 ま、迷った?

「あれ? じゃねーよバカ華」

 ぱしん、と背後から頭をはたかれた。

「あれ、仁」

 なにしてんの、と仁を見上げる。

「バカな生徒が道それてたから、連れ戻しに」
「まだ集合時刻まであるでしょ!」
「林道から逸れるなってくちすっぱぁく言ってんだろ、なんで中学生が守れることがお前できねーの」
「む、だって釣れてないんだもん、釣りたかったんだもん」

 釣竿片手に仁を睨む。

「ダメなものはダメ」
「けち」

 つん、とそっぽをむいて、明後日の方向に歩き出す。

「こら、戻るぞ」
「しーらない」

 振り向いて、べえっとしながら前に足を進める。

「あ、ばか、そっちは」

 そっちはなに、と言いかけて私は言えなかった。

(あれ?)

 思ったところに地面はなくて、というか急に崖(と言っても2メートルくらい?)になっていたみたいで、ざざざと落ち葉とともに滑り落ちてしまった。したたかに頭を打つ。痛い、と思う間も無く視界に星が瞬いてぐるぐると回る。

「華っ」

 仁の声だけがする。崖を滑り降りる音。仁の手が私の頬に触れて、もう一度名前を呼ばれた。

「華!」

 目を開けるのがおっくうだったけど、……あまりにも悲痛な声だったから。
 仕方なく目を開けると、仁は泣きそうな顔をしていた。

「すまん、そっち危ないって先に言えば良かった」
「や、ごめん」

 私は起き上がる。仁が支えてくれた。くらくらする。

「ほんとごめん、迷惑を」
「そんなもんはどーでもいい。大丈夫か、ちょっと、目見せろ」

 仁は正面から私を真剣な目で見ている。少し照れる、だってこんな顔珍しいんだもん。

「吐き気とかしたら教えろ」
「うん」
「……とりあえずは大丈夫そうだな」

 ふう、と息をついて、仁は私を抱きしめた。

「え、じ、仁?」
「また、うしなうのか、と」

 仁が震えていて、私は本当に申し訳ない気持ちになる。

「あの、ごめん、ほんと」
「今度は絶対俺より先に死ぬな」
「仁?」
「1秒でいいから、俺より長生きしてくれ、マジで」
「それは分かんないけど」
「頼むから」

 ぎゅうぎゅうと抱きしめられる。強く、強く。
 私は戸惑いながら、小さくうなずいた。
 仁はゆっくりと私から離れる。少し怒った顔をしているので、私はしゅんとなる。

「……立てるか?」

 言われてやっと、右足の違和感に気づく。眉をしかめた私に、仁は「どっちだ?」と聞いた。

「右、えっと。足首」

 仁は何ら遠慮なく、でもそっと、ダサいと評判の学校ジャージをふくらはぎまで上げる。

「った」
「ごめん」

 言いながら、仁は足首に手をそっと触れる。

「折れてはなさそーだけど」
「捻挫かなぁ」
「おんぶとお姫様抱っこと担がれんのと、どれがいい?」
「はぁ?」
「いや、あるけねーだろ」

 呆れたような仁の声に、私は悩む。

「……どれが一番痛くない?」
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