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分岐・山ノ内瑛

略取未遂(一部共通)

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「いくらなんでもおかしいっ」
「よ、ね……」

 私とひよりちゃんは、昇降口、下駄箱の前でぼそぼそと話をする。

「ごめんね、華ちゃん、わたし行けなくて」
「ううん」

 ひよりちゃんは申し訳なさそうに言う。1組の先生は、ひよりちゃんの早退を認めてくれなかったのだ。

(そりゃそうだよね)

 相良先生が物分かりが良すぎる、……というか、私のこと良く知ってる感じ。読まれてるっていうか。

(まぁ小6から担任だもんね)

 知っててもおかしくない。例えば、止めても多分私は学校から帰っちゃうだろうってことくらい。
 私は校門の前で運転手の島津さんを待ちながら、鞄からお子様スマホを取り出して樹くんに電話をかける。

(真さんに伝えてもらわなきゃだ)

 千晶ちゃんが、昨日夕方に石宮瑠璃といたこと!
 呼び出し音が鳴る。

(そろそろ昼休み終わってるだろうし、無理かな?)

 だとしたら、千晶ちゃん家に直接、と思っている内に、樹くんは通話に出てくれた。

『華? どうかしたか』
「樹くん! ごめんねっ学校なのに! 真さんと話せる?」
『真さん? なぜだ』
「あのね、千晶ちゃんが……わぁっ!?」

 私は突然腕を掴まれて、ぐいっと引かれた。スマホを落として、それがアスファルトにぶつかる音。それから口を塞がれる。

「んー! んー! んー!?」
「静かにしなさい、これも聖女の啓示なのですよ」

 私を羽交い締めにしている男の人が、静かに言う。
 すーっと、黒いセダンが近づいてきてドアが開いた。

「さあ、乗って」

 私は涙目になりながら抵抗する。せめて、私の口を塞ぐその手を噛もう、とした瞬間、その男の人は「んぐっ」という低い声と共に倒れた。

「僕の生徒になんのご用事ですかねぇ?」
「さ、相良先生っ」

 私はさっ、と相良先生の後ろに隠される。男の人は立ち上がり、キョロキョロした後車に飛び乗った。すぐさま車は動き出す。
 へなへな、と座り込む。

「大丈夫だった?」

 相良先生に手伝われ、立ち上がる。先生は落ちているお子様ケータイを手に取り「はいはい、おたくの許婚さんはご無事ですよ」と少し眉を寄せて言った。
 それから私にお子様ケータイを渡す。お子様ケータイの向こうからは、樹くんの焦燥した声。

『華!』
「い、樹くん」

 樹くんは一瞬、息を飲む。それから長いため息の後、『無事で良かった』と弱々しく呟いた。

『華に、何かあったらどうしようかと』
「大丈夫、先生が助けてくれたから」

 そう言って先生を見上げると、先生は笑った。

『ああ、先生……か、なるほど』

 含みのある言い方に、私は首を傾げた。
 それから、真さんに伝えて欲しい、と石宮さんの話をする。

『分かった』

 樹くんは二つ返事で引き受けてくれた。

『すぐに伝えて、連絡する。危ないことはするなよ』
「はーい」

 相変わらずの心配性だなぁ、と思いながら通話を切ると、相良先生と目があった。

「とりあえず、……そうだな、家まで送りますよ設楽さん」
「え、でも」

 先生、授業とか大丈夫なんだろうか。
 先生は笑う。

「こっちも重要な仕事なんで」

 笑いながらも、先生の雰囲気は少しぴりりとしていた。

(?)

 不思議に思いながらも、島津さんと敦子さんに連絡する。

『は!? 誘拐されかけた?』
「えっと、うん。でもすぐ先生……相良先生が助けてくれて」
『……そう。じゃあ、そのまま相良さんに送ってもらいなさい』
「え?」
『その方がいいわ』
「? あ。はい」

 やたらとすぐに納得した敦子さんに、首を捻りながら通話を切った。
 先生と並んで、職員駐車場へ向かう。
 相良先生の車は、国産のSUV車だった。

(あ、懐かしい)

 前世で、友達が乗ってたのと、似た車。
 当たり前みたいに助手席に座ってしまって(だって、そいつの車にはいつもそう乗っていたから)後部座席のが良かったかな? とチラリと先生を見遣るけど、先生は全く気にしていないようだった。
 しばらく乗っていると、なんだか眠くなる。こんな時なのに、と思うけど、昨日あまり寝ていないせいだろうか。

「寝てな」
「え。でも」
「いいから」

 先生は笑う。

「お前は昔から、助手席では寝るタイプだった」
「……え?」
「こんな時に言うのもなんだけど、他人の目が無いのって車の中くらいだから」

 車は赤信号で停止する。
 そして先生は、とある名前を呼んだ。

「     」

 私は目を見開く。だってそれは、私の、かつての、前世での、名前。

「……え?」
「久しぶりだな」

 先生は、目を細める。

「誰だか分かる?」
「え、もしかして」

 私はとある名前を告げた。さっき思い出していた、このSUV車と似た車に乗っていた、友達。

「せいかーい」
「え、うそ、うそでしょ?」
「嘘なわけあるか」
「え、でも……、えぇっ!?」

 青信号で、車は出発する。

「事細かに話せばいいか? お前の前世における恋愛遍歴について?」
「あ、すみません、遠慮します……」

 私は片手をあげて頭を下げた。あまり思い返したく無い、男運の無い恋愛遍歴。

「お前さ」
「え、なに、……ですか」
「いいよ、敬語。きもちわりー」
「いやだって、えー!? なんで? いつ私だって気づいたの!?」

 私はパニックになって、彼を見つめる。仁はただ、ふっと笑って口を開いた。

「あのさ。前世の名前で呼んでいい?」
「いや、うーん、えっと」

 私は眉を下げて、少し笑った。

「もう私、華なんだよね」
「……そっか」

 彼は笑う。

「呼び捨てしていい?」
「うん、別に」
「俺のことも呼び捨てでいーよ、前世まえみたいに」
「……今の下の名前なんだっけ?」
「ひどっ、何年担任してると思ってんの」
「えっだって下の名前とか使わなくない!?」
「そーだけどさー」

 ちょっと拗ねる彼から下の名前を聞き出す。ジン。ニンベンに漢数字の2で「仁」。

「いい名前じゃん」
「お前のも」

 ニヤリと仁は笑って、その笑顔にはものすごく見覚えがあってーー私は泣いてしまう。

「え、華」
「だ、だって、会えると思わないじゃん」

 ぐすぐす、と鼻水なんかも垂らしちゃう私の顔に、仁は乱暴にタオルを渡してきた。うう、こういうところ、変わらない。女扱いしてくれないんだから、もう!

「拭いとけ」
「はぁい」

 涙がなんとか止まったところで、家の前に着く。

「あーあ、ひでぇ顔」
「は!? ほんとアンタそーゆーとこ変わんないな、もう」

 こういうやり取りも、なんか懐かしくて、私は笑ってしまう。
 
「ついでに言っとくな」
「なにを?」
「いや、なんか黙ってるのも気まずいんで」
「……なによ」
「お前についてる護衛な、それ、俺。俺っていうか、俺たち?」

 私はたっぷり、1分近くは黙っていたと思う。

「……は?」
「声低っ、こわ」
「え、私のこと監視してんの、あんたなの?」
「いやまぁ、何人か、で……」
「はー!? いやほんと、ありえないんだけどっ!?」
「つか、監視じゃねーし、ボディーガードだし」
「一緒よ!」

 私は叫んだ。

「すっごい嫌なんだけど!」
「でも俺いなかったら、お前さっき訳わからんのにかどわかされてたぜ?」
「そうだけどっ」
「それにさ」

 仁はふと真剣な顔をする。

「監視じゃねー証拠に、お前らのことチクってないから」
「お前らって」
「山ノ内」
「……え、もしかして見てるの? 昼休みとか?」
「見てない! 学校からフケねーかくらいの確認しかしてない。心配すんな……え、つか、見られてら困るの?」

 仁はなぜか少し傷ついた表情で私を見る。

「……まぁ。結構」

 客観的に見たら、アキラくんと私、ずっとイチャイチャしてるし。人前だと絶対できないー……。

「まじかよ……」
「いやそんな不純異性交遊的な感じではないから」

 一応、と釘をさすと、仁は少し安心した表情になる。

(む、まぁあれだよね、中学生に手ぇ出したなお前って思われてる、とかだよね)

 私も友達が中学生に手ぇ出してたら、そう思うかもだもん……。

(でも、今の私は中学生なんだし)

 そこは大目に見てくれてもいいじゃないのよ、なんて考えていると、ふと仁が「あ」と思い出したかのように言った。

「お前のばーさんとかに、つか誰にも、護衛のこと気取られんなよ。バレたって知られたら、俺クビだから」
「クビ、ね……」

 なぜそんなリスクの高いことを、と思うけど、それはきっと仁なりの真摯さの現れだと思う。

(そういうとこ、変わらないんだなぁ)

 かつて前世で、私のグチや中身のないお話を、叱咤激励しながら……時に呆れながらも、きちんと聞いて向き合ってくれた彼、そのまま。

(でもゴメンね)

 そんな君を、私は今から脅迫します……。

「……私にバレたの、敦子さんに知られたくない、ってことよね?」
「え、あ、うん」

 訝しげな仁。私は笑う。ごめんね。

「じゃあ一緒に千晶ちゃん探して」
「うおっ、脅す気!?」
「やだなぁ」

 私はにんまり、と笑った。

「協力を仰いでるのよ私は」
「じゅーーぶん、俺は協力してるんですからねっ!?」

 もうすぐうちの近く、という十字路。赤信号で停止してそんな話をしていると、仁は少しばかり眉をひそめた。
 仁の方を向いてる私の後ろ、助手席の窓の外を見ている。
 私振り向こうとしたタイミングで、助手席の窓をコンコン、と叩かれた。

「あ」

 窓の外でにっこり、と笑っていたのはーー授業中なはずの、アキラくんだった。
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