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【高校編】分岐・鹿王院樹

牽制(side樹)

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 なぜだか無人の保健室で、華はぷんすかと怒っている。

「もう! なんか変な誤解とかされてたらどうするの!」
「誤解?」

 わざとそう言ってやると、華はすこし頬を赤くして黙った。俺はちょっと笑って頬を撫でる。可愛いな。

(わざとだ、と白状したらまた怒るだろうな)

 その綺麗な眉を少しひそめて、大きな瞳をぱちりとさせて、陶磁器のような頬をほんの少し赤くしてーー信じられないことに、大人に近づくにつれ華は美しさを増していた。
 俺はため息を我慢する。これで大人になったらどうなるんだ?
 恐ろしいのは、華はそんな自分の見た目に無頓着なこと。その上に魅力的すぎるナカミ、だ。……いや、これは俺が華を好きだからそう思ってしまうのか?

(けれど、まぁ牽制ぐらいさせてくれ)

 少し苦笑して華の目を覗き込む。
 華は不思議そうに俺を見上げた。

「少し寝ておくか?」

 頬を撫でる。華はくすぐったそうに目を細めた。猫みたいだ。華は撫でられるのが好きだから。

「そう、しようかな」

 ほんの少しうっとりした瞳で、華は素直に頷いた。寝不足なのは本当のようだったからな。
 ベッドに横になった華は目を見開いた。

「な、なにこれ保健室だと思えない……!」
「?」
「30時間くらい寝れる……」

 俺が頭を撫でてやると、華は緩んだ笑顔で笑ってすぐに寝息を立て始めた。しかし30時間は寝すぎだと思う。

 講堂に戻るとチラチラと視線を感じた。ほとんどが恐らくは高校入学組、だと思う。エスカレーター組は俺が華のこととなると(友人曰く)"少しやりすぎる"ことを知っているから。
 オリエンテーションが終わり、各教室に移動するよう指示が出て、講堂を出かけた時に俺は臀部を軽く蹴られる。

「む」
「鹿王院、てめーやりすぎだボケ」
「そうか?」

 俺は黒田を見た。

「虫除けしておくべきだろう」
「やり方考えろっつのボケ」
「ふむ、そうしよう」
「……お前と話してるとなぁんか気が抜けんだよな」

 黒田は呆れたように言った。

「しかし」
「? なんだよ」
「意外に似合うな、ブレザー」
「着慣れねぇけどなまだ」

 ありがとな、と黒田は素直に笑った。

「俺的には違和感はんぱねーわ」

 黒田たちの母校の中学は、真っ黒の詰襟学生服。青百合は白いブレザーに薄いチャコールグレーのスラックスだから色味が全然違う。

「俺も詰襟着てみたかった」

 ふと漏らすと、黒田は意外そうな顔をした。

「お前の詰襟、なんか想像できねぇな」
「幼稚園からコレだからなぁ」

 幼稚園は半ズボンだったが。

「着る機会ねぇの、体育祭で応援団とか」
「あまり興味ないな」
「俺のセーフク、お下がりで親戚にやっちゃったからなぁ」

 申し訳なさそうに言う黒田に、俺は苦笑した。

「いや、いいんだ」
「着る機会あれば着てみろよ、似合うと思うぜ。じゃぁな」

 黒田のクラスの前で別れて、俺は自分のクラス、12組を目指す。
 席に着くと、隣の席で同じサッカー部の友人が小さく「なぁ鹿王院」と言ってきたので「ゲームの話だ」と先手を打っておいた。

「お互い負けず嫌いだからな。勝負が長引いたんだ。ちなみに華の弟もいたぞ」
「あ、……そ。いやまぁ、そんなことだろうとは」

 友人は苦笑いをして、それから机の上のプリントに目をやる。年間行事。

「あ、やっぱ高等部でもやるんだな、復活祭」
「卵探しか」
「身もフタもないな」

 復活祭イースター。イエスキリストが蘇った日。
 春分の日の後の、最初の満月の次の日曜日……、説明しようとすると「の」がやたらと多くなる復活祭だが、この学校では日曜ではなく翌月曜日に行われる。

「楽しみだな」

 そう言う友人に俺は「そうか?」と返した。卵探し、楽しいか?
 友人は半目で言う。

「そりゃー、お前みたいにラブラブな許婚ちゃんでもいたら話は別だよ! でもオレたちみたいなヒトリモンにはな、いろんなクラスの女子と知り合える貴重な機会なんだよ」

 この復活祭は、単なるイベントではない、らしい。要は新入学やクラス替えで緊張しがちな四月にイベントをやることで新しい友人達と親睦を深めよう、とかいうそんな趣旨があるとのことだ。

「別に女子に限らんだろう」
「ヤローと知り合ってどうすんだよ、可愛い子と知り合いたいよオレは」
「念のため言っておくが、華以外にしろよ」
「分かってるよ、んな命知らずなマネするかよ。つか講堂でのアレ、牽制かよ恐ろしい」
「害虫駆除は手間がかかる。そもそも虫は寄せないに限る」

 黒田にもした説明をすると、友人はやはり苦い顔をした。

「んなことしなくても、鹿王院樹の許婚に手を出すバカはいねぇって」
「気骨のあるやつからは宣戦布告受けてるぞ」

 黒田と山ノ内。

(それから、相良さんも怪しい)

 華との打ち解けた、あの独特の雰囲気はいつも俺を複雑な感情にさせる。
 華は華で、絶対的に相良さんを信頼しているのが伝わってくるし。
 圭は圭で油断ならないし。

「俺は俺で焦っているんだ」
「どーみても相思相愛、らぶらぶバカップルですけどね」
「ふ、早くそうなりたいものだ」

 友人は呆れたように笑う。それから少し声を小さくして言う。

「けど、我慢できるよな、よく。一つ屋根の下に好きな子が住んでて」
「我慢できなくなりそうたから、あまり2人きりで抱きしめたりはしないようにしてる」

 あまり、だけど。
 それからキスも。
 唇なんかにしてしまったら最後、歯止めが効かなくなりそうで俺は本当に自分が信頼できない。

「てか我慢しなきゃなの?」
「そんなことをしてバレてみろ、華はアメリカに連れて行かれる」
「アメリカぁ?」

 そうだ、と俺は頷いた。

「早く卒業したい」

 卒業式当日に籍を入れたい。なんなら式だって挙げたい。いや18歳の誕生日にはそうしてしまいたいが、さすがにダメだろうなぁ。

「今日入学式なんですけどー?」

 俺の心からのつぶやきに、友人はやっぱり呆れたように言うのだった。
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