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分岐・鹿王院樹
バラの花束
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「敦子、あなたアメリカ行きなさいアメリカのどこだか知らないけど」
「唐突ね静子先輩」
敦子さんはリビングのローテーブルで、ゆったりとお茶を飲んだ。今日は緑茶。八女茶らしい。味の違いは……私にはよく分からない。美味しいなぁとは思うけど!
リビングのテーブルで、沖縄土産を机いっぱいに広げて圭くんに説明していたその日の夜、静子さんが唐突に家に来たのだ。そしてすぐに「アメリカへ行け」と言い放った。
「あんたら何十年ごちゃついてんのよ」
「ごちゃつくってなんです」
「アンタが素直になれば全部解決するのに」
「もうですね」
敦子さんは目を細める。
「自分の気持ちだけで動ける子供ではないんです。大事なものも、しがらみも、多すぎます」
敦子さんはそう言って静子さんを見つめた。その時、インターフォンが鳴る。腰をあげると、圭くんが「おれ行く」と言って立ち上がる。
「どーせイツキだよ」
ちらりと私に目線をやる圭くんは、……、少し怒ってる?
私は首を傾げた。
その間にも、静子さんと敦子さんは会話を続ける。
「仕事なんかさ、アメリカでも出来るでしょ、別に。ちょいちょい帰国すればいいだけで」
「それはそうですけど」
「それからね、あの金の亡者共には、華ちゃんと圭くんには指一本触れさせないから安心しなさい」
「は?」
「ウチで暮らせばいいでしょ」
堂々と言い放つ静子さんに、敦子さんは「は?」と動きを止める。
「えええええええ」
「ばーさんそこでストップだ」
私が叫んだタイミングで、樹くんがリビングに飛び込んできた。圭くんが後ろから続いて、それから半目のまま、私と樹くんの間に入った。
「圭?」
「イツキがそんなに手が早いなんて」
「違う、誤解だ」
「誤解? コレ、誤解?」
圭くんが私の首に手をやる。冷たい手。圭くんは樹くんをその綺麗な目でジッと見つめて続けた。
「じゃあこれキスマークじゃないの?」
「……キスマークではある」
「そうなんじゃん」
呆れたように圭くんは言う。
「ダメだよシズコさん、そっちで暮らすなんて、ハナ、中学生でママになっちゃう」
「ならん!」
樹くんは焦ったように言って「そもそもだ」と静子さんに向き直る。
「どういうことです、急に飛び出して行って」
「この子から聞いたのよ」
静子さんは樹くんに目線をやる。
「宇田野さんが来たって」
「すみません、こんなことになるとは」
「いいのよ、けど……静子さん。あたし、行けないわよ」
「なあんで」
静子さんは納得していない。
「このままにしてたら、次会う時はどっちかの葬式よ!?」
「やめてください縁起でもない。静子さんの葬式かもですよ」
「ヤダヤダあーいえばこう言って」
静子さんは堂々とローテブル前のソファに座る。
「素直になりなさいよ、半世紀も恋してるんだから」
「半世紀は経ってません、あたしは」
「含みのある言い方ねっ!」
静子さんは笑う。
「心配しなくても、樹にも手を出させないわよ」
「分からないわよ~静子先輩」
敦子さんはまた半目になる。
「ちょっと目を離したらコレだもの、華は多分樹くんに抵抗なんかしないし」
私はびくりとする。性格バレてるなぁ。苦笑いして首をかしげると、樹くんと目が合う。笑いかけると、眉を寄せられた。照れてるけど、それだけじゃないなぁ。不思議な表情。なんだろ。
よく分かんないけど、今日は樹くんのいろんな顔見れて大満足です。
「でも樹くん、そんなことしないと思います」
今回のコレはね、ほんと興味本位のなせる技というかなんというか。
一緒に暮らす云々は置いておいて、とりあえずそう言う。樹くんにとって私は家族なんだし。
そう思って首を傾げた時だった。またインターフォンが鳴る。
「誰だろ」
圭くんが不思議そうに立ち上がって、モニタを見る。それからすぐに玄関へ向かった。誰だったんだろ。
すぐにリビングへ、戻ってくる。圭くんの他に、もうひとりの足音。
「敦子さん、お客さん」
「あたし?」
「すみません、諦めきれずに」
大きな赤いバラの花束と共に現れたのは、院長先生で。
「せめて受け取ってもらえませんか」
勢いで注文してしまったので、と院長先生は恥ずかしそうに笑う。
「……は」
ぽかん、とする敦子さん。
「半世紀近く、あなたのことだけ愛していました」
院長先生は続けた。
「産婦人科を選んだのも、僕は子供を持たないだろうから、せめて生命の誕生をお手伝いしたいと思ったからです」
「え?」
「あなた以外と結婚する気などなかったから」
「……」
院長先生は、ソファで呆然とする敦子さんの横に跪く。
「あの、宇田野さん、そんな」
「僕が人生でやり残したことは、あなたを手に入れられなかったこと」
院長先生は微笑む。
「やっとあなたにプロポーズできる身分になりました、今なら……あなたの一族の方に認めてもらえるでしょうか?」
院長先生はナントカとかいう大学の名前を告げる。敦子さんがびっくりしたような顔をしたので、有名な大学なのかなぁ。
「そこの、名誉教授ともなればあなたのお兄様にも認めてもらえるだろうかと」
「……あたしのため?」
「それだけではないのですが」
院長先生は笑う。
「どうか、このバカな男のバカな願いを叶えてやってもらえませんか」
敦子さんの目から、ぽろりと涙がこぼれた。
「敦子さん」
私は思わず言う。
「私、大丈夫。圭くんも、私がちゃんと見てる」
任せて! なんせ、中身は(一応)大人なんだから! た、多分。最近とみにアヤシイけど……。
「逆でしょ」
圭くんは呆れたように言う。
「おれがハナ、ちゃんと見てるから、心配しないで」
そんなに好きなのに、と呟く。
「50年も拗らせるなんて」
「そんなには経ってないってば」
敦子さんは泣きながら言う。
「……随分とおばあさんになってしまいました」
「とんでもない、あなたはいつだって美しい」
院長先生は笑う。でも目が潤んでる。
敦子さんは少し迷いながら、私と圭くんを見つめる。
「受け取っちゃいなさい!」
静子さんが笑いながら言う。
「残り時間短いんだから、恋愛くらい好きにしなさいよ!」
「残り時間って」
敦子さんは呆れたように言って、それからおそるおそる、本当におそるおそる、そのバラの花束を受け取った。
「唐突ね静子先輩」
敦子さんはリビングのローテーブルで、ゆったりとお茶を飲んだ。今日は緑茶。八女茶らしい。味の違いは……私にはよく分からない。美味しいなぁとは思うけど!
リビングのテーブルで、沖縄土産を机いっぱいに広げて圭くんに説明していたその日の夜、静子さんが唐突に家に来たのだ。そしてすぐに「アメリカへ行け」と言い放った。
「あんたら何十年ごちゃついてんのよ」
「ごちゃつくってなんです」
「アンタが素直になれば全部解決するのに」
「もうですね」
敦子さんは目を細める。
「自分の気持ちだけで動ける子供ではないんです。大事なものも、しがらみも、多すぎます」
敦子さんはそう言って静子さんを見つめた。その時、インターフォンが鳴る。腰をあげると、圭くんが「おれ行く」と言って立ち上がる。
「どーせイツキだよ」
ちらりと私に目線をやる圭くんは、……、少し怒ってる?
私は首を傾げた。
その間にも、静子さんと敦子さんは会話を続ける。
「仕事なんかさ、アメリカでも出来るでしょ、別に。ちょいちょい帰国すればいいだけで」
「それはそうですけど」
「それからね、あの金の亡者共には、華ちゃんと圭くんには指一本触れさせないから安心しなさい」
「は?」
「ウチで暮らせばいいでしょ」
堂々と言い放つ静子さんに、敦子さんは「は?」と動きを止める。
「えええええええ」
「ばーさんそこでストップだ」
私が叫んだタイミングで、樹くんがリビングに飛び込んできた。圭くんが後ろから続いて、それから半目のまま、私と樹くんの間に入った。
「圭?」
「イツキがそんなに手が早いなんて」
「違う、誤解だ」
「誤解? コレ、誤解?」
圭くんが私の首に手をやる。冷たい手。圭くんは樹くんをその綺麗な目でジッと見つめて続けた。
「じゃあこれキスマークじゃないの?」
「……キスマークではある」
「そうなんじゃん」
呆れたように圭くんは言う。
「ダメだよシズコさん、そっちで暮らすなんて、ハナ、中学生でママになっちゃう」
「ならん!」
樹くんは焦ったように言って「そもそもだ」と静子さんに向き直る。
「どういうことです、急に飛び出して行って」
「この子から聞いたのよ」
静子さんは樹くんに目線をやる。
「宇田野さんが来たって」
「すみません、こんなことになるとは」
「いいのよ、けど……静子さん。あたし、行けないわよ」
「なあんで」
静子さんは納得していない。
「このままにしてたら、次会う時はどっちかの葬式よ!?」
「やめてください縁起でもない。静子さんの葬式かもですよ」
「ヤダヤダあーいえばこう言って」
静子さんは堂々とローテブル前のソファに座る。
「素直になりなさいよ、半世紀も恋してるんだから」
「半世紀は経ってません、あたしは」
「含みのある言い方ねっ!」
静子さんは笑う。
「心配しなくても、樹にも手を出させないわよ」
「分からないわよ~静子先輩」
敦子さんはまた半目になる。
「ちょっと目を離したらコレだもの、華は多分樹くんに抵抗なんかしないし」
私はびくりとする。性格バレてるなぁ。苦笑いして首をかしげると、樹くんと目が合う。笑いかけると、眉を寄せられた。照れてるけど、それだけじゃないなぁ。不思議な表情。なんだろ。
よく分かんないけど、今日は樹くんのいろんな顔見れて大満足です。
「でも樹くん、そんなことしないと思います」
今回のコレはね、ほんと興味本位のなせる技というかなんというか。
一緒に暮らす云々は置いておいて、とりあえずそう言う。樹くんにとって私は家族なんだし。
そう思って首を傾げた時だった。またインターフォンが鳴る。
「誰だろ」
圭くんが不思議そうに立ち上がって、モニタを見る。それからすぐに玄関へ向かった。誰だったんだろ。
すぐにリビングへ、戻ってくる。圭くんの他に、もうひとりの足音。
「敦子さん、お客さん」
「あたし?」
「すみません、諦めきれずに」
大きな赤いバラの花束と共に現れたのは、院長先生で。
「せめて受け取ってもらえませんか」
勢いで注文してしまったので、と院長先生は恥ずかしそうに笑う。
「……は」
ぽかん、とする敦子さん。
「半世紀近く、あなたのことだけ愛していました」
院長先生は続けた。
「産婦人科を選んだのも、僕は子供を持たないだろうから、せめて生命の誕生をお手伝いしたいと思ったからです」
「え?」
「あなた以外と結婚する気などなかったから」
「……」
院長先生は、ソファで呆然とする敦子さんの横に跪く。
「あの、宇田野さん、そんな」
「僕が人生でやり残したことは、あなたを手に入れられなかったこと」
院長先生は微笑む。
「やっとあなたにプロポーズできる身分になりました、今なら……あなたの一族の方に認めてもらえるでしょうか?」
院長先生はナントカとかいう大学の名前を告げる。敦子さんがびっくりしたような顔をしたので、有名な大学なのかなぁ。
「そこの、名誉教授ともなればあなたのお兄様にも認めてもらえるだろうかと」
「……あたしのため?」
「それだけではないのですが」
院長先生は笑う。
「どうか、このバカな男のバカな願いを叶えてやってもらえませんか」
敦子さんの目から、ぽろりと涙がこぼれた。
「敦子さん」
私は思わず言う。
「私、大丈夫。圭くんも、私がちゃんと見てる」
任せて! なんせ、中身は(一応)大人なんだから! た、多分。最近とみにアヤシイけど……。
「逆でしょ」
圭くんは呆れたように言う。
「おれがハナ、ちゃんと見てるから、心配しないで」
そんなに好きなのに、と呟く。
「50年も拗らせるなんて」
「そんなには経ってないってば」
敦子さんは泣きながら言う。
「……随分とおばあさんになってしまいました」
「とんでもない、あなたはいつだって美しい」
院長先生は笑う。でも目が潤んでる。
敦子さんは少し迷いながら、私と圭くんを見つめる。
「受け取っちゃいなさい!」
静子さんが笑いながら言う。
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