【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

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分岐・鹿王院樹

石宮瑠璃の祈り(各分岐共通)

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 石宮瑠璃は祈っていた。真摯な祈り。目を薄く閉じ、ただ一心に祈る。
 ただ、未だ、祈るべき対象は見つかっていない。

 瑠璃が最初に「自分が選ばれた存在」であることに気がついたのは、彼女がまだ7歳か、そこらの年齢の時だった。
 ある日、ふと、公園で幼馴染である石橋鉄斗と(瑠璃は小さい頃、てつと、と発音できず"てっと"と呼んでいた)遊んでいて、フェンスの外側にある側溝から、何かの声がしたことに気がついた。

「ネコだ」

 鉄斗の言葉に、瑠璃は公園を出て、側溝まで走る。動物が好きだったのだ。

「ほんとだ」

 子猫が、側溝に落ちかけている。数日前に降った大雨のせいで、側溝の中はカフェオレ色の水がたっぷりと流れていたが、彼らには早い流れには見えなかった。
 だから瑠璃は、特に気にせず、無造作に猫をだっこしようとする。助けようと思ったのだ。
 しかし、子猫は突然現れた、その大きなイキモノに怯え、側溝の淵からその手を離した。

「あっ」

 瑠璃と鉄斗は同時に叫ぶ。だが、緩やかに見えた側溝の流れは実は速く、子猫はあっという間に見えなくなった。

「どうしよう」

 鉄斗がオロオロとしていると、瑠璃は泣き出した。ルリのせいで猫ちゃん落ちちゃった、ルリのせいだ、と。
 鉄斗はとにかく家に走り、大人を呼んだ。猫も瑠璃もどうにかしてもらわなくてはならない。
 側溝に大人を連れて戻ると、瑠璃の姿は無かった。そこからは大騒ぎだった。瑠璃もまた、側溝に落ちた可能性もあった。警察と消防がかけつけ、捜索がはじまった。
 鉄斗はひどく叱られた。
 鉄斗は叱られながら瑠璃について考えた。心配だった。
 そこで、5つ上の兄に頼んで、自転車の後ろに乗せてもらい、側溝の下流へ向かった。

「あっ」

 側溝が暗渠に入らんとする、その入り口、流れてきた草やゴミが溜まっているところに子猫がいた。弱ってはいたが、幸い生きているようだった。自力で上に登ろうとしている。
 鉄斗の兄が腕を伸ばし、猫をつかむ。弱っていたためか、抵抗はない。
 自分の服を脱いで、鉄斗はその猫を暖めた。瑠璃が喜ぶだろう、と思った。

 家に戻ると、瑠璃が見つかった、と母親に言われた。ほんの少し先の公園で、ひとり、ぼうっとしていたらしい。

「熱が出ちゃって」

 母親と共に瑠璃の家を訪ねると、瑠璃の母親は安心したように笑いながらいった。

「鉄くんのせいじゃないからね?」
「いえほんと、鉄が目を離すから」
「大人を呼びに行ってくれたのよねぇ」

 何事もなかったこともあり、大人たちはすっかり和やかになっていた。

 翌日、鉄斗は瑠璃の熱が下がったと聞いて、子猫を連れて瑠璃の家に向かった。
 子猫は家で飼うことが許され、鉄斗が小学校に行っている午前中のうちに、病院へ連れて行ってもらったらしい。
 多少の衰弱はあるものの、健康状態に問題はなかった。強い猫だと皆が言った。

「るり、熱大丈夫か? ほら、ねこ、無事だったぞ」

 誇らしげに猫を見せる。

「あ、てっと」

 布団にくるまった瑠璃は笑った。だが、鉄斗はその笑顔に違和感を抱いた。

「?」
「ごめんなさい、瑠璃、猫苦手なの」
「え」
「その猫ちゃん、捨ててくれる?」
「……は!?」

 鉄斗は呆然と猫を抱いたまま、立ちすくんだ。
 鉄斗の知っている瑠璃は、動物が好きで、少なくとも「捨てる」なんてことは言わないはずだった。

「だって、てっと、瑠璃のこと好きでしょ?」

 自分のお願いは何でも聞いてもらえる、そう確信している笑顔だった。

「なにいってんだ、お前」

 そう言った時、腕の中の子猫の毛が逆立った。明らかに、瑠璃に対して威嚇をしている。

「ほら、瑠璃、猫のそういうとこ、嫌いなんだって」
「……もういいよ」

 鉄斗は猫を抱いたまま、瑠璃の家を出た。

(おれの知ってる、るりじゃない)

 その違和感を、じきに鉄斗は成長と共に忘れて行った。
 ただ、幼馴染である石宮瑠璃に対してあまり良い感情は抱かず育った。自分勝手で、自分の尺度でしか周りをみなくて、さも悲劇のヒロインぶって、自分はみんなのために頑張ってますって顔をして。自分が周りからどんな感情を向けられているかにも、無頓着だった。瑠璃は自分が愛されていると信じていたから。

 瑠璃は祈る。
 かたち無き神に。

(あたしはあの時、選ばれた)

 前世の記憶を返してもらった。単にここがゲームの世界だから、云々じゃない。

(きっと、あたしは何か成し遂げなくちゃいけない)

 それが何かは、分からない。ただきっと、神に愛されたからには、それゆえに記憶を返されたからには、なにか使命があるのだろう、とそう信じていた。
 瑠璃は、さまざまな宗教について調べてみた。だが、それは無駄足だった。
 そもそも「自分が選ばれた」と思うこと自体が、多くの宗教において忌避されていた。

「瑠璃は選ばれたのに」

 自分は選ばれた存在なのに。
 その思いは日毎に強くなった。

 ふと、ある日SNSにとあるメッセージが届いた。それは、瑠璃が待ち望んでいたものだった。
 瑠璃こそが選ばれた人間である、そう書かれたメッセージだった。
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