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分岐・相良仁
行方不明(一部共通)
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「千晶、来てないよね?」
真さんがそう言ってウチを訪ねてきたのは、石宮瑠璃が転校してきてしばらく経ってからのことだった。
クリスマス直前のその日は、朝から冷たい冬の雨が降り続いていた。
もはや深夜になりそうな、そんな時間にインターフォンが鳴り、敦子さんが私を叩き起こしたのだ。
「ね、華、鍋島さんところのお嬢さん知らないわよね?」
「千晶ちゃん? どうしたの?」
「学校から帰ってないんですって」
「ええっ!?」
私は飛び起きた。千晶ちゃんが!?
そして玄関に向かうと、制服を着たままの真さん。さすがにその表情は渋く、焦燥の色が浮かんでいた。
(……このひと、こんな顔するんだ)
一瞬、そう思う。
「……ごめんね、夜遅くに」
「い、いいえっ、大丈夫です。それより、千晶ちゃん」
「……千晶の希望でね、送迎の車使ってなかったんだけど」
千晶ちゃんは特別扱いを恐れていた。だから、家のことは極力隠していたし、お迎えの車(運転手付き)も断っていたんだ。
「夕方になっても帰ってこなくて」
「連絡はとれないんですか?」
「駅のトイレでスマホが見つかったよ。防犯カメラはチェックさせてるけど、千晶は映ってない。多分、捜査を撹乱させるために誰かが置いたんだ」
千晶の意思にしろ、そうでないにしろ、ね、と真さんは呟く。
「ねぇ、君、何も聞いてない? 千晶が何か悩んでいたとか、どこかへ行きたがっていた、とか。誰かとトラブルになっていたとか」
「トラブル……」
私の脳裏に浮かんだのは、もちろん石宮瑠璃だった。
私の表情を見て、真さんは言う。
「関係なさそうでも構わない、教えて」
平静を装ってはいるけど、見え隠れするその必死な声に、私は口を開く。
「関係ない、かもなんですけど…….転校生の石宮さんが」
「ああ、千晶も言っていた」
真さんはうなずく。
「やたらとキミと千晶に絡んでくるんだって?」
「そうなんです、……でも、その子が千晶ちゃんをさらったりできるかな、とは」
「何か上手いことを言って、どこかへ呼び出すくらいはできるかもしれない」
真さんは目を細める。
「調べてみるよ、ありがとう」
「あ、あとっ。これはホントに関係ないかもなんですけど」
「いいよ、言って」
「あの、変な宗教団体あるじゃないですか」
「ああ、やたらと過激な」
「それです。その人たちが、例の女子中学生集団失踪と何か関係あるんじゃないかって」
「……千晶がそう言っていたのかな」
「はい」
数日前のことだ。ふと、千晶ちゃんが窓の外を走る街宣車を見てそう言ったのだ。もしかしたら、と。
真さんは手を顎に当てて、少し考えるそぶりを見せた。それからフ、と息をつくと「なるほどね」と笑う。
「……相手が誰であろうと、誰の妹に手を出したのか、ハッキリ教えてあげなくてはね?」
その笑みは相変わらず優雅で、真さんの疲弊した雰囲気とあいまって、なんだか残酷なほどに美しかった。
翌日学校へ行っても、千晶ちゃんは来ていなかった。
まだ学校のみんなは千晶ちゃんが行方不明になっている、なんて知らない。体調不良かな? くらいの認識だろう。
不安がじわじわと大きくなる。
(確か)
女子中学生の集団失踪。九州と、山口から始まり、大阪、三重、岐阜。秋口には神奈川でも同じように忽然と消えた子がいる、らしい。
ただ、警察では、千晶ちゃんを彼女たちと同じように扱っていいものか方針が決まっていないらしい。
千晶ちゃんは大物政治家の孫娘。営利目的でも、政治目的でも、誘拐があり得る。
(……真さんは、あの教団を疑ってるみたいだった)
でも、千晶ちゃんを誘拐してなんになるんだろう? それこそ政治的な何かが絡んでいる、とか……?
私は朝のホームルーム中、それについて考えてーーよし、と決めた。
(学校にいても、なにも始まらない)
私はホームルームが終わるや否や、職員室の仁のところへ行く。
「体調不良なので帰ります」
「……急だね?」
「持病の癪が」
「時代劇的だね」
仁は「うーん」と首を傾げて、それから言った。
「ちょっと出ようか」
結局、いつものように社会科準備室で話す。
「鍋島?」
「……そう」
「お前に何ができんの?」
仁のまっすぐな目。
「警察も、ご家族の方も動いていて」
「でも」
私は、プリーツスカートをぎゅうっと握りしめる。
「何もしないでただ待ってるっていうの、私、無理」
私はじっと仁の目を見つめた。
「友達が、ピンチかもなのに」
「……変わんねえな、そういうとこ」
「え?」
「いや、ひとりごと……りょーかい、ただし危険なことはしねーって約束しろ」
「う、うんっ」
仁から許可をもらい、小走りで昇降口へ向かっていると、名前を呼ばれる。
「設楽」
「黒田くん」
「帰んのか」
私は頷いて、千晶ちゃんのことを説明する。昨日から帰っていない千晶ちゃん。
「……まじか」
「とりあえず、心当たりを探してみようと思って」
「俺の方でも聞き込みしておく。誰かしら見てねぇか」
「ありがと」
「……ンな顔すんなよ」
黒田くんは笑った。
「鍋島は俺も友達だからな」
「うん」
「その心当たりって一人で行くんじゃねぇよな? 運転手のオッサンと一緒だろ」
「あ、そうなると思う」
「何かあったら連絡しろ」
黒田くんは真っ直ぐに言う。
「絶対に行くから」
「……うん」
甘えちゃっていいんだろうか?
この人は、きっと、今も私を好きでいてくれてるのに。それにつけ込むみたいで、なんか……私、嫌な子みたいだ。
定まらない目線で少し俯くと、黒田くんはぽん、と私の頭を撫でた。
「お前は何も気にすんな」
「でも」
「俺が勝手に好きなだけだし」
「……その」
「この感情持ってることまで否定されたら俺、どうやって生きたらいいか分かんなくなる」
私はおそるおそる、黒田くんを見上げるけど、ホント、驚くくらいいつも通りの表情だ。
「俺の方でも何か分かったら連絡する」
「え、あ、はい」
「気をつけろよ」
そう言って、黒田くんは階段を上っていってしまった。
「かっこいいなぁ」
思わずそう言ってしまう。
私、好きな人に振られて、あんな風に接することできるかな?
(できない)
……と、思う。
学校を出て、そんなことを考えながら歩いていると、私は突然腕を掴まれて、ぐいっと引かれた。カバンを落としてしまう。それから口を塞がれた。
「んー! んー! んー!?」
「静かにしなさい、これも聖女の啓示なのですよ」
私を羽交い締めにしている男の人が、静かに言う。
すーっと、黒いセダンが近づいてきてドアが開いた。
「さあ、乗って」
私は涙目になりながら抵抗する。せめてもの抵抗に、私の口を塞ぐその手を噛もう、とした瞬間、その男の人は「んぐっ」という低い声と共に倒れた。
「僕の生徒になんのご用事ですかねぇ?」
「仁っ」
私はさっ、と仁の後ろに隠される。男の人は立ち上がり、キョロキョロした後車に飛び乗った。すぐさま車は動き出す。
へなへな、と座り込む。
「大丈夫か?」
仁は私の頬に指を沿わせた。心配そうだけど、鋭い目をしていてどきりとする。
「怪我はないな?」
「いや……うん、てか、誰、あの人」
なに?
なんだったの?
「なんでしょうねぇ~」
仁は目を細めてそう言って、それから私を立たせてくれた。
「とりあえず送るわ」
真さんがそう言ってウチを訪ねてきたのは、石宮瑠璃が転校してきてしばらく経ってからのことだった。
クリスマス直前のその日は、朝から冷たい冬の雨が降り続いていた。
もはや深夜になりそうな、そんな時間にインターフォンが鳴り、敦子さんが私を叩き起こしたのだ。
「ね、華、鍋島さんところのお嬢さん知らないわよね?」
「千晶ちゃん? どうしたの?」
「学校から帰ってないんですって」
「ええっ!?」
私は飛び起きた。千晶ちゃんが!?
そして玄関に向かうと、制服を着たままの真さん。さすがにその表情は渋く、焦燥の色が浮かんでいた。
(……このひと、こんな顔するんだ)
一瞬、そう思う。
「……ごめんね、夜遅くに」
「い、いいえっ、大丈夫です。それより、千晶ちゃん」
「……千晶の希望でね、送迎の車使ってなかったんだけど」
千晶ちゃんは特別扱いを恐れていた。だから、家のことは極力隠していたし、お迎えの車(運転手付き)も断っていたんだ。
「夕方になっても帰ってこなくて」
「連絡はとれないんですか?」
「駅のトイレでスマホが見つかったよ。防犯カメラはチェックさせてるけど、千晶は映ってない。多分、捜査を撹乱させるために誰かが置いたんだ」
千晶の意思にしろ、そうでないにしろ、ね、と真さんは呟く。
「ねぇ、君、何も聞いてない? 千晶が何か悩んでいたとか、どこかへ行きたがっていた、とか。誰かとトラブルになっていたとか」
「トラブル……」
私の脳裏に浮かんだのは、もちろん石宮瑠璃だった。
私の表情を見て、真さんは言う。
「関係なさそうでも構わない、教えて」
平静を装ってはいるけど、見え隠れするその必死な声に、私は口を開く。
「関係ない、かもなんですけど…….転校生の石宮さんが」
「ああ、千晶も言っていた」
真さんはうなずく。
「やたらとキミと千晶に絡んでくるんだって?」
「そうなんです、……でも、その子が千晶ちゃんをさらったりできるかな、とは」
「何か上手いことを言って、どこかへ呼び出すくらいはできるかもしれない」
真さんは目を細める。
「調べてみるよ、ありがとう」
「あ、あとっ。これはホントに関係ないかもなんですけど」
「いいよ、言って」
「あの、変な宗教団体あるじゃないですか」
「ああ、やたらと過激な」
「それです。その人たちが、例の女子中学生集団失踪と何か関係あるんじゃないかって」
「……千晶がそう言っていたのかな」
「はい」
数日前のことだ。ふと、千晶ちゃんが窓の外を走る街宣車を見てそう言ったのだ。もしかしたら、と。
真さんは手を顎に当てて、少し考えるそぶりを見せた。それからフ、と息をつくと「なるほどね」と笑う。
「……相手が誰であろうと、誰の妹に手を出したのか、ハッキリ教えてあげなくてはね?」
その笑みは相変わらず優雅で、真さんの疲弊した雰囲気とあいまって、なんだか残酷なほどに美しかった。
翌日学校へ行っても、千晶ちゃんは来ていなかった。
まだ学校のみんなは千晶ちゃんが行方不明になっている、なんて知らない。体調不良かな? くらいの認識だろう。
不安がじわじわと大きくなる。
(確か)
女子中学生の集団失踪。九州と、山口から始まり、大阪、三重、岐阜。秋口には神奈川でも同じように忽然と消えた子がいる、らしい。
ただ、警察では、千晶ちゃんを彼女たちと同じように扱っていいものか方針が決まっていないらしい。
千晶ちゃんは大物政治家の孫娘。営利目的でも、政治目的でも、誘拐があり得る。
(……真さんは、あの教団を疑ってるみたいだった)
でも、千晶ちゃんを誘拐してなんになるんだろう? それこそ政治的な何かが絡んでいる、とか……?
私は朝のホームルーム中、それについて考えてーーよし、と決めた。
(学校にいても、なにも始まらない)
私はホームルームが終わるや否や、職員室の仁のところへ行く。
「体調不良なので帰ります」
「……急だね?」
「持病の癪が」
「時代劇的だね」
仁は「うーん」と首を傾げて、それから言った。
「ちょっと出ようか」
結局、いつものように社会科準備室で話す。
「鍋島?」
「……そう」
「お前に何ができんの?」
仁のまっすぐな目。
「警察も、ご家族の方も動いていて」
「でも」
私は、プリーツスカートをぎゅうっと握りしめる。
「何もしないでただ待ってるっていうの、私、無理」
私はじっと仁の目を見つめた。
「友達が、ピンチかもなのに」
「……変わんねえな、そういうとこ」
「え?」
「いや、ひとりごと……りょーかい、ただし危険なことはしねーって約束しろ」
「う、うんっ」
仁から許可をもらい、小走りで昇降口へ向かっていると、名前を呼ばれる。
「設楽」
「黒田くん」
「帰んのか」
私は頷いて、千晶ちゃんのことを説明する。昨日から帰っていない千晶ちゃん。
「……まじか」
「とりあえず、心当たりを探してみようと思って」
「俺の方でも聞き込みしておく。誰かしら見てねぇか」
「ありがと」
「……ンな顔すんなよ」
黒田くんは笑った。
「鍋島は俺も友達だからな」
「うん」
「その心当たりって一人で行くんじゃねぇよな? 運転手のオッサンと一緒だろ」
「あ、そうなると思う」
「何かあったら連絡しろ」
黒田くんは真っ直ぐに言う。
「絶対に行くから」
「……うん」
甘えちゃっていいんだろうか?
この人は、きっと、今も私を好きでいてくれてるのに。それにつけ込むみたいで、なんか……私、嫌な子みたいだ。
定まらない目線で少し俯くと、黒田くんはぽん、と私の頭を撫でた。
「お前は何も気にすんな」
「でも」
「俺が勝手に好きなだけだし」
「……その」
「この感情持ってることまで否定されたら俺、どうやって生きたらいいか分かんなくなる」
私はおそるおそる、黒田くんを見上げるけど、ホント、驚くくらいいつも通りの表情だ。
「俺の方でも何か分かったら連絡する」
「え、あ、はい」
「気をつけろよ」
そう言って、黒田くんは階段を上っていってしまった。
「かっこいいなぁ」
思わずそう言ってしまう。
私、好きな人に振られて、あんな風に接することできるかな?
(できない)
……と、思う。
学校を出て、そんなことを考えながら歩いていると、私は突然腕を掴まれて、ぐいっと引かれた。カバンを落としてしまう。それから口を塞がれた。
「んー! んー! んー!?」
「静かにしなさい、これも聖女の啓示なのですよ」
私を羽交い締めにしている男の人が、静かに言う。
すーっと、黒いセダンが近づいてきてドアが開いた。
「さあ、乗って」
私は涙目になりながら抵抗する。せめてもの抵抗に、私の口を塞ぐその手を噛もう、とした瞬間、その男の人は「んぐっ」という低い声と共に倒れた。
「僕の生徒になんのご用事ですかねぇ?」
「仁っ」
私はさっ、と仁の後ろに隠される。男の人は立ち上がり、キョロキョロした後車に飛び乗った。すぐさま車は動き出す。
へなへな、と座り込む。
「大丈夫か?」
仁は私の頬に指を沿わせた。心配そうだけど、鋭い目をしていてどきりとする。
「怪我はないな?」
「いや……うん、てか、誰、あの人」
なに?
なんだったの?
「なんでしょうねぇ~」
仁は目を細めてそう言って、それから私を立たせてくれた。
「とりあえず送るわ」
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