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分岐・黒田健
白い月
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「設楽さん、片付けだけサボるってズルい」
「自分の分は宿舎で洗うから、」
「そうだよズルいよ」
「みんな焦げ付いた鍋とか洗うんだよ!?」
宿舎の食堂。結局一人で、窓からみんなを眺めつつ寂しくカレーとニジマスを食べた。黒田くんや、班の男子が釣ってくれたニジマス。
美味しかった~、と満足して手を合わせていると、食堂に女の子何人かが入ってきたのだ。
ぎくりと肩を揺らす。東城さんと、そのお友達だったから。
そして、片付けに出ないことを詰られているのだ。
「何自分だけ特別扱いしてもらって当然みたいな顔してるの!?」
「そうだよ」
「ちょっと可愛いからって」
「よく見るとそんなことないからね」
うう、そうなんです、残念アラサーが染み出してますので……と思いつつ、身体を小さくする。
(そもそも、この子たち班どころかクラスも別なのに)
なんでわざわざ言いに来たんだろ。……やっぱ単なる言いがかり、だよね。
そう思って、なんとかやり過ごそう、としていたけど強く手を引かれ、立たされる。
「案外重っ」
「ほら、この子、牛みたいだもん、ね」
くすくすくす、と笑われて、私は眉根を寄せた。ひどい言い方だと思う。
(どうしよ、言い返す?)
別に、中学生にこんなこと言われたからって、本気で腹は立たない。
(……やり過ごす、か)
わざわざ波風立ててやることもない。
そう思いながら、無言、無表情を貫いて手を引かれるままついていく。
(結局、反応が楽しいんだもんね、こういうの)
まったく反応しない私を少し不気味そうにしながらも、東城さんは私を外に連れ出す。宿舎の入り口で、私はほんの少し、深呼吸をする。
暗い屋外。でも照明もたくさんあって、うすぼんやりと明るい。
(大丈夫かな、最近少しでも日があれば出られるようになったし)
人もたくさんいる。案外、平気なのかもしれない。
そう思い、数歩踏み出す、けれど。
白い月が、視界に入って。
(……そうだ、)
あの月は、あの日もあった。
前世で、私が殺された日。
走った。たくさん、走った。怖かった。助けてってたくさん思って、死にたくないってたくさん思って、でも、……ダメだったのだ。
(大丈夫、大丈夫、それは前世の話)
私は自分に言い聞かせる。
(それに、もう、この世界に、あいつはいない。久保は死んだの)
……死んだ? 本当に?
また生まれ変わって、私を殺しにくるんじゃないの?
だってこの間だってそうだった、私を見つけて、殺しに、来たじゃない。
(やだ)
息ができない。酸素が足りない。
そう思って何度も息をしてるのに、繰り返してるのに、全然息ができない。なんで? なんで? なんで?
苦しい。
「え、設楽さん?」
「なに、なんの演技」
「設楽さんってば」
私を連れ出した子たちが私の名前を呼ぶ。強がっているけど、慌てた声だった。
力が抜けて、その場にしゃがみこむ。自分が支えられない。そして倒れこんだ。
涙が出て止まらない。苦しい。丸まって、何度も呼吸を繰り返す。
それなのに息ができない。
(死にたくない)
胸が痛い。呼吸してるのに、全然肺に入ってこない。手の先が痺れている。冷たい。涙だけが、ひどく熱く感じた。
「設楽!」
誰かの声がした。安心できる声。
必死で顔をそちらに向ける。
(黒田くん)
出ない声で、必死に叫んだ。
(たすけて)
黒田くんに抱きすくめられた、んたと思う。ぎゅうぎゅうと抱きしめられて、フワリとした浮遊感があった。
「目、閉じてろ」
言われた通りにする。呼吸が少しずつ楽になっていく。
抱き抱えられたまま、たぶん室内に入ったんだと思う、まぶた越しに明るい光を感じて目を開けた。
(……救護室?)
養護教諭の、小西先生が見える。
なにかを話していたし、聞こえるけど、なにを言っているのかは理解できなかった。頭が働いていない。
黒田くんのあったかさだけが分かる。
(心臓の音)
黒田くんの、心臓の音だけを、また目を閉じて聞く。
どれくらいそうしていただろうか。
ふと目を開けると、心配そうな瞳にぶつかる。
「……黒田くん」
「設楽」
はぁ、とひとつ息をして、それから安心したような、でも震えた声で黒田くんは私を呼んだ。そしてまたぎゅうぎゅうと抱きしめる。
(……うわぁ)
状況に気づいて、赤面する。救護室のベンチ、そこ黒田くんはお姫様抱っこのように私を抱え込んだまま、座っていた。毛布がかけられている。
「落ち着いた?」
小西先生が顔を覗き込んで、優しく言ってくれる。
「……はい」
私がうなずくと、黒田くんは立ち上がってから、そっと私をベンチに座らせた。肩から毛布をかけてくれる。
「なんで外なんか出たんだ」
私の足元に座って、私を見上げるようにして黒田くんは言う。少し怒っているようにも見える。
「あの、えーと」
東城さんのことを言うか迷って、それから「片付けを」と呟いた。
「片付けを、手伝おうと」
「無理はしなくていいって、班の皆でそう決めただろうが」
「……ごめんなさい」
私はなんとかそう呟く。
無理矢理連れ出されたとはいえ、見通しが甘かったのは私のせい。
黒田くんは、ただ私の手をぎゅうっと握りしめて「良かった」とだけ、呟いた。
「自分の分は宿舎で洗うから、」
「そうだよズルいよ」
「みんな焦げ付いた鍋とか洗うんだよ!?」
宿舎の食堂。結局一人で、窓からみんなを眺めつつ寂しくカレーとニジマスを食べた。黒田くんや、班の男子が釣ってくれたニジマス。
美味しかった~、と満足して手を合わせていると、食堂に女の子何人かが入ってきたのだ。
ぎくりと肩を揺らす。東城さんと、そのお友達だったから。
そして、片付けに出ないことを詰られているのだ。
「何自分だけ特別扱いしてもらって当然みたいな顔してるの!?」
「そうだよ」
「ちょっと可愛いからって」
「よく見るとそんなことないからね」
うう、そうなんです、残念アラサーが染み出してますので……と思いつつ、身体を小さくする。
(そもそも、この子たち班どころかクラスも別なのに)
なんでわざわざ言いに来たんだろ。……やっぱ単なる言いがかり、だよね。
そう思って、なんとかやり過ごそう、としていたけど強く手を引かれ、立たされる。
「案外重っ」
「ほら、この子、牛みたいだもん、ね」
くすくすくす、と笑われて、私は眉根を寄せた。ひどい言い方だと思う。
(どうしよ、言い返す?)
別に、中学生にこんなこと言われたからって、本気で腹は立たない。
(……やり過ごす、か)
わざわざ波風立ててやることもない。
そう思いながら、無言、無表情を貫いて手を引かれるままついていく。
(結局、反応が楽しいんだもんね、こういうの)
まったく反応しない私を少し不気味そうにしながらも、東城さんは私を外に連れ出す。宿舎の入り口で、私はほんの少し、深呼吸をする。
暗い屋外。でも照明もたくさんあって、うすぼんやりと明るい。
(大丈夫かな、最近少しでも日があれば出られるようになったし)
人もたくさんいる。案外、平気なのかもしれない。
そう思い、数歩踏み出す、けれど。
白い月が、視界に入って。
(……そうだ、)
あの月は、あの日もあった。
前世で、私が殺された日。
走った。たくさん、走った。怖かった。助けてってたくさん思って、死にたくないってたくさん思って、でも、……ダメだったのだ。
(大丈夫、大丈夫、それは前世の話)
私は自分に言い聞かせる。
(それに、もう、この世界に、あいつはいない。久保は死んだの)
……死んだ? 本当に?
また生まれ変わって、私を殺しにくるんじゃないの?
だってこの間だってそうだった、私を見つけて、殺しに、来たじゃない。
(やだ)
息ができない。酸素が足りない。
そう思って何度も息をしてるのに、繰り返してるのに、全然息ができない。なんで? なんで? なんで?
苦しい。
「え、設楽さん?」
「なに、なんの演技」
「設楽さんってば」
私を連れ出した子たちが私の名前を呼ぶ。強がっているけど、慌てた声だった。
力が抜けて、その場にしゃがみこむ。自分が支えられない。そして倒れこんだ。
涙が出て止まらない。苦しい。丸まって、何度も呼吸を繰り返す。
それなのに息ができない。
(死にたくない)
胸が痛い。呼吸してるのに、全然肺に入ってこない。手の先が痺れている。冷たい。涙だけが、ひどく熱く感じた。
「設楽!」
誰かの声がした。安心できる声。
必死で顔をそちらに向ける。
(黒田くん)
出ない声で、必死に叫んだ。
(たすけて)
黒田くんに抱きすくめられた、んたと思う。ぎゅうぎゅうと抱きしめられて、フワリとした浮遊感があった。
「目、閉じてろ」
言われた通りにする。呼吸が少しずつ楽になっていく。
抱き抱えられたまま、たぶん室内に入ったんだと思う、まぶた越しに明るい光を感じて目を開けた。
(……救護室?)
養護教諭の、小西先生が見える。
なにかを話していたし、聞こえるけど、なにを言っているのかは理解できなかった。頭が働いていない。
黒田くんのあったかさだけが分かる。
(心臓の音)
黒田くんの、心臓の音だけを、また目を閉じて聞く。
どれくらいそうしていただろうか。
ふと目を開けると、心配そうな瞳にぶつかる。
「……黒田くん」
「設楽」
はぁ、とひとつ息をして、それから安心したような、でも震えた声で黒田くんは私を呼んだ。そしてまたぎゅうぎゅうと抱きしめる。
(……うわぁ)
状況に気づいて、赤面する。救護室のベンチ、そこ黒田くんはお姫様抱っこのように私を抱え込んだまま、座っていた。毛布がかけられている。
「落ち着いた?」
小西先生が顔を覗き込んで、優しく言ってくれる。
「……はい」
私がうなずくと、黒田くんは立ち上がってから、そっと私をベンチに座らせた。肩から毛布をかけてくれる。
「なんで外なんか出たんだ」
私の足元に座って、私を見上げるようにして黒田くんは言う。少し怒っているようにも見える。
「あの、えーと」
東城さんのことを言うか迷って、それから「片付けを」と呟いた。
「片付けを、手伝おうと」
「無理はしなくていいって、班の皆でそう決めただろうが」
「……ごめんなさい」
私はなんとかそう呟く。
無理矢理連れ出されたとはいえ、見通しが甘かったのは私のせい。
黒田くんは、ただ私の手をぎゅうっと握りしめて「良かった」とだけ、呟いた。
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