【本編完結】セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する

にしのムラサキ

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【高校編】分岐・鹿王院樹

サクラ、散ったのか咲いたのか

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「そういや鹿王院、これ」
「黒田、悪いなわざわさ」

 昼休み、黒田くんが樹くんに手渡したのは、格闘技のDVD。
 青百合学園高等部のカフェテリア。私はアイスカフェオレをストローですすりながらそれを眺めていた。ボケーっと。

「幻の試合だな」
「すげえんだぜこれ、空中二段蹴り」
「黒田できないのか」
「できるけど本番で出せって言われたらなぁ、スキが出来るから」

 ガラステーブルを挟んで向かいの席ではしゃぐ男子高校生ふたり。
 中学生の頃、なぜか仁に格闘技を習い始めた樹くんは、気がついたら格闘技マニアに成長していた。それで空手をしてる黒田くんと気が合ったらしくて、去年くらいからちょいちょい話したりしてたみたいだ。
 いや、元から樹くんってハマるとディープなんだよね。アクアリウム趣味にしてもそうなんだけど。
 ここのサッカー部強豪だから練習キツそうだし、相変わらず選抜にも呼ばれてるし、よくわかんないんだけどお仕事もしてるし、アクアリウム趣味は昨日も床を補強するだのしないだので静子さんと大ゲンカしてたしで、ほんとバイタリティがすごい。
 私は、というとーーまだ本命の高校に落ちたショックから抜け出せていない。

(なんで滑り止め、青百合にしちゃったんだろ)

 自ら身の破滅を呼んでいるとしか思えない。でも、背水の陣を敷いたつもりだったのだ。本命に受かるしかない! って。

(まさかインフルエンザになるなんて……)

 大本命の、都内の女子校。落ちるも何も、私は受験すらできなかったのだ……。

(そして)

 実はもう一つ、ちょっと私にショックを与えた出来事があったのだ。これに関しては、ほんと千晶ちゃん以外には言えないんだけれど。

「設楽、まだ凹んでんのか」

 向かいの席から黒田くんが言う。

「うん」
「ここだっていい学校じゃねーか」
「……うん」

 はぁ、と私はため息をつく。

「設備もいいし、先生たちも分かりやすいし、学食もカフェも美味しいし。まぁ敢えて言うなら校則が古臭い」
「ああ」

 樹くんが口を挟む。

「少し前時代的なきらいはあるな」
「うん、でもまー、我慢できないレベルではない、よ」

 イマイチ納得できてないとこはあるけど、うーん、お嬢様ってそんなもの? っていう感じ。前世ド庶民だから、おセレブの考え方に慣れてないだけかなぁ。

「なら何が?」
「……来年が怖いの」

 正直、転校も視野にいれている。君子危うきに近寄らずと言うではありませんか……!

「なんだそれは」

 不思議そうな樹くんと黒田くん。

(前世の記憶的に、来年ヒロインちゃんが入学してきて、もしかしたら樹くんはその子のことが好きになっちゃうかも、なんて)

 言えない。カウンセリング増やされる。

(同じくらい怖いのが、松影ルナや石宮瑠璃みたいに下手に前世の記憶があって暴走されちゃうこと)

 波風立てないように生きてくれないのかなぁ……それとも「ヒロインになった」ってことが嬉しくて、何か変なスイッチ入っちゃうのかな。

「まぁなんだか知らねーけどな。困ったことあれば言えよ」
「黒田くん」

 にかっ、と笑う黒田くんは相変わらずオトコマエって感じだ。

「頼れよな」
「うん」
「いやちょっと待て俺に先に言うべきだろう……!」

 樹くんが少し口を尖らせて言う。

「許婚だぞ」
「でも樹くん忙しそうだし」
「華のためならいくらでも時間など作る」

 真剣な顔の樹くんに、つい私は吹き出してしまう。

「ふふ、分かった分かった。樹くんにもちゃんと言うから」
「約束だぞ」
「はぁい」
「あ、華ちゃんたち、やほー」

 声の方を向くと、ひよりちゃん。楽譜を抱えて軽く手を振ってくれている。

「ここ、いーい?」
「もちろん。もうお昼は終わった?」
「うん」

 微笑みながら私の横に座るひよりちゃんは、無事にここの音楽科に入学していた。残念ながら推薦はもらえなかったんだけど、それでも自力で合格したんだからスゴイと思う。

「てかさ、まだ華ちゃんアンニュイなの?」

 ちょっと聞こえてたんだけど、と笑うひよりちゃんに、樹くんと黒田くんは苦笑で返した。

「四月も半ばなんだから」
「そうなんだけど、さ」
「華ちゃんはもちろん、仲良いメンバーみんな青百合でわたしは嬉しいよ?」
「ひ、ひよりちゃん」

 私は思わずひよりちゃんの手を握った。

「ひよりちゃんがそう言ってくれるなら、来年からも頑張れそう……!」
「ら、来年なにがあるの……?」

 ひよりちゃんにも聞かれるけど、そこは曖昧に笑った。

「まぁ来年何があるか知らないけど、みんないるから」

 ね? と笑うひよりちゃんに、私は小さくうなずいた。

「ま、見事なほどクラス、ってか科は違うけど」

 ひよりちゃんはその大きな瞳をくるり、と樹くんたちに向けた。

「華ちゃんは普通科、ってか特進で、わたしは音楽科。2人はスポクラ、秋月くんも。千晶ちゃんは普通科だけど青百合組。卒業までクラスかぶることなさそうだね」
「俺たちはどうかな」
「3クラスだからな、確率はあるな」

 黒田くんと樹くんは笑い合う。ほんといつの間にそんなに仲良くなったの……?

(てか、樹くん、ゲームでなら"青百合組"のはずだったんだよね)

 青百合組、とは通称で、実際はひと学年12クラスあるうちの1~5組。青百合の中等部からの持ち上がり組、もしくは特別推薦(親兄弟、親戚が青百合出身ならもらえる身内枠みたいなかんじ?)の子だけが入れるクラス。

(もちろん、ゲームでは華もそっち)

 校舎も違って、ちょっとだけ設備も豪華だったりするので、その辺がゲームでは華の選民思想に拍車をかけたんじゃないか、と思う。
 まぁ現実では、私は特進クラスに合格しているのであまり関係ない。

「特進って、みんな外部からだけなの? 6、7組だよね」
「えーとね、半分くらいは内部進学組だよ」

 内部進学組でも、外部難関大への進学を希望する子たちは特進クラスに進学する。
 それから、ひよりちゃんの通う音楽科。これは8組。来年圭くんが通う(はず)の芸術科が9組。

「タケルが11組? 鹿王院くんは?」
「俺は12組だ」

 樹くんと黒田くんが所属してるのが、10~12組の通称"スポクラ"。
 スポーツ推薦(中学含む)および内部進学組で、特に優秀な成績を残したもの、が進学できるクラス。
 外向きには「普通科」扱いなんだけど、学業より部活動優先の雰囲気があってなんとなく学内では「スポクラ」なんて呼ばれてる、らしい。

「1000人以上いると、先生も顔と名前、全部把握なんか無理だよね。わたしたちもだけど」
「せいぜいクラスと部活くらいだな」

 黒田くんは肩をすくめて、私も頷いた。その時、予鈴がなる。

「あ、戻らなきゃ」

 私たちは立ち上がる。

「華、次はなんの授業だ?」
「……生物」

 樹くんの問いに、思わず低い声になった私に、黒田くんが訝しそうに首を傾げた。

「お前理科苦手だっけ? 難しくなったからか?」
「違うの……先生が」
「担当誰だ?」
「野宮……野宮藤司先生」
「ノミヤ? ああ、あのメガネの。あの人が?」

 不思議そうな黒田くんたちに、私は曖昧に微笑む。

(わ、私の推しキャラがっ)

 私の推しキャラが、前世で推してたトージ先生が! 全然、全然っ、別人になっていたのだ。
 入学式でのあのショックは、しばらく忘れられそうにない。まぁ入学式っていうか、その後のオリエンテーションでの出来事、だったんだけど……。
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