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【高校編】分岐・相良仁
☆【番外編】夏の日(side仁)【了】
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しゃわしゃわ、とセミの声が降り注ぐ。
見上げた先には、大きな入道雲。
幼稚園から、向日葵迷路のチラシをもらってきたのは、長女の凛だった。
「行きたい、こういうの、好き」
凛が言うその表情は、華にーーむしろ、前世での「彼女」にそっくりで驚く。
そうしてやってきた、向日葵迷路。
凛と、次女の紗奈に両手を取られて楽しげにヒマワリ畑を進む華。
俺はカメラでそれを撮る。
パパはたいてい撮影係になるのです。
「パパ~」
凛が振り向いて手を振る。
「早く来ないと、迷子になっちゃうよー!?」
「はいはい」
返事をしながら、少し足を早めた。
少しぬかるんだ土。草いきれ。
暑さを掻き立てるような、蝉の声。
一面に続く、濃い黄色を振りまく向日葵畑。日光で、むしろそれは金色にも見えて。
ぬるい風が、ざあ、と吹き抜けてその金色を揺らして行った。
一瞬、ほんの一瞬だけ、目を閉じる。
再び目を開けたとき、そこに3人はいなくて。
「……華、凛、紗奈」
妻と、娘の名前を呼ぶ。
未だに不安になる。
全部、夢だったらどうしよう。
彼女愛おしさゆえに、見ている幻。
触れたら消えてしまう、そんな幻だったら……死ぬまで覚めて欲しくない夢。
目の前には向日葵の波。
金色に揺れる。
溶けた黄金のような日光で、足元に黒く濃く、重たい影。
ぼたり、と汗がそこに落ちた。
身体がぐらりと傾いてーーいや、そこまでの衝撃はなかった。
とん、と太ももに抱きついてくる、小さな温かさ。
「パパいたー!」
紗奈がにこにこと俺を見上げる。
俺はちょっと余裕ぶって、紗奈にカメラを向けた。
ハイチーズ。
全然泣いたりしてませんでしたけど?
「もー、早く来てよパパ!」
「ごめんごめん」
華と手を繋いでる凛に怒られる。凛は長女らしく、いつもチャキチャキしてる。俺と華の子なのに性格が2人ともに似ていなくて、少しそこが面白い。
「あ、ゴール!」
凛が、華の手を離して走り出す。向日葵迷路のゴールが見えていた。
係のひとが……恐らくアルバイトの大学生だろう、にこにこと風船と景品片手に待ってくれているが、まぁ汗だくで大変そうだ。
「待ってよ~!」
紗奈も走り出す。凛は律儀に立ち止まり、妹が追いつくのを待っていた。
華が笑いながら言う。
「足元気をつけてねー! どろどろだからこけるよ!」
「はぁい!」
凛と紗奈が、手を繋いで走り出す。
小さな手。柔らかくてあったかい、可愛い手を繋いで。
「仁さぁ」
「ん?」
「覚えてる?」
華が俺を見上げた。
つばの大きな麦わら帽子。影になったそこで、華は笑う。
「まだ私が高校生のころ、来たでしょう、向日葵畑」
「ああ、うん」
「あの時さ、……やり直しだなって思ったの」
「……うん」
「告白、やり直してくれたでしょ?」
うん、と俺は頷いた。
前世の向日葵畑でできなかったこと。
俺たちの、やり直し。
「嬉しかった」
「俺も」
「でもね」
華は、麦わら帽子の影の中で、やっぱり笑っている。
「やり直し、もう終わろうか」
「……は?」
「やり直しは終わって。新規スタートでもいいんじゃない、仁?」
華は俺の手を取る。
少し汗ばんだ、冷たくて温かい手。
何度も触れて、繋いできた、その手。
「私たち、消えたりしない」
「……華」
「前世のことは引きずるの、やめて。もちろんさ、前世ありきだよ? 忘れるとかじゃなくて」
華は首を傾げた。
「うーん、うまくまとまらないや」
「言いたいことは、なんとなく分かるよ」
「本当? 要はさ、なんて言うか」
華は目を細めた。
「仁はちゃんと幸せになっていいんだよ、ってこと」
「……、華」
「ずうっとどっかで、私たちがいなくなるのを想像して生きてるでしょう」
「……うん」
俺は頷く。
「それってさ、私たちに失礼だと思わない? 現実として私たち、きっちりくっきり、存在してますけど!?」
「あは、うん」
言われればそうだな、と頷く。
でもどっかで、不安が拭えない。
幸せすぎる太陽の下で、黒く濃く重く、不安は影のように。
幸せであればあるほど、それは重量を増して。
「だからね、再スタート」
「再スタート?」
「あ、じゃないや。再もない。単なるスタート。ね?」
華の手を握る。ぎゅ、と握り返してくれる、その手が愛おしい。
「不安が拭えないなら言って欲しい。そんなもん消してあげるから」
「どーやって?」
「こう」
華が背伸びして、俺に軽くしがみつくように、キスをした。
「あー、パパとママ、ちゅうしてるっ」
紗奈が騒ぐ。凛は紗奈の目を隠そうとしてる、……誰に似たんだか。
アルバイトの大学生は、さっと目を逸らす。おお、ばっちり見られてましたか……。
「ふふ、どう? 少しは消えた?」
華は悪戯っぽく笑う。
「……全然消えないから、もう一回」
「そういう嘘は無し」
華が眩しく笑う。
俺はやっぱり、この人は向日葵みたいな人だと、そう思った。
見上げた先には入道雲。
青く眩しく、キラキラ輝いてーー目線を戻す。あの日、骨と煙になった彼女が、目の前で笑ってた。
見上げた先には、大きな入道雲。
幼稚園から、向日葵迷路のチラシをもらってきたのは、長女の凛だった。
「行きたい、こういうの、好き」
凛が言うその表情は、華にーーむしろ、前世での「彼女」にそっくりで驚く。
そうしてやってきた、向日葵迷路。
凛と、次女の紗奈に両手を取られて楽しげにヒマワリ畑を進む華。
俺はカメラでそれを撮る。
パパはたいてい撮影係になるのです。
「パパ~」
凛が振り向いて手を振る。
「早く来ないと、迷子になっちゃうよー!?」
「はいはい」
返事をしながら、少し足を早めた。
少しぬかるんだ土。草いきれ。
暑さを掻き立てるような、蝉の声。
一面に続く、濃い黄色を振りまく向日葵畑。日光で、むしろそれは金色にも見えて。
ぬるい風が、ざあ、と吹き抜けてその金色を揺らして行った。
一瞬、ほんの一瞬だけ、目を閉じる。
再び目を開けたとき、そこに3人はいなくて。
「……華、凛、紗奈」
妻と、娘の名前を呼ぶ。
未だに不安になる。
全部、夢だったらどうしよう。
彼女愛おしさゆえに、見ている幻。
触れたら消えてしまう、そんな幻だったら……死ぬまで覚めて欲しくない夢。
目の前には向日葵の波。
金色に揺れる。
溶けた黄金のような日光で、足元に黒く濃く、重たい影。
ぼたり、と汗がそこに落ちた。
身体がぐらりと傾いてーーいや、そこまでの衝撃はなかった。
とん、と太ももに抱きついてくる、小さな温かさ。
「パパいたー!」
紗奈がにこにこと俺を見上げる。
俺はちょっと余裕ぶって、紗奈にカメラを向けた。
ハイチーズ。
全然泣いたりしてませんでしたけど?
「もー、早く来てよパパ!」
「ごめんごめん」
華と手を繋いでる凛に怒られる。凛は長女らしく、いつもチャキチャキしてる。俺と華の子なのに性格が2人ともに似ていなくて、少しそこが面白い。
「あ、ゴール!」
凛が、華の手を離して走り出す。向日葵迷路のゴールが見えていた。
係のひとが……恐らくアルバイトの大学生だろう、にこにこと風船と景品片手に待ってくれているが、まぁ汗だくで大変そうだ。
「待ってよ~!」
紗奈も走り出す。凛は律儀に立ち止まり、妹が追いつくのを待っていた。
華が笑いながら言う。
「足元気をつけてねー! どろどろだからこけるよ!」
「はぁい!」
凛と紗奈が、手を繋いで走り出す。
小さな手。柔らかくてあったかい、可愛い手を繋いで。
「仁さぁ」
「ん?」
「覚えてる?」
華が俺を見上げた。
つばの大きな麦わら帽子。影になったそこで、華は笑う。
「まだ私が高校生のころ、来たでしょう、向日葵畑」
「ああ、うん」
「あの時さ、……やり直しだなって思ったの」
「……うん」
「告白、やり直してくれたでしょ?」
うん、と俺は頷いた。
前世の向日葵畑でできなかったこと。
俺たちの、やり直し。
「嬉しかった」
「俺も」
「でもね」
華は、麦わら帽子の影の中で、やっぱり笑っている。
「やり直し、もう終わろうか」
「……は?」
「やり直しは終わって。新規スタートでもいいんじゃない、仁?」
華は俺の手を取る。
少し汗ばんだ、冷たくて温かい手。
何度も触れて、繋いできた、その手。
「私たち、消えたりしない」
「……華」
「前世のことは引きずるの、やめて。もちろんさ、前世ありきだよ? 忘れるとかじゃなくて」
華は首を傾げた。
「うーん、うまくまとまらないや」
「言いたいことは、なんとなく分かるよ」
「本当? 要はさ、なんて言うか」
華は目を細めた。
「仁はちゃんと幸せになっていいんだよ、ってこと」
「……、華」
「ずうっとどっかで、私たちがいなくなるのを想像して生きてるでしょう」
「……うん」
俺は頷く。
「それってさ、私たちに失礼だと思わない? 現実として私たち、きっちりくっきり、存在してますけど!?」
「あは、うん」
言われればそうだな、と頷く。
でもどっかで、不安が拭えない。
幸せすぎる太陽の下で、黒く濃く重く、不安は影のように。
幸せであればあるほど、それは重量を増して。
「だからね、再スタート」
「再スタート?」
「あ、じゃないや。再もない。単なるスタート。ね?」
華の手を握る。ぎゅ、と握り返してくれる、その手が愛おしい。
「不安が拭えないなら言って欲しい。そんなもん消してあげるから」
「どーやって?」
「こう」
華が背伸びして、俺に軽くしがみつくように、キスをした。
「あー、パパとママ、ちゅうしてるっ」
紗奈が騒ぐ。凛は紗奈の目を隠そうとしてる、……誰に似たんだか。
アルバイトの大学生は、さっと目を逸らす。おお、ばっちり見られてましたか……。
「ふふ、どう? 少しは消えた?」
華は悪戯っぽく笑う。
「……全然消えないから、もう一回」
「そういう嘘は無し」
華が眩しく笑う。
俺はやっぱり、この人は向日葵みたいな人だと、そう思った。
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