【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

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【高校編】分岐・鹿王院樹

藤の花は知らない色

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 ふらり、と倒れかけた私を、同じクラスで隣に立っていた男の子が支えてくれた。

「え、あれ、えーっと、設楽さん!?」

 講堂がざわつく。入学式の後のオリエンテーション、その最中だ。保護者や他の学年は講堂からはけていて、1年生だけが残っての説明会。そこでの、1年生担当教師紹介ーー私は混乱していた。仁がいるのはいい。予想はしてた。すまし顔をして壇上に並んでいる。

(え、なんで、なんで?)

 "ゲーム"での推しキャラ、藤司先生は、すらっとした長身で白衣を着こなし、銀フレームの薄い眼鏡越しの瞳が印象的、そんな素敵なヒトだったはずなのだ。

(も、もちろん好きな人は樹くんだよ!? 片思いでもっ)

 だから、トージ先生はどっちかというと芸能人を見る感覚、というか……そんなつもりで、そして実際のトージ先生を見るのを密かな楽しみに入学式にやってきたのに……そこにいたトージ先生は、全くの別人だったのだ。
 背は高い。でもものすごい猫背。髪の毛はボサボサで、ものすごく痩せている。
 メガネは分厚すぎて良く目が見えない。そしてなにより、ボソボソと喋ってなんて言ってるかよく分からない。

(な、なぜ!?)

 くらくらとしながら私は天井を仰いだ。それから目を閉じる。

(ね、寝不足かなぁ)

 緊張して、眠れなかったから。寝不足と精神的ショックのダブルパンチ。
 まぁ、自分でもなんでこんなにショック受けたんだか……あとで考えるとバカだなと思うんだけど。
 外見なんか、トージ先生のほんの一部でしかなくて、中身がトージ先生ならそれはそれでいいはずだった。頼りがいがあって、時々甘えん坊さんなトージ先生。いや結局、中身も全然違ったんだけど……。
 そもそも悪役令嬢な私とは接点もそんなにないだろうし。
 でもあの時は、本当に青百合に通うことに不安がいっぱいで、それを「トージ先生観れるし!」みたいなテンションで誤魔化していたから、だと思う。

(もしかして、あの人……前世の記憶が?)

 それゆえに、全くの別人のように成長したしまった、とか……?
 ぐらぐらする頭でそんなことを考えていると、フワリとした浮遊感がした。

「?」

 慌てて目を開けると、目の前に樹くんの顔。……お姫様抱っこ?

「代わろう」

 樹くんは私を支えてくれてた男子に言う。

「許婚が迷惑をかけた」

 そしてさっさと歩き出す。お姫様抱っこのまま。

「え、あ、樹くん、ごめんもう大丈夫歩けるってか立てるよ!」

 慌てて我に返った。迷惑かけちゃってる!

「無理をするな」

 樹くんはフ、と笑う。

「昨夜、無理をさせすぎたか?」

 私は叫びたいのをこらえた。

(なんつー誤解を生む発言をっ!)

 真っ赤になって見回すと、周りの生徒からさっと視線をそらされた。違う。違うんです。
 昨日、樹くんはサッカーゲームの新作に私を付き合わせていただけなんです。私、ゲーム苦手なんだけど負けず嫌いなとこあるし、樹くんは樹くんで負けず嫌いなせいで深夜までそうなっちゃっただけで……! 第一、2人きりじゃなくて圭くんもいて……! 私のお膝で寝ちゃってたけど!

 私が真っ赤になって口をパクパクさせてるのを樹くんは不思議そうに見る。

「顔が赤いな、寝不足ではなく熱かな」

 湯冷めしたか? だからあれだけ早く服を着ろと言ったのに、なんて言うから余計に誤解が深くなってる気がする!
 アワワと横を見ると頬を染めた女子生徒に顔をそらされた。誤解……!
 違うちゃんとお風呂上がりパジャマは着てた! 上にカーディガン着ろとは言われたけどまだ暑かったんだもんって違う! 違うんです!

「だから大丈夫なんだって、ていうか、言い訳だけさせてえええ」

 私の叫びはむなしく、その時既に講堂から出て私は保健室へ連行されていったのだった。やっぱりお姫様抱っこのまま。
 30分ほど保健室で寝たらスッキリした。

(やっぱり寝不足だったんだなぁ)

 ゲーム大会の後、ほんとに今日からのことが不安で仕方なくて、寝付けたの朝方だったから……。
 何にせよ早寝早起きはしよう、と決めながら教室に帰る。また樹くんにご迷惑をかけてしまいました。
 私はコソコソと自分の席についた。いや、誰も気にしてないかもなんだけど……オリエンテーションからみな帰ってきてる最中で、教室にもまだ人はまばらだった。
 ふと横の席の女の子と目が合う。

「あの、からだ、大丈夫? 貧血?」

 控えめに微笑んでくれた。柔らかな雰囲気の子。

「あ、ありがとう! 大丈夫」

 私は「ゲームしすぎて寝不足でっ!」とちょっと大きめの声で言う。

「ゲーム?」
「そう、テレビゲームっ」

 そうなんだ、と女の子は苦笑して首を傾げた。

「夢中になっちゃうよねー」
「ねっ」
「あ、わたし、大村です。大村ミク。美しい紅色で美紅」
「あ、設楽です。設楽華」

 難しい方のハナだよ、というと大村さんは「よろしくね設楽さん」と笑ってくれた。

「……あの、さっきの人。許婚だって、チラッと聞いたんだけど」

 ちょっと興味あり、って顔で大村さんはこっそりと顔を寄せてくる。

「うん、えっと、一応」
「うわぁ、そういうの、本当にあるんだ! さすが青百合」

 公立からの特待生だからそういう世界良く知らなくて、と大村さんは言う。

「あ、私も公立だよ」
「え、そうなの?」
「うん、だから私もこの学校のこと、良く知らない」

 知ってるのはゲーム知識(おぼろげ)にある分だけ。

(だから、1年生でどんなイベントがあるのか、ってのはなんとなく知ってたけど)

 私は机に置かれているシラバスや教科書の一番上のプリントを手に取った。年間行事予定。

「わ、やっぱテスト多いね、覚悟はしてたけど」
「特進は特に多いみたいだもんね」

 同じようにプリントをみていた大村さんとお互い顔を見合わせる。定期テストに加え、毎月の実力テスト、それから予備校と提携した全国模試も毎週。

(一年生からこれか~……)

 部活とかは諦め気味だ。この学園なら、帰りに車に来てもらうのは全然浮かないので、遅くなる部活でも大丈夫かなって思ってたけど……。

(と、なると委員会かな?)

 せっかくだから、何かやってみたい、という気持ちはある。
 そんな風に考えていると、大村さんが「ねえ設楽さん」と声をかけてくる。

「これ、何するのかな? イースター」

 大村さんは首をかしげる。

「さすがに卵さがす、とかはないだろうし」

 それがあるのよ大村さん、と私はこっそり心の中で呟いた。
 "ゲーム"でもやってたこの学園の毎年の恒例行事、復活祭イースター

(来年はどうなるか分かんないから、今年は楽しもうっと)

 せっかくだもんね、せっかくだもん、なんて考えて、私は入学式ショックをほんの少し忘れたのだった。
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