【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

文字の大きさ
235 / 702
分岐・鹿王院樹

ヒロイン(謎)は諦めない(side樹)

しおりを挟む
「ねえ、知ってる? 女子中学生連続失踪事件」
「それは知っているが」

 俺は何度か瞬きをしながら答えた。
 12月最初の、部活が午前練だけの日曜日。帰宅後に、洗面所に練習用の靴下(泥だらけ)を置き忘れたことに気がついて扉を開けると、華が一生懸命何かを洗っていたから。

「それは、華」
「? 靴下」
「だれの」
「樹くんの」
「なぜ」
「ん? 落ちてた。ここに。洗濯機持って行こうと思ったんだけど、泥汚れが酷かったから」

 とりあえず手洗い、と答えた華に俺は言う。

「クリーニングに」

 いつも出しているのだ。汚れがひどいものは。華が今洗ってくれているような、練習用の靴下などだ。

「え、もったいなくない?」

 華はきょとんとした顔をして言う。

「てか、靴下クリーニングに出す?」
「うちではそうだ」
「えー、そうだったの?」

 お金持ちってよくわかんないや、とつぶやきながら華は言う。

「……華に洗わせるくらいなら、俺が洗うが」
「んーん、いーよクリーニングで。なんとなく目についただけだもん」

 華は特にこだわりもないようで、「まぁ今回はこれで」と笑う。
 しかしまあ、なんというか、こういうことをされるとなんとなく「一緒に暮らしてる」実感が出て少しドキリとする。

「でね、千晶ちゃんがいうには」
「すまん、話しが飛んでないか?」
「あ、ごめん。中学生の失踪事件だよ」
「ふむ?」

 ニュースで話題だ。華たちが来てから、テレビはあまり見なくなった。敦子さんの希望だ。だがうちは新聞を取っているし俺はスマホも持っているし、ニュースに触れる機会は多い。

「でね、千晶ちゃんが言うにはなんだけど、なんか最近、変な宗教? 流行ってるでしょ」
「ああ、あれか。横浜で見た」
「そーそー、それ。ノストラダムスっぽいやつ」
「それが?」
「それと関わりがあるんじゃないかって」

 俺は少し眉をひそめた。その噂は初めて聞いた。

「なぜだ?」
「うーん、それは聞いてなかったんだけど、あ、これでよし」

 華は満足そうに靴下を眺めた。

「あとは洗濯機でなんとかなるでしょ」
「ありがとう」
「ふっふ、どーいたしまして。てか、私が洗いたかったんだよ」

 華は少し照れたように笑った。

(ずるい)

 可愛いからだ。華は何もズルくないが、とにかくズルい。可愛い。だめだ。
 俺は華を後ろから抱きしめる。

「え、あ、樹くん?」

 慌てたような華の声、鏡越しの頬は赤く染まっていて、俺の鼓動は速くなる。

(こんな顔をしていたのか)

 抱きしめた時。
 堪らなくなって、ぎゅうぎゅうと力を込める。

「ちょ、樹くん、苦しいってば」

 華は赤い頬のまま、笑う。
 俺は少し面白い気持ちになって、その薄い脇腹をくすぐった。

「え、もう、あは、やめてよう」

 華は笑いながら俺の腕から逃げようとするが、俺は逃がさない。

「いやだ」
「あは、ほんと、私ダメなんだって、あはは」

 笑いながら涙を浮かべて俺を見上げる華が可愛くてたまらない。ちょっと嗜虐的な気持ちになって思わず笑みを浮かべると、パタリとドアが開いた。

「いーつーきー?」

 圭だ。目を細めて俺をみている。

「……ちがう」
「あは、もう、圭くん聞いてよ、樹くんったらさ酷いんだよ」

 俺から解放されて、華は笑いながら圭に寄っていくが、少し寂しそうにも思えたのはーー俺の願望だけか。

「もう。おれとデートでしょ、今日は」
「はいはい、忘れてないよ」
「……どこか行くのか」
「む、やだな、イツキ、付いて来る気」

 圭は華の腕をとって甘えた仕草で言う。華は少し嬉しそうだ。本当に圭のことは可愛がっているから。

「いや、そんなつもりはないが」

 答えながら、ふと思う。

(背が伸びたな)

 もう少しで華より高くなる。声も低くなってきていてーーじきに、可愛らしい男の子から、ひとりの少年になる。
 ふと、圭と目が合う。その目はどこか挑戦的で。

(……、そうか)

 お前も、そう、なのか。
 俺は苦笑いする。まったく、ライバルが多すぎる。誰にも譲る気などないが。

「樹くんも行こうよ」

 華が何気ない雰囲気で誘って来る。

「えー、ヤダ、ハナ、おれとデートでしょ」
「でもみんなのが楽しいよ?」

 にこり、と首をかしげる華。

「えー、もー、しょーがないなぁっ」

 圭は折れた。華が圭に甘いように、圭も華に甘いのだ。

「行くのは一向に構わんが、そもそもどこへ行く気だ?」
「おもてさんどー」

 圭が少し拗ねたように言う。

「表参道? 買い物か?」
「もー、圭くんたら。違うの、美術館だよね」

 華は苦笑しながら圭に言う。

「そ。浮世絵のね。小原古邨の作品あるんだって、ちょー観に行きたい」
「おはら?」
「かえって日本ではちめーど低いよね」

 明治末くらいから活躍したヒトだよ、と圭は言う。

「カワイー絵多いからさ、普通にたのしーと思うよ」

 そう言う圭に連れられ(といっても、うちの車と運転手だが)美術館までやってきた。小さな美術館だが、見応えは十分で、外国人観光客も多くいる。

「可愛かったねぇ」

 大きな通りまで出たカフェで、華は嬉しそうに先ほど美術館で買い求めた図録を眺めた。

「いーよね、とくに、このキツネ」
「キュートさが過ぎる」

 盛り上がる2人を眺めつつ、俺は暖かいココアに口をつける。美味しい。寒い日はココアにかぎる。うむ。
 次の瞬間、さすがに俺も一瞬びくり、と肩を揺らした。カフェの窓ガラスに、女子が張り付いていたからだ。目を見開いて、唇をわななかせて。

(石宮!?)

 なぜこんなところに。
 俺の表情に気づき、華も窓ガラスを見て凍りつく。圭も思いっきり顔をしかめた。

「なんでイシミヤがいるの」
「……お前のところにも来ていたか」
「イツキのとこにも!?」

 圭が驚いたように言う。

「なんなのあのひと、ちょー怖いんだよほんと」
「分からん。何も分からん、が、華にやたらと執着しているのは間違いない」

 華は不安げに窓と俺たちとを交互に見ているが、ふと石宮は走り出した。この店の入り口方面に、だ。
 人気の立地の人気のカフェとあって、それなりの列が並んでいるが御構い無しに追い越して入ってくる。

「お、お客様!? あの、お並びに」
「ち、違うんですっ、すぐ帰りますからっ」

 石宮は「悲壮な覚悟をしてますよ」という表情で、つかつかとこちらに歩いて来る。
 俺と圭は立ち上がり、石宮の前に立ちはだかる。

「何の用だ」

 俺が見下ろしてそう言って、圭は見上げて睨みつけた。

「こ、こんなとこ見て、ほっとけるハズがありませんっ」
「こんなとこの意味がワカンナイ」

 圭ははぁ、とため息をつく。

「ねえほんと、帰って」
「嫌です」

 石宮はぎゅっと服を握って俺たちを見つめ、それから華を睨んだ。事もあろうに。

「その華に対する執着はなんなんだ」
「るっ、瑠璃はっ」

 石宮は叫ぶように言う。辛そうに。まるで自分が「悲劇のヒロインなんだ」という顔で。

「ただ、設楽華を、悪役令嬢をっ、こ、こらしめたい、だけなんですっ」

 俺はため息をついた。またその話か。

(松影のことを持ち出す前に、摘まみ出すか)

 華には絶対に聞かせたくない。
 そう思い、一歩足を踏み出した時、店内に大きな声が響いた。

「いたっ、てめー、瑠璃っ、お前また人様に迷惑かけて!!」
「てっと!」

 体格の良い少年だった。同じ年くらいで、日焼けをしていて、目つきが鋭い。
 てっと、と呼ばれた少年は俺たちの前まで来て、深々と頭を下げた。

「さーせん、コイツ、アタマ、アレなんで」
「て、てっと、ひどいよ」
「ひどくねーよ、オラ、帰るぞ、おばさん探してたぞお前」
「えっ、え、でも」
「うるせえ。……ほんと、申し訳ありませんでした」

 少年は申し訳なさそうに言って、石宮を引っ張って店を出て行った。

「……えっと」

 華が茫然と俺たちを見上げている。

「ごめん、説明してもらっていい?」

 華はそう言って首を傾げた。

「ふたりとも、知り合い、なの……?」
しおりを挟む
感想 168

あなたにおすすめの小説

傷物令嬢は魔法使いの力を借りて婚約者を幸せにしたい

恋愛
ローゼライト=シーラデンの額には傷がある。幼い頃、幼馴染のラルスに負わされた傷で責任を取る為に婚約が結ばれた。 しかしローゼライトは知っている。ラルスには他に愛する人がいると。この婚約はローゼライトの額に傷を負わせてしまったが為の婚約で、ラルスの気持ちが自分にはないと。 そこで、子供の時から交流のある魔法使いダヴィデにラルスとの婚約解消をしたいと依頼をするのであった。

ナイスミドルな国王に生まれ変わったことを利用してヒロインを成敗する

ぴぴみ
恋愛
少し前まで普通のアラサーOLだった莉乃。ある時目を覚ますとなんだか身体が重いことに気がついて…。声は低いバリトン。鏡に写るはナイスミドルなおじ様。 皆畏れるような眼差しで私を陛下と呼ぶ。 ヒロインが悪役令嬢からの被害を訴える。元女として前世の記憶持ちとしてこの状況違和感しかないのですが…。 なんとか成敗してみたい。

彼女が高級娼婦と呼ばれる理由~元悪役令嬢の戦慄の日々~

プラネットプラント
恋愛
婚約者である王子の恋人をいじめたと婚約破棄され、実家から縁を切られたライラは娼館で暮らすことになる。だが、訪れる人々のせいでライラは怯えていた。 ※完結済。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!

白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。 辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。 夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆  異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です) 《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆ 

逆ハーレムエンド? 現実を見て下さいませ

朝霞 花純@電子書籍発売中
恋愛
エリザベート・ラガルド公爵令嬢は溜息を吐く。 理由はとある男爵令嬢による逆ハーレム。 逆ハーレムのメンバーは彼女の婚約者のアレックス王太子殿下とその側近一同だ。 エリザベートは男爵令嬢に注意する為に逆ハーレムの元へ向かう。

すべてを思い出したのが、王太子と結婚した後でした

珠宮さくら
恋愛
ペチュニアが、乙女ゲームの世界に転生したと気づいた時には、すべてが終わっていた。 色々と始まらなさ過ぎて、同じ名前の令嬢が騒ぐのを見聞きして、ようやく思い出した時には王太子と結婚した後。 バグったせいか、ヒロインがヒロインらしくなかったせいか。ゲーム通りに何一ついかなかったが、ペチュニアは前世では出来なかったことをこの世界で満喫することになる。 ※全4話。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

処理中です...