【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

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分岐・黒田健

行方不明

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「千晶、来てないよね?」

 真さんがそう言ってウチを訪ねてきたのは、石宮瑠璃が転校してきてしばらく経ってからのことだった。
 クリスマス直前のその日は、朝から冷たい冬の雨が降り続いていた。
 もはや深夜になりそうな、そんな時間にインターフォンが鳴り、敦子さんが私を叩き起こしたのだ。

「ね、華、鍋島さんところのお嬢さん知らないわよね?」
「千晶ちゃん? どうしたの?」
「学校から帰ってないんですって」
「ええっ!?」

 私は飛び起きた。千晶ちゃんが!?
 そして玄関に向かうと、制服を着たままの真さん。さすがにその表情は渋く、焦燥の色が浮かんでいた。

(……このひと、こんな顔するんだ)

 一瞬、そう思う。

「……ごめんね、夜遅くに」
「い、いいえっ、大丈夫です。それより、千晶ちゃん」
「……千晶の希望でね、送迎の車使ってなかったんだけど」

 千晶ちゃんは特別扱いを恐れていた。だから、家のことは極力隠していたし、お迎えの車(運転手付き)も断っていたんだ。

「夕方になっても帰ってこなくて」
「連絡はとれないんですか?」
「駅のトイレでスマホが見つかったよ。防犯カメラはチェックさせてるけど、千晶は映ってない。多分、捜査を撹乱させるために何者かが置いたんだ」

 千晶の意思にしろ、そうでないにしろ、ね、と真さんは呟く。

「ねぇ、君、何も聞いてない? 千晶が何か悩んでいたとか、どこかへ行きたがっていた、とか。誰かとトラブルになっていたとか」
「トラブル……」

 私の脳裏に浮かんだのは、もちろん石宮瑠璃だった。
 私の表情を見て、真さんは言う。

「関係なさそうでも構わない、教えて」

 その必死な声に、私は口を開く。

「関係ない、かもなんですけど…….転校生の石宮さんが」
「ああ、千晶も言っていた」

 真さんはうなずく。

「やたらとキミと千晶に絡んでくるんだって?」
「そうなんです、……でも、その子が千晶ちゃんをさらったりできるかな、とは」
「何か上手いことを言って、どこかへ呼び出すくらいはできるかもしれない」

 真さんは目を細める。

「調べてみるよ、ありがとう」
「あ、あとっ。これはホントに関係ないかもなんですけど」
「いいよ、言って」
「あの、変な宗教団体あるじゃないですか」
「ああ、やたらと過激な」
「それです。その人たちが、例の女子中学生集団失踪と何か関係あるんじゃないかって」
「……千晶がそう言っていたのかな」
「はい」

 数日前のことだ。ふと、千晶ちゃんが窓の外を走る街宣車を見てそう言ったのだ。もしかしたら、と。
 真さんは手を顎に当てて、少し考えるそぶりを見せた。それからフ、と息をつくと「なるほどね」と笑う。

「……相手が誰であろうと、誰の妹に手を出したのか、ハッキリ教えてあげなくてはね?」

 その笑みは相変わらず優雅で、真さんの疲弊した雰囲気とあいまって、なんだか残酷なほどに美しかった。

 翌日学校へ行っても、千晶ちゃんは来ていなかった。
 まだ学校のみんなは千晶ちゃんが行方不明になっている、なんて知らない。体調不良かな? くらいの認識だろう。
 不安がじわじわと大きくなる。

(確か)

 女子中学生の集団失踪。九州と、山口から始まり、大阪、三重、岐阜。秋口には神奈川でも同じように忽然と消えた子がいる、らしい。
 ただ、警察では、千晶ちゃんを彼女たちと同じように扱っていいものか方針が決まっていないらしい。
 千晶ちゃんは大物政治家の孫娘。営利目的でも、政治目的でも、誘拐があり得る。

(……真さんは、あの教団を疑ってるみたいだった)

 でも、千晶ちゃんを誘拐してなんになるんだろう? それこそ政治的な何かが絡んでいる、とか……?
 私は朝のホームルーム中、それについて考えてーーよし、と決めた。

(学校にいても、なにも始まらない)

 私はホームルームが終わるや否や、職員室の相良先生のところへ行く。

「体調不良なので帰ります」
「……急だね?」
「持病の癪が」
「時代的だね」

 相良先生は「うーん」と首を傾げて、それから言った。

「鍋島さん?」
「……そ、です」
「君に何ができるの?」

 先生のまっすぐな目。

「警察も、ご家族の方も動いていて」
「でも」

 私は、プリーツスカートをぎゅうっと握りしめる。

「何もしないでただ待ってるっていうの、私、無理です」

 私はじっと先生の目を見つめた。

「友達が、ピンチかもなのに」
「……変わらないねぇ、そういうとこ」
「え?」
「ううん、ひとりごと……分かりました、ただし危険なことはしないと約束できますか?」
「は、はいっ」

 先生から許可をもらい、小走りで昇降口へ向かっていると、名前を呼ばれる。

「設楽」
「黒田くん」
「帰んのか」

 心配そうな目。私は眉を下げて、小さな声で千晶ちゃんのことを話した。

「……マジか」
「うん、……何ができるってわけじゃないけど心当たりを探してみようと思って」
「俺もいく」

 黒田くんは即答した。

「でも」
「でももクソもねーよ」

 黒田くんはまっすぐ言う。

「鍋島は友達だ。何が起きてんのかわかんねーけど、もし何かピンチなら俺だって手助けしたい」
「……黒田くん」
「まってろ、俺もさがらんに言ってくるから」

 そう言って職員室のほうに行こうとした時、ざわざわと人の声がした。

「あれ、タケちゃん、華ちゃん、やっほ」
「秋月、次体育か」
「うん、そー」

 秋月くんはにこにこと言う。

「2人ともなにしてるの?」
「ちょっとな。……関係ねーんだけどさ、秋月、昨日、鍋島を学校以外で見かけたか?」

 黒田くんはダメ元だろうけど、そう尋ねる。

「え、見てないけど」
「そうか」
「なに? 鍋島さんが何?」

 秋月くんの友達っぽい子が、ふと横に並んでそう尋ねてきた。

「鍋島さん、見かけなかった? って」
「今日?」
「いや、昨日」
「見たよ?」

 私と黒田くんはその子に詰め寄る。

「どこで!?」
「校門でたとこ」
「そっかぁ」

 私は肩を落とす。学校を出たところまで確認できたから、それはそれで収穫なんだけど。

「ありがとう」

 そうお礼を言って、ふと黒田くんを見ると、少し眉を寄せて「誰かといたか?」と尋ねていた。

「うん、ええと、あ、転校生。3組の」
「……石宮か!」

 私と黒田くんは顔を見合わせた。ビンゴだ!

「石宮はまだ教室か!?」
「た、たぶん!」

 私たちは走って教室へ戻った。
 石宮さんはのんびりと授業の準備をしている。

「石宮っ!」
「なぁに?」
「お願い、教えて!」

 私は石宮さんの机に両手を置いた。

「千晶ちゃんはどこ!?」
「……し、知らないわ?」

 石宮さんは首を振った。

「あは、もしかしてっ、ば、バチが当たったんじゃないかしら」

 勝ち誇ったような顔で、彼女は言う。

「……なんの話」
「だって、鍋島さんは悪役令嬢だもの」

 石宮さんはは薄く笑って、首を傾げた。

「存在自体が、罪なの。罪は、贖わなくては」
「なにを、言ってるの」
「石宮」

 黒田くんの、低い声。

「お前のクソみたいな推理と違って、こっちは証言取れてんだ。昨日の夕方、校門のとこに鍋島といたな? その後どこへ連れて行った?」
「ふえ!? え、えっと、知ぃらないっ」

 石宮さんは一瞬慌てたけど、やはり知らない、と繰り返す。

「瑠璃はほんとに知らない」

 そう言って、やはり勝ち誇った笑みを浮かべるのだった。
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