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分岐・鹿王院樹
失踪
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「青百合に転入!?」
「転入というか、編入というか、だな。特進クラスで奨学生のはず、だ」
私はうーん、と記憶を辿った。確か千晶ちゃんに教えてもらった。あの子(石宮瑠璃というらしい)は「高校生」で「奨学生として編入」したんじゃなかったかな。
(少し前倒し、にはなってるけど)
シナリオ通り、と言えばシナリオ通り、なのかもしれない。
私はカフェで甘いケーキを頬張りながら考えた。チョコでコーティングされていて、中には甘酸っぱいベリーのソース。
(はぁ、美味し)
苦いコーヒーとの組み合わせは至高。一瞬、あの子のことを忘れそうになる、けれど。
「ハナには心当たりとかないの?」
「心当たり?」
圭くんの声に、我に返った。
「あの子がやたらとハナに絡んでくる」
「うー」
ある。めっちゃ、ある。
でもそれは、「私は悪役令嬢なんです」「前世の記憶がありまして」「なんならここはゲームのシナリオをベースにした世界みたいで」という告白を伴うもので、うん、精神状態を疑われるリスクが……。
(カウンセリング増やされるかも)
未だに通ってる、カウンセリング。まぁまだ暗い外に出られないし。でも自分の感覚としてはそれ以外困ってないし、増やされても困る。
「なにか隠してる?」
圭くんの視線。
「いやいやいやいや、うん、そのー、うん」
私がしどろもどろになっていると、樹くんが口を開いた。
「……少なくとも、俺が調べた範囲では、華とあの女に何か因縁が出来そうな接触はなかったぞ」
「え!?」
私は驚いて樹くんを見上げる。
「黙っていてすまない」
樹くんは少し眉を下げた。
「調べたのは小学生の頃の話だ。横浜のカフェで絡まれた時」
「うん」
「華の忘れている"昔"に何かアイツとあったのではないか、と思ってな」
「あー」
私は頷いた。はたから見たら、そんな風に考えるのが一番自然だろう。
「なんにせよ、アイツが訳の分からん行動をとっているのは確かだ」
樹くんは腕を組む。
「華、しばらく1人になるなよ」
「……わかった」
そう答えながらも、私は正直、そんなにあの子を警戒していなかった。
だって、あの子の目には松影ルナほどの狂気を感じられなかったから。
(むしろ、……本気で樹くんたちを心配する目)
あの子は本当に、樹くんたちが「悪役令嬢に騙されている」と考えていて、それゆえにあそこまでの行動に出ているのだ。
(正義感、といえば正義感に当たるのかな)
同じ学校になっちゃった樹くんたちには悪いけど、私はできるだけ関わらないようにしておけば大丈夫かな? と。
そんな風にも考えてしまう。
「何かあれば、すぐに言え」
樹くんは、そっと私の頬に手を当てた。私はこうされるのが結構好きで、だからつい目を細めてしまう。
樹くんも、ふ、と笑う。
「ね、おれ蚊帳の外にすんのヤメテ」
圭くんが私の手を取る。
「おれのことも頼ってね?」
「あは、うん」
私はくすっと笑う。頼られたいっていうか、背伸びしたい年頃なのかな。
「頼らせていただきます」
「ちょっと、本気にしてないでしょ」
圭くんは唇を尖らせて、ふと樹くんを見るとちょっと拗ねてる表情。
(樹くん一人っ子だしな~)
樹くん、弟欲しがってたもんな。でも圭くんは譲る気ないけど。
ふふん、と圭くんにわざとくっつくと、樹くんはムッとして、むにりと頬をつねってきた。軽くだけど。そんなことしたって圭くんはあげないよー、だ。
そんな風に、ちょっとのんびり構えてしまっていた部分はあるのだけれど、でも、その日の夜に事態は動いた。
「……千晶ちゃんが、帰ってない?」
「ここにもいない、みたいだね」
深夜、もう0時を回る。
さすがに焦燥の色が隠せていない真さんは、鹿王院家の玄関で佇んでいた。
外は師走の冷たい雨。夕方から降り出したそれは、しとしと、と降り続いている。
「何も連絡がないのですか?」
樹くんが聞くと、真さんはふるふると静かに首を振る。
「スマホはね、……駅のトイレで見つかった。防犯カメラはチェックさせてるけど、千晶らしい人影は見当たらないから、そこで何かあった、という訳ではなさそう」
真さんは唇を噛む。
あかい唇からほんの少し、ぷつり、と血が滲む。
「運転手無しで出かけたんだ。昼間だし、千晶はふらりと出かけることがよくあったから、正直油断していた」
真さんの目線が揺れる。
(……千晶ちゃん)
私の胸も不安でいっぱいになる。
「警察も動いてるし、心当たりは探した……正直、手詰まりだ。ねえ、なんでもいい」
真さんは縋るような目で私たちを見る。
「なんでもいい、関係なくてもいい、なに千晶が言っていたことはない?」
「言っていたこと?」
「そう。アレが嫌だとか、あそこに行きたいとか、……なんでもいいんだ」
言われて、記憶を手繰り寄せる。
(ええと、……あ)
でもこれは関係ないか、と言うのをためらうと、真さんは「言って」と言った。顔色を読んだのかもしれない。
「……あの、ほんとに関係ないかもしれないんですけど」
「構わないよ」
「最近、やたらと騒がしい宗教団体いるじゃないですか」
「……ああ、あの世界が滅びるどうののやつね」
そうです、と私は頷いて続けた。
「それが、例の集団失踪と何か関係あるんじゃないかって」
「集団失踪……」
真さんは少し考えて、それからぺろりと唇の血を舐めた。
「そうか」
ぱちり、と真さんは目を瞬かせた。
「え?」
「ごめん、その集団失踪、どこで起きたか分かるかな」
そう言って笑う真さんはいつも通り優美でーーでも確かに、その目には怒りの色が浮かんでいた。
「誰の妹に手を出したか、分からせなくちゃね」
「転入というか、編入というか、だな。特進クラスで奨学生のはず、だ」
私はうーん、と記憶を辿った。確か千晶ちゃんに教えてもらった。あの子(石宮瑠璃というらしい)は「高校生」で「奨学生として編入」したんじゃなかったかな。
(少し前倒し、にはなってるけど)
シナリオ通り、と言えばシナリオ通り、なのかもしれない。
私はカフェで甘いケーキを頬張りながら考えた。チョコでコーティングされていて、中には甘酸っぱいベリーのソース。
(はぁ、美味し)
苦いコーヒーとの組み合わせは至高。一瞬、あの子のことを忘れそうになる、けれど。
「ハナには心当たりとかないの?」
「心当たり?」
圭くんの声に、我に返った。
「あの子がやたらとハナに絡んでくる」
「うー」
ある。めっちゃ、ある。
でもそれは、「私は悪役令嬢なんです」「前世の記憶がありまして」「なんならここはゲームのシナリオをベースにした世界みたいで」という告白を伴うもので、うん、精神状態を疑われるリスクが……。
(カウンセリング増やされるかも)
未だに通ってる、カウンセリング。まぁまだ暗い外に出られないし。でも自分の感覚としてはそれ以外困ってないし、増やされても困る。
「なにか隠してる?」
圭くんの視線。
「いやいやいやいや、うん、そのー、うん」
私がしどろもどろになっていると、樹くんが口を開いた。
「……少なくとも、俺が調べた範囲では、華とあの女に何か因縁が出来そうな接触はなかったぞ」
「え!?」
私は驚いて樹くんを見上げる。
「黙っていてすまない」
樹くんは少し眉を下げた。
「調べたのは小学生の頃の話だ。横浜のカフェで絡まれた時」
「うん」
「華の忘れている"昔"に何かアイツとあったのではないか、と思ってな」
「あー」
私は頷いた。はたから見たら、そんな風に考えるのが一番自然だろう。
「なんにせよ、アイツが訳の分からん行動をとっているのは確かだ」
樹くんは腕を組む。
「華、しばらく1人になるなよ」
「……わかった」
そう答えながらも、私は正直、そんなにあの子を警戒していなかった。
だって、あの子の目には松影ルナほどの狂気を感じられなかったから。
(むしろ、……本気で樹くんたちを心配する目)
あの子は本当に、樹くんたちが「悪役令嬢に騙されている」と考えていて、それゆえにあそこまでの行動に出ているのだ。
(正義感、といえば正義感に当たるのかな)
同じ学校になっちゃった樹くんたちには悪いけど、私はできるだけ関わらないようにしておけば大丈夫かな? と。
そんな風にも考えてしまう。
「何かあれば、すぐに言え」
樹くんは、そっと私の頬に手を当てた。私はこうされるのが結構好きで、だからつい目を細めてしまう。
樹くんも、ふ、と笑う。
「ね、おれ蚊帳の外にすんのヤメテ」
圭くんが私の手を取る。
「おれのことも頼ってね?」
「あは、うん」
私はくすっと笑う。頼られたいっていうか、背伸びしたい年頃なのかな。
「頼らせていただきます」
「ちょっと、本気にしてないでしょ」
圭くんは唇を尖らせて、ふと樹くんを見るとちょっと拗ねてる表情。
(樹くん一人っ子だしな~)
樹くん、弟欲しがってたもんな。でも圭くんは譲る気ないけど。
ふふん、と圭くんにわざとくっつくと、樹くんはムッとして、むにりと頬をつねってきた。軽くだけど。そんなことしたって圭くんはあげないよー、だ。
そんな風に、ちょっとのんびり構えてしまっていた部分はあるのだけれど、でも、その日の夜に事態は動いた。
「……千晶ちゃんが、帰ってない?」
「ここにもいない、みたいだね」
深夜、もう0時を回る。
さすがに焦燥の色が隠せていない真さんは、鹿王院家の玄関で佇んでいた。
外は師走の冷たい雨。夕方から降り出したそれは、しとしと、と降り続いている。
「何も連絡がないのですか?」
樹くんが聞くと、真さんはふるふると静かに首を振る。
「スマホはね、……駅のトイレで見つかった。防犯カメラはチェックさせてるけど、千晶らしい人影は見当たらないから、そこで何かあった、という訳ではなさそう」
真さんは唇を噛む。
あかい唇からほんの少し、ぷつり、と血が滲む。
「運転手無しで出かけたんだ。昼間だし、千晶はふらりと出かけることがよくあったから、正直油断していた」
真さんの目線が揺れる。
(……千晶ちゃん)
私の胸も不安でいっぱいになる。
「警察も動いてるし、心当たりは探した……正直、手詰まりだ。ねえ、なんでもいい」
真さんは縋るような目で私たちを見る。
「なんでもいい、関係なくてもいい、なに千晶が言っていたことはない?」
「言っていたこと?」
「そう。アレが嫌だとか、あそこに行きたいとか、……なんでもいいんだ」
言われて、記憶を手繰り寄せる。
(ええと、……あ)
でもこれは関係ないか、と言うのをためらうと、真さんは「言って」と言った。顔色を読んだのかもしれない。
「……あの、ほんとに関係ないかもしれないんですけど」
「構わないよ」
「最近、やたらと騒がしい宗教団体いるじゃないですか」
「……ああ、あの世界が滅びるどうののやつね」
そうです、と私は頷いて続けた。
「それが、例の集団失踪と何か関係あるんじゃないかって」
「集団失踪……」
真さんは少し考えて、それからぺろりと唇の血を舐めた。
「そうか」
ぱちり、と真さんは目を瞬かせた。
「え?」
「ごめん、その集団失踪、どこで起きたか分かるかな」
そう言って笑う真さんはいつも通り優美でーーでも確かに、その目には怒りの色が浮かんでいた。
「誰の妹に手を出したか、分からせなくちゃね」
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