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分岐・鹿王院樹

風邪

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 お風呂で私は泣いてしまう。思い出し泣き。

(うう、情けない)

 少なくとも、私の中身は大人なはずなんだ。……でも、千晶ちゃんも言ってた。私の身体も、脳だって、14歳の女の子のものなんだって。
 だから、こんな風に泣いたりすることだって、あっていいはずだ。

(決めた)

 真さんにも言ったけど、樹くんに他に好きな人ができたら、私はすぐに身を引こう。
 きっとすぐに分かる。私は、それだけ樹くんを見てるつもりだから。

(それでも、たとえ友達としてだって)

 期間限定だって、私は堂々と樹くんの隣に立っていたいから。だからーーそれにふさわしい人になろう。

(どうすればいいのかなんて、見当もつかないけど)

 そんな訳で長湯になってしまって、洗面所でもぼうっとしてしまったせいか、はたまた単に季節の変わり目だっからか、私は風邪をひいてしまう。

「38.3」
「病院行く?」

 静子さんは私から体温計を受け取って首を傾げた。

「んーん、寝てます」
「そう?」

 私はうなずく。だって、半分考えすぎて出た熱な気もするし。
 樹くんも圭くんも、学校へ行っている。広い広い家は、しんとしていて少しさみしい。

 熱があるときは、変な夢をみる。ぐらぐらと、船の中にいるような夢たった。
 ふと目を開けると、樹くんがいた。頭は相変わらず、熱のせいかフワフワしている。じっとりと汗をかいて気持ちが悪い。

「?」

 時計に目をやると、まだお昼の正午過ぎ。樹くんがいるわけがない。

(あ、じゃあ、これ、夢の続きか)

 私は笑ってしまう。どんだけ好きなんだろ。

「大丈夫か?」

 夢の中なのに、はっきりとした声の感じがして嬉しい。樹くんの声。好きな声。
 ふふ、と気だるく笑うと樹くんは不思議そうな顔をした。

「樹くん」
「なんだ? お茶でも飲むか」
「んーん」

 私は手を広げた。

「? なんだ?」
「おいでー」
「……華?」
「ぎゅーして、ぎゅー」
「華?」

 戸惑う樹くんに少し腹が立つ。夢なんだから、もっと私の思い通りに動いてくれていいのに。
 ぷう、と頬を膨らませると「しかたないな」と笑ってぎゅうっと抱きしめてくれる。
 現実だったら、汗臭いのとか気になって絶対できないけど、でもこれ夢なんだもんね~と働かない頭で思う。

「すきー」

 普段なら言えないことだって言えちゃう。

「……俺もだ」
「あは」

 さすが夢だ。お願いが叶っちゃう。すごいすごい。

「ねぇ、いちばん好き?」
「ああ」
「ずーっと好き?」
「当たり前だ」
「あいしてる?」

 樹くんはふと息を飲んで、それから「愛してる」と言ってくれた。

(夢ってすごーい)

 明晰夢ってやつかな。ああ、毎日見られたらいいのに。
 夢の中なのに、私は少し疲れてしまう。どきどき疲れだ。
 うとうとする私の頭を、樹くんは撫でてくれる。

(夢なのに眠くなるのね)

 不思議な感覚だ。そうして、また船酔いする夢を見る。さっきみたいな夢がいのに、そう都合よくはいかないみたいだ。
 ふと、目を覚ます。窓からは夕陽。頭がスッキリしていた。

(……熱、下がったっぽい?)

 起き上がり首を傾げていると、部屋のドアが遠慮がちに小さくノックされた。

「はーい?」
「あ、ハナ。起きてた?」
「うん、今起きた」

 圭くんはお盆片手に入ってきて、ベッドサイドにそれを置いてくれる。

「お茶とプリン」
「うわ、おいしそ」

 目を輝かせると、圭くんは笑った。

「食欲出てきたみたいだねー。吉田さんが何も食べないって心配してたから」

 お手伝いの吉田さんは、何度かお粥とかを持ってきてくれていたようなのだけど(朦朧としてあまり記憶がない……)どうにも食べられなかったのだ。

「華様がお召し上がりにならないなんて、ってものすごく心配してた」
「私、そんな食欲すごい人……?」

 圭くんはくすくす、と笑う。

「いいじゃない、食べないより食べる方がいいよ、健康的で」
「そ、そうかな……あ」
「なに?」
「樹くんは?」
「まだ部活だと思うけど」
「そっか」

 じゃあ、……やっぱり、夢か。

「ハナ?」
「あ、ううん、なんでも。プリン、いただきます!」

 圭くんが買ってきてくれたプリンは、どこかの高級プリンとかじゃなくて、コンビニとかスーパーで売ってる3個パックのやつ。

「圭くん分かってるね」
「ふふ、でしょ?」

 風邪の時はこういうのが食べたくなるんだよなぁ。
 食べ終わったお盆を圭くんが回収してでて行く。

(もうちょっと寝よう、かな)

 プリン冷たくて美味しかった。
 もう一度眠ってから起きると、すっかり外は暗い。

(何時かな)

 時計は20時過ぎをさしていた。
 お手洗いに行ってから、食堂(この家には食堂と呼ばれる空間がある。アンティークな洋間)に顔を出すと、吉田さんとちょうど鉢合わせる。

「あ、華様。少し顔色も良くなられましたね」
「ですかね。すみません、ご心配を」

 言うが早いか、ぎゅう、と鳴るお腹……。あは。
 赤面して笑うと「お部屋までお粥お運びしますよ」と吉田さんは言ってくれた。
 お言葉に甘えて、部屋でベッドにまた転がる。

(べとべとして気持ち悪いなぁ)

 お粥食べたらシャワー浴びよう、ときめていると、ノックの音。

「はぁい」

 吉田さんだと思って起き上がって返事をすると、入ってきたのは樹くんだった。

「え、あれ、樹くん?」

 慌てて居住まいを正す……って、ベッドの上だしパジャマだしであんまり正しようはないんだけど。

「ちょうどそこで吉田さんに会ってな。もう吉田さんは帰宅時間だから」
「え、あ、そっか、申し訳ないことしたな」

 残業させちゃった。

「いや、かなり心配していたからな。食欲出たようで安心したと言っていたぞ」
「え、えへへ」

 笑いながらお盆を受け取ろうとするも、樹くんは渡してくれない。

「?」

 無言のまま、勉強机の椅子をベッドサイドに置いて、そこに座る。

「樹くん?」

 樹くんは無言でお粥にスプーンを突っ込んだかと思うと、そのスプーンを私の口元へ持ってきた。

「あーん」
「ひゃい!?」

 私はあまりの出来事に目を見開く。あーん、て。樹くんの口から、あーんって言葉が出るなんて!?

「い、樹くん?」
「俺は今、とても華の世話が焼きたい」

 謎にキリッとした表情……えぇ……なぜに……?

(あー、ひとりっ子だからかな)

 きょうだいの世話とか焼いたことないんだもんなぁ、私、もしかして妹的に思われてる、とか。

「……じゃあ、甘えちゃおうかな」
「365日24時間甘えてもらって大丈夫なのだが」
「それは甘え過ぎかと……」

 そう答えつつ、お粥をぱくりと食べると樹くんの口元は少し嬉しそうに緩んだ。

(もう)

 そんな顔をされると、どきどきしちゃうじゃん。好きってなっちゃうじゃん。

(やめてよねー……)

 そう思いながらも、お粥を食べさせてもらえるのは嬉しくて、私もにこにこしながらお粥を食べ続けた。
 お皿がすっかり空になると、まだ食欲でたとは言え病み上がりの胃はお腹いっぱい、って感じになった。

「ふー」
「もう大丈夫なようだな」
「うん、明日には学校行けるよー」
「無理はするな」

 それから樹くんは、おでこをこつん、と私のおでこにくっつけてきた。

「うむ、もう熱はなさそうだ」

 そう言って、離れていく。
 私はただ赤面して固まった。

(え、あ、私、汗臭いとか思われてないかな)

 そんなことを考えちゃうのは、きっと女の子としての意識が強いから?

「……また顔が赤いな、熱が上がったのだろうか」
「だ、大丈夫だからー」

 またおでこコツンをしようとしてくる樹くんを手で制して、私は布団にくるまるのだった。
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